快感小説

妻は幽霊(十話)

十話


 五日がすぎていた。間に週末を挟んでいたのだったが、この五日ずっと雨模様が続いていた。気象庁は梅雨明け宣言を間違えたようだった。じとじと蒸す雨が降り続き、青い空がほとんど見えない。北の横綱と南の横綱ががっぷり四ツに組み合って、まさに水入りの様相だった。

 雨が降ると週末でも浅草寺にさえ人出は多いとは言えない。傘をさしてまで裏路地をめぐってみようとはしないものだし、スカイツリーへの散歩コースであっても電車を使われてしまうだろう。
 江戸屋は結局この街に支えられてやってきた。食べ物屋はどこもそうだが表通りを外してしまうと常連がいてくれなければやっていけない。

 一週続いたコンビニの遅番が明けて一日休みという早朝、琢也はいつも通り帰宅してすぐ眠り、けれども明後日からの中番シフトへの時間合わせで昼すぎには起き出していた。遅番が続くのなら寝ておかなればならなかったが今日は休み。次の日から二時スタート十時終わりの中番にシフトが変わり、また一週それが続く。
 おそらくそれで最後だろうと琢也は思う。次の店長が手配されれば、コンビニのバイトから江戸屋の若旦那に転身する。一日一日と時間が経つに連れて、奮い立つ思いと怖さが同時にふくらんだ。

 あれから五日、毎日出歩いて蕎麦を食べ続けていたのだったが、街の中にはやっていけずにシャッターを降ろしてある店舗もあって、食べ物商売の怖さを感じ取っていたからだ。まずければつぶれるし、特色のない商売では鳴かず飛ばず。また病気でもして店を閉めておくと客は離れる。蕎麦職人は健康であることも大切だった。

 ともあれ、今日は休みだと思うとたいして寝ていなくても目が冴える。  仏壇のある六畳に入り、遺影の佐紀子に手を合わせて、それから仏壇そのものへも顔を上げた。江戸屋をつくり上げた先々代にも、四年前に亡くなった先代にも、琢也は手を合わせて頭を下げた。

『やっほー、Tバック』
「うわっ、また出た」
『あらら、ずいぶんじゃん。また出ただと? 祟ってやる』
 今日の佐紀子は着替えていた。よく意味がわからない。死人であり死に装束でいいはずなのに、透き通る佐紀子はホワイトジーンズのミニスカートを穿いている。上は青いタンプトップ。
 そのスタイルで、怒髪天を衝くといったように長い髪を逆立てて牙を剥いて怒っているのだ。
「あのさ佐紀ちゃん」
『なんね!』
「きったねえ女だよなぁ」
『なんで!』
「そうやってすぐ脅す」
『うん。ふふふ、嘘だもーん』

 それで穏やかな幽霊に戻っていくのだが、琢也はちょっと拗ねていた。幽霊に怒り狂われてはとても勝てない。まして女房そっくりのお化けだから夫婦喧嘩をしたときのことを思い出す。
「ほんともう、どっちがどっちだか」
『よく言われた』
「ちぇっ。お化けのイメージを覆すお化けだよね」
『お化けって言うな。美しい幽霊と言いなさい』
「はいはい。んで? どうしたの?」
『母さんお願いね』
「お義母さん? どういうこと?」
『ここ壊して建て直すでしょ』
「ああ、なるほど、思い出の店だもんね」
『そうだよ。父さんと死に物狂いでやってきたお店だからね。人生そのものなんだもん』
「うん、ぅぅぅ、そだね、ぅぅぅ」
『うぷぷ、泣くなよなぁ…馬鹿みたいにやさしい奴なんだから。あたし琢ちゃん好きかも。妹がうらめしや、じゃなくて、うらやましいわ。いまここに父さんいるよ』
「えっえっ? ほんと?」
『ちゃんと見ててやるからシャンとせいって』
「は、はいっ!」
『うははは! からっきしダメ、可笑しいったらありゃしない。降りてって手伝えば。母さん喜ぶから』

