快感小説

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

妻は幽霊(三六話)

三六話


 真央は保育園、琢也が出かけ、節香と蔵之介もいなくなった江戸屋は、いきなり月面に立たされたようにひっそり静かに冷えていた。厨房から熱が失せると、新築でどこもかしこも新しいのに廃墟のような空気が満ちる。窓も戸も開け放って、わーと叫びたい気分になる。
 考えてみれば不思議な家だと祐紀子は思った。
 先代の妻、上原節香とその家族のはずだったものが、その節香が入籍すれば北条節香と蔵之介の夫婦、瀬中琢也と祐紀子の夫婦、三歳半の野中真央と、その子と別居でもしているような父親の野中崇。姓の違う三家が絶妙な間合いで解け合って成立する家。
 そう思うとなおさら、真央とはまさに言い得た名前で、わずか三歳半の幼子が中心にいて家族をつないでいると感じる。

 江戸屋にいて独りきりになったのはどれぐらいぶりだろう。家を出て独り暮らしをはじめる前まではもちろん何度もあったのだが、夫を引き入れ同居しだしてからはほとんどなかった気がしていた。
 ごくあたりまえに家事をする。そのへんの拭き掃除だったり作務衣の洗濯だったりするのだが、夫婦の洗濯物に小さな子供の可愛い服がまぎれ込む。それが不思議に思えてならなかった。
 おなかをさすってみたりする。琢也の子を産んだ覚えもないのに娘ができた。私はもしや姉なのか? 何度も何度も同じことを考えて鏡を覗くと、遺影の姉をそのまま映したような自分がいる。
 間違えられるのがあれほど嫌で私は私と思っていたのに、対の一方が消えてしまうと、私は姉でもありたいと思うのだった。

 時刻が近づいて着替えだすと、無意識のうちに普段着の延長を選びそうになってしまう。相手が野中だと姉には負けたくない思いが働くようでスカートの丈が短くなる。
 それじゃいけない。祐紀子は薄化粧を整えて、野中にでも逢いに行けそうなスカートを選んでいた。ブラウス、ジャケット、ハンドバッグ。
 しかしそこでも、ふと気づく。野中のときなら平気で履けるハイヒールが履けない。夫をチビに見せてしまう。せっかくミニスカートを選んでも化身しきれず、いつもの自分を残してしまうと思うのだった。
 琢也にとって私は祐紀子。野中に対してだけ佐紀子になれて、化身しきった女になれる。
 懸命に言い訳を探していると祐紀子は自覚できていた。野中とのことは浮気じゃない。私はそんな女じゃない。だってそのとき私は姉なんだもん…と。

 何となく同じ電車に乗ることがはばかられた。何をしたわけでもないのに、さすがにモロ地元で二人揃って歩く気にはなれなかった。お互いに納得ずく。琢也は上野に京子を独り残して一本早い電車に乗った。待ち合わせた妻の顔を見たときに自分の中で何かが変化するのだろうか。いままでとは違う微妙な温度差のようなものは生まれるのだろうか。
 琢也は、まるで他人事のように醒めて考えることができていた。
 男と女は流れに沿って肌を合わせて生きていく。義母がそうだ。二人の男の間で揺らぎ、一方に添って一方を捨てた。流れがふたたび二人を添わせ、その頃のままの愛を修復できている。

 琢也は怖かった。祐紀子にはやさしい人でいてほしい。真央への想いと野中への女心を俺のために曲げてほしくないと思っていた。理屈ではそうだ。けれどもし野中と一夜をともにして戻った妻に、いままで通りに接していけるか。そんな不安を打ち消そうとして、『夫が二人に妻が一人』をことさら肯定しようとしている。

「あー、お兄ちゃんだぁーっ! こっちこっちぃーっ!」
 保育園の上着とあご紐のついた黄色い帽子。小さな手をちぎれるほど振ってはしゃぐ真央を見ていて、祐紀子は、この子は生涯、琢也をパパとは呼ばないだろうと感じていた。

