快感小説

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妻は幽霊(十四話)

十四話


 その二日後のことだった。新しい店の設計ができるより先に、しばらくの間暮らすことになる引っ越し先が見つかっていた。
 言問橋を渡った川向うに数件の空き家があって、駐車場だった周囲の空き地も含めてマンション業者が押さえ、そこには小さなマンションが建つはずだった。ところが近隣住民との折り合いがつかず、しばらく放置されることになると言う。古い家だったが二階建ての戸建てでもあり、建て直しの料金に含んでくれてとりあえずの家賃を考えなくてよくなった。建て直しを任せる工務店は江戸屋と同じように古くからある大工の家だったが、代が変わって建築士などを置く現代の工務店に生まれ変わった。小さいながらも建築会社を名乗っている。

 琢也の新しい生き方は蕎麦屋の下働きからはじまったのだが、バイトさえしたことがなかった飲食店での修行は楽しかった。家族で営む店でもあり、見ず知らずの店に就職するわけではない。しかしその分、蔵之介も節香も息子を仕込むように厳しかった。早くいっぱしにしてやりたい。焦るということではなく、江戸屋の仕事を叩き込んでいく。朝から掃除をし、仕込み以前の下ごしらえで包丁を持ち、開店してからは店と厨房を掛け持ちで飛び回る。昼の休憩時間にはうどんに取り組み、休む間もなく夕方からの営業に入っていく。
 しかし本当に厳しいのはこれからだった。建て直しで休業する二か月の間、仮住まいに調理器具を引き上げて毎日麺打ちの特訓が待っている。そういう意味で琢也は運がよかったとも言えただろう。営業しながらではなかなか覚えられない職人技を集中して仕込まれるわけだから。

 設計が決まってパースを見せられたのは、そのさらに三日後の夜だった。店を閉めて掃除を終えた八時になって工務店が訪ねてくる。店のいつもの六人席でこちらが四人、向こうが二人の六人で新しい店の姿に向き合っていた。
 結局鉄骨構造にするそうだ。いまある江戸屋は何ひとつ残らなかったが入り口の周囲は江戸屋の面影を残すように、のれんの似合うレトロな造りとされ、店の中はすべて板床。テーブル席はいまの席数を維持しながら、六人掛けの座卓が三つ置ける座敷が増やされ、新しくても和の趣のあるインテリアとされている。
 厨房も広くなり、麺打ち台がガラス越しに覗けるようになっていた。演出など蔵之介は感心しない造りだったが、若旦那へ引き継ぐことまで考えるとそれでいいと納得した。
 観光の街。江戸屋のお客も日本人だけではない。外国からのお客は日本の伝統に目を輝かせる。良くも悪くもそういう時代なのだと蔵之介は納得するしかなかった。琢也のためを思っても、客に見られながら叱られる醜態を晒したほうが身のためだ。

「私はいいと思うけどね」
 節香が皆を見渡して、蔵之介がうなずくと、工務店の若い建築家が言った。
「わかりました、ではこれで進めさせていただきます。取り壊しの手配その他で着工は一週間後。仮住まいへのお引越しは二日前ぐらいまでにこちらで手配させていただきます」
 二人が頭を下げて出て行って、蔵之介は横に座る琢也の背中をパァンと叩く。
「いよいよだぜ旦那」
「はいっ」
「二月あらぁな、死に物狂いでうどんを覚えろ。二月やそこらでモノになるたぁ思ってねえが、仕込んでやるからそのつもりでいやがれ」
「はい、お願いします親方」
「おおよ、おめえの肩にかかってるんだ、シャンとせいや」

 それでまた背中をひっぱたかれてその場はお開き。席を立って厨房へと入っていく節香が一瞬立ち止まり、見慣れた景色を心に刻むように見回していた。先々代から続く江戸屋。夫と二人で働いた景色が時代にのまれて消えていく。
「写真撮っておこうね」
 祐紀子は母の肩にそっと手を置き、一緒になって見渡した。子供の頃から姉と二人で手伝ったのが、つい昨日のことのように思い出される。そこにあって当然の景色が消えていく寂しさは、私でさえがそうなのだから母はどれほど寂しいだろうと考えた。
 蔵之介は風呂へ行き、琢也がそばに来ると節香が言った。
「半紙あったかね?」
「半紙すか?」
「書いとかないと。私がこの店にキリをつける」
 穏やかな決意のある面色。祐紀子と琢也は顔を見合わせ、祐紀子が壁にかかる時計を見ながら言う。
「連絡しとくね、野中さんに」
 時刻は九時半。電話するにはちょうどいい。

