快感小説

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妻は幽霊(十七話)

十七話


 東京駅から新幹線で一時間十五分、上毛高原。そこからシャトルバスが出ていて、さらに一時間ほど。豊かな夏の緑を縫ってどんどん山へと入っていく。夏でも高山の風はすがすがしく、夜には肌寒くなるほど。節香と二人、借りてきた猫のようにかしこまってしまった蔵之介は、かつての恋を想うように、はじめて二人きりの旅路にいた。
 高原の旅館。建物は新館の横に旧館が連なった古くからある宿。
「江戸屋みたいだね」
 と、節香は笑う。新旧の居並ぶ姿は琢也と蔵之介が並んでいるようなもの。けれどそれより、明らかに固まっている蔵之介に笑えてしまう。
 宿に着くと新館三階の部屋に案内される。真新しく広い和室で、大きな窓全面に山の景色がひろがっていた。凛とした空気の漂う青畳の部屋には床の間がついていて、信楽焼の大きな花器に森の枝葉が見事に活けられてあったのだった。

「遠いところ、ようこそおいでくださいました。さっそくお風呂のご案内をさせていただきます。こちら新館には屋上に展望露天風呂、一階に大浴場がございまして、旧館裏手に露天の家族風呂がございます。いまでしたらいずれもご利用いただけますが家族風呂は予約が必要となっております。いかがいたしましょうか?」
 節香が横目で探ると蔵之介はあらぬ方に視線をなげて照れている。ちょっと笑いながら節香が言った。

「家族風呂にしてください」
「かしこまりました。いますぐでしたら空いております。ご希望のお時間などあればおっしゃっていただければ、そのようにはからいますので」
「はい、できればすぐにでも」
「かしこまりました、ではそのように。それとお食事はお部屋でお召し上がりいただきますが、ご主人様にはお酒などお好みがございましたら、そこの電話からお申し付けいただければと思います」
 家族風呂にご主人様という言葉だけで蔵之介は気もそぞろ。仲居が頭を下げて出て行くと、素知らぬ顔で外を見ている蔵之介の背後に節香はそっと寄り添った。

「まったく蔵さんたら」
「おぅ」
「おぅ、じゃないでしょ、楽しいのか楽しくないのかはっきりなさいな。男らしくシャンとおし」
 節香はちょっと拗ねたような眸を向けながら部屋の造作を見回した。
「それにしても、ずいぶんいいお部屋だわ、琢ちゃんに申し訳なくて」
「むぅ」
 節香は可笑しい。北条蔵之介という強そうな名がぜんぜん似合わない小心者。百六十センチそこそこの小男。こういうときは女のほうが開き直れるもののようだ。

 この旅で節香はきっちりしていいと考えていた。これからは真央も一緒。店も住まいも新しくなり、すべてをリセットするチャンスだった。
「すごい景色、緑にのまれそう。こういうところ、どれぐらいぶりだろう」
「おぅ」
 寄り添っていくと蔵之介の手が何となく動き、節香の腰に回された。嬉しいと言うよりも、先々代の下で競い合った二人の若者の双方と結局私は結ばれていくのだと、感慨にも似た想いがある。
「さ、せっかくだからお風呂にしましょ」
「むぅ」
「まったくもう! おぅとか、むぅしか言えないの!」
 肩をちょっと叩くようにして節香は笑って離れ、用意されている浴衣を手に、男物を蔵之介に手渡した。二人して背を向けて着替えながら節香はくすくす笑っていた。緊張してパキパキになっている。いい人だと思う。

 揃って部屋を出てエレベーターで一度降り、外に出ると、そこは外廊下になっていて、歩いて行くと森の中に湯の小屋がいくつか並んで建っている。どこでもいい。入るときに入浴中の札を戸口に提げておくようにする。
 板戸の引き戸を開けて入ると、まさに山小屋の趣の脱衣があって、さらに今度はガラスの引き戸を開けると、森に向かって拓かれた小さな岩風呂のある造り。隣りの湯とは木塀と植え込みで仕切られていた。
「さあ脱いで。入りましょ」
「お、おぅ…」
「ああン、もうっ! ちゃんと言っておくれよね、おかしな人だわ」
 浴衣を脱いで白くなった節香が先にタオルだけを手にして緑の中へと踏み込んで行く。