「ごめんごめん、遅くなっちゃったなー!」
 このとき琢也にもチクリとする思いがないとは言えない。目をそらしてしまいそうになる大人の視線を、意思の力で真央の眸へと移動して、子供の目の高さで真央を抱く。この子は生涯、祐紀子をママと呼ぶだろうと琢也は思った。

「待ったろ?」
「ううん、いま来たところ。どうだった上野?」
「どうもこうも。売ってる本も変わってないしさ」
「そ。さあ行きましょうか、今日は空いてるみたい」
 タワーの真下。エレベーターへと並ぶ列は短かった。時刻は四時すぎ。相変わらず空は曇っていたが曇がいくぶん白くなって、その分眺めは良さそうだった。垂れ込めると展望台は雲の中に隠れてしまう。
 チケットを買って並ぼうとすると、真央は二人の手をしっかり握って吊り輪でもするようにぶら下がってはしゃいでいる。
「ふふふ、嬉しそう」
「まったくハネっ返りなおてんばだよ。可愛いもんだな」
「母さんによるとね、姉さんのこの頃そのままなんだって。あたしは少しおとなしかったらしいんだ。姉さんに押しのけられていつも後ろにいたんだって」
「わかる、それ。何となくだけどそんな気がする。佐紀ちゃん、おてんばだったんだろうなって。へへっ、飛んでる小娘か?」

『おいコラ、誰が飛んでる小娘だよ。祟るよー。ふふふ』

 お化けの声だけが聞こえたが、琢也は真央の手を振り回す素振りでごまかしながらちょっと笑った。
「土曜日はディズニーなんだろ?」
「そそ! 野球も行くんだよーっ!」
「そかそか、よかったな」
「うんっ、よかったぁ! 早く来ないかなぁ!」
「三回寝ればディズニーだ」
 エレベーターへ短い列が吸い込まれていく。列が短いとは言え、乗るとかなり窮屈だった。真央はママの足許に抱きすがっている。
 祐紀子は黄色い帽子の頭を撫でながら横を見た。それに琢也が気づき、気にするなと言うように微笑んでうなずいた。

「わぁぁ、お耳がキューンて」
「うん、静かにしてましょ」
「はぁい。ンふふ、お耳がヘンーっ」
 他に一人、五歳ほどの男の子が乗っていて、しきりに真央を見ていたが、その子はお爺ちゃんに手を引かれていた。小さな子供ほどママじゃないと楽しそうにしていない。
 この時刻、ほとんどが若いカップル。スカイデート。女同士の二人連れも乗っている。スカイツリーは江戸屋に同居を決めた頃、夫婦二人で何度か来ていた。はじめての浅草に慣れさせようと祐紀子が連れ出していたからだ。
 コンビニに勤めだしてぱたりと外を歩かなくなっていた。近所に知られ、失業中だったことが恥ずかしかった。
 琢也は、眼下に小さく見える浅草寺の緑を見つめながら、祐紀子とのなれそめを思い出していた。

 あの頃の祐紀子はスイミングクラブのインストラクター。小さなスポーツ用品メーカーの営業だった琢也がクラブを訪ね、ビート板やらゴーグルやらキャップなど細々した用品をセールスしていた。会社が小さくて野球用品などは扱っていなかった。小物ばかり。一部はオリジナル製品だったが、ほとんど輸入商品ばかりだった。
 そしてそのとき人魚のような祐紀子に出会う。一目惚れ。熱病のようにイカレてしまい猛烈にアタックした。
 それがいまから二年と少し前のこと。三月つきあいプロポーズ。決死の覚悟で押し倒したのを覚えている。
 なのに直後に会社が倒産。出費を抑えるために実家に同居。そして蕎麦の道を与えられた。
 何もかもが妻のおかげ。プロ野球のスーパースターの野中とは比較にならないダメな人生だと思っている。
 祐紀子ほどの人を俺の人生に付きあわせていいものか…真央が来るずっと前、コンビニに勤めていた頃から思い悩んだことだった。

