快感小説

妻は幽霊(二七話)

二七話


 今夜の試合は早く終わったほうだが、それでも時刻は十時に近い。この時間から食事となると、やはり行けるところは限られる。ホテルのレストランは終わっている。ファミレスか飲めるところ。クルマということもあって、結局また焼き肉になってしまう。真央の大好物。クルマに揺られて眠ってしまった真央だったが、焼き肉と聞くと元気が出てくる。
 夢中で食べる娘の姿を見つめながら野中が言った。
「そうですか、保育園に?」
「母とも相談したんですが、商売が商売ですから多少無理の言える保育園がいいだろうって」
「わかりました、そのへんお任せですから、お願いします」
 お腹がふくれると真央はまたうつらうつら。ちゃっかりしていて、そういうところも可愛かった。
「ほらほら、起きなさい。ホテルまで送ってあげるから」
「ぅん…パパは? パパも一緒?」
「パパはほら、帰らないとならないから」
「どうして? お兄ちゃんいないよ?」

 明らかに不自然だった。ママだと信じている祐紀子がいて、パパがいるのにどうして一緒にいてくれないのか。話して聞かせても何となくわかるだけで納得できない。
 野中の面色が悲しそうで見ていられない。いまにも溶けそうな面色で娘を見ていて、なのに夜は一緒にいてやれない。野中は紳士だった。祐紀子に気を使い、そういう素振りは一切見せない。だからよけいに祐紀子の心は動くのだった。

 ドキドキしていた。部屋はどうせツインだろうが琢也を追い返しておいて、いくらなんでもそれはない。しかし真央のことがある。涙を我慢している幼子を見ているとたまらない。
 そんなとき野中はちょっと苦笑した。
「それにしても真央が真ん中にいてつないでますね」
「え?」
「名づけ親はアイツなんですよ。佐紀は左、祐紀ちゃんは右だ」
「ああ…ふふふ、そうですね、姉との真ん中に真央がいる」
「こんなことになったから言うわけじゃありませんが、この子が家族をつないでいると思いましてね」
 穏やかな面色の野中。祐紀子は、ずっと気になっていたことを訊いてみようと考えた。

「ねえ野中さん」
「うむ?」
「真央ちゃんにとって私はママですけど、野中さんにとっても佐紀子なの?」
 言いながら胸が苦しい。女としての予感が騒ぐ。
「いいえ、君は君だ、佐紀だと思ったことはありませんよ」
 いまはともかく、野中はいずれ姉を忘れて再婚してくれるだろう。
 しかしそこで問題なのが真央だった。分別がつくようになってくれるまでまだまだかかる。その間野中は独りで寂しい。恋人ができたとしても、おそらく真央は新しいママを認めない。生き写しのママがいるのに何でってことになる。分別のつく年頃になったとしても、それならそれで、ママ亡き後、ママのフリをしてくれた祐紀子に対して慕情を抱くは
ずだから。
「野中さんて、今夜はこれからご予定でも?」
「いえ特に。明日も試合ですからね」
 声が出てこない。今夜ぐらい真央のためにパパとママが揃う夜をプレゼントしてやりたい。気持ちはあるのに声が出ない。

「お、お部屋はツインですよね?」
「はい、そうしておきましたが」
「それでしたら今夜はご一緒できませんか。真央ちゃんのためにも、たまには…」
 野中は黙って祐紀子を見つめていて、見る間に涙が揺れてくる。
 たまらなかった。娘のことばかりを考えている野中にどうして冷たくできるだろう。
「それに私、ママとして真央ちゃんのことでも知っておきたいこともありますから」
 野中は、椅子にふんぞり返って寝てしまった真央に溶けるような視線を向ける。母性が騒いだ。野中を支えることもママの務めだろうし、このとき祐紀子は姉の声を聞いた気がした。

『支えてあげて、お願いユッキー。無念なの、私は無念でならないの』

 しばらくして野中は言った。
「ありがとう。シーズン中でもあるし、しばらく無理だと思ってましたが。ありがとう祐紀ちゃん」

 高層ホテルのデラックスツイン。眼下に横浜ベイを望み、ライトアップされたベイブリッジが模型のように見えていた。
 真央はパパにすがりついて眠って運ばれ、大きなベッドにそっと横たえられたのだったが、興奮しているようで眠りが浅く、離れるのを嫌がってパパのシャツを小さな手で握り締めている。
「ふふふ、しょうがない奴だな」
 祐紀子もそばにいて、そんな父子の微笑ましい姿に胸が熱い。
「可愛いわ」
「ええ、宝です、コイツだけは何としても…」
 真央は幸せだと感じていた。強いパパが一心に見つめているのだから。
「たまには真央ちゃんとお風呂にされたら?」
「あ、そうですか、じゃあ…ほら真央、起きなさい、お風呂だよ真央っ、起きるんだ」
「ぅん、お風呂ぉ?」
「汗かいてるだろ。お風呂、ママとパパ、どっちがいい?」
 真央はとろんとした眸でパパを見つめ、すぐそばにママがいることを知ってパァーっと笑った。両親が揃うのは久しぶり。