「琢ちゃんにお礼を言わなくちゃね、やさしい子だわ」
 湯加減はちょうどよかったが白湯は浅かった。家族風呂は子供も入るからだろう。首まで浸かろうとすると体を浮かべる感じになる。
 蔵之介に寄り添って節香は言った。
「あのときあたし苦しかったのよ。大さんと蔵さんに挟まれちゃってさ。あの人がいきなり逝って途方に暮れてるとき蔵さんが戻ってくれた。嬉しかったし、今度こそって、じつは思ってたんだけどねぇ。いまでもあたしのこと想ってくれてる?」
「む…むぅ」
 蔵之介はちょっとうなずき、あたりにひろがる緑と青い空を見つめていた。視線を下げてしまうと裸の節香がそこにいる。
「真央のこともありますからね、はっきりしましょ、あたしたち」
 そこでようやく蔵之介が言葉を言った。
「いまのアパートな」
「うん? 出ちゃう?」
「おぅ」
「はっきり言ってな」

「惚れてるさ、ずっと」

 節香はちょっとため息をついて、蔵之介と一緒になって緑と空を見渡した。
「これであの子にお爺ちゃんができたってことだわ。琢ちゃんはちょっと戸惑うでしょうけどね」
「引き取ってやれればいいんだが」
「そうだけど、それはちょっと…祐紀子はママになれても琢ちゃんはパパにはなれない。だけど琢ちゃんはあたしたちの息子ってことだから」
「そうだな。あの野郎は立派よ、あの歳しやがってイチからだぜ。肩身の狭めぇ思いだろうが、あいつぁよくやってる」
「ほんと。江戸屋の若旦那は琢ちゃんしかいない。だけど祐紀は揺れるでしょうね。野中さんはすがすがしい。真央ちゃんを誰より想ってる人だから、女なら心は動く」
「まして双子だ。おいらでさえ並ばれると間違えちまう」
「だからね蔵さん、しばらくはあたしにつきあって。勝手を言うけど、まだまだあたしたちが軸でいないとならないから」

「節ちゃん」
「はい?」
「嫁さんになってくれ」

 まっすぐな蔵之介の眸を見て、節香は男の胸に頬をあずけた。
「…あの人だって許してくれるわ。大さんのこと、たったいま忘れた。佐紀と祐紀が一緒に産まれたときのことだけ覚えとく。あの人、泣いちゃってね、可愛い可愛いって」
「じゃあよ、おいらは昔の江戸屋を捨てら。もう大子のヤツの店じゃねえ。おいらと若造の店にしていく。十割やるぞ」
「十割を? 二八はやめる?」
「それが先々代の想いだから大子だって守ってきた。しかしそれじゃぁ大子の江戸屋にこだわることになっちまう。おいらはそれでもいい。けど琢のためには、いまの時代の蕎麦屋にしてやりてえ。二八と言うと、いまの世は格下だと思われちまう」
 節香は想いを噛み締めるようにちょっとうなずき、蔵之介にすがりながら言った。
「お任せだわ、あたしはもう大さんの女房じゃないんだし。琢ちゃんがくれた新婚旅行を楽しみましょう。今夜はあたしもお酒いただく」
「おぅ」
 それでもやっぱり、おぅしか言わない。節香は蔵之介の胸をちょっと拳固で叩いて、胸にそっと笑顔を添えた。

 二八蕎麦の起源には諸説あり、江戸の頃の庶民の味は二八が逆転した八二だったという説まである。小麦粉八に蕎麦粉が二。つまりその頃の蕎麦はうどんの延長線上にあったものということになるわけだ。
 一方、生蕎麦と言えば混じりっけのない十割蕎麦。十割蕎麦は麺打ちが難しく、したがって江戸のそこら中にいた庶民の蕎麦屋は、つなぎに小麦粉を使うようになり二八が生まれた。三七もあれば五五もあって、蕎麦には本来、四角四面な決まり事などないのである。
 十割蕎麦だから美味いとは言えない。二八のほうが安定した味が出せるもの。ところが、ある時期から粗悪な二八が出はじめて、高級で美味い蕎麦は十割蕎麦、二八は安物といったイメージができあがってしまう。

