快感小説

妻は幽霊(三七話)

三七話


 木曜金曜と、開店と同時にご近所さんからはじまるいつもの江戸屋に戻っていた。しかし新築してからは一見客も確実に増えていて忙しい。景子が加わってくれて助かる。それまでは京子一人で休まれると困ったものだが、二人とも子供のいる主婦でもあり、これで交代で休んでもらえるようになる。
 とりわけ夜の営業だ。真央を保育園に迎えに行くのが四時前で、それからというもの、少しもじっとしていない真央を見ていなければならず、祐紀子は店に出られない。景子がいてくれるから店が回せる。景子は覚えも早く、もともと料理ができるから、ちょっと教えただけで天ぷらを揚げたり料理を盛り付けたりと厨房の仕事がこなせるようになる。京子もできる。スポーツばかりでろくに料理をしたことがなかった祐紀子がやるよりはかどるのだ。

 祐紀子はレジぐらいで、手が空くから真央の相手をしていられる。店の娘なのだからデンとしていてもいいようなものだが、真央がもう少し大きくなるまではしかたがない。
 九月の末は祝日が重なる。今年は土曜日からの五連休。そのへんを境に秋の観光シーズンに入っていくから、この分なら店はたいへんなことになる。開店から夜までぶっ通し。景子がいても人が足りなくなるだろう。江戸屋を継いだ若夫婦には嬉しい悲鳴なのだが、それだけに祐紀子は後ろ髪を引かれる思いがする。

 そして土曜日。
 夕べ真央は、明日のディズニーランドとパパの野球を楽しみにして、なかなか寝てくれないほど興奮していた。ママと遊べて大好きなパパにも会える。舞い上がって騒ぐ姿は可愛かったし、可哀想でならなかった。
 この子のためなら、いまは店がおろそかになってもしかたがない。
 琢也も節香も真央を可愛がり、背を押してくれるのだったが…祐紀子はやはり苦しかった。
 朝を揃って食べて、出る支度にかかる。日中暑くてもナイターまでを考えると真央に着せるものもいる。祐紀子は祐紀子で野中に会うのならそれなりのスタイルでなければならないだろう。チームスタッフに対しても家族として野中コーチに恥をかかせるわけにはいかなかったし、それ以上に姉には負けないと身構える妙な自意識が働いた。

 彼がそんなことで比べるような男でないとわかっていても、祐紀子はプライドにかけて遺影の妻には負けたくない。江戸屋の娘として琢也に恥をかかせることにもなる。
 しかしやはり…浮かれて着飾っているように思われないか…琢也や節香の視線が気になる。江戸屋にいることが苦しい。どうしてそんな思いをしなければならないのか。
 家を出たのは七時半すぎ。土曜日のディズニーランドは八時開園。これから行っても遅いぐらい。
 真央は青と赤のチェック柄のフレアスカート、プリントTシャツ、可愛いジャケットに、アニメのついたピンクのポシェット。長い髪をおさげにまとめ横浜シーシャインズのチームカラーの青い大きなリボンを飾っている。

 今日の祐紀子は濃い紺のパンツスタイル。園内で動きやすい。淡いブルーのブラウスから青い花柄のブラが透けている。それに、渋いワインのジャケットに同じようなワインカラーのパンプス。ヒップラインが強調される琢也の好きなスタイルだったが、江戸屋に同居するようになってからほとんど着たことがなかったものだ。

 手を引いて外に出て歩きはじめたとたん、すーっと心が軽くなる。夫の眸、家族の眸から解放された。
 一瞬にして祐紀子は野中の姿を思い浮かべる。ディズニーランドで真央と遊び、四時すぎには横浜スタジアム。そのとききっと彼は眸を潤ませるはず。離れて暮らして寂しくてたまらない。考えただけで胸がいっぱいになってしまう。
 今日明日と忙しい江戸屋のことも、夫のことさえ頭から消えていく。憑依している佐紀子の心が祐紀子の心に多重する。そうとは知らない祐紀子だから、私はどうしてしまったのかと戸惑うのだ。
 人生の中で姉を失った欠落を感じる。パズルのピースが抜け落ちてしまったように、修復できない穴を感じる。そしてその欠落を埋めてくれるのが真央なのだ。真央といると姉の意思を感じてならない。生前もっと大事にしておけばよかった。姉に会いたい。

 開店二十分前になって京子と景子が連れ立ってやって来た。二人とも普段着のミニスカート。着替えるときスカートの方が楽なのだろう。着替えは二階。階段を上がってすぐのところに店の備品を置く五畳ほどの部屋があり、ロッカーとまでは言えないが服を掛けるハンガースタンドがある。その裏側で着替えるわけだ。
 作務衣に着替えて景子が先に店へと降りた。京子は朝来ると必ず仏間を覗いて友だちの遺影に手を合わせる。着替えの部屋から階段を挟んだ向こうが六畳の仏間。
 そこに琢也が一人でいた。朝は線香は立てない。匂いが店に回ってしまう。蝋燭に火をつけて手を合わせ、火を消して下へと降りる。そのときちょうど蝋燭を消したところだったのだが、京子は、ちょっとうなだれるように肩を落とす微妙な雰囲気を感じていた。

