快感小説

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妻は幽霊(七話)

七話


 江戸屋の商売は昼前の十一時から夜七時まで。オーダーストップが七時ということで、多少飲む客はいたとしても七時半には店を閉める。しかしそれで終わったわけではない。掃除もあれば明日の仕込みもしておかなければならなかった。
 商売とは思い通りにいかないもので、その日も昼の時間帯は満席続き、夕方にもう一波あって、けれども六時をすぎてぱったり。平日でもあるし、それでなくてもこの界隈は浅草寺の仲見世が店じまいする頃にはめっきり人が減ってしまう。
 六時半に二組ほど入り、それきりだった。七時ちょうどにのれんを降ろし、店の中はひっそりしていた。

 琢也が起き出してきたのは五時頃だった。起きるなりシャワーを済ませ、店に客が絶えてから夕食を摂って仕事に向かうことになる。
 蔵之介は、前掛けと和帽子を取って厨房そばの六人席に腰を降ろし、節香と祐紀子で夕食を支度する。店で出すものはなぜか食べず、材料をつぶして家庭料理をこしらえる。客に出すものはそれとして、自分が食べるものは女たちに任せておく。それも職人の心意気。

 と、普段ならそうなのだが、今日は、琢也を呼んで皆が揃ったところで蔵之介が立ち上がった。
「ちょいと来いや」
「はいっ」
 夕食の支度はできていた。煮魚に野菜の煮物。なのに蔵之介が琢也を連れて厨房に入っていく。
「よく見てろ」
 と言って、大釜に蕎麦を放ち、湯に踊る蕎麦を琢也に見せる。
 ザルにあげて冷水でシメ、琢也の分だけのもりそばをこしらえる。
 テーブルへ運ばせて喰えと言う。

「いいか、蕎麦職人なら、まずはツユをつけずに喰うもんだ。蕎麦そのものの風味はどうか、舌触りはどうか、歯ごたえはどうか、それをよっく確かめて、それからツユに少しつけて味をみる」
「はい」
「客の中にゃぁ、どっぷりツユに浸けて喰う客もいる。そのときどんな味になるのかも知っておく。ワサビや唐辛子もそうだぞ、いきなりだと味が固まっちまうからな」
 そして琢也が食べるところを皆で見ている。たかが蕎麦を喰うだけなのに、そこでも琢也は緊張した。

「どうでい?」
「はい、美味しいです」
「美味しい? はっはっはっ、あのな若旦那、そりゃトーシロの言う台詞よ。料理人はそれじゃいけねえ。しょっぱい、甘い、辛い。麺ならコシのあるなし、茹で加減、蕎麦粉の質まで、神経を尖らせてなきゃならねえもんさ」
「はい、心がけます」
「いっぱしを目指すんなら、まずは喰い歩け。蕎麦屋うどん屋かたっぱしから入ってみて、てめえの味を探していかなきゃならねえ」
「はいっ」
「江戸屋の蕎麦は二八蕎麦。わかるか?」
「蕎麦粉が八に」
「おお、そうよ。昔と違っていまはいい蕎麦は生蕎麦のように言うが、江戸屋はな、先々代がその昔の江戸庶民の味を再現しようと、あえて二八を選んだんだ。江戸蕎麦と言やぁ更科粉だが、更科八にうどん粉二ってことでもねえ。蕎麦なんぞ美味けりゃいいのよ、そだろ?」
「はい、そう思います」
 節香と祐紀子は息を詰めて聞いている。

「そこで工夫よ。二八もよし、一九でもいいかも知れんし、更科粉に二番粉、粗挽き、挽きぐるみと混ぜてやってもいいかも知れねえ。うどん粉だってそうだぜ、さまざまあらぁな。つなぎもそうだ。本気でやるなら本でも買って勉強するのもいいだろう。だがな、いっちゃん大事なことはだよ、てめえの舌で覚えるこった。おいらの味を覚えるところからはじまるにせよ、おいらが死んだらてめえの味で店を張っていかなきゃならねえぜ」
「はいっ」
「まあ、そゆこった。名店など全国そこらじゅうにあらぁ。関東と関西でも違う、信州そばってヤツもあるし、京都には茶蕎麦もあらぁな。うどんもそうだ。讃岐、名古屋の味噌煮込み麺、秋田の稲庭とな。ここを建て直す間、修行はできねえなんて思っちゃならねえぞ。祐紀坊連れて喰いに出ろ。嫌んなるぐらい喰いまくって江戸屋にないもん見つけて来いや」

