快感小説

妻は幽霊(二三話)

二三話


 ゲームが終わってベンチ前に並んだ泥だらけの選手とコーチングスタッフに拍手が贈られた。そしてそのとき、またあの声がした。
「野中ーっ! 現役復帰ぃーっ! 頼むってーっ!」
「ヤだよー! おまえらまだいたかーっ! 明日もおいでーっ!」
 ベンチ周りのフェンスにへばりつくファンたちが手を叩いて笑う。ファンの熱気とはこういうものかと琢也は思った。プロのチームにかかわっていられる野中はやっぱり凄い。

 試合そのものは、初回にいきなり相手にスリーランを浴びて中盤までに1-8。もうだめかと思っていたら、佐紀子にスキューバダイビングを習っているという、サード佐々木のツーランを足がかりに連打連打で、終わってみれば13ー11というバスケットスコアで逆転勝ち。両チーム合わせて五本のホームランが飛び出す乱打戦となっていた。
 おかげで試合が長くなり、野中のクルマの乗り込んだときには、すでに十時に近かった。試合のあるときはジープタイプのロングボディ。四人乗っても余裕。しかしクルマに乗ってすぐ、祐紀子は車内が綺麗にされていることに驚いた。姉はそのへんずぼらだったと、ふと思う。

「いやぁ面白かったなー、生で見ると凄い迫力ですね」
 助手席に乗せられた琢也が興奮ぎみに言うと、野中は笑った。
「いやいや、お恥ずかしい限りです。ドジにミスに大失敗。ボロクソですよボロクソっ。草野球レベルのゲームをお見せした」
「そうなのかな? 面白くて私たちは盛り上がっていたんですけど?」
 後席に乗る祐紀子が久しぶりにパパのクルマに乗せられてご機嫌の真央を抱きながら言う。
 野中はちょっと鼻で笑った。

「まあ、お客さんはそうでしょうが我々コーチ陣はたまったもんじゃありません。恥ずかしくて、穴があったらあいつらまとめて埋めてやりたいぐらいです、はっはっは!」
「あら可哀想、選手を埋めちゃうんですか?」
「トーゼンですっ。僕は悪くないし、これがポーカーなら総とっかえだ、あいつらなんかいらん」
 笑える。話が面白い。
 頭がいいと祐紀子は感じた。野中とこういう話をするのははじめてだったが、爽やかな青年を大人にしたような人物だ。
 着替えて出てきた野中は、紺のサマースラックスに生成りの靴とベルトを合わせ白のポロシャツを着込んでいた。あれから髪も切ったらしく、陽焼けしてますます精悍で、センスのいいゴルファーのようなスタイルだった。

 野中が言う。
「さてしかし、こんな時間からではファミレスぐらいしかやってないな。せっかくお見えになられたその日に、あのタコども、ったく、ボロクソやりおって」
 ぼそぼそと言うのだが、それもまた祐紀子を笑わせた。
 今夜のホテルは、球場から少し南へ下った海を見渡せる高台にあったのだが、そこへの途中、街中をかなり走ることになる。
「あ、焼き肉屋があるな。ファミレスとどっちがいいか」
 焼き肉と聞いて真央が嬉しそうに声を上げた。娘の好物なのだが二人はどうかと気を使ってくれたと祐紀子は感じた。
 祐紀子は真央の頭を撫でた。
「真央ちゃんはどっちがいいの?」
「お肉ぅーっ! ねえパパ、お肉ぅーっ!」
「またかよ。じゃあそれで?」 
 と、助手席の琢也を探る横顔を後席から見ていて、ふざけているようでも私たちにまっすぐだと祐紀子は察した。
「よしっ、焼き肉にしよっか!」
「うんっ! わぁぁお肉だぁーっ!」
 祐紀子は真央の脇腹をくすぐるようにして、もがいて笑う真央を抱く。
 しばらくぶりに会う娘の好物を食べさせてやりたい。斜め後ろから覗く野中の顔が溶けるように崩れている。

