快感小説

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妻は幽霊(二話)

二話


 遺影でしか会えなくなってしまった姉の笑顔に、祐紀子も錯覚を覚えていた。鏡を覗くような姉の姿。もしかしたら私は自分の遺影を見つめているのではないか。私自身がそう思うのだから夫が妙な気分でいるのもしょうがないと考える。
 姉の佐紀子は、野中佐紀子。
 妹の祐紀子は、瀬中祐紀子。
 重なるものがあると思う。いつだったか夫が、野中と山中だったら面白かったのにと言ったことを覚えていた。

 佐紀子の夫の野中崇は、五つ上の三十四歳。元はプロ野球選手で怪我で引退。いまは二軍の打撃コーチをやっていた。住まいは川崎のマンション。野中家の墓地もそこにある。
 葬式のとき、納骨のとき、死の意味のわからない幼い娘、真央は、なぜだか親戚が集まってくるいつもと違う雰囲気の中で愛くるしい笑顔を振りまいていた。
 ママが消えたなんて思っていない。美しい珊瑚の海、グレートバリアリーフで突然逝った。闘病の付き添いもなく、ある日突然、眠った姿で帰国した。
 真央にすれば実感なんてなかっただろうし、どっちがどっちかわからない妹がそばにいるから、ママがいるような気がしているのだろう。

 姉に似た可愛い娘。やっと三つ。姉の無念の分まで可愛がってやりたいのだけど、言われてみればそうかもしれない。ママそのものの別人にやさしくされれば、あの子はママの死を受け入れない。少し大きくなるまでは会わないほうがいい。
 祐紀子はぼんやりと額の中の姉を見ていた。遺影といっても昔のように小さな写真を無理やりのばしたものではない。デジタルデータ。額いっぱいにのばしたってリアルだし、窓から覗かれているような気分になる。
 栗毛に染めた長い髪。私より少し色が浅かったんだと、祐紀子は、いまさらながら姉との違いを感じていた。

「…だよね、会わないほうがいいのかな」
「うん」
 ふと見ると夫は眸を赤くして涙を溜めている。
「ふふふ、ばーか、何泣いてんのよ…やさしい人ね…」
 膝をちょっと叩く妻の手を琢也は握り、そして言った。
「なあ祐紀ちゃん」
「はい?」
「今日はもうあれだから明日にでもお義母さんにさ」
「言う?」
「言う。ここをなくしたら佐紀ちゃんだって真央ちゃんだって帰るところがなくなちゃう。守ってやらないと」

 馬鹿みたいにやさしい人だと思いつつ、祐紀子は手を握り返して眸を見つめた。
「それはそうかもだし、そう言ってくれると嬉しいんだけどね、琢ちゃんには琢ちゃんの道を行って欲しいのよ。私たちのために継ぐことはないんだよ。母さんだってそこを言ってる。じつはね、琢ちゃんが転がり込んできてから、そういうことも話したんだけど、そのとき母さんも言ってたよ、『家のためじゃなくあの子がやりたいって言うなら別だけど』って。次がなかなか決まらないけど、そういうことだってあるよ。修行しだして引き返そうとしたって苦しくなるだけなんだよ」
 琢也はちょっとうなずいて、相変わらず涙を溜めて言う。
「やってみる。下働きからだ。サラリーマンはもういい。明日言う」
 妻は声もなく夫を見つめ、決意があると察するとそれ以上を言わなかった。

 ここ江戸屋は、戦後の昭和二十八年に、この場所に店を構えた。
 老舗と言うならもっと古くからある店はいくらでもあるのだろうが、先々代はそれまで川向うの深川にある、それこそ老舗の蕎麦屋に勤めていた。東京大空襲で壊れた街には友人たちも大勢いて、その多くが亡くなった。勤めていた店の店主の家族もいなくなってしまう。
 それでいまのこの場所に店を構えたのだが、その頃すでに先々代は四十代の末だった。最初は屋台に毛の生えたような店からはじめ、そのときちょうど再建のはじまった浅草寺に集まる大工や職人たちに贔屓にされて一気に店は大きくなった。浅草寺も大空襲で焼けてしまい、再建がなったのは昭和三十三年。それまでの間、まさに屋台を引いて商売した。

 仏壇のある六畳の隣りの隣りが夫婦の部屋。いまはもう使われていなかったが、家そのものがその頃の店舗の造りで、かつては座敷に客を上げていた。その頃の名残りもあって妙な造りの家なのだ。
 下はほとんどが店舗と厨房。厨房の少し奥に、それもまた座敷席だった十畳があるのだが、そこをいま母親が使っている。
 住みにくく、店の効率もよくないので建て直そうかと話していたところだった。しかし跡継ぎがいないのなら意味がない。焼け野原だった頃に手にした土地は処分すればケタが違う。若い夫婦のためにどちらがいいのか、母の節香は迷っていた。

「今夜は下で寝るね、母さん独りにしたくないから」
「ああ、そうしてあげればいい。お休み」
「うん。ありがとう琢ちゃん、ちょっと話してみるからさ」

 夫婦は浅く抱き合ってキスをかわし、祐紀子はコーヒーを載せてきた丸い盆を持って降りていく。琢也は、蝋燭と線香の火を消して、仏壇の前の遺影に手を合わせて部屋を出た。
 仏壇のある部屋からわずかな廊下を歩いてLの字に左に折れると、そこには十畳相当の和室が二つ並んで間を襖で仕切ってある。下の店の真上にあたり、いまは壊してしまってないが店の奥の階段から上がれるように造られていた。先代が亡くなるまでは店員もいて回せていたのだったが、節香と年配の蕎麦職人だけでは回せない。子供たちも大きくなって必要以上に稼ぐこともないからだ。

