愛マスク(一話)

クルクルよく回る黒目で頼まれてはしょうがなかった。断れない。
娘が中学生になって手が離れ、気分転換も兼ねてパートに出たの。
ついちょっと前、いつもの街角にできたばかりのパン屋さん。
ほら、あの、グーチョキパン店のお園さんを思い出してしまったわ。

お店はとても明るくて、バターの香りに満ちていて、あの子が
おなかにくるまで、こうして外で働いていたんだと、あの頃のこと
も思い出していたのよね。娘を送り出して家のことを少しして、
十時前に家を出る。自転車で五分もない距離だから、三時頃まで
働ける。主人と一緒にお店を見に来て、主人の方が気に入った。
娘だって喜んでくれたのよ、カワイイお店だって笑ってくれて。

私にとっては家族公認の、家事から解放されるフリータイムの
はずでした・・・それがまさか・・・。

お店は小さなものですけれど、それでも交代制で五人の子たちが
いたのです。三十六歳の私のほかは、みんな若くてピチピチしてる。
だからちょっと気後れしちゃって、照れくささもあったのね。

そんな中に、あの子がいたの。十八歳の美大生。目がまん丸で、
背も若い子の中に入れば小さなほうの女の子。
そのくせ華奢ではなくて、女らしいカラダをしている。

ほんとにもう愛くるしい女の子・・・その子が私に懐いてくれた。

片親だって、すぐに知ったわ。ママがいない家庭だそうで・・・。
でもそれが生別なのか死別なのか、そこまで深くは訊かなかった。
パートをはじめて二週間ほどした頃でした。その子が言うのよ。

「えー、モデルぅ?」
「うん!」
「私なんておばさんよ?」
「お願い! ねっ、ねっ、ねぇーお願いっ!」

いつもの調子で、ほがらかで、両手を合わせて拝まれちゃった。
そうなると、私は断れない性格で・・・ふふふ、そう言えば、
あのときウチの主人にも、好きだとコクられ拝まれたっけ・・・。
それでついその気になって、娘ほども歳の違うあの子にお茶を
おごられて、ますます悦にいっていた・・・。

それである日・・・その日は土曜日。私はパートはお休みで、
その子は四時から夜までシフトに入り。
その間にあの子のお部屋で・・・1Kの綺麗なアパートだったのよ。

「えー! ヌードモデルぅ!」
「そうそう。 あれ? 言いませんでしたっけ?」

ドキリとしたけど遅かった・・・お茶までおごらせてしまったし。

「全部なの?」
「そよ。フルヌード」
「どど、どうすればいいのよ?」
「そこにこんな感じで」

天板が白い化粧板の正方形の座卓があって、私はその上に、
正座を横に崩したような、よよとした姿勢で座るのだそうで・・・。

「あたしね、あたしねっ、画家になりたんだぁ。だからいっぱい描いて
練習したぁい! お願い、お願ぁーい!」

母親を知らず、それでも健気に頑張ってる・・・と思ったときに、
退くに退けなくなっていた。
下着まですべて脱いで・・・同性の、それも娘ほども歳の違う相手
だから、よけいに全裸が恥ずかしく・・・妊娠線が気になって・・・。
頬が燃えて・・・カラダが熱くて・・・息苦しくて・・・。

「綺麗・・・肌が真っ白・・・」
「そ、そう?」
「うん! 素敵ぃ・・・熟女ってイメージよぉ・・・ほら、あの、官能小説
に出てくるような・・・」
「か、官能小説・・・(はぁはぁ)」
このとき・・・裸の自分を解き放ってしまったことで、説明できない
感情ですけど、何もかもから解放された気分になれて。

あの子もね・・・額に汗を滲ませて一生懸命描いている。その必死さ
が伝わって、脱いであげてよかったと感じたの・・・。

そうやって、カーテンをした窓際にしばらくじっと動かずいて、
キャンバスから顔を出したり引っ込めたりして描いてるあの子の
ことを、ふと見たとき・・・あの子、口をぐっと結んでて、唇がぶるぶる
震えてて・・・目に涙が溜まってる・・・。

「どうしたの?」
「あ、ごめんなさい・・・あはは・・・なんだかママを描いてる気がして。
あたし・・・あたし・・・」
「お母さんとは死別なの?」
「そうです。あたしと引き替えに死んじゃって・・・」

涙が伝うのよ・・・それでね・・・たまらない気持ちになって、私まで
涙が出ちゃって・・・。

「ママに抱かれた記憶がないのー・・・ぁうううっ・・・」

かける言葉がありません・・・。
頑張るのよ・・・頑張るのよ・・・しっかりなさい・・・。
声にならない母親の感情が、私の中で渦巻いていたのです。
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