快感小説

新・如月夜叉(二話)

二話~香る一夜


 そしてそれから数里をろくに休みもせずに歩き通し、二人は甲州街道筋の旅籠に入った。内藤新宿のずっと手前の宿だった。
 できはじめたばかりの宿場町は、なぜかこの日ひっそりとした。片やお遍路、片や町女のいでたちの女二人の妙な旅には都合がいい。二階の六畳、ひとつ部屋に一緒となった。
 その旅籠は新しく、部屋に木の香と青畳のすがすがしさが漂っている。紙が白くて真新しい明かり障子を開けると宿の裏には大河が流れる、そんな宿。

 部屋に入って、互いに背を向け合って宿の浴衣に揃って着替え、それから振り向き顔を合わせる。一人は町女の結髪で、一人は肩までの垂髪で・・二人ともに若く美しい姿であった。
 如月と伊賀。素性の違うくノ一同士が身分を明かし合うなど少し前なら考えられないことだった。役目を背負った一人旅は仲間のほかはすべてが敵。気を張って目配りしているものなのだが、このとき女二人は穏やかだった。
 関ヶ原の戦いが武将の居場所を激変させて、その武将に仕えていた忍びたちもまた掻き回されてしまったからだ。主家を失い、あるいは追われ、離散した忍びの者は多かった。

「先に湯にするかい?」
 嵐が問うと、江角は女らしい微笑みを浮かべてうなずき、言った。
「今宵は何かの縁ということさ。彪牙に救われた女二人。同じ男を想う女が二人と言ったほうがいいのかも・・ふふふ、けど互いを探らない・・」
 江角の静かな視線に敵意はなかった。お互い詮索するのはやめようということだ。嵐はちょっと笑ってうなずいた。
「同じ男を想うか・・そうだね唇を・・」
「抗わず許していたね。肝が据わってるよ」
 嵐は違うと苦笑しながら首を振った。
「ちょっと震えた」
「そうは見えなかったが?」
「なぜなのか拒めなかった・・あやつの眸さ、深く澄んでやさしい・・あんな男ははじめてだから。しゃあしゃあとあんたを抱いてさ・・それでいて、はじめて会うこのあたしに『いずれは俺の女だ』と言い放った。それも憎たらしく笑ってさ」
「惚れたか?」
「いいや。惚れたのではなく濡れた・・わけもなく、あたしを女にしてくれた」
 江角は真顔で嵐を見つめて、ちょっと唇の隅を噛み、口惜しそうな面持ちをする。どうしようもない女としての面持ち。
「殺してやりたい・・ふふふ・・さあ行くよ」
 そう江角は言うと背を向けた。
 江角は八角棒を部屋に置き、嵐は仕込み杖を部屋に残す。しかし二人とも白木の鞘に収まった匕首(あいくち)を胸元に忍ばせた。

 湯殿は宿の裏手に一度出て、そのすぐ際に造られている。男女に分かれる小さな湯殿で、新しい宿にふさわしく檜風呂とされていた。
 檜の香りに充ちた脱衣に立って、まず先に、浴衣の下の腰巻きを脱ぐ。嵐は町女に化けていたのであたりまえの赤い腰巻きだったのだが、江角は遍路姿で、なのに下には丈の短い桜色の腰巻きを身につけていた。くノ一でも武家の素性を物語るようにである。
 浴衣をはだける。二人ともに乳白の美しい立ち姿。互いにそれとなく裸身を見たが、どちらの素肌にも傷らしきものはない。
「綺麗な肌」
 と、江角が言うと、嵐もまた同じことを言う。
「運がよかっただけさ。あたしら如月はとうの昔に忍びを捨てた」
「それを言うならあたしだって。あたしは遠江(とおとうみ)の武家の家に預けられて育ったのさ。くノ一じゃなかった。武家の娘として育てられた。ゆえに殺し合ったことがない。二年ほど前まではね」
「そうなのかい・・互いに運がよかったわけか」
「そうだね、運がよかったとしか言えまい」

 長身の嵐のほうがわずかに胸が薄い。江角は乳房の張ったやさしい女の体をしている。二人ともに抜けるように色白で、ゆえになおさら下腹の翳りが黒く際立つ。体毛も髪の毛も江角のほうが少し赤みがかっている。
 檜の湯船はそれなりに大きくて、かけ湯をして、女二人で向き合った。底に尻をつけば乳房の上まで深さがあり、湯は汚れなく透き通っている。湯は少しぬるかった。湯殿は湯気に満たされて、それが互いの過去を覆い隠すようだった。
 互いに静かに見つめ合って微笑んでいる。そのうち嵐のほうから流れて行って、江角が腕を開いて流れた女をそっと抱く。
「いい女だよ嵐は」
「江角だって・・あやつ・・彪牙・・」
「うん?」
「女を見る目はありそうだ」
「ふふふ・・うん・・口惜しいけれどね・・あのとき」
 抱かれていながら嵐は顔を振って江角を見た。湯に火照ったほんのり赤い江角の顔が扇情的だ。それは武家の女の性の美だった。

