快感小説

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妻は幽霊(五話)

五話


 朝八時前のこの時間帯はコンビニが混みだす頃だった。通勤帯でもあり、朝食を買っていって職場で食べる人がいる。人によっては早々と昼食を用意することもあり、いずれにしろ弁当やパンが売れる。
 真夏の陽射し。白い雲がちらほら浮くだけ。つくづくしまったと琢也は思う。冷やし中華やザル蕎麦などが早くも動きだしていた。この分では昼まで持たない。
 店裏の事務所に駆け込んで夕方の便に冷やしものを増やすように手配した。夕べはおじさんが徹夜で見ていて、朝になってパートのおばさんたちに代わっている。夕方前には学生のバイトにスイッチし、夜になって自分が入る。今日はそんなシフトだった。

 電話で手配を終えてからペットボトルのジュースを買って外へ出た。朝のラッシュで言問橋からクルマが数珠つなぎになっている。大通りを渡り、そのまま江戸屋には戻らずに、川べりへと歩いてみた。この街に来た頃はものめずらしく、妻の祐紀子に連れられてよく歩いたものだった。
 隅田川。浜松で浜名湖を見て育った琢也には水のある景色は嬉しい。江戸屋に来る前までは多摩川のそばに住んでいた。
 言問橋を渡らずに手前の川べりに出ると、公園も整備されていて護岸を歩けるようになっている。顔を上げると川向こうの真正面に東京スカイツリー。すがすがしい川風が吹き抜けていて、ちょっと座ってぼんやりするにはぴったりだった。

 言問橋の川向うがいわゆる向島。渡って南へ少し下ると、そのへんからが、あの深川。江戸情緒にあふれた土地柄ではあったが、いまはもう江戸などほとんど残っていない。言問橋のあるあたりも昔は船着場
があるだけだったと聞くが、いまはもう殺伐とした現代に侵食されつくしている。
 浅草寺のほんの周囲にだけ、それらしい名残りがあるというだけのもの。けれどそれでも情緒豊かな街には違いなかった。

 護岸に整備されたベンチに座って川を見ていた。水質が一時期より格段によくなったということだったが、汚れていた頃の隅田川を知らない者にとっては、いまある姿がすべて。
 ゆったり流れる水面に、川をゆく小舟が立てた泳ぎ波が斜めに押し寄せていた。夕方からは屋形船も出てスカイツリーもライトアップされるから雰囲気のある景色なのだが、浅草寺からここまで離れてしまうと、平日の朝さすがに人は少なかった。愛犬を連れた年寄りと幼子の手を引いた若いママばかり。祐紀子佐紀子の姉妹もそうやって育ってきたのだろうと考える。

 若いママたちはいいとして、このへんの年寄り連中にはあまり会いたくはなかった。老舗の蕎麦屋を知らない者はいないし双子の美人姉妹は知られていた。そのかたわれの婿さんだということも多くの人が知っている。人情は嬉しいけれど下町独特の人のつながりは、ともすると鬱陶しい。

『琢ちゃん』
「うっわ! ええー、だって真っ昼間だよ?」
『関係ないねー。あたしゃお化けじゃないんだし、お化けなんてそこらじゅうにうようよいるもン』

 いつの間に…ベンチの隣りに透き通った佐紀子が座っていた。
 思わず声を上げてしまい、そのとき通りがかった若いママが慌てて子供の手を引いて去っていく。おかしな人物が多いからだ。
『あはは、琢ちゃんにしか見えないんだから、黙ってないとイカレてると思われるよ』
「だって、いきなりなんだもん」
『お化けだもん、しょうがないっしょ』
「お化けじゃないっていま言った」
『あーっ、コラてめえ、そういうこと言ってイジメるんだね』
「イジメるって…どっちがさ。でもさ佐紀ちゃん」
『おいよ? 何でぃ? 言ってみんかい?』

 琢也は、まじまじと自分の座る横を見て、ため息をつく。透き通って背景が抜けて見えるのに、妻がそこにいるようだった。

「はぁぁ…マジなんだぁ」
『マジみたい』
「へへへ、あっそ、これからずっと祐紀ちゃんと一緒なんだ?」
『そよ。体を借りて生きてくんだもン』
「そっか、体を借りてね…でもそれなら少しはよかったかも。ちょっとだけ悲しくないし。お母さんや祐紀ちゃんにも姿を見せてあげればいいのに」
『そいつぁダメだね、わかっちゃねえなぁ。死人は忘れてもらわないと悲しませることになるからね。でもさ琢』
「うむ?」
『よく決心したよ、偉いよ坊や』
「坊やって…あーあ、マジかよー…信じらんねー」
 そしてそのとき、琢也はあることに気づいて言った。

「えっえっ、ちょっと待ってよ。じゃあ佐紀ちゃんてさ」
『おーよ? なんね?』
「祐紀ちゃんに取り憑いてるってことは、ダブってるわけだよね? 重なってるっていうか?」
『そよ。見た目あたしなんだし、いいじゃん別に』
「てことはつまり夜も一緒?」
『はーはー、そういうこってすか? それなら大丈夫。夫婦のにゃんにゃんなんて観ないフリしてあげるから気にしない気にしない』
「気にするでしょ普通!」
『あらそ? だけどさ、あたしが感じるわけじゃあるめえし、どうでもいいのさ、このスケベ』
「あっそ、どうでもいいの? ふーん、あっそ」

