快感小説

妻は幽霊(十六話)

十六話


 スカイツリーへはタクシーを使った。言問橋からなら歩けない距離ではなかったが三歳児にはちょっと遠い。
 もうすぐ夏休みに入り子供を連れた家族で混みだすのだろうが、初夏の夜はカップルだらけで展望台へのエレベーターに列ができてしまっている。明日には引っ越しという今日、のんびり並んで待つ気分にはなれなかった。
 ライトアップされたスカイツリーは見事な都会の巨木だった。真央は以前にも一度佐紀子に連れられて来たことはあったのだが、そのときはまだ二つかそこらでよく覚えていないようだ。キラキラ輝く幼い瞳にカクテル光線が煌めいていて、ここのところずっと、なぜかママのいない暮らしに寂しい思いをしてきた真央は嬉しくてたまらない。

 姉の子という以上の想いが祐紀子の中にはある。それは真央が、ママだと信じて疑っていないから。疑うまでもなくママと呼んで甘えてくれる。鏡の中にいる妹ならば、この子を悲しませない条件は整っている。
 祐紀子は佐紀子になりきろうとした。姉はどういう気持ちでこの子のママをやっていたのかと考えると、女心が姉に重なり、野中への想いまでが生まれて来そうな気がしてしまう。
 祐紀子は琢也に対してちょっとだけ反省した。一緒に連れてくればよかった。夫は真央に対するスタンスに迷っているだけ。それもきっと真央を愛することで佐紀子と区別がつかなくなることへの迷いのようなものかも知れないと思うのだ。

「ほらぁ大きいねー、綺麗だねー」
「うんっ、大きいねー、綺麗だねー」
 言葉をなぞるように言って、甘えて甘えてまつわりつく真央を見ていると、生き写しの姉を愛し、この子を溺愛して、あんなに大きな体をした人なのに別れ際に涙を浮かべた野中の姿に、男としてのこの上ないやさしさを感じる。
 そしてそう思ったときに、これは私自身のスタンスが難しいといまさらながら感じる祐紀子。真央のママになれる自信はあっても野中の妻にはなれないし、琢也の妻であろうとすれば真央のママにはなりきれない。
 ついさっき夫に対してムッとしたのも、そうした迷いを夫に振り払ってほしかっただけかも知れないと思う。男らしく先導してほしい。『俺の妻だが真央のママだ』と言ってのけるような男のスケールを琢也に求めた。しかしそれは、これほど自分勝手なこともなかっただろう。

 真央に向かって、これから暮らすことになる江戸屋の家族を紹介するとき、琢也に対して『向こうのお兄さん』と思わず言ってしまったことを後悔した。後悔したが、じゃあどう言えばよかったのか。
 私の旦那よ? もう一人のパパなのよ? それでは大人の言い分にすぎず真央を迷わせるだけになる。
 なぜかママは離れて暮らしていて、パパかママか、どちらかを選ばなければならなくなった。幼い子にとってこれほど理不尽なことはないはずだ。
 真央のためだけを考えてやるべきだという琢也の言葉がすべてだとあらためて思う。野中、私、琢也の三人が、真央のためだけに立ち位置を探していかなければならない。
 けれどそれさえ言い訳で、はっきり言って野中に対して揺れだした女心に戸惑っていた祐紀子だった。

 レストランで夕食。ハンバーグ。子供用のマンガの描かれた可愛いフォークを上手に使い美味しそうに食べてくれる。そんな姿が嬉しくて見つめていると、何を思ったのか、小さく切ったハンバーグをフォークに刺して、「はいママ」と食べさせてくれようとする。やさしい真央。湧き上がる涙をこらえるのに困ってしまう。
 姉も野中も、二人の気持ちがどういうものかがわかるからだ。
「美味しいっ?」
「うん美味しいよ、ありがとね真央」
 抱き締めてやりたくなる。これから帰ってお風呂。姉の体から生まれた小さな分身を目の当たりにすると私はもうダメだろうと考えた。この子のためならどんなことでもしてやりたい。