「あのとき?」
「寄らば殺すと言ってやった」
「ああ・・それで?」
「殺るなら殺れ、刃で向き合えばおまえに勝てないと言ってね・・おまえのようないい女は殺れないし、抱かれて殺られることを俺は望むと。生きていたってどのみち忍び、明日の命は知れないからな・・と」
 嵐は見上げていた江角の顔から視線をその白い乳房に静かに降ろし、片手でそっと豊かな乳房をくるんで言った。
「・・濡れるよね、そこまで言ってくれるなら女になれる」
 江角は、乳房に甘えるような嵐をさらに抱き締めて、夢見るように言う。
「もういいとあたしは思った。あたしだって忍びの定めを背負ってしまった。追っ手がかかり、そのときはじめて何人もを殺って逃げた。敵とは言え年端もいかない若侍も薙刀で斬り倒した。あたしは鬼畜・・泣きたいほど心が荒んだ」
「武家で安穏と育ったのならなおさらだよね」
「それだけじゃない。それよりむしろ、敵味方が入り乱れて、誰が味方で誰が敵かが知れなくなったことのほうが、あたしにとっては辛かった・・ねえ嵐」
「うん?」
「もう出よう、のぼせる」
「ふふふ、うん出よう」

 部屋へと戻る。このとき嵐も髷を降ろした洗い髪。浴衣を透かして立ち昇る女の香りがまたたく間に部屋に満ちる。
 火照りがおさまる頃になって夕餉が運ばれ、二人は大きな座卓に向き合って食べる。血の匂いから解き放たれた、くノ一にとっては信じがたいやさしい夜。
 歩ける間を開けて夜具をそれぞれ自分で敷いて、揃って身を横たえた。
 今宵は月夜か、明かり障子越しに青白い光が滲んでいる。風もなさそう。音のない穏やかな闇だった。
 静か。しかしほどなく嵐の夜具から衣擦れの音がして、江角の夜具からも応じるように衣擦れの気配。江角の布団に嵐が流れて、抱き合った。
 浴衣越し、女同士で抱き締め合った。それは哀れな自分を抱くように、自分とは違う体を掻き抱く抱擁だったのかも知れない。一夜限りの甘え合う相手。互いに求めた抱擁だった。

 江角が嵐の背を撫でながらささやいた。
「とうに忍びは捨てたと言ったね?」
「忍びは忍びさ。されど主家を持たなければ如月はただの山の民」
「・・なるほど」
「あたしは三十になるんだよ」
 嵐はそう言いながら浴衣の帯を解いていく。
「二つ上だね、あたしのほうが」
 江角もそう言いながら浴衣の帯を解いていく。
 淡い月光の下、白い女が溶け合った・・唇を求め合う。
 唇が離れ、それから嵐は夜具を滑って江角の乳房に顔を埋めた。江角は娘を抱くようにそっと腕に絡め取る。
「あたしら如月は、その昔、戸隠あたりの山に棲み着いた山伏からはじまったそうなんだ。先代、先々代の、そのまた前に」
「・・うむ」
「ゆえに元からの忍びではない。ひと所に棲まず山から山へと動いて生きた。獣を狩り、山の物を喰い、そうやって生きてきた。先々代の頃になって、そのとき我らは甲斐の山中にいたらしい」
「甲斐・・」
「山には甲斐も信濃もないね。行く先々で生きるのみ。それで、如月には『惑わし山』と言う術があってね」
「惑わし山? はじめて聞く」
 嵐は人差し指を立て、その爪先で江角の素肌を山に見立てて、道筋を描くように滑らせた。
 かすかにピクと江角が揺れて、肌に細かなぶつぶつが浮き立ってくる。

「道さえない深い山にこうして道筋をつくっていく。似たような景色の中に似たような道をつくっていき、偽りの標(しるべ)を立てておくんだよ。下手に入り込むと出られなくなり、動けば動くほどに山に迷う」
「・・恐ろしい」
「そう、恐ろしい術さ・・こうしてね・・ふふふ」
 鋭い爪先が触れるか触れないかのやさしさで、江角の二つの乳房を谷を隔てて這い回り、その先端でしこり勃つ濃く色づく乳首を捉えて、つつくように、つまむように・・。
「・・ん・・ふぅぅ・・ん・・」
「ほうら心地いい心地いい・・ふふふ・・」
 江角の裸身がふるふる震え、嵐はそれがいとおしくて掻き抱いた。同じ定めに生き、同じ女の性(さが)に濡れる体。そう思うと江角がいとおしくてたまらない。