 琢也はもう怖いと思えなくなっていた。むしろ嬉しい。消えてしまったわけじゃない。
『だからね、琢坊』
「はい?」
『あたしとユッキー、どっちもてめえの女房だってことなんだ。シャンとせいや。蔵さんにブン殴られてるうちに蕎麦だって覚えられら。へっへっへ、江戸屋の若旦那様よーダ』
「やっぱりだよなぁ…殴られるよなぁ…うん」
『そりゃしょうがねえや、職人なんざそんなもんでぃ。けどね、いっちゃん怖いの、あたしだよ。怒らせたらお化けだかんね。心して励まないと祟るからね。んま、そうヘコむなヘコむな! ユッキーのこと頼んだよ。ほな、さいなら』
 姿がすーと失せていく。

「ええー、うっそー…脅かすだけ脅かしてドロンだもんなー。あーダメだ、川に飛び込んで死にたくなった」

 ハッとした。夕べよく眠れなくてベンチでうとうと。
「…夢か。だろうな、夢だろうなぁ…はぁぁダメだ、俺はダメだぁーっ」
 ため息をついて立ち上がる。
 眠い。今夜は徹夜の勤務になる。帰って少し横になろうと考えた。
 川べりからまっすぐ抜けるとそこが浅草寺の二天門なのだが、途中で曲がった路地の中ほどが江戸屋。時刻はあれから一時間と経ってはいない。
 裏口から入ると、そのとき蕎麦を打ち出していた蔵之介が気づいて言った。
「どうでぃ? どうにかなりそうかい?」
「夜の分はどうにか。でももう冷やしものが動いてました。昼まで持たない」
「はっはっは、読み違えたんだからしょうがねえや」

 と、そのとき節香が言った。
「琢ちゃん、後で上総屋の旦那のところへ一緒に行こ。昼休みの間にさ」
「はい、わかりました。今日は夜からですから時間はありますから」
 琢也の顔がぼーっとしていることを見逃す節香ではなかった。
「どうしたい? やけに眠そうだね?」
「夕べよく眠れませんでしたから」
「あははは、だろうと思った」 と祐紀子は笑い、寝たほうがいいと言うように二階を指差して首を傾げた。
 三人とも仕込みに追われてそれどころじゃない。琢也は、早くその中に入りたいと考えたが、徹夜のシフトのときはそれはできない。
 三人とも作務衣を着込んだ蕎麦屋の姿。妻の姿がまぶしく思えてならなかった。

 二階へ上がり、仏壇のある六畳の前を素通りして夫婦の部屋へと戻った琢也は、座布団を折って枕にし、横になったとたん、沈むように眠ってしまう。夕べはほとんど寝ていなかった。
 ところが、それから一時間もしないうちに祐紀子がすっ飛んでやってくる。前掛けをしたままの姿で、手拭いで手を拭きながら。
「琢ちゃん起きて、大変なの! 琢ちゃんてば!」
 肩を揺すって起こし、寝ぼけ眼の夫に言った。
「上総屋の大旦那さんが死んだって」
「ええーっ!」
「朝になっても起きてこないから様子を見に行ったら、もう冷たかったって。お医者を呼んだんだけど心臓麻痺でダメだったって。たったいま電話があってね。すぐ支度して、母さんも行くってさ」
「わかった。あの大旦那がまさか」
「八十七歳だってさ」
「うん。だけどお義母さん、仕込みは?」
「それはいいの、夜のお客さんのものは時間があるから、私と蔵さんでやれるから」

 琢也は飛び起きて支度にかかった。昼休みに行ってこようとついさっき話したばかり。
 上総屋は呉服屋といっても問屋が主で、会社だから仕事には響かない。息子が受け継いで専務として回している。浅草寺と上野の間あたりに会社があって、タクシーならそう時間もかからない。
 男の琢也は支度できても、江戸屋の女将として、節香は支度に時間がかかる。作務衣から着替えて髪だけを撫で付けて出たのだったが、それでも三十分ほどもかかってしまう。とりあえずは駆けつけて、しかしやることなどないからすぐまた戻って来られる。

 タクシーに飛び乗って、走りだしてすぐ節香が言った。
「運転手さん、ちょいと停めてな」
 節香が琢也の膝を叩いて言う。
「考えてみたらアレだよ、こんなときに言える話じゃないから、悪いけど琢ちゃん歩いて帰ってて。お店の掃除とかまだあるから手伝ってやってな」
「わかりました。あの話はしばらく落ち着くまではしないほうが」
「そうだよ、お世話になってるんだしタイミングが悪すぎる。あたしだけで行って、様子を見て話せるようなら話してくるから」
「ええ。それじゃ帰ってますね」

 走りだしてすぐだから歩くといってもたいした距離じゃない。タクシーを見送って取って返し、裏口から中に入る。
「あれ? なんで?」 と祐紀子が訊いた。
「義母さん一人でいいって。店のこと手伝ってやれって」
 琢也はドキドキしていた。まだ先のことだろうと思っていたのに店を手伝うことになる。
「あ、そうなんだ、助かったわ。じゃあ、お店の掃除お願いね。テーブルも拭いて欲しいし唐辛子とかも入ってるか確かめなきゃならないし」
「わかった」
 そのとき、「おい若けえの」と、蕎麦を切りながら蔵之介が言う。
「はい?」
「蕎麦喰いにどっかの店に入ったと思え。気分のいい店とはどういうものか。店もそうだがトイレとかよ、それから匂いもあるしな。お客の身になって考えろ。こいつぁ基本だぜ」
「はいっ親方! 頑張りますから!」
「おおよ! 男ならやってみい!」

 親方と言い切った夫。祐紀子は胸が熱くなる想いがした。
 いよいよ夫が継いでくれる。その一歩がはじまったんだと考えた。
 子供の頃から姉と一緒に手伝ってきたことから夫の一歩ははじまる。作務衣でなくジーンズ姿ではあったのだが、店で働く夫が眩しい。

 涙が出そうな想いがした。

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