流砂(七話)

「ほらご覧、こうして差し上げるとね・・・」
奥様は、お爺ちゃんに手を握られた私の横にしゃがまれて、お爺ちゃ
んの干し茸みたいなそのモノに手を伸ばされた・・・いい子いい子する
ように、そ こを撫でてあげている・・・そしたらお爺ちゃん・・・。
「ぉぉう! あぅぅ! おおう!」
握ったままの私の手にすがるように、声を上げて泣かれたの・・・。
それが悦びの表現なのは私にももちろんわかる。嬉しいのねお爺ちゃ
ん。そう思えば思うほど、私は自分がひどい女に思えてきたの・・・。

「一馬さんはね」
「あ、はい?」
「あの子はお爺ちゃん子でね、お爺ちゃんが好きで好きでたまらない
んですよ。こないだあんなふうに言ってたけれど、あの子、二人の奥
様にもお爺ちゃんを幸せな中で死なせてやって欲しいってお願いした
よ。でもダメでした。二人ともこの部屋には近づかなかったし、家を出
て行ったでしょう。ずっと前のことですけど、あの子ったら・・・」
「え?」
「僕が女ならいいんだけどって、ぼそりと言ったのよ・・・」

その夜、私は一馬さんのお部屋を訪ねていた。二階に上がった正面
の洋室。広いお部屋の半分が書斎になる造り。一馬さん、本を読ん
でおいでだ った。
何かを言いたそうな私を椅子に座らせ、やっぱり紅茶を淹れてくれ、
黙って話を聞いてくれたの。
「そうか、母さんがそんなことを・・・ふふふ、お喋りだなまったく」
「それをお聞きして私、苦しくて・・・」
「苦しい?」
「自分が残酷な女に思えてしょうがなくて・・・」
「なるほど、それで落ち込んでるわけか・・・はははッ、奥山さんが気
にすることじゃない。死に損ないのジジイの性癖だ、ほっとけばいい。
あなたが苦しむことじゃないんです。あんなミイラより僕はあなたが大
切ですから」
そう言って穏やかに微笑まれるのね。

そのときも私の想いは同じだったわ。お爺ちゃんのためじゃなく奥様
のためでもない、あなたのお役に立てるなら、そう言って欲しかった。
私はちょっと落胆したわ。やさしく思いやる言葉ですけれど、「あなた
は他人、関係ない」って、言われてしまった気がしたから・・・。
それともう一つ、一馬さんには圭子と名で呼んで欲しかった・・・。

眠れなかったわ、一睡もできなかった。

そして翌朝。私は覚悟を決めたのよ。あのときのお爺ちゃんの悲し
い涙と歓喜の涙・・・お爺ちゃんは純な人・・・子供に戻った老人よ。
その人が、女王様を切望している。いまのままでは生殺し。いても
立ってもいられなかった。
いつものように六時にベッドを抜け出して奥様のお部屋に行ったの。
「あらあら、おはよう」
「おはようございます奥様・・・あのう・・・」
「何かあったのかしら? お爺ちゃんの様子がおかしいとか?」
「いいえ・・・あの、そういうことではなくて・・・ほんとに私でいいの
かと思いまして」
「え? 私でいいのか・・・?」

「私ゆうべお風呂に入ってないんです・・・」
奥様ね、それでベッドから起きられて、もじもじしている私をそっ
と抱いてくださった。
「なんてやさしい娘さん・・・いい子よ、あなたはとってもいい子・・・」
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