「あら琢ちゃん」
「うん、おはよ」
「うん、おはよ。ユッキーはもう?」
「とっくさ。七時半すぎにね。それでも遅いぐらいだよ」
「今夜はナイターもなんでしょ?」
「そうそう、真央ちゃん舞い上がっちゃってさ」
「また、お泊り?」
 琢はちょっと笑ってうなずいて横をすり抜けようとしたのだが、琢也の孤独を見逃す京子ではなかった。
「琢ちゃん、えらいよ」
 両手をひろげて抱きすがり、眸を見つめ合い、京子の方から唇を重ねていく。
 琢也は一瞬、遺影を横目に戸惑ったが、ガツンと抱いて唇を合わせていた。

『けーっ』

 背筋がゾワっとする。

「この子いまに佐紀子そっくりになるよ」
「そうかしら?」
「あたしが言うんだから間違いないよ。あの子の小さかったときとおんなじ顔してる。元気なところもそっくりだわ」
 母の言葉を思い出す。姉は現世に取り残してしまった我が子に重なっているのかもしれないと祐紀子は思う。
 ディズニーランドで真央は光り輝いていた。他のどんな子よりも煌めく宝石になっている。すっかり親バカ。
 姉に死なれ、真央まで奪われたら私は悲しい。手放せない。野中に再婚なんてしてほしくない。想いがめぐり、日に日に不思議な激情に変化していくのを感じていた。

 そして、試合開始二時間前。横浜スタジアムの周囲は双方のチームのファンであふれかえっていた。今日は甲子園に本拠を置く伝統ある
チームとの一戦。大阪パンサーズ。相手チームのカラーは黄色。黄色黄色であふれかえっている。
 いま横浜シーシャインズはペナントレースの三位につけている。相手は二位。ここで三連勝すれば順位の逆転する勝負のゲーム。それだけにファンは熱くなり、スタジアムの周囲は青と黄色に見事に色分けされていた。
 一塁側ホームチーム関係者ゲート。真央はいつものようにはきはきと言う。ディズニーランドを走り回っていたのに、パパに会えるからハイテンション。可愛い笑顔を振りまいている。
 関係者控室に案内されて少し待った。大事なゲームの前だからか監督とのミーティングが続いているらしい。十五分ほども待たされた。

 ドアが開いてユニフォーム姿の野中が明るい笑顔を見せた。
「わぁぁパパぁーっ、来たよーっ!」
「おお真央ぉ! おまえ陽焼けして黒いなぁ!」
 駆け寄っていく幼子を、精悍なユニフォーム姿で膝をついて受け止めて、逞しく日焼けした父の頬を擦り寄せて、筋肉にみなぎる腕で抱き締める。恋人を抱く以上のやさしい抱擁。娘に頬にキスされて野球帽のツバに隠れて野中は眸を赤くする。
 祐紀子もウルウル。感動的な娘との再会だった。
 頭を撫でながら野中が立ち上がると、固いフロアでスパイクを履くから身長は百九十センチを超えている。何度見ても圧倒的なスポーツマン。小さな真央は大木のような腿にすがっているようになる。

「ディズニーランド、どうでした?」
「それが混んでて混んでて。真央ったらもう飛び跳ねてましたよ、嬉しくて嬉しくて」
「うんうん、ふっふっふ、やんちゃな娘ですからね。さあ、シートへ。これから試合前練習に入りますから見ててください。今日はサードスタメン佐々木です」
「あ、そうですの? スタメンに?」
「ここ三戦で三連続タイムリーですよ。奴一人で7打点だ。外せませんねもう」
「よかったですね」
「うむ、よかった、ようやくですよ。さあ行きましょう」
 逞しい手に背を押されたとき、一瞬ブラのラインに手がかかった。野中も意識したようで指先がすっと離れてラインの下を押す。

 ベンチ真上の中段だった。グランドまでは少し遠かったが、ベンチ前にいた佐々木が見つけて手を振った。祐紀子も笑って手を振った。異質な世界の人たちとの距離がない。選手の家族の特権のようなものだろう。
 守備に散った佐々木。そこらじゅうで矢のような白球が回り、そこらじゅうでグラブのいい音が反響した。
 パァァン! 
 内野を一周してキャッチャーに戻るまで目にも留まらぬ速さ。佐々木は躍動していた。一皮剥けたようだ。背番号27、泥のついていないユニフォームが凛々しかった。

