快感小説

新・如月夜叉(十六話)

十六話~般若の影


 その夜の二階の六畳。お雪とお燕は間を空けずに敷いた布団に横になり、闇の虚空を見つめていた。明日は雨になるようで黒雲が空を覆い、今宵の窓は暗かった。
「女って、どうしてこうも・・」
 お雪が言い、それにお燕の声が重なった。
「・・哀しい」
 お燕は身をずらしてお雪を向き、そして言った。
「さっきも姉さんに言ったけど、ちょっとしたことで変わってしまう」
「そうだね、ちょっとしたことで、どっちへ転ぶかだよ」
「あたしだって、あのとき瀬田様がほんのちょっと早かったり遅かったりすれば、どうなっていたことか・・お真知さん見ててもつくづく思うし、忍びに生まれなくてよかったって・・あ、ごめんなさい」
「いいさ、その通りだよ・・それはあたしら忍びみんなが思うこと。違う生き方もあったのにって」

 一部屋おいた八畳で嵐と江角。江角が言った。
「強い子だね、しっかりしてる」
「ほんと。参ったよ、ふふふ、あたしらは敵味方で扱いを違えすぎだ、悪い癖さ」
 嵐が応じ、江角が言った。
「お紋か・・いちばん聞きたくない名だったね、元は同じ伊賀だから」
「とにかく明日さ、四ツ谷へ行って、それからだ。硫黄の湯といっても何か所もあるからね。居酒屋だとすると・・女が連れ立って行くのもヘンだし一人だとなおヘンだ」
「源さんでも連れてけば。あたしが香風を手伝うさ」
「いいや、忍びでもない者を巻き込みたくない。もう寝よう」
 嵐の声を最後に静かになった。

 その頃、香風では、源兵衛は眠ってしまい、穏やかな寝息を聞きながら百合花は眠れず悶々とした。
 あのくノ一が真知という名であることも、お燕に救われていたことも、このときの百合花には知る由もなく、忍びの拷問をはじめて見たお燕がどう感じているのだろうかと、そればかりが気になった。
 あのときのことを思い出す。甲斐方の地侍だった父親が寝返ったとき、武田方に攻められ、その兵の中に如月の一派も混じっていた。一家が揃って殺されて、如月忍びの男の剣が己に向いたとき・・あのとき確か十歳だったと百合花は思う。
「待ちな、その子に手を出すんじゃないよ」
 如月の霧葉・・童の目には鬼のようにも思えた女。泣いていた私に手を差し伸べてくれたことをいまでもはっきり覚えている。頭巾をして目だけしか見えなかった。もう泣くなと抱いてくれた。そしてそのまま如月の里に連れ去られ、女の鬼が頭巾を取ったとき・・なんて美しい人だろうとぼーっと見ていた。

 如月の頭の娘として育てられた。剣を仕込まれ槍や弓を教えられ、厳しさに泣くと決まっていつも尻を叩かれ、強くなれと叱咤された。そうするうちに嵐が生まれ、姉妹のように育ってきた。そんな何もかもが昨日のことのようで懐かしい。
 大きくなって如月を離れて一度は嫁いだ。武家だった。しかし夫は討ち死にし、その弟に女体を狙われて斬り殺し、彷徨って・・尼寺に救われた。
 そうした十歳の頃からの女の思い出がいまになって蘇ってくる。
 女を捨て、そしてふたたび女に戻った。瀬田そして源兵衛、お燕、嵐や皆も、かけがえのないものに囲まれていると百合花は思う。
「ちょっとしたこと・・」
 闇の中で囁いた。
 あのとき彷徨った山の中で道が二手に分かれていて、片方は下る道、片方はさらに山へと続く道・・逃げなければと山へと入った。その先に古い尼寺はあったのだった。

