快感小説

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妻は幽霊(十一話)

十一話


 それからも蔵之介は夜の営業のためにうどんをもう二玉こしらえて寝かせ、かと思うと、目にも止まらない早さで蕎麦を打って切り揃える。
 琢也はそばに寄り添い目を見張って見つめていた。見習いとは文字通り見て習うこと。蕎麦を打ちながら教えられることを、あの手帳に書き留めていく琢也。名人級の職人の凄さを目の当たりにして、まさに眸の色が変わっていた。

 二時すぎに寝かせたうどん玉は四時すぎには麺にできる。打ち台に向かった蔵之介は、大きな打ち台に片栗粉でサッと打ち粉を打つと、丸めたうどん玉を、まるで手が機械になったように麺棒をしごいて押し付けながらうどん玉をのしていき、何となく四角くなったと思ったら、のせばのすほどますます四角くなって均等な厚さになっていく。
 布地のように折りたたんだうどんの生地に駒板を当てながら、四角く大きな麺切り包丁を素早く動かして、太さの均一な白い麺に仕上げていく。

「とまあ、こんなもんでぃ。てめえの玉でやってみろ」
「はぁぁ…はい…とても無理かと」

 皆に笑われながら一人だけ泣きそうな顔をしてのばしにかかる。だいたい丸い玉がどうして四角くなるのかわからない。打ち台に打ち粉を振るだけでも均等にひろがらない。
「腕を振るな。少し高みから手首を返してシュッとまいてやりゃぁいい」
 シュッとまいてと言われても…。
 生まれてはじめて自分でまとめたうどん玉。麺棒でのしてひろげていくのだが、見るのとやるのは大違い。横に立たれて教えられながら打っているのに麺棒がまるで言うことをきいてくれない。
「あのな…お化けの服つくってんじゃねえんだぞ。せめて丸くのばしてみやがれ、このスカタン」
 このとき京子は仕事を終えて帰っていた。店もまだ開けていない。家族だけ。節香は顔をそむけて娘の背中をばんばん叩きながら笑っている。

 形がいびつで厚さもまるで一定しない。それでもどうにかそれらしく生地をたたみ、左手で駒板を当てながら、大きな麺切り包丁をはじめて握る。思ったよりもずっしり重い。
「包丁をまっすぐ立ててスッと一気に押して切るんだ。上から押し付けるとつぶれるぞ」
「はい、難しいです」
「あたぼうよっ、はじめっからできるわけねぇだろ。遅くていいから丁寧に切っていけ」
「はいっ」
「あ、コラ、のこぎりじゃねえんだ、押し引きするな」
「はいっ」
 蔵之介の何倍時間がかかるのか。一刃ずつ駒板を滑らせながら、必死の形相で切っていく。
 蔵之介は、困ったように眉を寄せて笑って見ている節香と、気が気でない様子の祐紀子に首をすくめてヘン顔をした。

 はじめての琢也のうどんができあがる。
 開店まで少し間がある。さっそく大きな茹で鍋に麺を放って茹でるのだが、すでに皆が大笑い。太いの細いの、長いの短いのと、とてもうどんとは呼べないシロモノだ。
「そりゃおめえ、スイトンだな。おおスイトンだ。新しいメニューだぜ、あっはっは!」
 それでも琢也は唇を噛んで鍋を覗き、湯の中で踊る麺を真剣に見つめている。
「よし浮き立ってきた、上げろ」
「はいっ」
 ザルに上げて流水で揉むように洗うのだが、揉んでいるうちにぽろぽろと細かい麺バリが剥がれていく。包丁でつぶして切ってしまい麺に薄いバリができてしまうのだ。こうなると口当たりもよくない上に水っぽくてうまくない。

 二人前ほどザルに上げ、皆は手をのばしてツユを使わず生で喰う。琢也もはじめてつくった自分の麺をつまみ上げて口に運ぶ。
 蔵之介がザルの上の麺を指先でひっくり返しながら言う。
「あーあだぜ。これ十センチ、なのになんでこっちは五十センチ?」
 節香も顔を赤くして笑っている。長さも見事にバラバラ、太いのは棒のようだし、薄いのはきしめんのよう。
「自分で喰ってみてどうでぃ?」
「美味くないっす。固いの柔らかいの、それにべちゃっと崩れたような麺もあって」
「包丁が立ってねえからよ。のこぎりみてぇに押し引きしたり、つぶして切ると湯にふやけてこうなっちまう、覚えとけ」
「はい、ありがとうございました」
「おおよ。そんでも嬉しいだろ? どうでい小僧っ!」
 蔵之介は琢也の方をぽーんと叩く。
「はい、面白いっす。面白くてならないっす」
 琢也の眸は輝いていた。
「よし、それでいい。面白がって惚れ込まなくちゃモノにはならねぇ。何でもそうだぞ、しくじりを楽しんで次に活かせ」

 夫は一歩を踏み出した。意気込みが顕れる男の面色は眩しい。祐紀子は胸が熱くてたまらなかった。
「うんと練習しなくちゃねっ、はじめてでこれだけできれば上等じゃない」
 振り向いて首を傾げながら笑う夫を抱き締めてやりたくなる。
 そのとき節香が娘の背を叩いて明るく言った。
「お赤飯買ってといでっ。今夜は腕によりをかけるからねっ」
「はいよっ、行ってくる」
 祐紀子が作務衣にエプロンをしたままの姿で裏口から一度出て、すぐにまた覗いて言う。
「雨あがったみたいよ」
「あいよ、わかった」