 その一言で節香は、店から孫へと想いを切り替えたようだった。
「楽しみだねー、ここに孫がやってくる。佐紀だってきっと…」
 そう言ったきり肩を震わせた節香。祐紀子が横から抱き締めてやっている。琢也はそっとその場を離れて二階へ上がった。そこにいてはいけない気がした。
 江戸屋の歴史と、その中で育ててきた二人の娘の一人が消えた。
 分身の分身がやってきて私はまた孫を見守ることになる。悲しみと寂しさと、死んだ娘の無念を想い、節香は涙がとまらなかった。
「でも母さん、楽しみじゃない。何もかもが新しくなる。姉さんだって喜んでるわよ、この江戸屋に真央ちゃんが来るんだもん。お婆ちゃんの手に委ねて安心してるに決まってる」
「うん…ぅぅぅ佐紀ぃ、早すぎるよー」

 義母の号泣をはじめて聞いた。
 そのとき琢也は仏壇の前にいて、蝋燭と線香を整えて、遺影よりも、その背後の仏壇を見上げて手を合わせていた。
 気丈に振舞っていても、わずか三十歳での娘の死は無念すぎる。俺がやらなければ。何もできない自分が情けなかった。
 ついでに遺影にも手を合わせ、部屋へ戻って着替えた琢也はパソコンを立ち上げて旅行の手配をはじめていた。
 温泉は水上あたりがいいと思った。上越新幹線一本で行ける。夏休みに入っていても海ではない。平日ならいまからでも予約はできる。いくつか候補はあったのだが、さてと考えているとき襖が開いて祐紀子が入ってきた。
「蔵さんは?」
「いま帰ったよ」
「泣かれちゃったね」
「ほんとよ。平気な顔してても、あれで無理してたんだから」
「そりゃそうだよ」
 祐紀子は作務衣を着替えながらノートパソコンの画面を覗いた。

「あら温泉?」
「やっぱ水上かなって。電車で行くなら便利だしさ」
「そうね、喜ぶわよ母さんたち」
「そうかな?」
「決まってるじゃん。蔵さんのこと、まんざらでもないわよ母さんて。自分からは言い出せないし、蔵さんはもっと言えない。ウン十年を経た恋の思い出なんだから」
「じゃあ二泊でいいかな? 少なくない?」
「ううん充分、それでいいんじゃない。長いと琢ちゃんに気を使うわよ、お金かかるし」
「おっけ。じゃあここにする。雄大な森へと拓けた露天の家族風呂だって。のんびりするにはいいかなって」
「うん、ありがとね、いいと思うわ。引っ越しって言ったって仮なんだから荷物を全部ひろげるわけじゃないからね。あたしたちも一緒に出て浜松だし、みんなちっとは息抜きしないと」
「真央ちゃん連れてな」
「ふふふ、あの子舞い上がっちゃうわよ、想像できるもん。性格そのまま姉さんだから」

 笑いながら着替えた祐紀子は後ろからそっと夫の肩を抱き締めた。
「お店のこと、まさか野中さんがねぇ」
 夫は気にしているだろうと妻は思った。
「すごいよ、やっぱり。真央ちゃんのことがあるにしたって数千万円ポンだもん」
 蓄えを投げ出しても半分ほどは融資だと考えていた節香だったが、足りない分以上のものを野中がキャッシュで用意した。
 しかしそれもまた琢也を落ち込ませる原因だった。融資を受けて自分が働いて返していくと思っていたのに、右から左へ大金を動かせる野中に引け目を感じてならない。たった五歳の歳の差以上の違いが歴然としてあるのだから。

