快感小説

妻は幽霊(四一話)

四一話


 姉の子をもらったつもりでいた。何かにつけて、こういうとき姉ならどうするだろうと佐紀子になったつもりで考えようとしていたのかもしれなかった。
 自分の子じゃないから…と言われたことで、私は姉にはなれないと痛感する。姉のためではあっても、それよりもっと大きなものがある。野中の子だから育てていけるし、彼の妻だった姉には何が何でも負けたくない。
 野中さんが好きだから…孤独の底にいる彼と真央を救えるのは私しかいないと祐紀子は思う。

 その夜また少し熱が上がった。ふぅふぅ苦しそうな息をする。子供だったあの頃、風邪をひいたことを思い出す。熱が三日ほど続いた記憶がある。なのに店に必死だった母親はろくにかまってくれなかった。
 布団から小さな手を出して鉄棒を握るように人差し指を握る真央の手をそっとつつむ。幼子らしい柔らかな手。可愛くてたまらない。
「明日にはよくなるからね。ママも悪かったんだけど遊びすぎちゃったみたい、ちょっとはおとなしくしてないと。いいわね真央」
 真央はちょっと笑って目を閉じた。ほっぺがまだ少し赤い。夕べからの発熱で体力を奪われていて身動きするのも辛そうだ。

 仕事を終えた京子と景子が着替えを済ませて部屋を覗いた。
 景子が真央の額に手を置きながらそばに座って言う。
「まだちょっとあるわね」
「そうなのよ、七度六分ほど。少し上がった」
「うん。明日になれば大丈夫よ、二晩はかかるものだから」
 景子は微笑んで祐紀子の手に手を重ねた。
 京子が言う。
「じゃあ、あたしらそろそろ」
「ええ、お疲れ様ね、明日もお願いします」
「わかってるって。お大事に」
 景子の前だからか京子はそれだけ言うと、目配せのようなウインクをしていった。京子がいてくれることは心強い。子育ての先輩でもあり、もともとが姉の友だちで江戸屋との付き合いも長かった。

 二人が帰るのを待ったように、割烹着を着たままの姿で節香が顔を覗かせる。可愛い初孫。顔を見ないと片づけも手につかないようだった。
「七度六分か…明日も保育園休ませないとね」
「もちろんそうする。もう一度お医者にも連れてくし」
「そうしなそうしな。ふふふ、それにしても…あーあ」
 節香は寝ている孫にじとりとした視線を向けた。
「何よ? その『あーあ』って?」
「あんたたちの子供の頃と一緒だなぁって思ってさ。どっちかが風邪ひくと、よくこうして一緒に寝てたもんだから。決まって一緒にダウンだもん。ふふふ、可愛いなぁ」
「ちぇっ、何言ってるのよ、ろくにかまってくれなかったくせに」
「だっておまえ、あのときはそれどころじゃなかったもん。さて、あたしゃちょっと片づけがあるからさ」
「都合が悪くなると、とんずらだもんねー」
「あはは、そりゃおまえ家系だわ。しょうがないしょうがない。あははは」
 母は若返ったようだ。初孫がやってきて、蔵之介とも結ばれて、江戸屋の跡継ぎもできている。
 ここで私が揺れてはいけないと祐紀子は思った。

 その夜、夫婦の甘い夜が持てていた。どちらが求めたわけでもなく、あたりまえのように溶け合えた。
 すぐそばの布団で真央が眠り、パジャマ姿の透き通った佐紀子が娘に添い寝をし、妹夫婦のナニには背を向けて横たわる。
 琢也は祐紀子をそっと抱きながら、妻の肩越しに透き通る妻を見ていた。

『済んだみたい? ひひひ』

 向こうを向いたまま声を発し、一瞬後に琢也の背後に寄り添っていて、姉妹で夫をサンドイッチ。
「なんかこう…ゾクっとするんだよなぁ…」
『あら、どして? 二人の妻だよ、身のほど知らずめ』
 琢也は苦笑するしかない。
 しっかりした抱擁の感触と、何となくゾワとする背後からの抱擁と。
 上を向いて寝直すと、左右に生き写しの妻とお化け。どっちを見ても意味は違うが何となくゾッとする。
 祐紀子に対してかすかな後ろめたさを感じていたからかもしれない。

『幸せだなぁ』

 ふいに聞こえたテレパシー。琢也は目を開けて透き通る妻を見た。
『夫が二人いて、どっちも真央を愛してくれてる。二人の夫にはどちらにも妻が二人いて…」 と言いながら、透き通った白い手が琢也の額をこつんと叩く。
「何で叩くん?」
『琢ちゃんだけ三人じゃん。ふんっ』
 どきりとした。京子とのことを佐紀子はやはり見抜いている。佐紀子はニヤリと笑っていて怒っているふうでもない。
『それはいいのよ、ユッキーだって許すと思う、遊びじゃないんだもん。気持ちが動くと止められないし』
「もうやめよ」
 言葉の途中で琢也は言った。
「野中さんの気持ちはよくわかるし、そんな彼に愛情を注ぐ祐紀ちゃん
は俺の誇りだ、やさしい人だよ」
 佐紀子は、琢也の眸をまじまじと覗き込んで微笑んだ。

