快感小説

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妻は幽霊(九話)

九話


 しばらくぶりに上野に出た琢也は、書店へ行く前に街角に見つけた蕎麦屋に入る。朝をコンビニで軽く済ませているだけで、それきり何も食べてはいない。もり蕎麦だけなら三軒は回れそうだ。

 見つけたその店は手打ち蕎麦ののぼりが出ていて店の造りも古く、期待してのれんをくぐった。蕎麦は造りの古そうな店が美味そうな気がする。これからはそういうことも考えていかなければならないと、すっかり蕎麦屋になった気分でいた。
 店の中は江戸屋に似ていた。まあ蕎麦屋とはそんなもので、店内の装飾に凝る上品な店は少ないし、下町ではほとんど見ない。板床に木のテーブル。ただ江戸屋と違うのは蕎麦打ち台がガラス越しに見られるようになっていること。そう言えばこんな店もあったなと記憶をたどりながら席につく。ディスプレイに凝る店は多い。

 蕎麦そのものは江戸屋よりも黒っぽい。コシが強くて麺の肌がツヤツヤしている。蕎麦粉には一番粉二番粉と種類があり、そのうちの一番粉を特に更科粉といって白っぽい蕎麦になる。
 対して挽きぐるみと言われる全粒粉は、いわゆる信州蕎麦に代表される黒いツブツブの混ざる蕎麦。その店の蕎麦は江戸屋よりも色が濃く、しかし挽きぐるみほど黒くもない。種類の違う蕎麦粉を混ぜて打っている。そのへんが蕎麦の深みだと琢也は思った。しかしいまそれを訊いたところで教えてはくれないだろう。

 蕎麦粉だけで打った生蕎麦。そして薬味に、小さなおろし金がついてきて生ワサビを自分で擦って好みで使う。葉のついたままの細く小さなワサビがついてきて、余ったらお持ち帰りくださいと、それ用の小さなビニル袋がテーブルに置いてある。店の造りからしても高級な部類の蕎麦屋のようだ。

 確かに美味い。しかし美味いと嬉しくなるほどでもない。麺がちょっとモソモソして硬い気がしたのと、ツユが甘めにつくられている。おろしワサビをつける演出からも女性を意識しているのかもしれなかった。
 そうして気を配って考え直し、それこそ考えてみたらそこまで考えながら蕎麦を喰ったことがないと気づく。琢也はちょっと可笑しくなった。
 蕎麦粉だけの生蕎麦であり、おろしワサビまでがついていて、それでも諸手を上げて美味いとは喜べない。難しいものだと実感する。

 そしてそのとき、これは手帳がいるなと考えた。方々を食べ歩けば細部を覚えていられない。店を出て文房具の店を探し、手に収まる手帳を買って、そこらのカフェに入って、さっそくいまの店のことを書き留めていく。場所と店名、気づいたことを事細かに記していくのだ。それで最後に自分なりに採点する。好みもあるのだろうが俺の基準でいい。琢也はモソモソする蕎麦が好きではなかった。
 ツユは丁寧につくられたものだと想像できたが、やはりちょっと甘すぎた。七十点。そんなものだろうと考えた。

 次に大きな書店を覗く。蕎麦やうどんの本が何冊も出ていて、趣味レベルのものから、『蕎麦屋をやろう』といった本格的なものまでさまざまあり、そのほか江戸屋でも出している丼物、小料理的なもの、寿司もあれば本格和食の専門書まで、和食の棚を見ただけでも、ものすごい数が出版されている。
「図書館か古本だな」
 気になったものを揃えていては金がかかってしょうがないし、このとき琢也は頭ばかりが大きくなってもダメだろうと考えた。
 今日はとにかく蕎麦の本だけ。うどんはまた次にしようと、蕎麦職人を目指すためのプロ向けの本を一冊買った。かなり高い。

 それからまたカフェに飛び込み、さっそく目次を拾い読む。蕎麦粉のことから、打ち方や切り方などは当然として、蕎麦粉の配合や、かわり蕎麦のページが気になった。かわり蕎麦といえば茶蕎麦ぐらいしか知らなかったのだが、じつに多彩な蕎麦があり、蕎麦職人たちの蕎麦にかける想いに胸が熱くなるほどだった。
「なになに、二八蕎麦と九割蕎麦か…内2と外2? なんだ?」
 そのへん蔵之介と話したばかりのことだったので、ともかくそこから読みだした。

 二八蕎麦とは、十割中、小麦粉2に蕎麦粉が8の配合を言うのだったが、小麦粉2に対して蕎麦粉を8配合することを『内2』と言う。
 ところが同じ二八蕎麦でも10の蕎麦粉に対して小麦粉を2加える『外2』という技法もある。九割蕎麦もそうだ。9対1でも10対1でも九割蕎麦ということだ。
「はぁぁ、そうなんだ、知らなかった」
 江戸屋はどっちなんだろう。蔵之介とちょっと話したことでさえ、生半可に聞くのと知識を持って疑問を抱くのとでは、まるで違う。
『蕎麦は何年やったから一人前ということはなく、まず三年、その先五年、さらにその先と、自分の味を探す醍醐味があるものです』と書かれてある。
 一日も早く厨房に立ちたい。江戸屋で一年ほども暮らしながら何ひとつ知らなかった。琢也は焦っていた。

