快感小説

妻は幽霊(三九話)

三九話


 次の日は朝食をホテルで済ませ、野中は一度自宅マンションへと戻る。JR川崎駅から遠くない。近くには、この先東京という多摩川が流れていて、川崎競馬場や川崎球場などもすぐそばだった。
 泊まったのはランドマークタワー。首都高に乗ってしまえばたいした距離でもなく、野中のBMWはマンションそばの立体駐車場に滑り込んでいた。マンションに付属するパーキングは機械式で不便。すぐそばにある平置き駐車場を二区画借りていた。
 BMWが滑り込むと、隣りのスペースにジープタイプのロングボディが停まっている。ボディカーラーはダークシルバーメタリック。一軍コーチとなってからほとんど乗っていないらしく、洗車されたままうっすら砂埃がかぶっていた。

 十二階建てマンションの十二階。4LDKの部屋だったが、リビングは広い。祐紀子は姉の面影を追うように、しかしちょっと緊張して部屋へと入った。
 この部屋はもちろん知っている。何度か遊びに来ていたし、選手だった頃の野中も知っていた。その頃は佐紀子がいて、考えてみれば野中と二人になったことがない。
 姉の幸せを喜びながらも、かすかな妬みのようなものがあったのかも知れなかった。琢也と付き合うようになってからは訪ねていなかったし琢也を連れてきたこともない。

 部屋はいくぶん雑然としていた。女手を失った男の部屋。
 祐紀子は胸が痛かった。二人の夫に一人の妻。思い描くだけだったものが昨夜を境に現実になりそうだった。
 真央は嬉しい。パパとママが二人揃った広く明るい部屋なのだから。
 立ち寄った名目は秋からの真央の服選び。横浜スタジアムでの連戦の後、ふたたび神宮球場での試合があるから、そのとき野中が運ぶことになっていた。
 午前中しかいられない。午後すぐに野中は出かけて練習がある。
「祐紀ちゃん、佐紀のもので欲しいものがあるならあげるよ。今度運んでやるからさ」
「うん。でもいまはいい」

 真央が見ている。真央の前では野中だって佐紀とは呼べないし、祐紀子も佐紀子にはなりきれない。姉との愛の巣へ寄ったことで、なし崩しになっていく。この部屋で佐紀になりきり、野中は夫へと変わっていくだろう。
 琢也ごめん、どうしようもなかったの…佐紀子の着ていた服や、とても着られないと思うようなセクシーな下着を見ながら、祐紀子の胸は騒いでいた。
 真央を愛し、姉を愛し、だからいま孤独の底で泣いている可哀想な彼を放っておけない。この部屋で私は佐紀子。心を鬼にしてそう言い聞かせていたのだった。

「出たら左に線路が見えるから。まっすぐ行けば川崎駅だよ」
「うん、わかった。さあ真央、パパはこれからお仕事だから、私たちは行くよ」
「うんっ、ちょっと待ってぇ」
 明るく笑いながら真央はトイレへ走って行った。
「佐紀」
「はい。もう苦しまないでね」
「うむ大丈夫さ、愛してる佐紀」
「はい」
 圧倒的な野中に抱かれて体がしなる。口づけを受け取って、震えるほどの感情が湧き立ってくる。

 トイレのドアが開いて、ちょっと乱暴に閉められた。
「ダメでしょ真央! ドアはやさしくしないとダメよ!」
「はぁい、ごめんなさーい!」
 トコトコとやって来て、最後にパパの胸に飛び込む真央。野中は頬を擦り寄せて泣きそうな顔をする。
「じゃあ祐紀ちゃん、また」
「うん。行くわよ真央」
「はぁーい!」
 玄関先で真央はパパに手を振ったが、エレベーターまでパパは送った。エレベーターが閉じたとき、祐紀子は言いようのない想いに崩れてしまいそうだった。