 ああ懐かしいと節香は思った。先々代の言葉そのまま。蕎麦打ちの腕と、その職人ならではの味は違うもの。『蕎麦などたいしたこっちゃねえ。喰ってみて、ああ美味ぇえと思えりゃいいのよ』 それが先々代の口癖だったと遠い昔のことを思い出す。
「さあ、食べよ!」
 祐紀子も胸が熱くなる。蔵さんの言うように、これからは実家の手伝い気分ではいられない。奮い立つ想いがする。
 食べながら節香が言った。
「でね琢ちゃん、上総屋の専務さんと話してきたんだ」
「あ、ええ? 何ておっしゃってました?」
「次の店長を早急に手配するから十日ほど待ってくれって。じつはこれから大工も呼んであってね。この店閉めるよ。祐紀と一緒に浜松行っておいでな」
「はい、わかりました。何だかちょっと…」
 口ごもってうつむく琢也を皆がうかがう。
「震えてきちゃった、ははは」
 はははと情けなく笑う琢也に、蔵之介と節香が声を上げて笑った。

 蔵之介の蕎麦。美味いとしか言えなかった。琢也は噛み締めるように蕎麦をたいらげ、それから用意されたご飯に手をつけた。
 蕎麦には、蕎麦粉だけで打つ混じりっけのない十割蕎麦、いわゆる生蕎麦と、小麦粉そのほかつなぎを加えた蕎麦がある。
 中でも二八蕎麦は江戸庶民の味。生蕎麦は確かに高級蕎麦だが、だからと言って美味いわけではない。蕎麦粉にも小麦粉にもさまざまあって、品種や産地、季節でも味が違う。蕎麦の修行に終わりはないと言っていい。夏蕎麦と冬のそれでも変わってしまう。
 これから挑むことになる若い琢也に、節香はたまらない想いを抱いていた。亭主だった大子と蔵之介の鬼気迫る勝負を覚えている。蔵之介が一歩先を行っていた。先々代は自分の息子よりも蔵之介の腕をかっていたのだ。

 夕食が済むと蔵之介は風呂へと向かい、節香と祐紀子が厨房に立って後始末。琢也も店の掃除をはじめていた。大工との約束は八時すぎ。早くしないとならなかった。
 閉めきった店には厨房の香りが回って、いかにも蕎麦屋の匂いが満ちる。十日のうちにコンビニを去る。そう思うと奮い立つ琢也だった。
 ろくに包丁を握ったこともない自分がいきなり料理の世界へ入っていく。食べ物屋への見方が変わる。蔵之介の言葉を思い出しながら、さっそく明日にでも書店へ行ってみようと考えていた。

 しばらくして蔵之介がさっぱりした姿で現れたとき、ちょうど裏口がノックされた。工務店。琢也は店の掃除を終えて、入ってきた大工の棟梁と、一見してインテリふうの若い社員に頭を下げて二階へと上がる。インテリふうの一人は建築家だろうと考えた。
 仏壇を前に正座をし、蝋燭と線香を立てて、ほがらかに笑う佐紀子に手を合わせた。
「佐紀ちゃん、見守ってね、頑張るから。祐紀子のこと、きっと幸せにするからさ」
 しかし遺影はウインクなんてしなかったし、透き通る佐紀子も現れてはくれなかった。
 コンビニが気になった。昼間は真夏。夜になっても蒸し暑い。時刻はまだ八時すぎだったが、ここでぼんやりしていてもはじまらない。川べりに出て屋形船でも見てから店に行ってみようと考えていた。

「軽量鉄骨?」
「そうです。コンクリートプレハブでもいいかと。これをごらんください、こっちが鉄骨工法、こっちがコンクリートプレハブなんですが、プレハブと言っても昔とは違いますし見た目は木造と大差なく出来上がります」
 どちらも本格木造にくらべて安いここと工期を短縮できると説明していた。琢也はそんな声を背負うように裏口に立ち、話の腰を折らないよう祐紀子に向かって『店に行く』とジェスチヤーをして戸口を出た。
 昔ながらの板戸の扉は丁番を軋ませて開き、そっと閉じて歩き出す。

 祐紀子が親方に訊いた。
「工期は一月半ぐらいなんですね? そんな早く?」
「そうすね、そんなもんで出来上がりやす。取り壊しに数日、土地をならして基礎を打ち、固まるまで十日は置きたい。その間にパーツを作っておいて、組み上げだしたらあっという間に形はできやす。それから内装だ。ひっくるめて早くて一月半、まあ二月あれば間違いなく。
 いまある店のテーブル席に、節香が使っている十畳の和室を座敷とする造り。二階は住居専用とし若夫婦のための部屋もしっかりできる。間に階段を挟んで、節香の部屋と仏間の六畳も造る設計。
 鉄骨それにプレハブと聞いて眉をひそめた蔵之介だったが、完成した店舗の例を見せられて納得したようだった。見た目だけでも江戸屋の歴史は感じさせたい。そうしないと、歴史を壊して薄っぺらな現代では先代に申し訳ないと思うのだった。

