流砂(十三話)

「今夜はここでお休み」
「いいえ・・・お部屋に戻ります」
「いいから、ここで。ちょっと訊きたいこともあるしね」
「でしたら・・・はい、ここで」
パジャマを着たまま、彼の胸に抱かれていたわ。でも・・・やっぱり魂
は抜けたまま・・・圭子という人形だった。

「圭子は変わったね、あのジイさんに育てられた。学んだこともある
だろう」
「そうですね、そう思います」
「前にも僕に言ったことだが、自分はSかMか、どっちだろうって」
「ああ、はい・・・でももうどうでもよくなって」
「いいや、どうでもよくないね。では訊くが、圭子は誰のためにジイさ
んに仕えていたのか。あのミイラのためにかな?」

そうだわ・・・その言葉が私の中で徐々にはっきり輪郭を帯びてくるよ
うだった。
「僕のため・・・じゃないのかな?」
「はい、それは・・・」
「うむ。であるなら落ち込むことじゃないだろう。圭子は僕の命じたこ
とをよく守って調教に耐えていた」
「調教?」
「そうだよ。僕を慕って従うことが圭子にとっては嬉しいこと。ジイさ
んに尽くすことが、すなわち僕に仕えること。違うかな」

「それじゃ・・・私ってマゾ・・・」
「そうだね。圭子はジイさんの生き様に共感したんだ。あの人はあ
の人なりの愛の本質に生きている。そんな姿を羨ましくも思い、共
感したから、圭子はあのミイラに自分を重ねて、だからこそジイさん
が可愛く思えた。ご褒美をあげたくなってしかたがなかった。だから
舐められて感じたし、裸になって抱きもした」
そうかも知れない・・・私は声も出なかった。
「そしてね、母さんにはそれができなかった。あのジイさんに共感
するものがなかったからさ。そしてそれは僕の別れた妻もそうだっ
た」

澄み切った一馬さんの瞳を見つめていたの・・・そしたら心の中の
黒い雲がすーって消えてなくなった。お言葉の一つ一つが沁みてき
て、私を楽にしていくの。
「我が家に住み込むなら、SかMか、どちらかでなければつとまら
ない」とおっしゃられた、あのときのお言葉の真意が少しだけわかっ
た気がした。

すっぽり抱かれた。例えようもない安堵・・・幸福感・・・。

半分眠りに堕ちた意識の中で、うわごとみたいに言っていたのよ。
「ありがとうございます、ご主人様・・・幸せです・・・」
そのまま私は眠ってしまった。人に抱かれて眠ったというよりも、な
んだか、愛の本質にある暖かな繭にくるまれて眠ったみたいに・・・。
いままでの人生で沈殿した汚れたものが、一馬さんに吸い取られて
いくようだった。


夢の中で私はご奉仕していた。けれども上手にできなくて、お叱り
の鞭を浴びせられていたのよね・・・痛くはないの、夢だもん。夢だと
不思議に自覚できる、それは厳しい調教だったわ。そしてその鞭に
耐えたとき、耳元で声がしたのよ・・・。夢じゃなくてそれは現実の声
だった。
「うんうん、いい子だいい子だ、よしよし・・・」
背中をやさしくさすられて、私はご主人様の腕の中に抱かれていた
の。

けれど・・・明日から私、この家で何をして暮らせばいいの・・・奥様も
すっかり回復されて・・・そうなると私は単なる家政婦・・・そんな醒め
た考えも頭のスミにはあったのね。
流砂(十四話) | Home | 流砂(十二話)