 電車に乗って思い浮かぶのは京子の貌色。琢也に対して油断ならないと思っていたし、野中もことももちろん好き。その両方を私が奪ってしまったら、きっと敵意が向けられる。
 もしも彼女と琢也がどうにかなっても、それを非難する資格は私にはない。むしろそうなってくれた方が気が楽か。
 二人いる夫へ割り切った愛を向けていけるほど強い女にはなれないと思う。
 姉さん助けてよ…どうすればいい? 姉さんが悪いのよ、真央ちゃん残して逝っちゃうから。この子はもう私の娘。どっかの誰かに渡すなんて、そんなの嫌よ、絶対イヤ!
 話しかけても佐紀子は応えようとはしなかった。

 帰りがけに上野に寄って昼食を済ませ、いよいよ江戸屋が近づいてくると、後ろめたい想いを断ち切るように、むしろ奮い立ってくる。
 私が崩れたらどっちもこっちも壊れてしまう。琢也は江戸屋の娘の夫だわ。必死に頑張って蕎麦職人を目指す彼を支えてやりたい。
 そうするしかない。姉と私、二重人格に徹するしかないと奮い立つ。 江戸屋が見えてきたとき時刻は昼の二時すぎだった。今日は日曜、天気もいいし、店の状況は覗くまでもないことだ。
 店の表に並ぶお客の列を見ながら裏口から入る。厨房は殺気立っていた。祐紀子は、佐紀子になりたがる自分を振りきった。

「ただいま」
「ああ祐紀ちゃん、楽しかった?」
「うん、それはもう、真央も大はしゃぎで」
「うんうん」
 琢也だった。明るい。京子も景子もフル回転。節香もそうだし蔵之介もそうだ。
 やっぱり江戸屋はいい。私の家だと祐紀子は思う。
「ごめんね、すぐ手伝うから」
 そのとき厨房から節香が笑って言う。
「レジだけでもお願い、助かるからさ」
「はい、ごめんね母さん」
「なあに平気平気っ、気にしない、あっはっは!」

 祐紀子は、二階に上がると真央を着替えさせ、自分も作務衣に着直して真央を連れて下へと降りた。店は満員。四人席、六人席、それに座敷にも相席がでている。
 真央を厨房横に座らせておきレジに立とうとすると、近所のおばさん二人が四人席の相席の中にまぎれていた。
「祐紀ちゃん」
「あらおばさん、いたの?」
「そうなのよー、少しは空くかと思って時間を外したんだけどねー。真央ちゃんとディズニーランドだったんだって?」
「そうなんですよ、それと野球も」
「ああパパの?」
 と、声がちょっと小さくなる。
「そうです」
 自分の話が出たことで真央が眸を輝かせてこちらを見ている。

 そしてそのとき相席だった二人が立って、祐紀子がレジに、琢也が飛んできて済んだ器を下げにかかる。
「真央ちゃん、おいでな」
 おばさんの一人が手招きすると、弾けるように笑って真央がくる。
「真央ちゃん見ててあげるからさ」
「あ、はい、すみません、じゃあちょっとお願いしますね」
 空いた席に真央を座らせ、祐紀子はレジをしながら言う。
「真央、いい子にしててね」
「はぁーい! 真央いい子だもんっ!」
「ほんとほんと、いい子だもんねー真央ちゃん」
「なんて可愛い子かしらねー。だけど祐紀ちゃんも大変よね、お店と両方で、お店は繁盛しちゃってさー」
 そのとき祐紀子は、そばへ来た京子の面色をうかがった。
 京子もまた真央の頭を撫でてほがらかだったし、琢也も笑って様子を見ている。
 気を回しすぎかもしれないと感じた。野中とのことが店に響くのがいちばんまずい。

 次々にお客が出て行き、琢也と京子でテーブルを片づけて、祐紀子が外へと顔を出す。
「お待たせいたしました、お次の三名様、お二人様、どうぞ」
 列にはさらに後ろがいて、残りまだ三組。古い店のときにはなかったことだ。次の五人が店に入ると、蔵之介が厨房から飛び出してくる。
「こりゃたまらん、蕎麦が足りねえ」 と言いながら真央を見つけて歩み寄る。
「おおっ真央、そこにいたかっ」
「うんっ!」
「そかそか。でもよ、その二人にゃ気をつけろー、鬼婆だぞーっ、食われるぞーっ!」
「んまっ! 何てこと言うかね、くそジジイ! いつまで生きてるつもりだいっ! あっはっは!」
 無関係なお客までがどっと笑う。
 蔵之介が麺打ち台に立って蕎麦をコネはじめると、アジア系の観光客の三人連れが席を立って覗きにいく。
 店は活気に満ちていた。その中で、いっぱしに厨房と店をこなす琢也が眩しい。