 運転しながら野中が言った。
「江戸屋さんがはじまればそうそう動けなくなるでしょうから、よければ来週もどうぞ。来週は平塚です。日曜ならキッズデイと言いましてね、いろいろもらえるイベントなんかもやってますし、ぜひどうぞ」
「そうですか、じゃあ行きます」
 迷いなく瞬時に応えた琢也。真央に会いたくてたまらないパパの気持ちを考えてくれていることに、祐紀子はちょっと誇らしい。
 野中もそうだが、まして琢也は繊細な人。そういう思いやりが祐紀子は嬉しい。

 幹線道路沿いにある焼肉の店は、こんな時間にもかかわらず駐車場からして混んでいた。
 店に入ると、夏休みに入った土曜日で子供を連れた家族がちらほらいたが、ほとんどが若者たちのグループとカップルだった。海で遊んでまわってきていたのかもしれない。
 四人がけのテーブルに、パパと娘、琢也と祐紀子が並んで座り、そのほかに一人、透き通った佐紀子が、はしゃぐ真央を膝に抱いて、輪郭だけのママの手で娘の頭を撫でていた。真央が肉をほおばると、身を乗り出して娘の顔を覗き、たまらない面色で微笑んでいる。
 琢也にしか見えていない。琢也は佐紀子の無念を思うと目が潤む。
「むふっ」
 衝き上げる涙を咳払いでごまかした。
「はぁ? どうしたの?」
「焼き肉のほら、タレが鼻に入っちゃって」
「慌てて食べるからよ、もう、恥ずかしいなー」

『泣くな、ばーか! バラすなよ、祟るからねっ』
「わかってるって。でもよかったな」
『そうね、嬉しそうだったもん真央ったら。もっと小さな頃から野球見せてたし、今日はあたしも楽しかった』
「うん。来週は平塚だって」
『ほんとに行くの?』
「連れてく。店がはじまったら行けなくなる」
『ねえ琢ちゃん』
「あ?」
『あなたのこと好き』
「そうですか、それはどうも。ふんっ、都合のいいお化けだよ」
 そんなテレパシーの会話に、リアルな野中の声が割り込んだ。

「こんなこと言うべきかどうかなんですがね」
 琢也と祐紀子が視線をやった。
「ついこの間まで打撃コーチだったんですが、二軍のヘッドにと話がきましてね。そのつもりでいたら、じつは昨日、一軍のコーチが一人入院してしまったんですよ」
 祐紀子が言った。
「打撃の?」
「そうです。そろそろ御体で心臓に持病があったんですが、しばらくは安静にしろと言われているらしくって、僕に来てくれないかって話になって」
「一軍のコーチなんですね?」
「そうなんですよ。まあ、まだしばらくは動きませんが、断るわけにもいかなくて」
「どうしてですの? お嫌?」
「僕はファームがいい。今日のゲームをごらんになったでしょう。若手は必死だ。光が当たらなければ我々の世界ではおしまいですからね。お客さんの顔も近くに見えるし、育て甲斐がありますから。しかし命じられればしょうがない。一軍は試合数もずっと多いし、その分アウェイでの戦いも多くなります」
 言いながら野中は隣りに座る真央の姿をちらりと見た。その面色が寂しそうだ。

 そのとき琢也が言った。
「江戸屋ができれば泊まりに来てやってくださいよ。試合が増えるならドームとか神宮とか東京に来ることも増えるわけだから、浅草なんてすぐそこです。真央ちゃんのことは僕や祐紀ちゃん、それにお婆ちゃんだって…あ、そうだ」
 夫に横目を流されて妻が言った。
「野中さんて、蔵さんのこと、ご存知でしたよね?」
「もちろんです。江戸屋さんには何度か行ってますので」
 その頃は祐紀子が家にいなかった。
「その蔵さんと母さんが一緒になることになったんですよ」
「え? じゃあ、ご結婚を?」
 祐紀子はうなずき、ちょこんと座って見つめている真央に向かって大げさに眉を上げて笑う。
 祐紀子が言った。
「真央ちゃんのためにもちゃんとしたいって。この子は私の孫だって。だから野中さんは野球に打ち込んでくださいね。真央ちゃんのことは私たち家族に任せて。野中さんが泊まるお部屋ぐらいありますから」
 野中はうんうんとうなずくと、大きな手で隣りに座る娘の肩を抱き寄せた。

「ますます申し訳ないが、どうかお願いします、娘は僕の…」と言ったきり、涙をこらえているパパに祐紀子は感動した。
 琢也はさらに泣きそうだった。透き通った佐紀子がピンクのハンカチで目頭を押さえていたからだ。しかし、どうしてお化けがハンカチなんて持っているのか?