「えーっとね、じゃぁパパがいい!」
「うん…うむ、わかった」
 野中の声が涙声に変わっていく。祐紀子はよそ見をして目頭を押さえていた。
「よく僕がお風呂に入れてやっていましたから」
「ええ。行ってらして。素敵なパパだわ」
「よしっ真央、脱ぎなさい、行くぞーっ!」
「うんっ! わぁぁパパとお風呂ぉーっ! きゃははは!」
 祐紀子はツインベッドの片方に座って目を向けないようにしていたが真央のパパは私の夫、ふとそんな気がしてしまい、ドキドキしてならなかった。スタジアムにいて大観衆に囲まれていた彼が、いま後ろにいてくれる。そう思うとときめいてくる。
 浴室のドアが開く音がして、もういいかと、ふと目をガラス越しの天空に向けると、娘を先にやって浴室に入ろうとするパパの彫像のような肉体がチラリと見えた。

 キューンと女心が軋むようだ。そばに立つと真上を見上げる憧れの角度。鍛えられた戦士の肉体。長い脚に引き締まったヒップ。
 チラリとほんの一瞬だったが、祐紀子は目眩のような感覚に襲われていた。
「あ、コラっ、おとなしくしろ、ハネっ返りめ!」
「きゃははは! きゃははは!」
 楽しそうな声が聞こえ、知らず知らず笑みがこぼれてくる。
 大きなガラスエリアに立った祐紀子。さながら展望台。闇の海に散らばる宝石のような光の点を見渡した。

「姉さん、ひどい…あたしにどうしろって言うの…ヘンになっちゃう…好きになっちゃう…ふふふ、LとRのセンターにいる真央か…ふふふ」

 しばらくして真っ裸の真央がはちきれんばかりの笑顔で飛び出してくる。眠気はどこへいったのやら、浴室から飛び出して体当たりをするように、抱いてとママにすがりつく。
 なんて可愛い。姉の子だとは思えない。祐紀子は愛らしい真央を掻き抱いた。
「出ますね」
「あ、はい」
 そんな会話も妙だった。裸の真央に持ってきたパジャマを着せながらよそ見をしなければならないなんて。
 野中は、浴室を出てすぐ備え付けの前開きの寝間着を着たが、長身すぎてミニワンピのようになってしまう。
「お待たせしました、お風呂どうぞ」
「はい…」
 体が熱い。パパは真央を抱いていて、よそ見をしてくれている。
 それにしたって下着姿になってからでないとホテルの浴室には脱衣がない。

 ショルダーバッグから替えの下着を出すにしたって琢也と一緒だと思った荷造り。下着はケースなんかに入れてはいない。琢也が勤めたコンビニのレジ袋に突っ込んで来てしまった。そのことだけでも恥ずかしい。
 浴室からバスタオルを持ち出してレジ袋ごとつつみ込み、自分はピンクの下着姿で歩いて行く。
 しまった! ハンドタオルに下着をくるみ、バスタオルを体に巻くべきだった? そうだわパジャマも持ち込まないと、出てからまた着替えなければならなくなる。
 祐紀子は舞い上がっていた。まるで何も手につかない。息が勝手に乱れている。

 浴室。シャワーだけでいい。早く済ませて出たかった。もたもたしていてもしも彼が入ってきたら…わおおーっ…私はいったい何を考えているんだろ?
 替えの青い下着を着込み、同じく前開きの寝間着を着て、髪を乾かして外に出る。早くしたつもりでも舞い上がってしまって手順がめちゃくちゃ。二十分ほどもかかってしまった。
 出てみると、ベッドの片方にパパと娘が添い寝をしていて、真央はもうスヤスヤ。パパが、しーっと指を口にあてて笑っている。

「あらあら、すっかりおネムみたい」
「いまのいままではしゃいでいたかと思ったらストンです」
「可愛いなぁ」
「ほんと佐紀そっくり。近頃では嫌味なところまで似てきますよ、ふっふっふ」
「まっ。そうなんですか?」
「大きくなったらうりふたつになりますよ。ハネっ返りで、でも女神のような女性にね」
「姉ってそうでした?」
「はい、ふふふ…まあ、何と言うべきか」 
 野中は、溶けた面色で娘の頬を撫でると、そっと唇にキスをしてベッドを離れた。立ち上がると見上げてしまう。スポーツマンのミニワンピ。
 窓際には小さな丸テーブルとセットにされたチェアが二脚。野中は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出すと、二つのコップに注ぎ分けてテーブルに置く。テーブル越しに向き合った。

