快感小説

妻は幽霊(三二話)

三二話


 朝早く病院を出て一度家に戻った京子は、まるで何もなかったようにいつもの時刻に店に出てきた。節香も祐紀子も様子を気づかったが、京子は顔色もよく健康そのもの。今日は土曜日。週末の浅草は人が出て食べ物屋は忙しい。京子がいてくれなければ回せなくなってしまう。店に来た京子はいつもの普段着で化粧っけもなく、それだけに素顔の肌ツヤの良さが確かめられた。
 節香にとって京子は佐紀子の友だちであり、歳からしても娘のようなもの。頬を両手で挟んで顔色を見つめ、何事もなくてよかったと抱いてやる。

 祐紀子ももちろん心配していて、顔を見るなりほっとした面色を見せる。ちょっと前なら夫を狙われているような気がして警戒していたのだったが、いまはもう気にならない。
 京子の手を取って顔色を確かめながら言う。
「キツかったら無理しないでね、適当に休みながらでいいからさ」
「うん。でもほんと、ぜんぜんなのよ。何だったのか自分でも不思議なくらいなんだもん」
 一瞬の会話だったが、琢也には夕べの言葉が引っかかっていて、京子の態度の微妙なニュアンスをうかがってしまう。内心、祐紀子のことをよくは思っていないと琢也は察した。

 その琢也は、朝戻るなりうどんの仕込みに追われていた。早く戻ったとはいってもいつもよりスタートが遅い。うどんは二時間寝かせなければ麺にできない。土曜の店は混むときは殺人的に混む。
 真剣な面色でコネ鉢に向かう琢也の姿は、見た目でもいっぱしの職人だった。手慣れてきていて次々にうどん玉ができていく。

 うどんを寝かせている間に頃合いを見て蔵之介が蕎麦にかかる。職人中の職人だから仕事は手早い。しかし蔵之介は若旦那のうどんを一切手伝おうとはしなかった。品切れで間に合わなくなってもオーダーを止めてまですべて琢也にやらせている。
 『若旦那の名物うどん』は若旦那の仕事であって、看板に偽りなしということだ。そのへんいかにも江戸っ子気質。
 日に日に職人らしくなっていく琢也の逞しさに、京子は道を見定めた男の凄みを感じていた。それは野中にも通じる。こうと決めたら脇目を振らない。突き進む。夕べ一晩甘えるようなことをしたからか、琢也がオトコに思えてしかたがなかった。
 そしてその分、祐紀子に対しての反感がふくらんでいくのを感じている。

 店が開く。いきなり外国人の六人連れからスタートした。男が四人に女が二人。店内を見渡しながらフランス語を話している。
 それからも次に次に押し寄せて一気に満員。店を広くした分お客が増えて、飛ぶようにうどんや蕎麦がなくなっていく。ご飯物もあるから厨房はてんやわんや。節香と京子と蔵之介が右往左往、外は祐紀子と琢也で飛び回る。
 そうするうちにうどんが切れかかると、琢也が麺打ち台に立って、寝かせてあったうどん玉をノバシて切る。外国人でなくてもガラスの前にお客が立ってめずらしそうに眺めている。それで感化されるのか、うどんばかりにオーダーが集中し、寝かせたうどん玉が尽きると品切れ。休日はお客が絶えず、昼から休んで仕込むなんて悠長なことはやってられない。
 早め早めにコネ鉢に向かうのだったが、そうするとまたお客が面白がって覗きにくる。それの繰り返し。緊張する暇もないほど忙しかった。

「琢ちゃんパニクってるよ、可哀想に」
「それが力になるんだよ」
 祐紀子がちょっと笑いながら蔵之介に言うのだが、蔵之介はほくそ笑むだけで手伝おうとはしなかった。
「場数よ場数。忙しくてしくじれない状況で仕上げてこその腕ってもんだ。ほっとけ」
 厨房でそんなことを話していると、揚げ物に向かいながら京子は顔をそむけ、女らしい面色で微笑んでいた。頑張って琢也。励ます思いが心に満ちる。

 三時前になってようやくお客が減っていく。五時すぎあたりからの夜の波に備えなければならなかった。
 『若旦那の名物うどん』という妙なのぼりが効くのか、うどんばかりがよく売れた。琢也はもう腕が上がらないほど疲れている。
 小麦粉1.5キロを一鉢として、およそ十七人分ほどなのだが、朝から何鉢コネたことか。休日はそれが仲見世の閉まる夜七時すぎまで続くのだった。秋口になって汁物の美味い季節だからか、街にあふれる観光客は、ラーメン、うどんと麺の店に入りたがる。
「外ののぼり、やめない? 死ぬかも」
 などと言いながら楽しそうにコネ鉢に向かう若旦那に、節香は明日の江戸屋を描いていた。

「けどさー、蕎麦屋じゃなくなっちゃうよねー、江戸うどんなんて聞いたことないしさー、あははは」
 節香の声に蔵之介が鼻で笑った。
「まあ言うなら浅草うどんだろうな。新しい名物にすりゃあいいのよ。東京にゃ蕎麦屋は腐るほどあっても、うどん屋ですって商売は少ねえだろう。うどんばかし売れりゃ俺っち楽でいいけどよ、はっはっは」
 江戸屋の温うどんは、薄口醤油で仕立てるいわゆる関西うどんと、濃口醤油でコクを出す関東うどんの間ぐらい。それも先々代が仕立てた昔ながらの味だったが、節香も蔵之介も昭和の味にこだわるつもりはなかった。やがて若夫婦がつくっていく店。そういう変化も節香は楽しみでしかたがない。
 そのとき祐紀子が前掛けの紐を解きながら言った。
「あたしちょっと迎えに行ってくるから」