 それだけ言うとミニスカお化けは消えていこうとした。
「あ、ねえ待って」
『なんね?』
「お店閉めてからなんだけどね、お義母さんと蔵さんに旅行券あげようと思ってるんだ。お義母さんて温泉どっか好きなところあるのかな?」
『おい、この馬鹿!』
「は?」
『横に父さんいるって言っただろ!』
「うわっ…しまった」
『あははは! でも父さん笑ってるよ、嬉しいみたい。蔵さんは兄弟みたいなもんだったからね。温泉なんてどこでもいいじゃん。琢ちゃんの気持ちだよ』
 そして佐紀子は、すーっと寄り添ってきて、頬にちゅっとキスをして霞みとなって消え去った。

 店に降りてみると、今日も外は雨だから、昼なのにそれほど混んではいなかった。コンビニと一緒で客の入りを計算して蕎麦を打つのが職人なのだが、食べ物屋は一概には言えなかった。雨でも昼は混むときは満席になる。まさに水商売だ。
「あら琢ちゃん、もう起きたの?」
 パートで来ている京子だった。その声で祐紀子と節香が振り向いて微笑んだ。
「手伝います」
 節香はうなずき、ちょっと考える素振りをした。
「休みなんだっけ?」
「そうです」
「あそ、わかった。じゃあ祐紀子、アレを」
「あ、はい」

 そして祐紀子が手招きする。厨房の奥の節香の部屋だった。
 手提げ袋に新しい作務衣が二着入っている。蔵之介と同じ灰色がかった紺の作務衣の上下。女たちは灰茶色、男は紺。
 さっそくパンツ一丁になって新しい作務衣に着替え、白い和帽子と白い前掛けをきりりと締めて、厨房へと降り立った。男は高下駄で仕事をするのだが、それは手伝いのためにすでに自分の下駄を持っていた。

「おおぅ若造、いっぱしじゃねか!」
「はいっ、カッコだけっす」
「あったりめえよ! カッコだけは若旦那ってか?」
 そのときだった、店からカウンター越しに中を覗いた、あのおばさんが声を上げた。田崎のおばさん。店を継げと言ってくれた人だった。
「よっ若旦那! あたしゃこれが言ってみたくてねー! こっち来てよっく見せてな。よかったねー、節香さん」
 節香は溶けそうに笑って、店に出なさいと琢也の背を押した。

 厨房から店へと回ると、おばさん二人が座っていた。どちらも常連。二人揃って拍手する。そしたら他に二組いた中年のお客たちが何事かと顔を上げる。
「うん! 立派だよー! それでこそ江戸屋の若旦那だわ!」
「ご祝儀だね。先代にもいいだけお世話になってるからね。後でご祝儀用意したげる。早く若旦那のお蕎麦が食べたいもんだ」
「ちぇっ、十年早ぇえぜ、はっはっは」
 蔵之介が笑って言うと、皆がどっと笑いだす。
 そんな中で、目を赤くする節香の丸い背を祐紀子がそっと撫でていた。

「ええー! お店建て直すのー!」

 おばさんの声がした。店で琢也が話したようだ。本決まりになるまではと伏せてあったことだった。この二人に漏れたが最後、一瞬して向こう百軒そこらじゅうに知れ渡る。
 琢也は、しまったというような顔で厨房を振り向いて、節香は可笑しくなって笑い転げた。笑い転げて店に出てくる。
「お二人とも時間がよければこの後ちょいと」
「はいはい、いいよー、待ってるから」
 今日は暇だ。他のお客が出て行ったら早めに昼の休憩にしようと節香は思った。二組いたお客が出て行き、一度のれんを降ろしてしまって休憩中の札を下げ、引き戸を閉める。
 おばさん二人を六人席に呼び寄せて、節香、京子、祐紀子で囲む。祐紀子がコーヒーを淹れようとしたのだが、蔵之介が言った。