 そして翌日。
 店の支度にかかるちょうどそのとき、江角に連れられてお燕が来た。
 百合花は仔細を聞かされた。お燕は源兵衛と厨にこもって支度をしている。
 詫びた庭に、木の葉で砕かれた雨が霧のようにたなびいていた。
「ほう・・そうですか、お燕がそんなことを?」
「あたしも皆も考えさせられてしまいました。嵐なんて苦笑い・・参ったって笑ってましたね」
「ほほほっ、お燕はやさしい子ですからね。でもこれで私の法衣も無駄にならない。しばらくは牢で己を見つめさせておけばいいでしょう。お真知とやらには違う生き方もあるのですが、それもいずれ私が導く」
「よもや我らの仲間にと?」
 店では百合花は法衣をまとった。梳き流したおかっぱの垂髪が黒光りして美しい。百合花はちょっと眉を上げて言う。
「さあ、それはどうでしょう。いいわ、わかりました。四ツ谷は遠いから、こっちの支度が済みしだい源さんを向かわせます。巻き込むも何も源さんは仲間です。嵐には気をつけてと伝えてちょうだい」

 江角は香風を出て坂道を歩きながら、百合花は真知に対して尼となるより女のままで生きる道があるのではと考えている・・と察していた。
 本降りになりだした雨が蛇の目傘をばちばち叩いた。しかし空の西側が明るかった。雲が切れはじめている。

 夜の五つ(七時頃)の四ツ谷。このあたりは芝からは遠いけれども江戸城からはまっすぐな道沿いの街。緑の起伏が幾重にも折り重なる美しいところ。
 その街外れに小さな居酒屋はあった。この先少し行くと人家が失せて、さらに歩くと整備されだした内藤新宿の宿場へと至る。江戸初期のこの頃は七時には人の気配は失せてしまう。まして今宵は雨模様。

 居酒屋、酒膳。街道筋の町外れにある小さな店。
 ここへの途中に聞き込んだところによると、酒膳はずっと以前からある店で、いい歳の親爺が一人でやっているという。一年ほど前にそれまでいた娘が辞め、入れ替わるように『結(ゆい)』という女がやってきた。真知から聞かされたような性悪ではなく、気立てのいい女だということだ。
 それもくノ一としての器量。それだけ人を欺けるということだ。
「あ、いらっしゃい! 今日はもうだめだって話してたところなんですよー。あと半刻ほどで閉めますが、ささ、どうぞどうぞ」
 雨はここへの途中であがっていたが、こういう日は客は動かない。小さな店に客はなく、店主らしき爺さんと結という女が膝を突き合わせて座っていた。

 立ち上がった結は、いかにも客商売らしい鮮やかな黄色格子の着物に茶色の前掛け。背格好はお真知とほぼ同じで五尺三寸(百六十センチ)ほど。細身だったが体はよかった。。町女の髪姿で娘といえるほど若くはないが、それでも二十代の後半あたり。目のくりくりとした愛らしい姿であった。
 客が入って厨(くりや=台所)へとさがった店主は六十代の中ほどか。小柄で髪が真っ白だった。

 それに対して、嵐は青地柄の着物に脚絆を巻いて、市女笠(いちまがさ)と杖を持つ旅姿。そうでもしなければ仕込み杖が持てないからだ。
 源兵衛も三度笠に杖の旅姿。二人は一見して父と娘のようにも映っただろう。途中まで降っていた霧雨のせいで着物が少し濡れていた。
 結という女は手拭いを持って駆け寄ると、源兵衛から先に肩を拭き、嵐の肩も拭いてくれる。そのとき嵐はそれとなく探ったが、結はほがらかで人当たりのいい、愛らしい女であった。見た目ではわからない。
 源兵衛が言う。
「ちょいと一杯だ、肴は見つくろってくれりゃいい。今宵は娘と一緒だ、呑んだくれるとぶっ飛ばされる、こいつは鬼でね、はっはっはっ」
「まあ怖い、うふふ!」
 嵐はふっと片目の眉を上げて視線を流す。
「・・誰が鬼さ」

 そうやって四半刻ほどを過ごして店を探り、一旦店を出て、二人は店を見渡せる物陰に潜んで待つ。源兵衛が言う。
「どう思う?」
「うん、あの爺さんも怪しいね」
「そうか?」
「目配りでわかるのさ。結って女の動きを追う目が速いし、あたしの杖をちらりと見ていた。ずっと前から店をやってるらしいけど、であれば草(くさ=住み着いて探る忍び)だね」
 元が武士の源兵衛には、忍びの微妙なところはわからない。
 嵐が言った。
「東国に徳川が封じられてよりの店・・だとすれば、あるいは豊臣方・・それはいいさ、じきにのれんが下げられる。源さんは裏から、あたしは前から」
 その直後、結が顔を出してのれんをしまう。そのとき嵐が歩み寄った。