 古い日本家屋の襖を開けると、前半分の六畳分にブルーのカーペットが敷かれてあり、奥側に白いドレッサーや洋服ダンス、整理ダンスの並ぶ妙な部屋になっていた。
 人の居場所は実質六畳。隣りの部屋への襖を開け放ってしまえばさらに十畳あるのだが、それでは今度は広すぎて冷暖房がたまらない。

 新婚そうそうここへ来た。妻にはマンション暮らしをさせてやりたかったと琢也は思う。いつまでここにいるのか。バイト程度のコンビニ店長ではとても無理と、そう考えだしていた矢先の不幸。
 俺がやるしかない。いっぱしの蕎麦屋になって、ここだって建て直すんだ。曖昧と考えていたことが、妻と手を取り合って話したことで、いきなり現実味を帯びてきた。

 蕎麦は難しいと聞く。江戸屋の蕎麦はいわゆる二八蕎麦で、江戸蕎麦とも言われる更科系の蕎麦だった。それとうどん。天丼などの飯物が主体。ちょっと飲む客のための小料理や天ぷらは節香が受け持ち、麺類の手打ちはすべて職人がやっている。
 北条蔵之介という武士のような名前がまるで一致しないチビの江戸っ子職人。江戸屋の先代、つまり祐紀子の父の上原大子(だいご)とともに先々代の爺さんから蕎麦を仕込まれた二人。蔵之介は六十六になろうとする。まだまだ若いのだが、先を思うと、いまはじめなければ間に合わない。

 母親の節香はもうすぐ五十六になる。大子が蕎麦屋の店員だった娘に惚れた。大子は六十二歳で逝っている。早すぎた。
 それから四年、親友だった男の家の窮地に同門の蔵之介が応えてくれたということだったが、蔵之介のほうは十年以上も前に妻とは別れてしまっている。酒と女が原因だったが、いまはもうさすがにおとなしい。
 若い頃の節香は、老舗蕎麦屋の看板娘のようになっていた。じつは大子と蔵之介で争った仲だったのだが、琢也はそのへんをよく知らない。
 蔵之介がいっとき惚れた女のところへ戻ってきたということで、それだけに蔵之介は仕事には厳しかった。相弟子に顔向けできない仕事はしない。しかしだから厳しすぎ、若い職人たちは続かなかった。

 琢也はちょっと怖かった。雇いでさえそのありさまなのだから跡継ぎともなると半端なく厳しいだろう。
「だよな…きっと殴られる…うん、殴られる」
 ぼそぼそ言いながら押し入れから布団を出して敷き込んだ。隣りにいるはずの妻がいない。広い二階に独りぽっち。
「はぁぁ…ぶっ飛ばさるな…間違いない…うん」
 パジャマに着替えて横になった。三十ワット管ダブルの古い蛍光灯のスモールだけをつけておく。いつもなら消してしまうのだったが、今夜は違う意味でも怖かった。
 ミシミシと建物が板鳴りする。蕎麦茹での湯気がまわることがあたりまえになっている家。釜が停まると乾きだして板が軋む。

 琢也は、薄い肌掛けに鼻まで潜って眸だけを出して、薄暗い部屋を見回した。
「もしかして、いる?」
 目の玉だけをきょろきょろさせて薄闇を見回すが、佐紀子の姿はない。さっきは確かに見た。錯覚じゃない。
 だけどまさか、そんなことってあるんだろうか? 
 そしてまた、妻とうりふたつのお化けだけにゾッとする。
「ねえ佐紀ちゃん…いるの? はぁぁぁぁ…」
 いないようだ。ロングため息。やっぱり錯覚だったのか? 琢也は眠れそうにない。

 その頃、階下の古い部屋では布団を並べて母と娘が横になったところだった。時刻はまだ十時半前だったが、佐紀子のことで眠れない日々が続いていた。納骨を終えて、いよいよ娘の死を受け入れなければならなくなった母は悲しい。

 節香が言った。
「…思い出すなぁ、卵」
「卵って?」
「ほら、ときどき黄身が双子の卵があるじゃない」
「うん、あるね」
「父さんがね、こいつぁ客にゃぁ出せねえって言って、よく目玉焼きにしちゃってさ」
「ほ?」
「佐紀と祐紀だって言って、どっち喰うってあたしに訊くのよ」
「なんだよそれ…何を言うかと思えば、くっだらねえ」
「ほんとよね。よく怒鳴ってやったもんだわ、てめえの娘を喰うつもりかって。そしたら父さん、笑ってさ。『あ、違った、卵はイッコだ、おいらの虫が二匹入った』って笑い転げていたんだよ。あーあ、まさかだよね、あの子がいなくなるなんて」

 声が途切れ、枕元に置いてあったティッシュを抜き取る音がした。

 祐紀子は言った。
「蔵さんと一緒になればいいのに」
「馬鹿だねもう…こんなときに何言い出すんだい」
 それは、ずっと考えていて言えなかったこと。蔵之介と競って父が奪ったんだということはもちろん知っていた。
 蔵之介がいてくれなければ店はとっくに終わっている。すぐそばのアパートに独り暮らし。邪魔する条件はないはずだった。

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