 それからもう一軒、別の店を覗き、江戸屋に戻ったとき、夕方からの波がはじまっていて店は満席。フル稼働の状態だった。
「洗い場やります」
「そうかい、すまないね、できるんならお願い」
 節香は天ぷらを揚げたり小料理を盛り付けたり。蔵之介は蕎麦やうどんの茹でと丼物など、厨房は二人でてんやわんや。店には祐紀子一人が走り回っている。
 外から戻った琢也はジーパンにポロシャツ。時刻は六時すぎになっていてコンビニ勤務までは間があった。江戸屋は七時で閉店する。今日最後の大波だ。
 エプロンをして手を洗い、白い和帽子だけをかぶらされて洗い場に立つ。
 手伝いで何度か洗い場に立たせたことはある。額に汗して祐紀子が運ぶザルや器を受け取って洗うのだったが、そのとき節香は、横目にふと見て、この子は目つきが変わったと感じていた。

「ありがとうございました、またよろしくお願いしまーす」
 最後の客が出たのが七時半前。今日は夜の波がすごかった。
 蔵之介がどっかと座る。
「あー終わった、参ったぜ、蕎麦もうどんもぴったりしまいよ」
「ほんと忙しかったねー、目が回るかと思ったよ」
 帽子と前掛けを取った蔵之介と、割烹着を着たままの節香、それにエプロンを外した祐紀子と琢也が六人席に腰掛ける。琢也はエプロンだけを脱ぎ、なぜか和帽子はかぶったまま。
 蔵之介が笑う。
「いっちょまえに似合うじゃねえか」
「え…いえそんな」
 三人揃って琢也を見つめ、そのとき祐紀子が言った。
「どう? 食べてきた?」
「うん、二カ所でね。 あ、そうだ」
 琢也は裏口のところに置いたままだった小さなバッグと、買い込んだ本を持って席に戻る。

「ほら、こんなのが」
 おろしワサビだった。小さいワサビでも全部は使いきれない。余ったものをビニル袋に入れて持ってきた。
 蔵之介が横目に見て鼻で笑う。
「そんで、その店どうだったい?」
 琢也は黒表紙の手帳を取り出して開きながら、思ったことを告げた。
「ほほう、メモしてるってか? ちょいと見せてみな」
「はい」
 蔵之介は目を細めて手帳を覗き、祐紀子は夫が買ってきた本に気づいて手に取って、母親の節香と二人で覗き込む。
 蔵之介が口許をひん曲げてちょっと笑った。

「なるほどねぇ、気づいたことを書き留めておくってことかい。ふっふっふ、懐かしいや、おいらも小僧の頃おんなじことをやったもんだ。はっはっは、で70点かい? 次の店は55点? あっはっは、こりゃたまらん、てめえに採点される店はたまったもんじゃねえ、あっはっは」
 節香も祐紀子もたまらないといった面色で、蕎麦の本と若い琢也を見比べている。
 そしてそのとき、琢也はふと訊いてみようとした。江戸屋の蕎麦へのはじめての疑問だった。

「で、親方」
「おうよ?」
「ウチの二八は、内2ですかね外2ですかね?」
 蔵之介はちょっと目を見開いて、節香たちが開いている蕎麦の本へ視線をやって、それから言った。
「そこが俺っちの妙ってもんよ。その日の天気でも違うしな。しかし問題はそこじゃねえ。二八は八の一八(いっぱち)ってな、八の蕎麦粉が一か八かの勝負ってことなんでぃ」
「配合ですよね?」
「そういうこった。更科、二番、三番、挽きぐるみ、加えて挽きの粗さもあらぁな。江戸の昔は石臼っきゃねえ。いまのように機械で均等には到底できねえ。だからな、江戸を再現したってダメなんだ。いまの客の口には合わねえだろ」
「はい、それはそうだと思います」

「それとそこのワサビだが」
「あ、はい?」
「雰囲気よ。自然食ブームでいかにもってことなんだろうが、そいつは若すぎら。ワサビの風味は立派に育った大きなものじゃねえと格段に落ちるからな」
「香りですよね?」
「おおよ。辛さもあるし、第一そいつを見ろや、ワサビを尻からおろしてやがる。ワサビってぇのはな、葉を落して首から擦るもの。見栄えに気を使うから葉を残して尻を擦る」
「はぁぁ、はい、なるほど…」
「さらにだ、擦り跡から、おろし金だろ。サメ皮でなきゃ本物の風味は出せねぇもんだし、そこにも商売としての妙がある。高級料亭じゃねえんだぜ」
 琢也は黙ってうなずいた。こだわりすぎると江戸屋の値段ではとても出せない。庶民の蕎麦でなくなってしまう。
 
 蔵之介は、小さなワサビをつまみあげて匂いを嗅ぎながら、節香とちょっと視線を合わせて言うのだった。
「ま、けどよ、まっさかおめえの口から内2なんて言葉を聞こうとは思わなかったぜ。早く店に立ちてえだろう?」
「はい、それはもう」
 蔵之介はうんうんとうなずいて言う。
「けど焦るな。おめえは修行しだすのがちと遅い。だからその分、てめえの中で発酵させろ。喰いまくって、覚えることがあるなら頭に入れてよ、江戸屋が新しくなるのを待つんだ。ちっと考えてることもあるしな。二月やそこら早かろうが遅かろうが差はねえよ」

 そのとき横から節香が言った。
「そうだよ琢ちゃん、職人とはいっても、いまは昔とは違うよ。いまふうに工夫するにしたって、あたしらにはない知識がいる。叩き上げばかりが修行じゃないからね。そうやって帳面につけてよそを知ることだって修行じゃないか。こんな本まで買ってさ、覚えようとするだけ立派だよ」

「よしっ、コーヒーでも淹れよっか!」
 祐紀子は立った。泣きそうだった。
「おお、いいねぇ、おいらにもくれや!」
「はいよっ、四つ淹れるよっ」

 威勢よく祐紀子は立ち上がって厨房へと入っていく。
 涙が出そう。厨房にしばらく隠れていたかった。

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