 ふたたびのれんを掛けて店を開けると、ほどなく近所の者たちが次々にやってくる。
「聞いたぜ聞いたぜ、建て直すんだと?」
「おおっ、いたいた、立派じゃねえか若旦那よ!」
 すでに話がまわっている。これが下町、人の幸せが嬉しくてならないのだ。
 琢也は言われる前に店へと出た。真新しい青い作務衣に白い和帽子、白い前掛け、背の高くない琢也がのびて見える白木の高下駄。いなせな若い職人の姿であった。
「えー、らっしゃいぃ! ささ、どうぞどうぞ!」
「おおっ威勢がいいねー、たまらんだろ節香さんも」
「まったくだよ、嬉しいねー! 今夜はサービスするよー、たんと食べてってー」

 ぞろぞろと次々に覗きに来ては蕎麦にうどん。仕込んだ麺だけでは足りそうにない。今日は夜に大波がやってきた。ずっと満席。飲む客もいれば、一家五人が揃って出かけてくる客もいる。
「ええいクソぉ、あのおばはんどもめ、言いふらしやがってよー」
 蔵之介にすればたまらない。うどんはいまからでは間に合わない。蕎麦打ちをしなければならくなった。
 厨房にいても何もできないカッコだけの若旦那を店に、厨房では三人揃ってしっちゃかめっちゃか。注文を止める七時前になって、またしてもぞろぞろと。店を閉めたときには八時をすぎてしまっていた。
 節香がダウン。
「ああ参ったねー、へとへとだよー」
「ったくだぜ、こりゃしばらく続くぞ、たまらん」
 蔵之介も疲れ果てて座り込む。厨房に琢也だけが残って洗い物。祐紀子はコーヒーを淹れていた。
 妻が言う。
「カッコよかったよ」
「そうかぁ? カッコだけじゃなー。さっきのうどん、泣きそうだったし」
「あははは、しょうがないしょうがない、これからよ、きっとすぐにうまくなるから」
 若い夫婦の談笑を、すぐ外のテーブルから節香と二人で見ていて、蔵之介も肩の荷が少しは軽くなっていた。相弟子の家族の店というよりも、かつては惚れた節香のためでもあるのだから。
 とにかくコーヒーで一休み。祐紀子がコーヒーカップを三つ運んで蔵之介の横へ座り込む。

「ねえ蔵さん」
「おいよ?」
「琢ちゃんがね、温泉手配するけどどこがいいって? 母さんと二人で行ってくればいい」
 蔵之介が声をなくして節香へ視線を流すと、節香はちょっとうつむいて口許をほころばせていた。
「店のことが決まったら二泊ぐらいで予約するって。夏だから伊豆とかはちょっと厳しいだろうけどね」
 節香が言った。
「二泊もかい?」
「琢ちゃんがちゃんとするって。行ってくればいいよ。あたしたちも浜松行くし、一緒に出ればいいじゃない」
 節香が言う。
「じゃあ山がいいかね? 水上とか?」
「でもいいし、そっち方面なら伊香保もあるし。山のほうがのんびりできると思うよ」
 節香は、ちょっとはにかむように蔵之介を見たが、蔵之介はそっぽを向いて照れていた。

 一休みして、さあ夕食だと節香が腰を上げたとき、厨房と奥の部屋への間の壁にかかる回線電話が鳴り出した。厨房に入ったところだった節香が取った。
「はい江戸屋です? ああ野中さん、真央ちゃん元気? うんうん、えーえー…あそう、そりゃ可哀想だわ…うんうん、そうだよね、しょうがないよねー」
 声は聞こえていた。節香の声のニュアンスがしだいに萎んでいく。
祐紀子には訊くまでもなく事情はおよそ見通せた。
「えっ明日? もちろんいいわよ連れてらっしゃい。ううん孫だもん、ウチはぜんぜんかまわないから。はいはい、じゃあ明日ね」
 電話を済ませても節香は厨房に留まったままで出てこようとはしなかった。コーヒーカップを盆に載せて祐紀子がそばに歩み寄る。

「真央ちゃん?」
「そうなのよ、ママがいるのに会わせてくれないって泣くんだって。なだめてもダメだし、双子の妹だって言って聞かせても暴れちゃうみたいなんだ」
「しょうがないよ、三つだもん、わかるわけない。明日来るって?」
「悪いけど会ってやってくれないかって」
「わかったわ。ああ可哀想、涙が出そう」
 佐紀子の夫、野中崇。実家が静岡でもあり、プロ野球二軍のコーチという仕事柄も、あちこち試合で飛び回る。託児所にあずけるか実家にゆだねるしかないのだったが、ママを亡くしてパパにも会えないでは可哀想すぎる。
 節香にとっては初孫で、それでなくても可愛くてたまらない。

 祐紀子は内心辛かった。会えばいっとき楽しくても別れるときに幼いあの子は泣かなければならなくなる。
 明日琢也は中番で二時から十時までの勤務。ちょうどその間に真央を連れて野中が来る。
 琢也は様子を察して静かに厨房へと入っていた。

「ごめん琢ちゃん」
「何言ってんだい、抱っこしてやればいい」
「うん、そうなんだけどさ」
「祐紀ちゃんより真央ちゃんのほうがずっと辛いよ」
 祐紀子はハッとして夫の顔を覗き込む。
「そうだね、ありがとう」
 店にいてカウンター越しに聞き耳を立てていた蔵之介が、ちょっと頭を掻いてそっぽを向いた。

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