 食事を済ませてタクシーで戻ったときには七時半になっていた。
 節香も蔵之介も妙に神妙な顔つきだ。入籍してきたということだろう。二人とも普段着だったが様子がヘン。一目でわかる。
 店の座敷に五人が揃った。正座をする節香が、隣りですっとぼけている蔵之介を睨みながら、恥ずかしそうに言う。
「あのね祐紀、琢ちゃんも。それから真央ちゃんも聞いてね」
「うんっ、なあにぃ?」
 節香はちょっと小鼻を掻きながら言う。
「あー、だからね、さっきお役所に届けを出してきたんです。今日からあたしは北条節香。ふふふ、なんだか恥ずかしいったらありゃしない」
 と、横を見てもそっぽを向いてる蔵之介。
「ちょっと! おまえさんからも言ってちょーだいよ、もうっ! 恥ずかしいわねー!」

 笑える。いい歳をした純真な新婚夫婦。蔵之介が可愛いと祐紀子は思った。
「お、おおよ。だからな祐紀坊、母さんを正式にその、なんだ…母ちゃんにしたってことよ」
「けーっ、もうちょっとこう、言いようってもんがないんかね。母さんを母ちゃんにしたって、どーよソレ?」
 夫婦漫才。声上げて笑うしかない。きょとんとしている真央に琢也が言った。
「お婆ちゃんて、真央のママのママだろ?」
「うん」
「そのお婆ちゃんがお爺ちゃんと正式に結婚したんだよ」
「結婚したのぅ?」
「そうだよ、ちゃんと夫婦になったんだ、パパとママみたいに」
「わぁぁ、そうなのぉ? じゃ、真央みたいな赤ちゃん生まれる?」
 大笑い。
 蔵之介がひっくり返って笑い、節香の背中をばんばん叩く。節香は眸がおろおろしていた。
「ヤだよ、この子ったら、あたしゃ妖怪じゃなんだから…ふふふ」

「いいムードだったな」
「ええ。母さんほっとしてるわ、幸せだと思う」
「うむ」
 真央を風呂に入れて寝かせたとたん眠ってしまう。夫は妻を抱き寄せて腕枕に抱いていた。妻の手が夫の胸を撫でている。
「ねえ」
「うん?」
「土曜日のことだけど、ほんとにいい?」
「その話はやめよう、一度きりの人生なんだから後悔しないようにしないとね」
「土曜日泊まるのよ? それでもいいの?」
 夫は妻の素肌の背を撫でて、二つの眸を覗き込んで笑う。

 唇を重ねていく。今夜は琢也が求めていた。

 せめてもという自責の念で妻から求めてくることを見抜けない琢也ではない。気を使わせてしまったと夫は思う。
「そろそろ欲しいな…琢の赤ちゃん。きっと可愛いよ」
「そうだな。ううむ…しかし」
「え?」
「女の子で祐紀ちゃんそっくりだったらどうするよ。ややっこしくてたまらねえ。ふっふっふ」
 笑いながら次第に夫婦は真顔になって互いを見つめ、肌を重ねた。

 実像の妻に透き通る妻が多重露出で重なって見えていた。
 今夜の佐紀子は何も言わない。ただ黙って穏やかに笑っている。
 京子とのこと、佐紀子はとうに見抜いているだろう。それでも佐紀子は微笑んでいる。

 一人の夫と二人の妻の甘い時間が深くなる。ンふ。

ピックアップ!


ウェブマスターはこちら リアル素人CLUB-XXX リアル素人CLUB-XXX

ここはハード性小説

SM~FEMDOM、レズと
官能小説らしい物語を集めてく。
新刊案内

レズ官能小説の二編集
自虐オナニー~レズ
●指だけじゃ飽きたらなくて
レズSM(露出)
●同名小説


好評シリーズ、発売開始!
官能ホラー
闇刈いわく堂シリーズ特別編
『白湯鬼さん』


~飾られる女たち~
インテリアドール紫織編
若く美しい性人形の日々へ


~飾られる女たち~
インテリアドール芙美子編
しっとり落ち着いた大人のSM

登録サイト





スペシャルリンク















ブロとも一覧

SM~猟奇の性書~官能

~ 艶 月 ~   
テキストリンク
アクセスランキング
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。