快感小説

妻は幽霊(二十話)

二十話


 琢也が取り壊された江戸屋を見に出ている間、祐紀子は真央にシャワーをさせていた。この家も古いと言えば古く、いずれ壊されることになるのだが、暮らすための機能はしっかりしていて浴室が特に綺麗だった。水まわりは家の中でも傷みやすい。バストイレはリフォームされて間がないようだった。
 洗い場のプラの椅子に祐紀子が腰掛け、小さな真央を膝の間に立たせて体を洗って髪を洗う。小さな手で顔を覆わせておきながらシャワーでシャンプーを流してやると、面白がってプゥゥと息を吐き、口許に流れる泡を飛ばしてみたりする。ママとのお風呂が楽しくてならないようだ。
 体を拭いてやり、丸裸のままで二階にある夫婦の部屋へと追い立てて服を着せていくのだったが、笑ってはしゃぐ幼子の姿は天使そのもの。

 野中から宅配便で送られてきたいくつもの箱は、もちろん開けて整理してあった。箱を開けたそのときも、祐紀子はきっちりたたまれて収められた洋服の一枚一枚を手にしながら、姉と野中がどれほど真央を愛しているかに感動していた。
 スカートだけでも、フレア、プリーツ、サロペット、キュロット、大人っぽい巻きスカートまで、カラフルで可愛いものがいっぱい。夏のいまはショートパンツや子供らしいタンクトップまで。アニメの描かれたソックス。可愛い下着。小さな靴やサンダル。可愛いハンドバッグやポシェット、などなど。
 どれもこれもが溺愛を物語るものばかり。小さなスカートを胸に抱いていると、姉もきっとたまらない気持ちでこの子を見守っていたのだろうと考える。

 そしてそれを箱に詰めて送らなければならなくなったパパの気持ち。野中は娘との別れを想いながら、逝ってしまった妻を想いながら、身を裂かれる思いでそれらを詰めていたのだろう。
 考えると涙が出そうだった。

「さてと、お洋服どうしましょね? 何食べに行くんだろ?」
 焼き肉なら油が飛ぶ。あまりいいものは着せられない。
「お婆ちゃんと行くのぉ?」
「ジイちゃんもよ、今夜はみんなでお出かけするから」
「わぁぁ、お外で食べるのぉ?」
「そうそう。 …ほんとにどうしよ、困ったな」
 と言っているところへ携帯に電話が入る。
「あっそ、焼き肉? え? 真央ちゃん? ちょっと待ってね。ちょうどいまシャワーさせて服を着せようとしてたところなのよ」
 それで祐紀子は携帯を耳に当てたまま、キラキラする眸で見つめている真央に言う。
「真央ちゃん、焼き肉好きってお婆ちゃんが訊いてるよ。お肉は好きよね?」
 真央はいっちょまえに電話に気を使うのか、声には出さず、にこにこ笑ってうんうんとうなずいている。
 それもまた可愛い。祐紀子はちょっと眉を上げて携帯に向かう。
「いいみたい、大喜びしてる。真央、それでいいのね?」
「うんっ! お肉大好きぃ!」
「あっそ。聞こえたでしょ? はははっ、弾んでるし。それでどこで? うん、えー、雷門に六時半? 雷門て提灯の?」

 そこで待ち合わせようということだ。浅草に住んでいて、あらたまってそんなところで待ち合わせるなんてはじめてのこと。節香の声が活き活きしている。焼き肉屋ぐらいそのへんにあるのだが、ここらではどこへ行っても江戸屋ご一行とバレてしまう。普段めったに行かないところで待ち合わせ、タクシーで上野方面へ向かうらしい。
 しかしそれはともかく、これで何を着せていいかが決まる。
「じゃあね、下はこれと、上はこっちのTシャツにしましょうか」
「はーい!」
 ブルーデニムのスカートに、普段着っぽいマンガのTシャツ。焼き肉だと返り油が舞い上がるし、肉汁をこぼされてはたまらない。
 汚れてもいい服を選び、それからドライヤーで髪を乾かして梳いてやり、大きな青いプラのタマタマがついたゴムの髪留めでポニーテールにしてやる。小さな乙女ができあがる。
「はい、いいわよ、可愛い可愛い」
「そぉ? ンふふ、真央可愛いかなぁ?」
 ドレッサーの鏡を覗いて、ちょっと体をひねる素振りでポーズする。ママを真似ていると祐紀子は思う。ませたガキだ。

「ただいま」
 琢也の声がしたのは、そんなときだった。
「ほら真央、下行ってお兄ちゃんにも着替えるように言ってちょうだい。今夜は焼き肉だって言うのよ」
「はーい! お肉だぁーっ!」
 走りだす真央。
「あ、こらっ、階段で走っちゃだめよ、危ないからね」
「わかってるぅーダ! きゃははは!」
 ドスドスと板鳴りする階段の音を聞きながら祐紀子も服を着はじめる。