「おいらと若造のは後でいい。うどんがねえんだ。おい旦那、打つから見てろ」
「はいっ」
 琢也の目の色がキラキラしている。
 厨房の麺打ち台に、内側の赤いコネ鉢が置かれた。
「いいか、こうしてな」
 小麦粉をフルイにかけながら鉢に入れ、塩水での水回し。熊手のように開いた指先で手早く水をなじませていく。仕事が速い。
「うどん粉は中力を使う。このぐれぇダマになったところで、こうして両手でうどん粉をぶつけてやるんだよ」
 熊手の左右の手が水を含んだ小麦粉を左右から寄せるように叩きつける。除雪でもするようにコネ鉢の中で白い粉が踊る。
「まんべんなく水を回してほぐしてやって、それからコネだ。掌の手首の腹で押し込むようにコネてやる」
 バラバラだった小麦粉のダマがあっという間に丸くなって餅のようになっていく。
「こうして丁寧に揉み上げて丸く整え、それから踏みよ」

 踏み込み用の板を敷き、丸くなったうどん玉を置いて厚手のビニルシートをかぶせ、下駄を抜ぎ、白い足袋を穿いた足の裏で踏み込んでいく。
「踏むというより床に押し付ける感じでまんべんなく踏む。コネと踏みでコシが決まる。踏むとひろがるから、こうして折りたたんでさらに踏む。クックッっと踏み込む感じだぜ」
 踏まれてひろがるうどん玉を折りたたんでさらに踏み、ひろがるとたたむ向きを変え、さらに踏んでいく。
「このぐれぇだ。そんで最後に菊揉みって言ってな」

 麺打ち用のまな板の上で、菊の模様を描くようにうどん玉を回しながら揉み込んでいく。クックッっと揉み込むたびにうどん玉が回転し、菊の花の模様になっていく。
「で最後に、こうして丸くなるよう形を整えて、ビニルをかぶせて二時間寝かせる。うどんはこれがあるから時間がかかる。蕎麦は一気にいかねえとならねえ。わかったか?」
「はい、すごいです」
「あのな小僧、何年やってると思ってやんでぃ。まずはうどんだ、うどんが打てなきゃ話にならねえ」

 そのとき、いつの間にかおばさん二人は帰ってしまい、厨房を節香、祐紀子、京子が覗いて見つめていた。

「ほれ、やってみんかい」
「えっ、いきなり?」
「てめえ! いきなりもクソもあるか! やれ、おらぁ!」
 尻をこれでもかとひっぱたかれる。
 コネ鉢に小麦粉をフルイにかけながら入れ、次に水回し。手が震える。
「水は細く落とす。もっと手早く。指を開け、第二関節の下ぐれぇまででうどん粉を掃くように回すんだ。あ、コラ、水は細く! 多すぎたらおしめえだぞ!」
「はいっ!」
 額にまたたく間に汗が浮かぶ。
 京子が祐紀子の腕に腕を絡めて顔を見合わせる。
「よし水はいい、そのダマ加減を覚えとけ。次は両手でうどん粉を掘り返してぶつける感じで」
「はいっ」
 たったいま見ていたことがうまくいかない。
「遅い! もっと早く!」
「はいっ」
「こぼすな! もったいねえ!」
「はいっ」

「よし、コネてまとめろ」
「はいっ」
 両手の腹の手首のところで見よう見まねにコネていく。
「うどんを叩くな、痛がるだろ! 静かに深く押し込むように!」
「はいっ!」
「そうそう、まとまってきたら、うどん玉を回すようにまんべんなく」
「はい。なんだか弾力が出てきた感じです」
「それがコシってもんよ。ムニュムニュと祐紀坊の尻でも揉むようにしてやれや」

「ったく、何言ってやんだい、エロジジイ」
 小声でぼそりと言った節香の言葉が可笑しくて、けれども必死な琢也の姿に祐紀子も京子も笑えなかった。

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