 試合がはじまる。先攻はビジターチーム、大阪パンサーズ。しかしいきなり波乱が訪れた。
 先頭打者、初球ヒット。二番のバント処理で佐々木にミスが出て一塁暴投、ノーアウト二三塁のピンチとなる。三番バッターを三振に打ち取るも、敵の四番バッターはドミニカのキングコングのような奴。勝負しきれずスリーボール・ワンストライク。苦しい投球をレフトスタンド最上段へ運ばれた。初回にして三点のビハインド。
 その裏ゼロ。二回の表にまたしても相手にフォアボールがらみのスリベースヒットが出て0-5。一方的な展開になるかと思われた。
 その裏から双方ゼロが続いた四回の裏、ツーアウト一三塁のチャンスに、守備で足を引っ張ったバッター七番佐々木。ワンボール・ワンストライクからの三球目。アウトローのスライダー。
「佐々木さーん、打ってーっ!」
 必死の応援で沸き立つスタンドにいて、祐紀子までが叫んでいた。

 佐々木はすくった。外角のボールに対して踏み込んで、何が何でも捉えてやるというヒット狙いのコンパクトスイング。真芯で捉えたボールは、逆サイド、ライトスタンドぎりぎりに飛び込むスリーランホームラン。
 これで3-5。
「うわぁぁっ、やったー! 真央ちゃん、打ったよー!」
「うんっ打ったぁー! きゃははは!」
 スタンド総立ち。スタジアムが揺れるほどの歓声が波のようにうねっていた。ダイヤモンドを拳を突き上げて一周した佐々木は、ベンチ前で祐紀子に向かってガッツポーズ。
「カッコいいーっ、佐々木さーん! 最高よーっ!」
 胸が熱い。そのとき野中は三塁コーチャーズボックスにいて、サードベースを回る佐々木とハイタッチ。手を叩いて飛び上がっていた。
 すごい世界に野中はいる。祐紀子は胸が踊っていた。

 試合はそれから乱打戦。互いに先発投手が崩れてしまい、八回終了で10-11のすさまじいゲーム。
 しかし九回表、ツーアウトから、またしてもキングコングにソロアーチ。六甲颪の大合唱。10-12。
 そして九回裏、横浜シーシャインズ最後の攻撃。相手投手のフォアボール連発でワンアウト一二塁、そこでまたしてもバッター佐々木。スタジアムに悲鳴のような声が飛び交った。
 その初球。フォークボールがすっぽ抜けてキャッチャーのパスボール。ワンアウト二三塁の一打同点のビッグチャンス。佐々木はファールで粘り、ツーボール・ツーストライクからの八球目。
 三遊間真っ二つのゴロヒット! しかし当たりが良すぎて一人しか生還できない。と思われた次の瞬間、突っ込んできた相手レフトがボールを脚に当ててトンネル。ボールはあらぬ方へと転がって、カバーに入ったセンターまでもが抜かれてしまう。

 佐々木、激走。ファースト、セカンド、そしてサードに到達しかけたとき、野中コーチが腕を回してゴーのサイン。
 三塁までも蹴った佐々木はホームめがけて突っ込んだ。相手の中継セカンドからの返球。ホームクロスプレイ。スタジアムから一瞬声が消えた…。

「セーフ!」

「わぁぁ勝ったぁ! 勝ったよ真央ちゃん!」
「うんっ勝ったぁーっ! きゃははは! 勝ったぁぁーっ!」
 主審の手が横に開かれ、13-12。野球マンガのような劇的サヨナラ勝利。記録は相手のエラーだったのだが佐々木のランニングホームラン。チーム全員が飛び出して佐々木を囲み、ドリンクをぶっかけて、佐々木はボコボコに殴られ蹴られ。
 横須賀でのファームのゲームから佐々木を見てきた。祐紀子は涙があふれてならなかった。
 ヒーローインタビューは、この日三安打猛打賞、一人で六打点の佐々木。佐々木は泣いて語っていた。

 佐々木佐々木の大合唱。また一人スーパースターが生まれた瞬間に立ち会えた祐紀子だった。

ピックアップ!


ウェブマスターはこちら リアル素人CLUB-XXX リアル素人CLUB-XXX

ここはハード性小説

SM~FEMDOM、レズと
官能小説らしい物語を集めてく。
新刊案内

レズ官能小説の二編集
自虐オナニー~レズ
●指だけじゃ飽きたらなくて
レズSM(露出)
●同名小説


好評シリーズ、発売開始!
官能ホラー
闇刈いわく堂シリーズ特別編
『白湯鬼さん』


~飾られる女たち~
インテリアドール紫織編
若く美しい性人形の日々へ


~飾られる女たち~
インテリアドール芙美子編
しっとり落ち着いた大人のSM

登録サイト





スペシャルリンク















ブロとも一覧

SM~猟奇の性書~官能

~ 艶 月 ~   
テキストリンク
アクセスランキング
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる