流砂(十四話)

二十八でここに来て気がつけば一つ歳を重ねていた。ホームヘルパー
と いうお仕事も、お爺ちゃんを腕の中で看取ったことで、もうそれ以上
のことはできないだろうと思ってしまい、そしてそう思ってしまうと意欲
が薄れていく自分を感じた・・・私何だか、陰が薄くなっていたような気
がします。
キッチンで洗い物をしていると、奥様が後ろからそっと私の肩に手を置
かれ、おっしゃられたの・・・。
「あなたが一馬のところに来てくれると嬉しいのですけれど・・・でもそう
なるとまた・・・」
「はい?」
「ううん、いいのよ、お気になさらないで。うふふッ」

『そうなるとまた・・・』 何?
言葉尻の消え方に諦めのような弱さを感じた私は、気になってしかたが
な い・・・。


その翌日は土曜日でした。私は一馬さんと二人、車で那須高原までドラ
イブしたの。初夏の爽やかな風。今夜は山荘でお泊まり。いよいよかし
らってエッチなことを思ってしまって、新しい下着を選んでいたんです。
高原の森林公園。白樺の森を縫うように無数の小路が山の斜面に延び
ていた。そんな中を歩きながら・・・。

「ほう・・・母さんがそんなことを?」
「はい、寂しそうなお声でした」
「ふふふ・・・まあしかし、この僕の妻ということになると、それこそマゾ
じゃないとつとまらない。はっはっはッ」

一馬さんて、ほんとにS様? 夕べのお部屋でのことは私を慰めようと
してくれた言葉じゃなかったの? 
そしてまた、奥様のおっしゃられた『でもそうなるとまた・・・』という言葉
が、あらためて思い出された。一馬さんの二人の前の奥さんも、お爺ち
ゃんのことよりも、そのへんで何かがあったのではと考えたです。
でも一馬さんは笑っているだけ、応えてはくれなかった。

「ねえ一馬さん」 どうにも釈然としなくて何気なく言ったとき・・・。
「ご主人様と呼びなさい」
「え・・・」・・・一瞬その意味をはかりかねたわ。

「ご主人様と呼びなさいと言ったが・・・」
穏やかですけど拒みたくない甘い響きなんですもん。そのときなぜだ
か、お爺ちゃんのお部屋が浮かび、そのお布団に全裸の私が横たわっ
ていたのよね。ご主人様だけを待ちわびて、両手を伸ばしてご褒美を
おねだりしている、そんな私が、きっと確かにそこにいたの・・・。
「・・・ご主人様」
「うむ、躾ていくからついてくるんだ」
「はい!」

頭ん中が歪んでいた。思考がぐにゃぐにゃしていたようで・・・。

その日の私は、ジーンズのフレアミニにキャミっぽくて薄いタンクトップ。
一枚羽織るものは持って来たけど車の中に置いてきた。それもきっと
この方に喜んでいただくために選んだもの・・・。
「マゾドール」
「はい?」
「おまえへの最初のテーマだ。主に可愛がられるために、いまここで
どうするべきかを考えてごらん。おまえならできるはずだぞ」
そんな意地悪なことをおっしゃられ、お尻をぽんて叩かれたんだわ・・・。

マゾドール・・・恥ずかしいお人形・・・?

あのお屋敷の・・・そうね、玄関ホールのあたりかしら・・・。
そこに置かれた大きなガラスケースの中に、恥ずかしい姿で飾り付け
られた私自身を想像したわ・・・。
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