「お兄ちゃーん、焼き肉だってーっ!」
「焼き肉? あっそ?」
「うんっ。お兄ちゃんもお着替えしてってママがぁ」
「わかったわかった、ほれ行けーっ」
「きゃぁーっ、きゃははは」
 声が筒抜け。お尻でも叩かれて追われたのだろう。そらからまたドスドスと階段を駆け上がる音がする。
「コラっ真央、階段では静かになさいって言ってるでしょ!」
「はーい!」
 部屋に飛び込んでくる真央は一目散にママの腰にしがみつく。後を追って琢也が覗いた。
「焼き肉なんだって?」
「そうなのよ、雷門に六時半」
「雷門? へええ、何でまた? 焼き肉なら俺は着替えなくていいけどね」
「あ、もう馬鹿ね、浅いんだよ、もうちょっとどうにかしてよ。母さんと蔵さんからの呼び出しなのよ」
「はあはあ、なるほど。ふふふ、あらたまって待ち合わせるからってことか?」
「そういうこと。上野あたりに出かけるらしい」
 琢也は眉を上げて首をすくめた。どんな話かは聞くまでもなく想像できたが、このとき琢也は、新しい江戸屋での新しい家族ができていくと感じていた。

 待ち合わせが雷門なら、ここからなら言問橋ではなく、ひとつ下の吾妻橋を回った方が近かった。歩いて行ける距離だったがせっかくシャワーさせて着替えさせたのに真央が汗だくになってしまう。
 タクシー。橋を渡ってすぐ右が雷門。夏の六時半はまだまだ明るく、この時刻になると待ち合わせのカップルも増えてくる。名物の大きな提灯の周りが人だらけ。人力車の若衆が外国人観光客に取り囲まれてしまっていた。
 そんな中、どう見ても親子にしか見えない三人はむしろ人に隠されて目立たなかった。提灯脇の門のところに立っていると、時間ぴったりに、仲見世側から節香と蔵之介が連れ立ってやってきたのだが、祐紀子は一見して、母は蔵之介に連れられていると感じていた。寄り添っていると言えばいいのか。
 蔵之介はスラックスにシャツ、節香は膝ほどまでのスカートにブラウスという、たいしたこともないスタイルだったが普段着ではない。それは琢也も祐紀子もそうだった。

 節香は長さの半端なヘヤースタイルだったが、それでもきっちり整えて、近づくにつれて薄化粧をしているのがわかる。食べ物商売で厨房に入るとき化粧はタブー。すっぴんがあたりまえなのだが、ちょっと手を入れると節香はまだまだ若くて美しかった。
 蔵之介も白い髪をきっちり分けて男らしいが、百六十センチそこそこの小男ではローヒールの節香とほとんど背丈が違わなかったし、細身だからますますショボい。
 けれど、その蔵之介に半歩遅れて寄り添う姿は微笑ましく、二人は明らかに浅草寺でお参りしてきた感じだった。

「あー、お婆ちゃんにジジイぃ!」

「あらま。こら真央、何てこと言うのよ」
 大きな声で指差したものだから、周りにいた人たちに笑われる。
「おぅ、真央。誰がジジイよ、まったくコノ跳ねっ返り」
 蔵之介は照れていたが、真央の言いざまが逆にいいクッションになっていた。
「おいらを最初にジジイっつたの誰でぃ、へっへっへ」
 節香がジジイを回り込むようにようにして笑顔を覗かせ、笑って言った。
「ジジイだもん、しょうがない。ま、そんなことはいいから行きましょ行きましょ。個室とってあるからね」
「個室?」
「五人で焼き肉なんてなかったことだもん。さあ真央ちゃん、行こ!」
「うんっ! きゃははは!」
 節香が手をひろげると真央はお婆ちゃんにすがりつき、横に棒立ちになる蔵之介に舌を出してあっかんベー。小さくても女の小悪魔ぶりを真央はすでに発揮している。

 四人半でタクシーに乗り、上野。と言ってもクルマだとあっという間についてしまう。大きな焼肉店の個室。丸い焼き網が二つある赤く四角いテーブルを四人半で囲み、次々に運ばれてくる肉や野菜を焼きはじめる。
 小さな真央は眸をくりくりさせて炭火の炎を見つめていた。こういうことのひとつひとつを家族ですごした思い出として育ってくれればいいと祐紀子は思った。
 五人は一家、いい雰囲気だと琢也も感じた。
「ささ、焼けたわよー、真央ちゃんからね、はい」
「うんっ、わぁぁ美味しそぉ!」
「たくさんお食べね」
「はーい!」
 お婆ちゃんが面倒をみる。真央の取り皿に分けられたカルビに、真央はさっそく小さな歯を見せてかぶりつく。そんな様子を溶けるように見つめる節香。可愛い初孫なんだと祐紀子はあらためて感じていた。

 そうやって皆で食べはじめ、節香が蔵之介の脇腹を肘で小突く素振りをした。
「む、おぅ」
 照れている。祐紀子は琢也と顔を見合わせてくすっと笑った。蔵之介が言う。
「まあその、なんだ…琢よ」
「はい?」
「おめえには礼を言う、温泉よかったぜ、ありがとな。うむ」
 話はそれでおしまい。節香はちょっと怒った素振りで顔を見た。
「それだけかい? ああ、もうっ、シャンとなさいな!」
 それから節香は琢也と祐紀子に交互に微笑み、しみじみと言うのだった。