「もうおしまい? ちょいとお酒をもらって行こうと思ったんだけど」
 あたりまえに微笑みながらも間合いを一気に詰めた嵐。相手はのれん棒を両手に持って一瞬備えが遅れてしまう。
「なっ、何すんだい!」
「入りな!」
 片手を取って後ろにひねり、もう片手の二の腕を着物ごとつかんで店の中へと押し込んだ。

「てめえ! 妙だと思ったぜ!」
 爺さんがよく研がれた柳刃包丁を手に厨から飛び出ようとした瞬間、裏口から源兵衛が板戸を蹴破って踏み込んで、手にした杖を突きつける。こちらも仕込み杖。抜刀はしていない。
「おっと、おまえさんはじっとしてな」
 嵐は、結をひねりあげたまま、懐へ手を入れて長さ半尺ほど(およそ二十センチ)の黒い筒を抜き取ると、地べたに落として踏み潰す。くノ一が忍ばせる吹き矢である。袖も探るが袖には何も隠していない。
「やっぱりね、吹き矢とは穏やかじゃないね」
 と、嵐が言った。
 一方の爺さんは、源兵衛の気迫に圧されて座り込んでしまっていた。
「おまえ結だね、頭はどこだ?」
「頭? ふんっ、何のことさ?」
「しらばっくれてもだめなんだよ、おしろい般若・・お紋はどこだ!」
 そのとき・・うっと呻いて爺さんの口から血が流れた。舌を噛んだ・・違う、毒を噛んだ。
「おい爺さん! おい!」
「畜生ども・・我らが恨み・・思い知れ・・」
 そのまま倒れ、もがく間もなく動かなくなっていく。猛毒らしい。

 嵐は、とっさに手拭いを手にし、結の口に噛ませてしまう。くノ一は歯に自害のための毒を仕込むことがあるからだ。
「さあ言え! 我らが恨みとはどういうことだ! おまえら何者! 頭はどこだ!」
 猿轡でくぐもる声だったが聞き取れる。
「爺さんは甲賀、あたしは違う。爺さんがなぜここにいるかなんて知らないね」
「爺さんは一味じゃないのか?」
「違うさ。違うが、あたしをかくまってくれている。あたしなんか下っ端だ、深いところは知らないね」
「お紋はどこだ、言え」
「言ったら助けてくれるのかい、ふんっ」
 嵐は白木の丸杖から仕込み刀を抜き去って、女の耳に刃を当てた。
「切り取ってやってもいいんだよ。お紋のようにしてやろうか」

「だから知らないって!」
 結は敵意を剥き出しにそっぽを向いたが、そっぽを向きながら言うのだった。
「あたしはつなぎを待つだけさ。頭などよくは知らない。万座の湯治場にいるって話はちらっと聞いた」
「万座・・それに違いないね? たばかったら殺るよ」
 結はそれきり喋らなかった。
 万座の湯は硫黄の湯。傷にいいと言われていた。

「おまえは何者? 甲賀でないとすれば流派は?」
「もはや流派もくそもないんだよ、駿河が滅びてより我らは散り散り」
「駿河・・今川の手だな?」
「遠い昔さ。親父殿の時代だよ。忍びなど諸流が混じり合うもの。駿河にだって伊賀も甲賀もいたんだぜ。風魔もいるしな」
「おまえは女たちを殺ったのか? 手を下して殺ったのか?」
「殺ってない、かどわかすだけ。殺ったのは頭と、あと二人。それが般若で、あたしらなんぞ般若の髪の毛みたいなもんさ」
「そうか・・立て」
 結を立たせて振り向きざまに、嵐が首筋の急所に手刀を打ち込んだ。
 結いはがっくり崩れて膝をつく。
「源さん、どっかで荷車を。こいつも連れて帰る」

 気を失った結の手足を縛り上げて寝かせておいて、死んだ親爺の骸を店の奥に隠しておく。店の中の血を拭い、しばらくでも時がしのげるよう偽装する。
 裏口から結を担ぎ出して荷車に載せ、二人は夜陰へまぎれていった。

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