 節香が蔵之介の顔を見た。
「どう蔵さん? 気に入らない?」
「いんや、いいんじゃねえか。おいらはよ、江戸屋らしい店になりゃぁいいのさ。そこらのラーメン屋みたくはしたくねえ。設計図って言うのか、できたら見せてくれるんだろ?」
 若い社員がそれに応えた。三十代の半ばほどで一級建築士。
「それはもう、図面と、それからCGですが簡単なパースをお見せしますので」
「いつできるんでぃ?」
「そうですね、十日もあれば」
「ほうかい、わかったぜ。俺のほうは文句はねえよ」 と節香に微笑む蔵之介。しかしそのとき祐紀子が注文をつけたのだった。

「お店はいいと思いますけど二階ですが、母さんのお部屋と仏間ですけど、いまどき仏間っていうのもヘンだから、お部屋をつなげて暮らしやすくして欲しいんですよ」
「はーはー、そうですか? えーえー、それもこれもこれから打ち合わせしながら作っていきますんで、図面を見ながらまたお話させていただければと」
 蔵之介はそっぽを向いてしらんぷり。節香は節香で、ちょっとうつむいて笑いを噛んでいた。祐紀子の考えることを見抜けない二人ではない。二人ともに照れていたが、蔵之介のほうが、笑ってしまうほどトボケている。二間をつなげた広い部屋に二人でいてほしいと祐紀子は思った。

 工務店が帰って行って、ひと息ついて、蔵之介が膝をぽんとやって立ち上がった。
「うしっ、帰ぇるぜ」
「あいよ。琢ちゃんのこと、ありがとね。気をつけて」
「おおよ、おいらも嬉しいぜ、これで大子の野郎に顔向けできらぁ」
 裏口まで送って出る母を見ていて、いい感じだと娘は思う。
 節香はすぐまた戻ってきて、ため息をついて座り込んだ。
 祐紀子は言う。
「ドキっとしちゃった」
「喰い歩け?」
「そうなのよ。私だって手伝い気分じゃダメだなって。叱られた気分だったわ」
「そりゃそうだよ、京子のほうが料理ができるじゃ話にならない。まあ、あたしだって、まさかおまえたち夫婦が継ぐなんて思ってもみなかったからね。けどアレさ、焦ったってはじまらない。蔵さんじゃないけれど料理に惚れ込まないとね」
「うん…はい。だけど母さん」
「はいはい?」
「お金あるの?」
「半分は借金だろうね。けどまあ、いままでの信用があるから大丈夫。そっちはあたしに任せときな。続けるならいつかこの日は来るもんさ…それにしても蔵さん」
「は?」
「ドギマギしちゃって面白かったねー、あっはっは」

 声を上げて笑った節香だったが、滲むような穏やかな笑顔に変わっていく。
「考えないわけじゃなかったんだよ。そうすりゃ蔵さんにはお弟子が大勢いるからさ、この店だって続けていける。けどね、そのためにってぇんじゃ、いくらなんでも申し訳ないだろ」
「まあね。とにかく二月ほど間があるから、どっかで息抜きしてくれば。それこそ田舎蕎麦でも食べ歩いてくればいい」
「けーっ、ヤなこった」
「は?」
「蕎麦屋やって何年だと思ってるんだい。第一そんなんじゃ息抜きにならないじゃないか。昔ね、父さんと旅したもんなんだ」
「そうなの?」
「山梨にはほうとうがある。それから信州蕎麦も。名古屋から大阪ってね、食べ歩くための旅だった。父さんて一本気な人だから、あたしのことなんざそっちのけで蕎麦にうどんに天ぷらに。おかげであたしゃ肥っちゃって」
「あははは、そりゃ肥るわ。 さあ、そろそろあたしたちもお風呂にしましょ。今日はなんだか疲れちゃった」
 母と娘で手を取り合って席を離れた。娘を先に風呂へとやって、節香は暗く沈んだ厨房を見渡した。

「あんた…続くよ、このお店…よかったね」

 部屋に戻って作務衣を脱いで寝間着に着替える。そのとき節香は蔵之介のさっきの様子を思い出してちょっと笑った。

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