快感小説

妻は幽霊(三五話)

三五話


 水曜日は江戸屋の休日。先々代の頃は火の車。先代つまり節香の夫、大子と二人になっても不定休で働きづめ。そんな暮らしもようやく少し楽になった。新しくなる店の資金以上のものを野中がぽんと用意してくれたこともある。
 いつも通りの時刻に起き抜けた祐紀子は、皆がまだ寝静まっている店に降りて真央に朝を食べさせて保育園まで送って行った。新築開店からわずか数日だったが、琢也も蔵之介も疲れ果てて眠っている。普段なら節香が真っ先に起きるのだったが、夕べ祐紀子は、明日はいいからと母を寝かせておいたのだった。節香もちょっと張り切りすぎ。

 朝起きて今日は水曜かと考えたとき、まず頭に浮かんだのは、今夜のナイターまでは東京ドームで野中がすぐそばにいるということ。明日は移動日で明後日からが横浜スタジアムでのホームゲームが続く。
 今夜は試合の後で遅くなるから明日にでも来るかとは思うのだったが、明日は江戸屋が営業している。昼に来ても真央は保育園だし、夜に泊まったりすれば翌日からのホームゲームに差し障りがあるかもしれない。シーズン終盤の戦いだからチームは気が立っている。そう続けてでは遠慮もあるだろうし野中は来ないだろうと考えた祐紀子だった。

 せっかくの休みなのに空を雲が覆っている。秋雨前線が動き出しているのだろう。保育園から戻ったときには、それでも朝の八時半。厨房に寝巻き姿の節香が立って湯を沸かしていた。
「母さん起きた? おはよ」
「はい、おはよ。真央ちゃん送って?」
「そうそう。なんかお天気よくないのよ、どよーんだわ」
「琢ちゃん寝てる?」
「寝てると思う。クタクタなんだもん。今日ぐらい起きるまで寝かせてあげないと」
「蔵さんも一緒よ、あたしが起きようとしてるのにイビキかきくさって寝てくさる。いいわね男って、お気楽だわさ。それで? 今日はどうするつもり? 琢ちゃんとどっか行く?」
「さあねー、わかんない。真央がほら四時までだし、それからって言ってもねー、それこそスカイツリーぐらいしかなくなっちゃうし」
 節香はうなずいて、着替えて来ると言いながら娘の背中をちょっと叩く。

 食べ物屋はそのへんも辛い。観光の街で店を張るからには土日はまず休めず、平日だって続けて休むわけにはいかない。
 琢也は駆け出しの職人だった。この先ずっと休日は疲れを癒やすだけの一日となるだろう。そう思うからなおさら祐紀子は苦しかった。いつか夫と二人で切り盛りしていく店のために家族みんなが働いている。なのに自分だけ心が真央と野中に向いてしまう。
 厨房でぼんやりしていると階段を降りる強い足音がした。
「あら、おはよ」
「うん」
「真央ちゃん保育園?」
「そよ。朝どうしよ?」
 琢也はジーンズ姿。ちょっと考えて言う。
「たまにはサンドイッチとか?」
「サンドイッチ? それで足りる?」
「足りるさ。ハムとかあるし俺やるよ」
「えー、いいよいいよ、たまにはあたしが作るから」
「そう? じゃあ俺、パン買ってくるからさ。義母さんたちはそれでいいかな?」
「いいと思うよ、充分じゃない。蔵さんパン好きだし、ここのところご飯ばっかりだったから」
「そか。よし、わかった、じゃ出てくる」

 祐紀子は衝き上げる想いにどうしようもなくなっていた。穏やかな夫。いつもやさしい。
「琢ちゃん、ごめんね」
 抱きすがって、抱きくるまれて、キスを交わす。夫の気持ちが唇から流れ込んでくるようだった。
「気にするなって言ったろ。気にされるとこっちが辛い。それは義母さんもだぞ」
「わかってるけど、でも…」
 こういうとき夫の背がもう少し高ければと思う。百六十八センチ同士だと目の高さが変わらない。何となく甘えきれず、だからもやもやが解消されないのかもしれなかった。圧倒的な巨木にすがるような安堵がほしい。