 しかし蔵之介が十割をやろうとしたのは、そんなことではなかった。老いた自分の持てる技術をすべて琢也に渡していきたい。
 十割蕎麦の中でも更科粉=一番粉だけを使った、いわゆる江戸の細く白い蕎麦は、粉同士をつないでくれるグルテンを一切含んでいないから蕎麦打ち技術の最高峰が学べる。同じ十割でも黒い蕎麦の挽きぐるみのほうが麺にしやすい。
 江戸屋は江戸蕎麦がウリ。最高の技術を渡してやって、それから先は次の店主が創り上げていけばいいと蔵之介は考えている。

「真央ちゃんはお蕎麦好き?」
「うんっ、食べるぅ」
「おうどんは?」
「おうどん、好きだよー」
 幼い真央と話す夫を、祐紀子は目を細めて見つめていた。真央を受け入れて可愛がろうとしてくれる。まさか佐紀子の幽霊が膝に抱いていようとは思わない祐紀子にとって、それは嬉しいことだった。

 琢也はちょっと違う。幽霊となってまで我が子を見つめようとする佐紀子に感動していたし、妻と一緒に守ってやりたいと思っていた。
「お兄ちゃん、お蕎麦つくるのぉ?」
「え…う、うん」
 ドキリとして妻に目をやると、祐紀子はそっぽを向いてちょっと笑う。
「あのね真央ちゃん、お兄ちゃん、まだはじめたばかりなんだよ。いまは見習い。これから勉強してつくれるようになっていかないと」
 三歳児に言うことではない。真央は頭がよく、幼いなりに言葉をたくさん知っている。それにしたって、いま蕎麦の話をしてもしかたがない。祐紀子は可笑しかった。
 琢也が話しかければ振り向くが、真央は祐紀子ばかりを見つめていたし、ママと旅行できることが嬉しくてしかたがない。
「ママぁ」
「はぁい?」
「おネムぅ」
「おネム? ふふふ、いいわよおいで」
「うん」
 透き通ったママの膝に抱かれている三人席の真ん中から、窓際にいる祐紀子の膝に乗り移り、ふんわりふくらむ乳房に抱っこしてもらって寝てしまう。そんな娘を微笑んで見つめている佐紀子の姿は琢也にだけ見えていた。

 祐紀子が真央の小さな背中をぽんぽんとやりながら小声で言う。
「ふふふ、寝ちゃったみたい」
「ああ。可愛いなぁ」
「琢ちゃんさ」
「うん?」
「こんなときお蕎麦の話したって真央は楽しくないよ、ふふふ」
「そっか。うん、そうかも」
 しかし祐紀子は、琢也のそういう真面目なところが好ましかった。もしも真央を引き取ることができるなら琢也ならいいパパになれるのにと、ふと考え、私もそろそろ子供が欲しいと思うのだった。
 新しい江戸屋ができて新しい暮らしが固まれば妊娠の条件が整うことになる。真央に触れて母性が騒ぎ、心が母親になっていたのかも知れなかった。

 琢也が言う。
「佐紀ちゃんも安心してるよ」
「そうかな? でもね、姉の子だと思えなくなりそうで…」
「俺が江戸屋を引き継ぐみたいに祐紀ちゃんがママを引き継ぐのさ」

『けっ! チンケな蕎麦屋と一緒にすなっ!』

 うっさいなぁ。琢也はなにげに隣りの佐紀子に目をやって、真央の睡魔がうつったように目を閉じた。
 けれどそのとき、祐紀子はそれとなく夫の横顔を見つめていた。
 心が揺れる。すでに私の娘としか思えない。手放したくないと考える自分がいることに戸惑っていたのだった。
 愛する娘が寝息を立てて、琢也までが静かになって、もう一人の透き通ったママは、すーっと消えていなくなる。

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