「それでその惑わし山に、あるとき若侍が迷い込んだ。供の侍を二人連れた、まだほんの小童(こわっぱ)だったと言うのだが」
「う、うん・・助けたんだね?」
「先々代の頭がね。あたしの父の、そのまた父だよ。それが若き日の晴信様だったんだ」
「晴信・・信玄公・・」
「やがて晴信様は甲斐を背負い、そのときになって、山に長け、雪をものともしない我らに声がかかった。宿敵上杉との間にも山はあり、甲斐は周りじゅう山だらけ。雪に閉ざされるとどうにもならない。我らは違う。元より山の民であり、雪兎の毛でつくった装束で吹雪をものともせずに動けるからね」
「それが如月のはじまりか」
「そういうことさ。如月という名も晴信様から頂戴したものと聞く」
「そ、そう・・なのか・・ぁ」
 話の合間に性のさざ波が江角を乱す。吐息が燃えるように熱かった。

「先々代はまだ山伏、名は更木善十(さらぎ・ぜんじゅう)と言うが、『さらぎ』ではいかにも呼びにくい。そなたらは雪の忍軍、如月(きさらぎ=二月)はまた衣更着(きさらぎ)とも書き、もっとも雪深き折り・・ゆえに如月ではどうかと。汚れなく白い響きがあると申されて」
 言いながら、嵐は身をひねって江角に上を向かせると、ふわりとひろがる乳房の先に唇を寄せていく。しこって固い乳首に舌先を這わせ、目を閉じて感じ入る女の顔を楽しむと、ふたたび人差し指の爪先を裸身くまなく這わせていく。
「ぁ・・んーっ・・嵐ぃ」
「ふふふ・・ほうら濡れてきた・・そうして晴信様からお呼びがかかり、そのときになって先々代は『惑わし山』の術を話した。晴信様は大笑いされたそうだ。こうやって山に道筋をつけていき・・ふふふ」
 江角の裸身が細かく痙攣しはじめた。嬲るように焦らすように鋭い爪先が這い回り、乳房から白い腹へ・・つつましやかな臍の周りで輪を描き、さらに滑り降りて黒い草むらへと爪が這う。二つの乳房に鳥肌がざわめいて、二つの乳首が尖り勃って、背が逆に反り返る。

「ほうら、こうして毛むらに迷い込むと人は谷へと落ちていく・・こうやってぬるりと滑って沼へと沈む・・ほうらこうして・・ぬるりと」
 黒い草を掻き分けた指先に一気に力が込められて、白い女指が燃える女谷へと落ちていく。
「あぅっ、嵐、嵐・・ああーっ!」
 江角は大きく腿を割って性技を許した。背が反り返って裸身ががたがた震えだす。虚空をもがくような江角の手が、嵐の裸身を求めてすがり、抱き締めて引き倒すと、次には江角の指先が嵐の濡れる沼へと沈んでいく・・。
 白い女が互いに体の中までまさぐり合って絡み合う。逆さになってまたがり合って、自分そっくりの濡れそぼる女花を舐め合った。
 いまはまだ生きている女の喜びを分かつように、あえぎ、のたうち、声を噛んで果てていく。そのとき夜空で雲が月を隠したらしく、意識が遠のくように絡み合う白い女体が濃い闇につつまれた。

 揺れて開く胸が静まり、気がつけば、二つ年下の嵐が江角のやさしい裸身を抱いていた。
「そうやって信玄様に仕えたのだが、ちょうど勝頼様の代となる頃、我らは身を退いていた。先々代はとうにいない。あたしの父も早くに病に倒れて逝ってしまった。あたしの母者が如月を継ぐ形になったのだが、新しい男ができた」
「男?」
「それが若い侍でね・・ふふふ・・母者の前では骨抜きだったそうなのさ。我ら一族をよく思わない織田方続きの地侍の配下の者で、襲ってきたのさ。我らは強い。返り討ちにしてやったんだが、そんな中でその侍は、まだ若かった母者を一目見て惚れちまった。刀を捨てて、死ぬ前に一度でいいから想いを遂げたいと母者にすがった」
「まるで彪牙だ」
「そう、彪牙のように。いまだから言うけれど、だからあのとき、あたしは彪牙を拒めなかった。命を賭して迫られた母者の幸せを知っているから」

 女同士の激しい性が去ったとき、二人の女は、巡り巡って彪牙を想ってしまう胸の内に、密かに笑う。
 嵐と江角は素裸で抱き合ったまま目を閉じた。
 江角が言った。
「あたしのことは訊かないようだね?」
「言えるのか? あたしはただ如月のいわれを話しただけ。あたしのことは話していない」
「うん・・知らない方が溶け合っていられるね・・」
 唇を重ね合い、抱き合って、互いの女陰へと手を滑らせて、そのまま眠りに落ちていく・・。

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