快感小説

妻は幽霊(三四話)

三四話


「困っちゃったなー、真央ちゃん、映画やってないよー」
「ええー、ヤだぁぁ、そうなのぅ」
 夏休みがとっくに終わり子供向けの映画がない。たまには違う景色を見せてやりたくて電車に乗りながらスマホで映画をチェックしていた。
 映画がダメと聞いて真央はちょっとグズったが、すぐに機嫌をなおして笑う。ママとのお出かけが嬉しくてならない。
「じゃあじゃあ、来週はディズニーランド連れてってあげるから、今日は水族館とかにしときましょうよ」
「水族館てぇ?」
「綺麗なお魚とかいっぱいいるよー。可愛いよー」
「うんっ、行くぅ!」
 ディズニーランドと聞いて小さな真央は舞い上がる。嬉しくて嬉しくてママの腕にすがりつき、はしゃぎだすから、周りの乗客たちも笑っていた。真央はちょっと腕白だった。

「あらぁ可愛いお嬢ちゃんねー、ママそっくり、双子さんみたいなママと娘さんだわー」
 隣りに座っていたおばさんの二人連れが顔を見合わせて言う。
 真央はママに似ていると言われることも嬉しいらしく、可愛い盛りの笑顔を振りまいていた。
「そうですか? 似てますやっぱり?」
「あらやだ何言ってるの、そっくりじゃない。大きくなったらママがもう一人増えそうよ」
 そうだろうと祐紀子も思う。姉に似てくる。子供の頃の姉の写真と真央はそっくり、うりふたつ。誰が見ても祐紀子の娘に間違いなかった。

 私の分身が産んだ分身の分身。真央が来てから私はママになってしまったと、どれほど同じことを考えたか。祐紀子も三十だったし、そろそろ琢也の子が欲しいと思っていたところ。妊娠出産というプロセスを省いていきなり授けられた自分そっくりの我が娘。
 野中さんがもしも再婚でもして真央を奪われたら私はどうにかなってしまう。祐紀子は絶望的な想いを抱えていた。
 野球で忙しい身の上ではどうにもならず、愛し抜いた妻の分身をあずけなければならなくなった。あれほど逞しい彼が小さな娘を抱いて涙ぐむ姿を見ていると、彼への想いは愛へと変わる。

 いいや、すでにもう愛してしまったのかもしれないと思うのだった。

「ママぁー、おなか空いたぁ」
「あ、そうよね、食べてなかったね。よしっ、映画がダメだったからチョコパフェとかもつけちゃう!」
「うんっ! わぁぁママ大好きぃーっ!」
 姉はどんな気持ちで逝ったのだろうと考える。草葉の陰から想い続けているだろう。
『真央をお願い、私の分まで愛してあげて』…そう言っているに違いない。

 レストラン。大好きなハンバーグを切って口許に運んでやるとパクリ。あのとき焼肉屋でパパも同じことをしていた。パクリと食いつく娘の姿に野中は仏様のような面色をしていたものだ。
 真央と二人でいると野中の姿ばかりが目に浮かぶ。新しい江戸屋ができて泊まれるようになったといっても、遠慮もあれば、野球シーズンもこれからが大詰めでそれどころではないはずだ。
 毎夜毎夜、宿舎や自宅で独りぽっちで眠るとき、パパはきっと泣いていると考える。素敵なパパ。会わせてやりたい。もっともっと娘をそばに置いてやりたい。

 しかしそれは琢也からの離脱を意味する。

 サンシャイン水族館。それから高層ビルの展望台に上がって東京を見渡しながら、祐紀子はふと神宮球場を探してしまう。今日まで神宮で明日からは東京ドーム。すぐそこにパパがいるのに決定的な距離がある。
 野中のためというよりも真央が喜ぶ姿のため。そして喜ぶ顔を見たいと思う私自身のためでもある。
 もうどうしようもないと祐紀子は思う。二人いる夫…あり得ないそんな想いが実感に置き換わってきていると感じてならない。

 江戸屋に戻ったのは六時半すぎ。夕食も軽く済ませて帰ってきていた。
 今日がとりわけ忙しいのか、夕食時だったからか、戻ってみると江戸屋は満員。若旦那の名物うどんがちょうど品切れになったところ。
「忙しかった?」
 京子は首をすくめて言う。
「ていうか、てんてこ舞いよ。景子さん呼んでよかったわ。琢ちゃんと二人で中でも外でも大活躍だったわよ」
 京子に言われてそれとなく景子を探ると、要領よくてきぱき動いて、やることなすこと反応がいい。この仕事に向いていると直感する。
 食べ物屋はお客にオーダーが行き渡ると手が空くもの。店は満員だったが、ちょうど行き渡ったところで厨房は落ち着いていた。
 足許にまつわりつく可愛い孫の頭を撫でながら、節香は景子に視線を流して言った。
「大助かりよ」
「そう?」
「勘がいい、しばらくのうちに慣れてくれそう」

 京子が最初に来たときもそうだった。姉の紹介。なのに妹の祐紀子は店の娘のくせして水泳ばかりで料理は苦手。そんなところも京子への微妙な反感となっていたのかもしれなかった。
「忙しかったんだ?」
 節香が笑う。
「そりゃぁもう。琢ちゃんなんかオロオロだったよ。うどんも蕎麦もどれだけ仕込んだことか。こんなこと前はなかったもんね」
 と、蔵之介が歩み寄り、真央の頭をちょっと突っついて笑う。
「チビがいなくてよかったぜ。いたらとてもかまってやれねえ。だからよ祐紀坊、気にするな、おめえはチビだけ見ててやんな」
「うん、ごめんね」
「店閉めるまで間があらぁな、チビと風呂でも済ませちまえ」
 チビチビと言われて真央は拗ね、ほっぺをふくらませている。
 真央の背を押しながらチラリと琢也を見た祐紀子だったが、そのとき厨房の奥の洗い場にいた琢也は、ちょっと手を上げヘロヘロだよと言うように首をすくめて明るく笑った。

 オーダーストップの七時をすぎ、お客がいなくなってのれんを降ろしたときには七時半をすぎていた。フル回転。うどんは品切れで蕎麦もわずかに残るだけ。ご飯だけが少し残った。
 奥の座敷に、蔵之介と琢也がへたり込み、京子や景子も交えて、とにかく休憩。節香が余り物からつまむものを少し出し、お茶を淹れて一息つく。
 節香は座りながら景子の背中にそっと手をやる。
「びっくりしたでしょ、いきなりだもんねー」
「はい、ちょっと。ふふふ、こんなに忙しいなんて思わなかったですからね」
「平日はそうでもないのよ。土日は特別。毎日こうなら、あたしらとっくにお陀仏だわよ」
 風呂を済ませた真央が真っ赤な顔をしてお婆ちゃんの膝に座っていた。隣りに景子がいるから、ものめずらしくてうかがっているようだ。
 真央は人見知りをしない。京子にも懐いていたし、ご近所さんにも愛想をふりまく。

「ふふふ、可愛いわ、私のこと覚えてくれた?」
 景子が顔を覗き込んで言うと真央はにっこり微笑んだ。
「うんっ、景子のお姉さん」
「あら嬉しい、お姉さん? おばちゃんて言わないのねー」
「だって、おばちゃんじゃないもんっ」
 景子がちょっと手をひろげると、真央は膝から膝へ飛び移って景子に抱かれる。
 しかし、そんな様子も祐紀子には苦しかった。真央のことで京子にいろいろ聞かされているに決まっている。夫がありながら真央のパパと外泊したことまでも…。
 景子には二人子供がいる。京子にも一人いて、自分だけに子供がなくて、なのにすっかりママになってる。それも野球のスーパースターの娘が転がり込んできたわけだから。
 そういうときの女同士は微妙な感情を抱きながら探り合う。私だけが女の半人前。祐紀子はそんなふうに卑屈に考えてしまう自分が嫌だった。

 膝に真央を甘えさせながら景子が言う。
「それにしても琢也さんのおうどん」
「あ、はい?」
 疲れ果ててぼーっとしていた琢也が目を向けた。
「お昼にいただきましたけど、だってまだ、はじめて二月ほどだとか。とてもそんなふうには思えませんよ。私も料理学校で一応ですけど手打ちうどんは習ったし、自分でつくってみたりもしましたけれど、とてもとても。コシがあって美味しいし、お客さんもみんな美味しい美味しいって喜んで食べてたし」
 景子にすればなにげない言葉でも、それも祐紀子を逆撫でした。気の持ちようだとわかっていても、江戸屋をおろそかにしていると言われているような気がしてならない。

 何だろう、この嫌な私…祐紀子はこの店に居場所がなくなる気さえした。

 節香は、何となく冴えない娘の面色から、もちろん気持ちは察している。
「さあ、そろそろ。景子さん、それに京子ちゃんは晩御飯は?」
 二人とも家に戻ってもないと言う。週末は帰りが遅くなるから京子の家ではつくっていないし、景子もいらないと言って出てきている。
 節香は祐紀子にちょっとうなずいて立ち上がった。
「祐紀、あたしら二人で用意しよ。景子さんに真央ちゃん見ててもらえばいい」
 じゃあ私もと京子が立ちかけたが、節香はいいから座ってなさいと微笑んで、祐紀子だけを連れ出した。夕食といっても小料理の余り物に丼物などを足すだけだからたいしたことでもない。

 厨房に入るなり、節香は娘の背中をそっと撫でた。
「気にしちゃダメよ、みんな気持ちはわかってるからね」
「でもなんか後ろ髪だなって思ってさ」
「またそんなことを言う。さっき京子ちゃんが琢ちゃんにね」
「うん? 何か言ってた?」
「子育てはタイヘンなんだからわかってあげないとダメよって。そしたら琢ちゃんも笑ってさ、何より真央ちゃんを守ることが大事なんだし、それはアイツにしかできないことだって。だから気にしなくていいからね。景子さんもいい人だし、江戸屋はそうやって家族ぐるみでやってきた店なんだから。あたしだって、いきなり双子ができたとき店なんて上の空になっちゃった。必死だったもん。いいね祐紀、気にしちゃダメ、真央のママでいいんだから」

 胸が熱い。このとき祐紀子は、母は野中とのことまでを含んだ上で言っていると感じていた。女同士、女の気持ちは通じてしまう。
 何かを言おうにも言葉を探せない。母と娘で口を閉ざして調理台に向かっていると、奥からけたたましい声がした。
「うわぁ、コラぁ、このおてんばチビーっ!
「ぎゃはははっ、嫌だぁぁジジイーっ、ぎゃはははっ!」
「あー、お爺ちゃんに悪い言葉つかっちゃって! ほうらお仕置きよーっ、こちょこちょこちょ!」
「ヤぁぁーっ! ぎゃはははっ!」
 節香と祐紀子はくすっと笑って顔を見合わせた。
「くすぐってる?」
「かもね。ったく騒々しい…ふふふ」
 蔵之介の声に琢也の声も京子の声も重なっていた。

 これでいいのかもしれない。親子三代。京子も景子も家族同然。その中心に幼い真央がいると思うのだった。

「そう言えば母さん」
「はいよ?」
「蔵さんとの入籍は?」
「入籍って、おまえ…いいんだよ、そんなこと」
「ダメダメ、よくないでしょ、ちゃんとしなきゃダメだって。蔵さんのためでもあるのよ」
「うん、それはまあそうだけど、恥ずかしいじゃないか、この歳でさ」
 ちょっとうつむき、まるで乙女が頬を赤らめるようにはにかむ母。

 そうだわ、真央は母にとっては血のつながった初孫。あたりまえのことにいまさらながら気づかされたようだった。

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