 琢也はつっかけを履いて出て行った。パン屋は近い。
「あら琢ちゃん出てった?」
「たまにはパンにするって。サンドイッチよ。それでいいでしょ?」
「あたしゃ何でも。蔵さんも文句は言わないよ」
「あたしやるから母さん少し休んでて。先にコーヒー淹れてあげるね」
「そうかい? スープでもしようか?」
「いいってば、座ってて」
 コーヒーを淹れて出したとき、ちょうど裏口から琢也が戻って厨房に入ってくる。
 節香はそんな琢也へ視線をやりながら祐紀子に言った。
「ほんとにどっか行ってくれば? そうすればほら、夕飯別にできるし、それならそれであたしらもさ」
「あ、そう? 蔵さんとどっか行く?」
「ちょっとね」
 嘘だろうと祐紀子は思った。あたしらを気にせずに夕飯ぐらいしておいでということだ。

「卵とハムのミックスサンドにするよー」
「あ、いいって、あたしするから」
 厨房から声がして祐紀子は夫へ寄り添っていく。節香はちょっと微笑んで、娘の淹れたコーヒーを口に運んだ。
 そしてカップが半分空になる頃…節香は階段の下に立つ。
「おらぁーっ! いつまで寝てんのよー! ほらほら起きろーっ!」
 返事がない。
「ああん、もうっ! コラぁ、ジジイーっ!」
 叫びながら階段を上がって行く。
 琢也は可笑しくてたまらない。一緒になったとたん江戸っ子娘は蔵之介を尻に敷いてしまっている?

 祐紀子も可笑しい。笑いながら言う。
「ったく何て親なのよ。母さん入籍するってさ」
「ほんと?」
 琢也は目を丸くした。
「できるだけ早くって。なら今日行けばいいじゃんね」
「そりゃそうだ。そうか入籍するって? よかったな」
「ほんとよ、よかったわ。母さんもう寂しくないもん。父さんが死んでがっくりだったからね」
「それはそうさ、二人でやってきた店なんだもん。蔵さんが戻ってくれなきゃ危なかった」
「というか、おしまいだったよ。見ず知らずの職人に任せるぐらいなら母さん閉めてたと思うから。琢ちゃんが継いでくれることになって思い残すことなく死ねるなんて言うんだよ」
 琢也はちょっとうつむいて、しっかり深くうなずいた。

「ねえ、後で出よっか?」
「どこへ?」
「どっか。母さんと蔵さんを二人にしてやりたいし」
「はぁはぁ、なるほどですね」
「ふふふ、何よその言い方」
 サラリーマンだったクセが抜けない。突然だと思わず言ってしまう。
「真央ちゃん四時だろ?」
「そよ。迎えに行ってそのままどっか」
「スカイツリー登ってみるか? 近いし、ちょうどいいだろ?」
「そうね、いいねそれ。真央喜ぶよー」
「おっけ。じゃあ俺は先にちょっと出るよ」
「どこへ?」
「上野だな」
「またお蕎麦?」
「もあるし、本屋とかも見てみたい。スカイツリーで待ち合わせればいいじゃんか。真央ちゃんとタクシーで来ればいい。どうせ歩きじゃ無理なんだし」
 祐紀子は呆れて顔を見る。
「ほんと熱心ね」
「そりゃそうだよ、覚えることはゴマンとある。景子さんじゃないけれど料理学校行きたいぐらいだ」
 強くなったと妻は思う。料理への気持ちが前に向いている。
「いいわよ、じゃあそうしましょ。晩御飯は外で」
「いいよ、わかった」

 そのとき節香がわーわー騒ぎながら蔵之介と一緒に降りてきた。琢也と祐紀子は二人で笑う。節香は、まぁぁ気が強い。
「あたしら、ちょっとお役所行ってくるからさ」
 琢也と祐紀子は顔を見合わせ、二人でくすっと笑う。降りてきた節香に琢也が言った。
「おめでとうございます、義母さんも義父さんも」
「お、むぅ、ぅわ」
 照れる蔵之介。
「ええい何言ってんだい! むぅだの、ぅわだの! おまえさんボケてんじゃないよね? シャンとなさい、ヤだよもうっ!」
 三人が大笑い、一人蔵之介だけが照れている。
 琢也が義父さんと呼んでくれたことに蔵之介は感慨にも似た思いを抱いていた。
 あの頃先代と競って奪われた恋人と時を経て一緒になれる。その恋人には大きな娘とその旦那がいて、旦那は蕎麦の弟子。
 時代が動いたことをあらためて感じる蔵之介だった。

 午前中に江戸屋を出た琢也は地下鉄で上野に出ていた。待ち合わせが四時すぎで、保育園へ迎えにいくときメールが入ることになっている。三時半ぐらいまでは時間がある。上野も歴史ある街。アメ横だったり、じっくり歩いてみたいところはたくさんあった。
 上野駅を不忍池のある西側に出て、少し下るとそのあたりがアメヤ横丁。そのへんへ行ってみようと思っていたのだったが、駅から吐き出された人また人の波の中にいて、後ろから背中をひっぱたかれる。

「琢ちゃんじゃない!」
「あれま、こんなところで何してる?」
「そっちこそよ。でも嬉しいっ」
 京子だった。江戸屋が休みで、まあまあ外出着のスカート姿だったのだが、野球を見に行ったあのときほどめかし込んではいなかった。
 京子は浮き立つ笑顔を浮かべて言った。
「家にいたってさー、私だっていろいろあるわけよ。景子誘ってみたけどダーメ。それより琢ちゃんは何でまた? ユッキーどした?」
 並んで歩き出していた。

「あっそ? 四時にスカイツリー? だったらねえねえ、それまでデートしない? あたしって琢ちゃんにまんざらでもないのよー」
 ど真ん中のストレート。京子らしい言い方だった。
 しかし、だとしたらアメ横方面はまずい。界隈の店が仕入れがてらにうろうろしているからだった。
「京子ちゃんてお昼は?」
「まだに決まってるじゃない。食べる?」
「ああ食べる」
「私を? うひひひ」
「ばーか」
 京子がちょっと舌を出す。
「よしっ、うなぎ行こ。あたし奢ったげる」
「うなぎかよ、重くね?」
「いいからいいから、精力つけてもらわないとさー、うふふ!」
 京子は弾んでいるようだった。
 手をさっと回して腕を取り、恋人のようにすがってくる。京子は祐紀子よりひとつ上だったが、小柄で若々しい。とても小学生の子供がいるようには見えなかった。
 遊びの外出だからか、かすかに香水のような香りがする。まあまま普通のミニスカートに薄手のセーター。セーターの胸が誇らしく尖っていた。

 琢也はそれとなく絡んでくる京子の手を拒もうとはしなかった。
 不忍池に出た。方々にベンチはあったが、平日の、いまにも降り出しそうな空の下、そこら中が空いている。
 ベンチに座ると、京子は身を寄せて腕を絡め、琢也の横顔をうかがっていた。好きであっても遊びじゃ嫌だし、こうしても拒まないということは、琢也には隠された素顔があるのかもしれないとも邪推する。
「拒まないね」
 琢也はちょっと苦笑して池を見渡した。
「流れがあると思うんだよ」
「流れ?」
「真央ちゃんを中心にゆったり動きだす心の流れ。野中さんがいて僕がいて祐紀ちゃんが流れてる。束縛するものでも剥奪するものでもない。人は人を縛れない」
「…そうね、そうだと思う。あたしなんか旦那を信じて裏切られたし」
「独占しようとすることが違うんだよ。通念やモラルじゃなく、一度きりの命を生ききることだと思うんだ」
「じゃあ許すの? 野中さんとユッキーがそうなっても?」
「許すも何も、野中さんに向かうときの祐紀ちゃんは佐紀ちゃんだと思うことにしたんだよ。本気で真央のママやるんなら、本気のパパを放っておけないはずだから」

 京子の手がはっきりとした女の意思を持って絡みつく。
「大きいなー…そういうの、すごくいい…好きになっちゃいそ」
「ふふふ、さあ飯にするかっ。アメ横なんて今度でいいや」
「うん…ねえねえ」
「うん?」
「またどっかで会ってくれる? こっそりよ?」
 琢也はちょっと微笑んで、一方的に絡みついてくる女の手を取り、しっかり握った。京子が握り返してくる。

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