「あたしね、琢ちゃんに新婚旅行をもらったと思ってるのよ。さっき父さんにも祈ってきたんだけど、お店ができたら北条節香になろうかなって思ってる」
「…母さん」
 それきり祐紀子は絶句。そばで琢也がちょっと視線を下げて微笑んでいた。
 節香が言う。
「真央ちゃんのこともあるしね、江戸屋だって新しくなる。何もかもが新しくなる。父さんのことがあってから蔵さんには足を向けられないほどよくしてもらったし、温泉でね、嫁さんになってくれって嬉しいことを言ってくれたんだ」
 小さな真央が、眸をキラキラさせてジジイと節香を交互に見ていた。何となく違う雰囲気を感じている。お嫁さんという言葉にすでに反応するところが可笑しくなる。
「だからね祐紀、佐紀のことがあったばかりでなんだけど、あたしらのこと許してもらおうと思ってさ」

 祐紀子は涙をためていた。
「許すなんて何言ってるの、おめでとう母さん、蔵さんも母さんのこと、どうかよろしくお願いします」
 蔵之介はうんうんと深くうなずき、隣りで目を赤くする節香の肩に手をやった。
「むぅ、まあよ、てえこったから、琢」
「あ、はい?」
「十割やるぞ」
「十割? 二八はやめるんですか?」
「節ちゃんとも話したんだが大子の江戸屋は終わった。これからは琢、おめえと祐紀坊の江戸屋よ。生蕎麦は奥が深ぇえ。これからはおめえが苦心しておめえの味を見つけていかなきゃならねえだろうぜ」
「はい、頑張りますから」
「おおよ。けど勘違いするな、高級路線じゃねえぞ。そこだけは変わらねえ。いっぱしの蕎麦屋なら二八しかできねえってんじゃ話にならねえ。先々代だって先代だって、そりゃおめえ、生蕎麦やらしたっててぇしたもんだった。おいらは江戸屋に骨を埋める。持ってるもん全部やるから性根を据えてかかって来いや」

 そのとき節香がジジイの背中をバンと叩く。
「ったく、エラそうなんだから! あはははっ。ささ、食べなよ食べな。真央ちゃんもいっぱい食べてな。嬉しいねー、嬉しいよー」
 嬉しい嬉しいと言いながらぽろぽろ涙をこぼす節香を見ていて、琢也までが泣いてしまってうなずいていた。
「あーあ、これで姉さんがいてくれたらなぁ」
 ハンカチで涙を拭いながら祐紀子が言った。
 まったくだ、こういうとき透き通った佐紀子は出て来ない。
『油飛ぶの、ヤだもーん』
「ちぇっ、これだよ」
 佐紀子の声だけがして思わず琢也は言ってしまい、皆が琢也を見つめていた。琢也はちょっとバツが悪い。

「え、いや、その…真央ちゃんだよ、いい話してるのにバクバク喰ってばかりでさ、あははは。あのね真央ちゃん」
「うんっ、なあに?」
「お婆ちゃんとお爺ちゃん、結婚することになったんだ。お婆ちゃんがお嫁さんになるんだよー」
「わぁぁ、そうなのぉ? ジジイとぉ?」
「こらこら、おまえは何にもわかってないな。これからはお爺ちゃんて、ちゃんと呼ばないとダメだぞ」
 大人は都合が悪くなると子供にかぶせる。真央がいいクッションになっている。
 しかし祐紀子は、できあがっていく家族の姿から、いつか真央は消えていくと考えるとたまらなかった。五つなのか六つなのか、ママは死んだとわかるようになったとき、真央はどうなってしまうのだろうと思う。

 ささやかな披露宴のような食事を済ませ、今夜はまだやることがあるらしく蔵之介だけがアパートに戻り、四人揃って戻ったとき、夫婦の部屋のパソコンに野中からの返信が待っていた。そのとき真央は、お婆ちゃんに手を引かれて風呂だった。

 真央がママだと信じて楽しそうに遊ぶ姿に泣いてしまったと書いてある。祐紀子は胸が燃えるように熱かった。
 メールはかなりな長文で、祐紀子はスクロールしてそこのところを夫に見せない。文章の間に地図が挿入されていて、その先だ。
「ねえ琢ちゃん。これ読んでみて」
「うん? ほうほう、二軍の試合か」
 数日後の土曜日、横須賀の球場でナイターだと書かれてあった。
遠いから、よければホテルを用意すると書かれてある。
「琢ちゃんもぜひ一緒にって」
「会いたいんだろうな野中さん」
「そりゃそうよ、パパだもん。ねえ一緒に行こう」
「ああ、もちろん。プロ野球なんてはじめてだ、楽しみだな」
 いまはタイミングがいい。店がはじまれば週末などまったく動けなくなってしまう。

 しかしこのとき、祐紀子は胸騒ぎを覚えていた。野球は彼の仕事。ユニフォーム姿の凛々しい彼を見たら、きっと私はたまらなくなってしまうだろう・・と。

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