 憑依した佐紀子が妻の心を導いている。そのことがわかっているのは自分だけ。
 その頃、琢也は、引っ越しの準備をしながら、ふとそんなことを考えていた。心を残した愛する娘を何が何でも不幸にしないため佐紀子の魂は妻に憑依した。
 真央に関する限り、祐紀子はもう佐紀子なのだと琢也は思う。重なり合って二人いる妻。どちらも愛していこうと考えていたし愛せる自信はあった。しかし野中に対する負い目のようなものだけはどうにもならない。琢也は力のない自分が悔しかった。

 真央にとって二人いるママ。けれどもそれを二人いる夫にしてはいけない。そこだけは私に重なって存在する姉をはねつけなければならないだろう。リクツではわかっている。けれども真央に対して涙をためる野中の姿に、真央のパパと言う以上のたまらないものを感じてしまった祐紀子だった。
 揺れている。だからさっき『おまえは俺の妻なんだ』と夫に示して欲しかった。
 しまった。琢也に悪いことをしたと祐紀子は思う。
 真央への想いが急速に私を侵食しはじめている。正式に娘として引き取ってもいいとさえ思えて来ている。だけどそんなことをしてしまえば野中からすべてを奪うことになり、そう思うとますます野中への情が騒ぎ出してしまうのだった。

 二人いる夫。考えてもみなかったことが、真央が来てわずかな間に現実味を帯びてきている。これは苦しいと祐紀子はちょっとため息をついていた。
 今夜から夫との部屋に真央を寝かせて一緒に眠る。しかしその場で琢也に抱かれていいものか? もしも真央に見られたら真央はどう思うのだろう。
 なのに、まるで他人であるはずの野中となら、そうなっても仲のいいパパとママ。一緒に暮らしていく上での問題はそこだった。
 真央の前では琢也の手を握ることさえ躊躇する。野中とならそれができる。夫婦のようにもたれかかって甘えていられる…。

「さ、真央、そろそろよ、帰りましょう」
「うんっ、いいよー、楽しかったぁ!」
「帰ったら一緒にお風呂にして、おとなしく寝なさいよ」
「はーいママ。抱っこしてねぇ」
 そうか、姉はこの子を抱いて寝ていたのか。
「いいわよ、いままでごめんね、寂しかったもんね」
 よくわかっていない真央。なぜか会えなかったママに会えるようになったとしか思っていない。

「…これ見ろよ、たまらんな」
「ええ、可愛い」
「ふふふ、天使の寝顔だ」
「姉そっくり。だんだん似てくる」
「祐紀ちゃんそっくりってことじゃんか」
「そうなのよ。それでちょっと迷ってるの。私はどっちって思っちゃうんだ。京子さんじゃないけど、LなのRなの? さっきレストランでね」
「うん?」
「ハンバーグを美味しそうに食べててね」
「うん?」
「じっと見てたら、ちょっと切ってくれるのよ、はいママって」
「いい子だ」
「ほんといい子、たまらないわ。甘えて甘えて抱っこしてって言うし」
「野中さんも泣いてたね」
「あら見てた?」
「もちろんさ。ベタベタだなって感じたよ。可愛くてたまらないんだ。佐紀ちゃんの分まで愛してやろうと思ってるよ」
「そう思う。あの人はやさしいわ。お姉ちゃんに対してだって、どんなふうな夫婦だったか見てればわかるもん。ラブラブよ」

 一日を終えて、真央はママの布団の横で眠っていた。小さな手でママのパジャマを握り締めて眠っている。二度と離れないと言うような姿だった。
 何となく匂いが違うと感じているのだろうか…と考えると、可哀想でならない。
「ふふふ、ほっぺが真っ赤だ」
「うんうん、可愛い、食べちゃいたいぐらいよ」
「欲しいんだろ?」
「そうかも。引き取ってあげてもいいって思っちゃった。私たちの子として育てていくのよ」