 節香が目を丸くした。忘れていたわけではないが、もうそんな時刻なのか。
「ああ、そうだね、行っといで。だけどアレだね、明日は保育園やってないし土日まで保育園じゃ可哀想だよねー」
 祐紀子はうなずきながら裏口から出て行った。ろくに話す暇がない。戻ってすぐ夜の支度にかからなければならなかった。
 祐紀子を送り出して、節香は京子に向かって言う。
「誰かいい人いないかね? 特に週末なんだけどさ、ちゃんとしてくれる人なら昼間も一人欲しい感じなんだし」
「そのことでしたら前にもちょっと言いましたが、私のすぐ近所に仲良くしてるママがいますよ。いま三十五だっけかな? 下の子がウチの子と同学年なんですが、とっくに手は離れてるし、私がちょっと言ったらやってみたいって言ってました。話してみましょうか?」
「そうだね、お願いできればいんだけど。土日がねえ、かまってやれないし真央ちゃん可哀想でさー」

 京子はうなずいた。
「その人、河原景子って言うんですけど、お料理めちゃめちゃ上手ですよ。真面目でおとなしい感じだし、いいと思うけど」
「あらそ? それはそれは嬉しいこと。明日からでも大丈夫? いますぐ欲しいぐらいなんだから」
「じゃ電話してみましょうか?」
「お願い、そうして。できたら明日からでも。面接なんて面倒くさいことしないし履歴書なんかもいらないからって言って。お給料もちょっと考えるから。それは京子ちゃんもよ、前より忙しいもんね」
「あ、はい、助かります」
 そんな声を小耳に挟みながら、そのときやっと手の空いた琢也は、二階に上がって静かな仏間に入っていった。店にいるとうるさくてたまらない。

 グレープフルーツジュースをコップに二つ持ち、ひとつを遺影の前に置く。線香は匂うから蝋燭だけに火を灯し、手を合わせて遺影を見つめる。
 黒い額の中の佐紀子は若く、光り輝いている。女のいちばんいい時期を誇らしく飾るようだった。
 外はまだまだ明るかったが仏間はひっそりしていた。ここしばらく佐紀子は姿を隠している。出て来ないのではなく隠れているのだと琢也は思った。お化けの怖さを見せてしまったことへの自責の念があるのかもしれなかった。
「…激しいもんだね女って。気持ちはわかるけどさ、京子ちゃん許してやりなよ…」
 口の中でぼそぼそ呟き、蝋燭を消して振り向いたとき、すぐ背後に死装束の透き通る佐紀子が立っていた。

「うわっ! よしてよなー、心臓が止まりそう」
 今日の佐紀子はふざけていない。悲しそうな顔をした佐紀子をはじめて見た。佐紀子は何も言わず、ただじっと琢也を見つめて立っていた。
 琢也は微笑んで手をひろげる。
 佐紀子はちょっとうなずくと、すーっと流れるように近づいて、琢也の胸に抱かれていた。
「もういいから。気にするな」
 それでも佐紀子は何も言わず、すがるように抱かれていた。

『京子なんてどうでもいいのよ』
「うん。だからもういいって」
『あの子が好きなのは琢也だよ』
「え?」
『琢ちゃん大好き、うっふんなんだから』
 琢也は内心ドキドキしていた。夕べ何となくそんなようなムードを感じていたからだ。
『琢ちゃんだって、まんざらでもないんだろ?』
「いや、そんなことはないよ」
『お化けに嘘ついたって無駄なんだよ。ユッキーだって野中にホの字なんだしさ。いっぺん死ね』
「は?」
『生きてる人間は無理しすぎ。体面ポーズごまかしばっかし。母さんだって蔵さんのこと好きだったんだよ。父さんのほうが強引だった。蔵さんは弱すぎた』

 死後の世界を見せつけられると生き方を考えてしまう。言われてみれば確かにそうだ。本音を抑えて曖昧に生きている。

「ただいまー!」
 元気な真央の声が響き渡った。
『あ、帰ってきた。じゃね、後でまた暇になったら布団に行くから』
「ぶっ…来なくていい、ね、お願いだから来なくていいから」
 透き通った佐紀子は、すーっと流れるように滑って行って部屋を出て行く。

『きゃっ! 階段滑るしぃ!』

「ばーか、このドジ。お化けが階段使うかねー」
『うるさいなー、聞こえてるって。後でイジメてやるからね。ふふふ』
 いつも通りの憎まれ口をきいていく。

 それにしても、これは現実? 京子と抜き差しならない関係になっていくのだろうか。祐紀ちゃんは野中さんと、もしかして…。
 琢也は遺影の中の佐紀子を見つめて問いかけていた。
 真央が加わると江戸屋はいっぺんに家族になる。親子三代。明日は日曜で保育園はない。そうなると祐紀子が見ていなければならなくなるし、むしろ遊びに連れ出してくれたほうが気が楽というものだ。
 
「はい行きなっ! 先にシャワーしちゃいましょ!」
「はーい!」
 ドタドタと階段を駆け上がってくる音が響く。新しくなった建物で以前よりは静かだが。
「こらっ真央、階段滑るから走っちゃダメってば!」
 琢也は可笑しい。ついいまお化けのママが滑ったばかり。
 仏間を出た琢也と祐紀子が鉢合わせ。
「あら、ここにいたの? あたしちょっとシャワーさせちゃう。保育園で秋の運動会の稽古があったんだって。汗だくなのよ」

 そのとき真央は階段を上がるなり琢也の腿にすがりついて笑っていた。笑顔がママそっくり。つまり妻そっくり。琢也は可笑しくなって笑ってしまう。
 何でこんなことになったのか。江戸屋を継ぐと決めたことがいまもって信じられない琢也だった。

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