快感小説

妻は幽霊(三一話)

三一話


 ところが翌日、いつものように昼の営業を終えて一度家に帰った京子が四時すぎになってふたたび顔を出したとき、祐紀子は京子の変化に妙な胸騒ぎを感じていた。
 店では化粧はさせないから素顔だったが、赤い革のかなりなミニスカートに透けるピンクのブラウス、黒のハイヒールを合わせている。仕事では着替えるからいいようなものだが、化粧を加えればデートそのもののスタイル。京子は小柄でスリム。男好きするタイプだったし子供はいても若々しい。
 嫉妬している? それもある。それもちょっとは考えたのだが、何かそういうこととは質の違う説明できない怒りのような感情を覚えるのだ。

 京子は離婚してフリーな身の上。野中との男女関係に発展するならそれはいいし、しかたがない。琢也との間で板挟みになる思いをしなくてすむ。しかし真央は受け入れないだろうし、祐紀子としたって、いまさら真央を手放すなんて考えられない。真央のママとしての反感なのかとも考えてみるのだったが、それにしても不吉の前兆のようなものを感じてしまう。

 六時すぎ。金曜の夜で多少は混んだものの、京子がいないと回らないほどでもない。着替えて出たのが六時半すぎ。浅草から神宮球場までならそれほど時間はかからない。
 江戸屋ではその試合を見ていなかった。テレビ中継のない試合。試合は九時前には終わっていたのだったが知る由もない。
 試合の後、野中と食事ぐらいはしてくるものと琢也も祐紀子も思っていた。ところが深夜の零時近くになり、京子の家から江戸屋に電話が入ったのだ。
 十一時頃にこれから帰ると電話があったきり戻って来ないと言うのである。

 このとき琢也だけがもしやと思った。野中を狙う女を遠ざけようとしてこんなことができるのは幽霊しかいない。こういうことがあったとき普通なら事の推移を確かめて動くものだが、琢也はいても立ってもいられなかった。
「警察か救急か、もしくは駅とかに問い合わせてみたら何かわかるかもしれないよ。僕ちょっと出てきます」
「うん。あたしも行こうか?」
「いや、祐紀ちゃんは家にいて。野中さんに連絡つくかな? 何か連絡あるかもしれないし真央ちゃん見ててやってくれ」
「わかった、すぐ連絡してみるね」
 琢也だけが家を出た。とにかくまず警察。交番ならどこでもよかった。

 外に出て一人になればあるいは佐紀子が…と思ったのだが、幽霊は姿を見せない。佐紀子の仕業ではないのかもしれない。しかしそれだと逆に心配だ。
 歩いているうちに祐紀子からの電話。野中とは十一時頃にレストランバーを出て別れている。外苑前あたり。とすればまずは銀座線。交番で調べてもらいながら銀座線へも問い合わせる。ここは東京。金曜の深夜なんて急病や泥酔で保護されるケースはいくらでもあるはずだ。

「はい、そうです、赤い革のミニスカートに上はピンクのブラウス、黒いヒール、髪は長くて栗毛色、グレーのショルダーバッグ。はい、そうで
す、間違いありません」

 いた!

 思った通り銀座線。ひとつ隣りの青山一丁目駅手前で車内で突然倒れて救急搬送されたという。急病ということで事件性もないことから警察には通報されていなかった。
 そしてそのとき、ふたたび祐紀子からの電話。所持品から自宅に連絡があったと言う。病院からだ。今夜は救急搬送が多く、対応が遅れたということだった。
 病院は渋谷。琢也は電車に飛び乗った。
 なのに、地下鉄で数駅行ったところで祐紀子からふたたび電話が入る。病院で正気を取り戻した本人から連絡があった。家にも連絡したということで、念のため今夜は病院で様子を見るということだ。
 本人はぴんぴんしていてキツネにつままれたようだと言っているらしい。佐紀子に間違いないと直感した。
「おいおい、やりすぎだってば」
 テレパシーで呼びかけても応答なし。都合が悪くなるとシカトする。

 病院。部屋割りの都合なのか個室だった。
「ああ琢ちゃん、来てくれたの。こんな時間にごめんね」
 病院の青い寝間着姿でベッドに横になっていた。しかし顔色もよかったし、まるで普通に喋れている。ただ、転んで額を少し切ったらしく、おでこに絆創膏を貼っていた。
「お母さんは来るの?」
「今夜は来ないよ。気づいてすぐ連絡したから。もう電車終わってるし」
「そうか。大丈夫なの?」
「それがぜんぜんなのよ。何だったのかしらね? 電車の中でいきなり肩が重くなった感じがあって、ひどい寒気がして、くらっと目眩がしたと思ったらこのありさまよ」
 と、京子は額を押さえて苦笑する。
「転んじゃったみたい。頭をぶつけてノビちゃった。あははは」
「ノビちゃったって…笑ってる場合かよ。まったくどうしようもない人だよなぁ、どれだけ心配したと思ってるの」
「ごめん。でも来てくれて嬉しい、心細かったんだ」
 京子は、ベッドの横に座った琢也の手を握って、ちょっと涙を溜めていた。

 試合が済んで野中と軽く食事をしてそこで別れた。ごくあたりまえに電車に乗って、気づいたときには病院だったということらしい。
「肩が重くなったって、どんな感じで?」
「それがよくわかんないの。こんなことはじめてよ。いきなりこうゾクゾクしてきて…あ、そのとき車内の照明がチカチカしだして、何かこう霊的な感じがしてさ、ふらっとして転んじゃったみたいなの」