 夫がどう言うか。試すつもりもなかったけれど、祐紀子は琢也の面色を覗いていた。
「それはそれで真央ちゃんには可哀想だよ。野中さんにしろ身を裂かれる想いだろうし」
「…そうね」
「二人いる夫さ」
「え…?」
「二人いる妻とも言えるかもだけど、それって幸せなことなんじゃないかな」
「どうして?」
「二人二つの人生が重なってる。人生二倍」
 ああ夫も同じことを感じていると祐紀子は思った。

 二人いる夫なんてあり得ない話だけれど真央を中に置くと成立する。野中も琢也も許してくれると思うのだが、真央はきっと許さない。
「だけど祐紀ちゃん、俺たちだよな問題なのは。何でパパじゃない人が隣りに寝てるのってことになる」
 言葉が返せなかった。そのためだけの夫婦ではないけれど夫婦生活が持てなくなる。
「ママぁ」
「え? はぁい?」
「…寝言だ」
「そうみたい。こんな子置いて逝っちゃうなんて、お姉ちゃんが可哀想だわ。私なら化けて出るな」
 もう出てる! とも言えず、琢也はちょっと笑って目を閉じた。

「うわっ」
 あやうく声になりそうだった。布団を並べて夫婦で寝ていて、妻、真央、琢也の並びだったのだが、その琢也の横に透き通った佐紀子がパジャマ姿で添い寝をしている。なぜ着替える?
『抱っこして』
「ばーかコノぉ。しかもなんでパジャマなの?」
『脱いであげよか?』
「そういう問題ではない! あーあ、嘘だろ…もう」
『可愛いでしょ真央って』
「ああ可愛い。天使だよね」
『そうなのよ。あたしみたい?』
「けっ、どこが…コノお化け」
『ほうほう、またイジメるわけだ? 祟るわよ?』
「きったねえ女だなー、一方的に俺が不利じゃん」
『うひひひ、お化けだもん当然じゃん。でもね琢ちゃん』
「うん?」
『あたしでよければ抱っこして。二人いる妻…なんちゃって』
「ありかよこういうの、祐紀ちゃん隣りにいるんだぜ、妹なんだよ」
『見えないからいいんだよ。ちまちましたこと気にするな』
「ちまちまね…あっそ」
 テレパシーのピロートーク。

 佐紀子が寄り添って腕枕で微笑んでいる。不思議な寒気を感じながら、それほど嫌でもない琢也。慣れて来た。何となく感触だけはあるのだが、抱いてやろうと腕を回すと腕がすり抜けて自分を抱くようになってしまう。
 だけど何で、お化けがその都度着替えて出るのか?
「怖いんだ」
『あたしが?』
「野中さんがだよ」
 お化けめ、都合が悪くなると黙ってしまい、すがりついているだけだった。

 しきりに照れる蔵之介と、はにかむ節香を見送って、真央を連れてまた別の新幹線に乗り込んだ。
 三列シートの真ん中に真央がいて、窓側に祐紀子。琢也の実家へ行くということがよくわかっていない真央だったが、ママと海に行けるのが嬉しくて舞い上がってしまっている。
 車内販売。ワゴンが横へ迫ってくる。
「真央ちゃん、アイス食べる?」
「わぁぁ食べるぅ!」
 通路側の琢也が買って真央に手渡す。
「ママ見て、お兄ちゃんが買ってくれたよ」
「うんうん、よかったねー、こぼさないように食べなさいよ」
「はーい。あたしお兄ちゃんのこと好きかもぉ」

『うぷぷ、さすがあたしの娘、打算的だわ』
「…また出たよ。しかもちゃんとスカートだし」
『そりゃそうよ、お出かけなんだから。海ではビキニよ、ひひひっ』
「ひひひ言うなー、おぞましい」

 しかし琢也は涙をこらえていた。
 透き通った佐紀子は、小さな真央を膝にのせて真ん中のシートに座っている。慈愛に満ちたたまらない面色で、アイスをほおばる娘を見ていた。

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