 野中崇は、かつてドラフトにかかったほどの期待の選手。不動のレギュラーとして活躍していたのだが、二シーズン前に試合中の守備での激突で大怪我を負い、引退して二軍のコーチをやっていた。
 野中にすればたいした金額でもないのだろうが、琢也は今度の浜松行きで親に相談してみようと思っていた。少しなら協力できると思っていたのに、そういう意味でもとても勝てないと落ち込んでしまうのだ。
「気にしないでね、彼だって家族なんだから」
「わかってるし、そんなことを気にしてる場合じゃない。二月なんてすぐじゃんか。覚えないと」
「そうだけど蔵さん褒めてたわよ。それは母さんもだし。あの子は舌がいいって。食べ物屋にとっていちばん大事なことだからね。微妙な味の違いがわかる奴だって蔵さん言ってた」
「そうか?」
「あの手帳もね。蔵さん、あれ見て言ってたわよ、見る目があるって。ポイントを押さえてるし、しばらくの間によくもこんなに喰い歩いたものだって笑ってた。だから琢ちゃん、お金のことは気にしないで」
 妻は夫の頬にキスしたが、笑い出して言う。
「しょっぱいよー、お風呂行っといでな」

 翌日は明け方からのにわか雨が昼前にはあがり、陽射しが戻ったとたん街が蒸し風呂のようになっていた。
 こういうときは地元の人たちも出ないものだが、開店した口開けのお客が地元のおじさん二人で、建て直しにより閉店しますと書かれた貼り紙を見て、さっそく話がかけめぐる。昼を少しすぎたあたりから、わんさと顔なじみがやってきた。
 蔵之介は、ご機嫌斜め。
「あークソっ、蕎麦もねえ、うどんもねえ、たまらんぞこりゃ。どいつもこいつも…ったく。だあー、クソぉ!」
 厨房に笑いがあふれた。
 二時になって一度閉店。京子が帰って行ってから、夕方からの営業に備えた仕込みがはじまる。

「おい旦那、ちょいと」
「はい」
 蔵之介は、うどんに使う塩水を二種類こしらえ、ボールに入れて並べていた。
「舐めてみろ」
 琢也は、その両方を指先にすくって口に含み、蔵之介と眸を合わせた。
「どうでぃ?」
「はい、こっちのほうが幾分しょっぱいかと」
「おおそうだ、わずかな違いだがな。しょっぱいほうは夏うどんに合わせるものだ」
「腐るから?」
 パァンと頭をひっぱたかれる。
「違う、この馬鹿、漬物じゃあるめえし腐るわけねえだろ。汗をかくとしょっぱいもんが欲しくならぁな」
「そうか、それで?」
「おおよ。と言って汁をしょっぱくしちまうと、ベタぁっとしょっぱくてダシの旨味が損なわれる。麺をわずかにしょっぱくするのよ。そうすりゃ、こいつは美味ぇってことになる。涼しくなるとこっちの塩甘いほうを合わせてやるのさ」

 そこで蔵之介は両方の塩水を捨ててしまう。
「作ってみんかい。塩何グラムじゃなく、てめえの舌で覚えるんだ」
「はいっ」
 たかが塩水。小さなボールに湯を張って、味をみながら天然の海の塩を加えていく。ちょっと溶いては舐めてみてを繰り返し、夏うどんのための塩加減を決めていく。
 蔵之介はいよいよ腰を据えて教え出したと節香は感じた。料理はすべて塩加減で決まるもの。祐紀子もそばにいて、真剣な面色でたかが塩水に向かう夫を見ている。

「うん、こんなもんだと思いますけど」
「どれ」 と言って、蔵之介が指を入れて味をみる。
「おお、そうだぜ、これでいいのよ。おめえはやっぱり舌がいい。この加減を季節とその日の天気に合わせてやるのよ。わずかに変えるだけでモノが変わる」
「はいっ」
「よし、少ししたらうどんを打つぞ。塩水はしばらく慣らして塩の角を取ってから使うもんだ」

 節香が笑うようなため息をつきながら言う。
「はぁぁ…さあユッコ、あたしたちもやるかねー!」
「うん! 母さん嬉しそう」
「そりゃ嬉しいよ、江戸屋はあたしの命なんだ。おまえも京子に負けな
いようにしないとね」
 げんなり。祐紀子はちょっと舌を出した。

 真剣勝負でコネ鉢に向かう夫。青い作務衣に和帽子、前掛け。高下駄を履いて打ち台に向かう姿は、もう立派な蕎麦屋だった。
「手が荒い! 静かに深く、押し込むようにコネてやれ!」
「はいっ!」
 背中で聞こえる職人の声に、祐紀子までが奮い立つ思いがする。

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