 やっぱり…そう思うと同時に、佐紀子がどれほど我が子に心を残しているかを思い知った気分になった。野中を狙うからではないだろう。京子と野中がおかしくなると真央が苦しくなるからだ。
 やりすぎだと呆れる思いもあったのだが、母としての佐紀子の気持ちを考えると怒る気にもなれなかった。
 京子は心細かっただろう。お化けっぽい雰囲気の中で倒れて気づいてみたら病院だったわけだから。琢也の手に頬を擦り寄せて甘えている。

 京子が言った。
「私のことより琢ちゃんも辛いね」
「どういうこと?」
「ユッキーよ。すっかりあの子のママやってるし、それはしょうがないとしても野中さんに近づきすぎじゃない? ホテルで一緒に泊まったんでしょ?」
「いや、それはいいんだ、気にしないで」
「気にしないで? いいってどういうこと? どんなことになってるかわからないわよ、男と女なんだから」
 琢也は苦笑する。京子らしいストレートな物言いだった。
「考えすぎさ、野中さんはそんな人じゃない。夕べも二人で話したし」
 京子は琢也の手をひったくるようにして眸を見つめた。

「そこじゃないでしょ? 彼はそうでも問題はユッキーよ。真央ちゃん抱いて涙ぐむパパを見てたら女は母性が騒ぐわよ。母性は愛よ。野中さんのこと他人だと思えなくなっていく」
 琢也は、もういいと言うように京子の手をぽんぽんとやってベッドに置いた。
「旦那が二人いたっていいじゃん」
「え…」
「祐紀ちゃんは佐紀ちゃんでもある。そう思うことにしてるんだ」
「…大きいね琢ちゃんて」
 京子は、ちょっと信じられないといった面色で琢也の胸の内を探っていた。

 琢也は思い切って訊いてみようと考えた。
「野球どうだった?」
「面白かったよ、勝ったしさ」
「野中さんのこと好きなんだろ?」
 京子はかすかだが寂しそうな眸をした。
「好きだけどラブじゃない。Lの友だちぐらいにしか思ってないもん彼」
「そうなんだ?」
 京子は何かを吹っ切るように苦笑して言う。
「いいのよそれで、もともとそういう関係だったんだし。彼は佐紀子にメロメロだった、あたしじゃないよ」
「うん。まあでも、たいしたことなくてよかったよ」
「どうするの今夜? 電車ないよ?」
「付き添うさ。独りにはしておけない」
「…ありがとう、嬉しい」
「もういい、そろそろ寝たほうがいいぜ」
「ううん、ちっとも」
「はあ?」
「眠くないのよ、ノビてる間寝てたしさ」
「へっ…そういうことかい?」

 野中には近づきすぎないほうがいいと言ってやりたかったが、余計なお世話になってしまう。
 琢也もまだ眠くはなかった。
「ちょっと電話してくる。祐紀ちゃん心配してるから」
「してるかなぁ?」
「どういう意味? してるに決まってるだろ」
「うん。ごめんなさい」
 病室を出てドアを閉めていると、ちょうど若いナースが歩いてくる。
「深津さんの?」
「知り合いです。大丈夫なんですかね彼女?」
「一応点滴したというだけで先生も首を傾げておいででしたので。転んだときに打ちどころが悪かっただけでしょう。明日の朝、一応回診なさいますが、おそらくそのままお帰りになられてもいいかと思います」
 それでちょっと頭を下げて、携帯の使える休憩室のような広い部屋へと入る。深夜のことで人けはなかった。

「ぜんぜんだよ、ぴんぴんしてる。お母さんと、それから野中さんにも伝えてあげて。今夜は付き添って朝一緒に帰るからって」
 江戸屋でも皆がまだ起きていた。電話を切って、ウオーターサーバーから冷えた水をコップに注ぎ、ちょっと飲んで椅子に座る。深夜の病院のこういう場所はそれこそお化けが出そうだったが、佐紀子の気配なんてない。
「けっ、都合のいいお化けだよ。でも佐紀ちゃん、気持ちはわかるよ」
 しーん。
 琢也はちょっと頭を掻いて立ち上がった。飲み残した水を捨てて病室へと戻る。静かにドアを開けて入ってみると、京子は…。
 完全に寝ていた。
「何だよ、眠くないって言ったじゃん…へっ」

 白く穏やかな寝顔。まるで真央を見るように安心して眠っている。凪の湖を渡る風のような、そよぐ寝息が聞こえてくる。
 椅子に座ってベッドの足許に突っ伏していると、ほんのかすかに知らない女の匂いがした。
 生前、仲のよかった友だちを蹴落としてまで我が子を守ろうとする佐紀子の強さと怖さと、そして母のやさしさを琢也は感じた。
 佐紀子は、真央のママに祐紀子を選んだ。他の誰であっても排除しようとするだろう。責められないと琢也は思った。

 そして翌朝。デートそのもののスタイルに着直した京子と並んで歩いていて、琢也は妙な後ろめたさを感じてしまう。スニーカー程度の靴を履いた百六十八センチの琢也だったが、数センチのハイヒールを履く京子の方が背が低い。デートスタイルは京子をなおさら美人に見せたし、おでこの絆創膏も取れていて、明るい笑顔を向けられると、ホテルからの朝帰りを連想する。

「お店も週イチ休みになるし、たまにはデートしようね」

 曖昧に笑いながらも悪い気はしなかった。仕事仲間という気安さもあったのだろうが、寝間着姿の寝顔を見てしまったことで距離がいきなり近づいたと感じたのかもしれなかった。
 これはマズイ。神出鬼没の透き通った妻にバレずに会えるはずがないからだ。
 しなやかな京子の手が琢也の腕に絡みつく。琢也はそれを拒まなかった。

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