 野中は、大きな窓から天空に散らばる星々を見上げ、呟くように言うのだった。
「…あの怪我をして」
「あ、ええ」
「コレですよ」
 と、座ったことでさらにたくし上がり、ミニミニワンピのようになってしまった寝間着から、逞しい太腿をそっくり露わにして組んだ右脚を、テーブルの下にちょっと出す。祐紀子は息を飲んだ。
「膝と足首の靭帯断裂、足首の複雑骨折、そのとき僕は、ああ俺は終わったと思いましたね」
 腿の中ほどから下、外側にも内側にも、そして足首の周りをぐるりと、切り裂いて縫い合わせた恐ろしいほどの傷がある。手術から三年やそこらでは傷跡は生々しくて、とても正視できるものではない。

「医者には完全にアウトだと言われました。歩けるようにはなるだろうが野球なんてとても無理だと。それでも懸命にリハビリに取り組んで、だけどやっぱり戻らない。そのときアイツは生まれたばかりの真央と、この僕の二人を命がけで守ってくれた。あなたには野球しかない、選手としてダメでも若手を育てたりできるでしょう。真央のパパなんだから胸を張って生きてちょうだいって、ヘコむたびに叱られていたんです」
「…はい」
「おかげでジョギング程度なら走れるまでに回復した。バットも振れるようになりましたしね。なのにまさかその佐紀を失うなんて…」
 そしてパパは、ぴくりとも動かない娘に目をやって微笑んだ。
「それも運命なんでしょうがね。なんて残酷なと思いますが、しかしアイツは分身を残してくれた。祐紀ちゃんやお婆ちゃんに委ねられたから安心して野球ができる。江戸屋さんには足が向けられない思いがします。琢也君にも申し訳なくて」

 それから野中は祐紀子を見つめた。
「さっきの話ですが、あなたのことを佐紀だなんて思ってませんよ。思ってませんが、真央と一緒にいる姿を見ると…」
「そうでしょうね、わかります、ウチの親でさえ間違えるほどなんですから」
「ふっふっふ、そうでした? やっぱり?」
「近所の人なんてカンペキに間違えますし、ひどかったのは父さんです。 『えーと、おまえ、どっちだ?』 ってひどいことを言う。どっちだって言われてもね」
「なるほどね、そうだろうなぁ、わかる気がする。先週の横須賀の後、佐々木が言ってましたよ。あの人ってお化けすかって笑ってやがった」
「ひどい、ふふふ」
「だからね祐紀ちゃん、真央に対しても佐紀になることはないんです。祐紀子ママとして見守っていただければ、アイツもむしろ喜ぶと思うから。感謝してます、真央のこと、どうかお願いしますね」
 そしてまた眠る真央に視線を流す。一緒の夜が嬉しくてならないと逞しい顔に書いてある。

「さあ、そろそろ。僕はそっちで、祐紀ちゃんは真央と」
「あら、どうして? 今夜ぐらい一緒に寝てあげればいいじゃないですか」
 椅子を立ちながら野中は笑う。
「いや、それをやると佐紀の奴が怒るんですよ」
「どうして?」
「あなたは娘をつぶすからって」
「ふふふ、そうなの? 寝相がよくない?」
「ときどきベッドから落ちたりします」
「あっはっは、おっかしいぃ、あっはっは!」
 好きになる。どんどん野中に惹かれていく。
 ここでもし下手なことをするようなら、きっぱり切り捨てられたと思う。
 野中は自分のベッドに横になり、手を出そうとはしなかった。あたりまえのことであっても、祐紀子は、だからこそ、この人とはいつかそうなると直感めいたものを感じずにはおれなかった。

 ツインベッドの向こうにパパ。真央とママがこちらのベッドに眠る。パパとママの真ん中に真央がいる。真央が彼をつないでくれる。
 真央の小さな体を撫でていると安心できて眠くなる。
 そのときだった。
「ZZZ…グフゥゥ…」
 は? 真央越しにちょっとだけ向こうをうかがう。
「グフゥゥ、ZZZーッ! グワゥフゥーッ!」
「ふっふっふ、可愛い人…凄いイビキ…暴れて寝てるし…あははは」
 熟睡、野中。薄い布団をハネてしまい黒いブリーフ丸出しで、もがくようなポーズで寝ている。
 祐紀子は、柔らかな枕を顔にかぶって笑い声を殺していた。

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