「ぅぅっぷ」
 涙が衝き上げて声になりそう。琢也は鼻をすする素振りをして立ち上がった。
「タレが鼻に…ゲホっ、ちょっとトイレ」
「はいはい、しょうがない人なんだから…子供みたい」
 祐紀子はちょっと眉を上げてほくそ笑む。夫が泣き出しそうなことぐらい見抜けない妻ではない。

 琢也はトイレに駆け込んで、手を拭くペーパーで目を拭った。
 深呼吸で鼻のムズムズがおさまって、ついでにトイレ。ふたたび洗面に立って手を洗おうとしたときのこと。
 鏡の中のすぐ背後に、透き通った佐紀子が立っていて、すーっと背中に寄り添ってくるのである。
「うわっ、ゾクっとした、びっくりさせんなよー」
『ふふふ、泣き虫蕎麦屋』
「うるさい…それにここトイレだぞ」
『だから? 見えないからいいんだよ。見たくもないし。ぃひひひ』
「あっそ」
『琢ちゃん強いね。嬉しいよとっても』
「強い? まさか。野中さんには遠くおよばない」
『わかってないな。野中はダメよ、弱いもん』
「え?」
「勝負師ってそうなのかもだけど、彼って脆い人よ。琢ちゃんは強い、あなたが好き。じゃぁ向こう行ってるから。ちゃんと手ぇ洗ってらっしゃいよ。妙なバイ菌が真央にうつる』

 ふっと消えた。
「ウウウ、何てことをぬかしやがる…あークソっ。 だけどいいよな、お化けって。ほんと都合のいい女だよ。祐紀ちゃんそっくりは見た目だけじゃん」

 そのときテーブルでは江戸屋の話になっていた。
「じゃあ毎日うどんを?」
「朝から晩まで格闘してます。蔵さんもそうですけど、包丁ひとつまともに使えないから母さんにまで叱られてるわ」
「そうですか。強いな彼は」
「ええ、そう思います。さっきの話じゃありませんが必死だもん」
「凄いと思いますよ。失礼だが、じきに三十でしょ。その歳からよく思い切れたものですよ。僕なんかダメだったな」
「ダメって?」
「怪我で選手生命を絶たれたとき、抜け殻になっちゃいましてね。佐紀がいてくれなければどうなっていたことやら」
「姉に感謝かしら? ふふふ」
「あいつは女神でした。あなたなりの野球があるはず、くじけちゃダメって言ってくれた。一筋の光でしたね。寂しくて…」
 祐紀子は静かにうなずいて、ふと真央の様子を見た。真央は食べながら目がとろんとしてしまっている。野球の前にも横浜で遊び、いまはもう十一時に近い時刻。眠くなってしまったようだ。

 小声で言った。
「ほら見て、真央ちゃんたら」
「あやや…眠いみたいですね。食べたら出ましょう、ホテルはすぐそこですから」
「ふふふ、可愛いな、こっくりこっくり」
 とろけるような面色で娘を見つめる野中。球場で見せた精悍な姿とはまるで異質な弱い男の姿が見えた。子供が小さいうちはママがいないと男親ではオロオロするだけ。やさしい素敵なパパだと祐紀子は思う。
 そしてそのとき琢也が戻り、眠くなって小さな体を揺らす真央が、パパの手と、透き通ったママの手の両方に支えられていることに感動していた。

 ホテルに着く頃には真央は眠ってしまっていた。フロントまではパパが抱き、可愛い頬にキスをして琢也の手に抱かせてやる。
 野中は振り向かずに去って行った。振り向くと離れたくなくなるから。祐紀子は大きな男の背中に救いがたい孤独を見ていた。
「シャンとして野中さん…」
 心の中で励まして、祐紀子は野中に背を向けた。

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