 三時をすぎてようやくお客が途切れだす。一時間の休憩。少しでも閉めなければ仕込みが間に合わない。日曜日は夕刻前からお客が動く。麺職人がもう一人欲しいほど。蔵之介が蕎麦を打ち、琢也が横に立って真剣に見つめている。
 女たちにも仕込みがある。天ぷらの下ごしらえをしておかないとならなかったし、夜には小料理でちょっと飲むお客もいる。店を閉めていても休む間もない。
 祐紀子も、テーブルに割り箸や爪楊枝を補充したり、唐辛子を足したりする仕事がある。小さな真央が隣りに座ってじっと見ていた。
「ほら、こうやってね、お箸を足しておくのよ。こっちは唐辛子。中を見て減ってたら足しておくの。わかるでしょ?」
「うんっ、わかるぅ!」
「はい、じゃあこの唐辛子、テーブルに配ってくれる」
「うんっ、真央もやるぅ!」
 三歳半とは思えない。真央は賢い。小さな手にひょうたん型の唐辛子を握り締めて、テーブルを回って椅子によじ登り、置いて行く。
 懐かしい。小さかった頃、姉と二人で同じように手伝ったものだと祐紀子は思う。

 下ごしらえを女二人に任せておいて節香が出てきて横に座った。
「ふふふ、手伝ってるねー、真央」
「うん、可愛いったらありゃしない」
 あっちへ行ったりそっちへ行ったりする孫を、目を細めて見つめながら節香が言う。
「蔵さんが琢ちゃんに蕎麦を教えるって」
「もうなの? できそう?」
「いえいえ、とてもとてもよ。けどスジがいいから教えていくって。あたしもそう思うよ、三月足らずでほんとよくやってるわ。若旦那の名物うどんてのぼりがてきめんでさー」
「そんなに売れる?」
「売れる売れる。昨日だって今日だってお客の半分以上がうどんうどん。それでも蔵さん手を出さないから琢ちゃんヒーヒー」
「ふふふ、ちょっと可哀想かも」
「ほんとよねー。少しは手伝ってやりなよって言うんだけど、蔵さんは知らんぷり。琢ちゃん一人で必死でやってる」
「そっか。だけど、なおさら気が引けるな」
「とんでもないとんでもない、真央ちゃんしっかり育てないと。佐紀の心残りなんだから。琢ちゃんだってわかってるし、そこは夫婦ってもんじゃないか。景子さんできるから店のことは心配しなくていいからさ」

 麺打ち台で何やら言い合って笑う二人の姿を見ていて、あたりまえのことなのだが、夫への想いを失ったわけではないと考える祐紀子だった。
 そしてちょうどそんなとき窓が急に暗くなり、一瞬後に雨が来た。
 通り雨。斑の黒雲が真上にあって、はるか向こうの雲の切れた空が青い。
「ヘンな空」
 節香と前に出て空を見上げる。雨はしばらく続きそうだ。こうなるとお客の動きが変わる。多少ゆとりができそうだった。週末の店は雨だとまるで入らない。
「おいおい、よせやい、このまま降るんじゃねえだろうなぁ」
 蔵之介が出てきて節香の肩に手を置いた。一瞬のことだったが、祐紀子には、二人はもういい夫婦なんだと感じられて嬉しかった。

 雨は五時前にはあがっていて妙に明るい陽射しが注ぐ。いつの間にか開店を待つお客が四組並んでいた。
「ありがたいことだよな」
「うん、ほんとね。よかったね琢」
「うむ、祐紀ちゃんのおかげだ、ありがとう」
 夫の手が肩にのる。祐紀子の心は穏やかだった。
「さあ開けるかっ。待たせると申し訳ない」
 そして琢也は、厨房そばの六人席に座って休む皆に言う。

「開けるよっ!」
「おお、しょうがねえ、やるかーっ!」

 息子が言い、父親が応じるようだと節香は思った。

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