快感小説

妻は幽霊(二八話)

二八話


 真央はともかく、自分の妻を野中に委ねて一人で戻った琢也に、節香はかすかな胸騒ぎを覚えていた。あの子に限って馬鹿な真似はしないとは思うのだったが、あの子はもう真央のことを姉の子だとは思っていない。無条件の真央への愛は、同質の愛を向ける父親への情へと変化しても不思議ではないし、男としての野中の魅力は言うまでもないことだった。
 祐紀子と琢也が先々どんなことになったとしても、可愛い孫とその父である野中を遠ざけるわけにはいかない。江戸屋を建て直すにあたっても大金をぽんと工面してくれている。祖母としての節香の想いは複雑だった。
 琢也は居候のような身の上に卑屈になって、逃げるように戻ってきたのではないかと悪く考えてしまうのだ。
 ところが当の琢也は一向に気にする様子もなく、戻っても明るかったし、さっそく料理の本を開いて勉強をはじめている。そんな態度が見せかけだけでなければいいと節香は思い、けれども夫婦の私的なことだけに口を出せずにいたのだった。

 一人の妻に二人の夫…佐紀子の魂が重なる祐紀子は、体はひとつでも二人の女だと琢也は思う。霊となった佐紀子の存在が愛の本質を考えさせていたのかもしれなかった。それでなくても夫婦だからといって互いに互いを独占できない。祐紀子の想いを真央と野中のために佐紀子の魂が衝き動かしたとしても、それはしょうがないことだと思うのだった。
 二階の夫婦の部屋で琢也は眠りについていた。モヤモヤした感情は不思議になかった。

『や、Tバック』

「うわっ…ふふふ、また出た。何でこっちにいるの?」
 突然現れるお化けにはいつまで経っても慣れそうにない。心臓によくない現れ方だ。
『瞬間移動よ、お化けだもん』
「どうして下着姿なの?」
『邪魔されずに抱いて欲しいから。あたし琢ちゃんのこと尊敬するよ、馬鹿みたいにいい奴なんだから』

 ひとつ布団に透き通った妻が添い寝する。何となく微妙に感触のある女の体。なのに抱こうとすると手がすり抜けて自分を抱くだけになってしまう。
「佐紀ちゃんがいるから許せるんだろうな。祐紀ちゃんにとってもそのほうが幸せだと思うしね。野中さんの妻でもあるなら迷わず真央ちゃんのママでもいられる」
 佐紀子は琢也の額をちょっと小突く素振りをして笑う。
『ユッキー、ヘンなことにはなってないよ。ツインベッドに分かれて寝てる』
「報告はいいよ、知らなくていいことがある」
『うん、それはそう。琢ちゃん偉いよ、ますます好きになっちゃいそ。こういうのって夫婦交換て言うのかしらね? 体がないからプラトニックかもだけど?』
 琢也は妙に納得できていた。肉体関係に発展しない正しいプラトニック不倫はいくらでもあるだろう。映画女優を勝手に想うようなものだと考えると可笑しくなるし、現実いま俺は佐紀子を抱いている。

「俺がこうして浮気だもん、アイツのことは言えないさ」
 透き通る妻を抱いている。佐紀子は脱いだし、甘い吐息を漏らしていた。ムズムズする確かな男性反応を感じながら、しかし傍目には虚空を愛撫しているようにしか見えないだろう。しかしそれでも透き通った佐紀子は幸せそう・・それだけで充分だった。
 そっと寄り添い、琢也の胸に頬をあずけながら佐紀子は言う。
『琢ちゃんは二人の女を幸せにしてるのよ。わかるわね?』
「そうなのかな…」
 胸の上の佐紀子を見つめると、佐紀子はちょっとはにかんで目を伏せた。
「向こうへは行かないの?」
『行かない。琢と寝る。おやすみなさい』
 透き通った妻は満たされきった面色で、琢也の素肌に寄り添って眠ってしまった。お化けでも眠るのか?

 台所の物音で節香は目覚めた。節香は節香で若かったあの頃の恋に寄り添って、やさしい気持ちになれている朝だった。
「・・ったく、あの野郎、ゴソゴソと」
「ほんとよね、まだ六時前よ。おまえさんは寝てて。あたし見てくる」
「うむ、そうする。店まで一月を切った。これから毎日しごいてやるぜ。立派な若旦那じゃねえか」
「まったくだよ、琢ちゃんには頭が下がる。いろんな意味でさ」
 布団を抜けて節香は台所へ顔をだす。琢也は鍋に向かって何やらはじめていた。
「おはよ」
「はい、おはようございます」
 鍋に向かう若旦那に寄り添って鍋を覗きながら節香が言う。
「何だいそれ?」
「夕べ本を読んでたら出てたんですよ」

 ふと見ると、後ろのダイニングテーブルに料理の本が開いてあって、コンソメスープの箱が置いてある。節香は本を手に取った。
「へええ、コンソメ仕立ての洋風煮物か…」
 つまりは横着してつくるポトフのようなもの。鍋の中には、鶏肉、じゃがいも、たまねぎ、人参などがぐつぐつ煮込まれていた。
「朝はこれでと思ったんです」
 節香はオタマで煮汁をすくって味見をする。
「うんうん、スープだねコレ、あたしにはない味だよ、美味しい」
「そうですか? 美味しい?」
「これからのお店にはこういう味も必要なのかもしれないよ。飲むお客さんもいるし、小料理を出すにしたって若い人に好まれないとならないからね。味付けにも時代があるのさ」

 野菜の大きさが揃っている。煮崩れるじゃがいもは面取りしてあって切り方も綺麗だし、しばらくの間によくもここまで上達したと節香は感心して見つめていた。間違いなく琢也には料理の才があるようだ。
 琢也が鍋を覗きながら言った。
「続けて野球見たじゃないですか」
「あ、うん?」
「最初は二軍、昨日は一軍、まるで世界が違うんですよ。僕なんか二軍だなと思ったときに、絶対一軍に上がってやると思いましたね。野中さんが育てた若い選手が昨日の試合に出てたんです。大活躍して嬉しそうだった。それ見て僕も負けてられないって思いましたね」
「そうなのかい、わかったよ。今朝はそれでご飯にしましょ。蔵さんも喜びそうな味だから」
 蔵之介は蕎麦に関して頑固な職人だったが、新しいものを否定する男ではなかった。店にいても料理まわりのことは節香に任せて口を出さない。もちろん舌は確か。蔵之介に美味いと言わせてみたいと琢也は奮い立つ。

「あー、ごっそさん。妙な味だが美味かったぜ若旦那よ」
「はいっ!」
 朝食を終えたのは八時だった。琢也一人が早々と作務衣に着替え、蔵之介も節香も起き抜けの普段着。三人でテーブルを離れようとしたときに、テーブルに置いてあった琢也の携帯がバイブした。
「あ、祐紀ちゃん…うんうん…野中さんは?」
「たったいまね。一緒に朝してすぐ。一度家に戻ってすぐにまた球場らしいのよ。あたしたちも帰るから」
「それはいいけど慌てなくていいじゃんか。せっかく横浜まで出たんだから真央ちゃん遊ばせてやりな。舞い上がってるだろ?」
「そうそう、はしゃいじゃってタイヘン。じゃあもう少しゆっくりしてっていい?」
「ぜんぜんおっけさ、八景島へでも行ってくればいい」
「水族館よね?」
「まあどこでもいいけど慌てることはないからさ」

 節香はテーブルを片付けながらちょっと微笑んでいた。心配したのは取り越し苦労だったようだ。琢也はごく普通だったし電話から漏れてくる祐紀子の声も自然で明るい。
 電話を切って流しに並んで片付けながら琢也は言った。
「舞い上がっちゃってタイヘンみたいすよ。久びさ両親揃って嬉しくてならないんでしょう」
「そりゃ真央ちゃんにすればたまらないわ。可哀想にずっと我慢してたんですもの」
 琢也はうなずき、そして言った。
「それで義母さん」
「はいよ?」
「ついでと言っちゃなんですけど、祐紀ちゃんのことですけどね、たまには自由にさせてやりたいなって思ってるんです。親子で泊まるなら自然だし、真央ちゃんも喜ぶから」
「まあそれはそうだけど・・だけど琢ちゃんは・・」
 節香は横目にうかがった。チクリと胸が痛くなる。
「だからたまの外泊とか、黙って許してやって欲しいんですよ」
「そんなんでいいのかい?」
「かまいません。そのほうが祐紀ちゃん幸せだと思うんです。旦那が二人いたっていいじゃないですか、はははっ」

 節香は目を見開いた。一見して弱々しい娘婿に江戸屋を託していける強さを感じる。二人の亭主。それは節香自身が密かに想像していた
ことだった。琢也との夫婦仲に亀裂を生まなければとそれだけが心配だったのだ。
 そのとき蔵之介が作務衣に着替えて顔をだす。
「よしっ、やるぞ若旦那」
「はいっ!」
 やる気に燃えるすがすがしい若者だと節香は感じたが、だからこそ引っかかるのは琢也の実家への体面だった。真央を連れて帰省している。それだけでも向こうの親は気にしていることだろう。

 琢也は今日もうどんに取り組む。まともに打てるようになるまでは蕎麦は触らせてもらえない。必死の面色でコネ鉢に向かう琢也を見守りながら蔵之介は言う。
「若けぇ頃に修行してるときは不揃いな蕎麦など蕎麦じゃねえと思ってたさ」
「ええ、はい?」
「そんでいっぱしになってからよ、信州を旅したことがあってな。そしたらそこに面白れぇもんがあったのよ。『お婆ちゃんの田舎蕎麦』ってんだが、そこらの農家の軒先で出してるような蕎麦なのさ。蕎麦粉は挽きぐるみ。おめえのうどんじゃねえけんど、細いの太いのバラバラでよ、素人蕎麦そのものなんだが、コレが美味ぇえ。職人が丹精した蕎麦こそ蕎麦だと思ってたおいらにゃ、目からウロコってもんだった」
「周りの雰囲気もあったんでしょうけどね」
「まあな。それはそうだが蕎麦もしっかりしてたしツユも美味ぇえや。そんでそんとき、先々代が言った『庶民の蕎麦』とはまさにこのこったと思ったぜ。カッコばかりに気を取られすぎだ。不揃いでもいい。作り手の魂がこもってりゃ客は満足するもんだ。見た目だけなら機械打ちのほうが揃ってやがる。だからな琢、おめえのうどんもそれはそれはいいのかなって思うのよ。若旦那のうどんてわけだ。おいらにゃ到底勝てなくても喰えば美味ぇえ。新しい江戸屋がそうしてできていくのもいいかもしれんと思ってら」

 蔵之介はまんざらでもないといった面色で琢也の手許を見つめていた。毎日毎日うどんに取り組み、コネるところまではかなり腕を上げている。
「店が開くまで三週あらぁな。新しい店では、うどんはおめえに任せるぜ」
「えーっ? 親方は打たないんで?」
「よっぽどひどけりゃしょうがねえが、おめえのうどんのダメなところはノシと切りよ。場数でうまくなってくもんだ。稽古で作るのと客に出すもんで勝負するのは違う。うどんはおめえがやれ。まだ三週あるからよ、そのつもりで必死でやれや」
 そばで話を聞いていて、節香は、蔵之介も真央を挟んだ野中とのことを気にしているのかもしれないと思っていた。琢也にとっていまがいちばん大事なとき。余計なことには目もくれず取り組むものを与えてやろうということだ。

 しかし琢也はいっぺんに怖くなる。新しい店ではガラス越しに打ち台が覗けるようになっている。お客に見られながら打つなんて考えただけで震えがくる。
 このとき琢也は、大観衆に囲まれた一軍のゲームで打席に立った佐々木の姿を思い出していた。震えただろう。相手のベテラン投手に手玉に取られ、野中に叱咤されて、死に物狂いでヒットを放った。あのとき突き上げた拳の想いがよくわかる。
 とは言え、それにしてもうどんに向かって三週足らず。まだ三週あるとはいっても、いまよりさらに打ち込まないと間に合わない。

 二時間寝かせたうどん玉を、打ち粉を敷いた打ち台に載せ、麺棒に一定の角度をつけてうどん玉を回しながら肩をつぶす。それから麺棒の左右に均一に力を込めてノシていく。のびた生地が棒に巻きつきバームクーヘンのようになるのだが、体重を載せて手早く麺棒を回すようにノシを加え、生地をのばして打ち粉を振って、生地を回してふたたびのばす。
 以前よりはるかに四角くなっている。最後に生地をたたんで駒板を添え、麺切り包丁ですっと押して切っていく。
 目の色が変わったと節香は思う。
 佐々木が手に血豆をつくってバットを振り込むように、琢也は必死でうどんと戦った。

 私は祐紀子? それとも佐紀子? 
 帰りの電車で膝に抱かれて眠ってしまった真央を抱きながら、祐紀子は、私ははたして姉なのかと考えていた。真央を間にベッドの向こうとこちらに分かれていても違和感を感じない。パパが寝ているとしか思えなかったし、もしもヘンなことになったとしても拒めないと思ってしまう。
 姉が失った人生が私の人生に重なってきている。二人の夫、一人の妻。このままではそこへ行く。
 そのとき、祐紀子としての本音の私は、それでも琢也を愛していけるのだろうか…。どれほど同じことを考えても、またそこへ戻ってしまう。

 揺れていた。自分で自分が怖くなるほど揺れていた。琢也がもし、野中への反感から真央まで遠ざけようとするのなら、私は野中を選ぶと思うのだった。

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