『おしっ、寝るかいっ』
「ふふふ、うん寝よう」
『ねえ琢』
「うん?」
『京子って、いい子だよ』
 琢也は何も言わず透き通った佐紀子を抱こうとしたが、手がすり抜けて自分を抱くことになる。

 野中を狙った京子を攻撃した佐紀子。その組み合わせだと真央は母親を替えなければならなくなる。
 女の激しさを見せつけられた思いがしたし、それと同じ激しさを祐紀子だって持っている。
 そう思うと実体のある妻がいとおしい。眠ってしまった妻をそっと抱き寄せて、そしたら祐紀子は夫にすがるように胸に頬をすりつけてくる。
 透き通る妻はすーっと消えていなくなる。独り寝の野中のところへ行ったのだろうと考えた。

 翌々日の水曜は江戸屋の休み。三日経って真央の熱は下がっていたが病み上がりで元気がない。朝食の後、琢也が出かけ、節香と蔵之介もしばらくして映画に行くと言って家を出た。ママだけが家に残って娘といる。
 琢也は久しぶりの新宿だった。浅草に暮らすようになってからほとんど来たことがない。地下鉄から地下を抜けて歌舞伎町側に出ると、そこには京子もよく知るセルフのカフェがある。

「待った?」
「少しね。でもいいの、こっちって久しぶりだわ」
 京子はかなりなミニスカートスタイルで、あのとき野中に逢いに行ったのと同じようなデートファッション。琢也を見つけると京子は穏やかに微笑んだ。
「帰りは? いつもの時間?」
「そうだけど、今日は夕方になるかもって言ってあるから」
 コーヒーを少し飲んで店を出る。予定は決めていなかった。映画でもいいしデパートなんかを歩いてもいいと思っていた。
 琢也はコットンパンツにシャツとジャケット。スニーカーっぽい茶色のソフトソールを履いている。

 店を出ると京子の手がごく自然に腕に回る。
「さて、どうする?」
 京子は上目がちにちょっと笑う。探るようなニュアンスのある視線。
「どうしよっかなー。こういう感覚って久しぶりよ、デートなんてなかったしぃ」
「俺だってそうだよ」
「あたしと一緒で嬉しい?」
 かすかだが怯えるようなニュアンスのある京子の眸。琢也はちょっと笑ってうなずいた。透き通った佐紀子に見抜かれていたことで、むしろ
気が楽だった。
 京子が言った。
「ヘンなふうに思わないでね、琢ちゃんのこと奪おうなんて思ってないから。たまにはこういうこともないと寂しいもん」
「わかるよ。出会えていながら、ことさらそっぽを向くのは違うと思うし」
「出会えていながら? そう思ってくれてたの?」
「やさしくしてくれて嬉しかった」
「…琢ちゃん…あたしもよ、逢ってくれて嬉しい。どっかでゆっくりお話したいな」

 二人寄り添ってホテルのある方角へと歩いていく。

 野中とのことは許せた。透き通る佐紀子にも言ったように孤独にもがく野中を救えるのは祐紀子しかいないし、それは可愛い真央のためで
もある。初孫の幸せを願うお婆ちゃんのため、もちろん江戸屋のためにもなることだから。
 そっちがそうなら俺だってという気持ちがないと言えば嘘になるが、琢也は京子を好ましく思っていたし、佐紀子に攻撃されたことで、守ってやりたいと感じるようになっていた。
 離婚して寂しさを噛んで生きる京子に自分と同質の弱さを感じていたのかもしれなかったが、京子を愛せば祐紀子のことも無条件に許せるようになると思うのだった。

「口惜しいよね琢ちゃんも」
 琢也はそうじゃないと首を振る。
「最初はちょっとあったけど、いまは違うよ。祐紀ちゃんには佐紀ちゃんの人生も歩んでほしいと思ってるんだ」
「Lの人生?」
「そう。真央ちゃんを中心に違う幸せがあるんなら、どっちも知ってほしいんだ」
「でもそれって自虐的じゃない?」
「違うよ、そうじゃない。大きなうねりの中にいて、寄り添うことでもっと幸せになれるんなら、祐紀ちゃんには佐紀ちゃんの幸せも同時に追ってほしいし、京子ちゃんだってそれはそうさ」
「琢ちゃんの幸せもそうだよね?」
 琢也はちょっとうなずいてジャケットを脱ぎにかかる。後ろから京子がそっと寄り添った。
「重い言葉はやめましょうね」
「うん。口先じゃないさ、大切な人であればいい」

「好き」
「うん、俺も」
 口づけ。静かだった抱擁が男女の激しいものへと変わっていった。

「ううん、熱はもうないんだけど、いまおなかいっぱい食べて寝ちゃってる。食べさせて体力つけてあげないと」
「ああ頼む、そうしてくれ」
「わかってるって。早く来て、可愛いわよー。月曜日には大丈夫なんでしょ?」
「もちろん行くさ」
「このあいだも言ったけど江戸屋に遠慮しないでね。琢ちゃんだってわかってるし、母さんだっていつ来たっていいからって言ってるし。母さんなんて孫が笑ってるだけでデレデレなんだから。すっかりお婆ちゃんやってるわ」
「ふふふ、そうか。ありがとう。江戸屋に足は向けられないな」
「よしてよ、そんな言い方。家族なんだもん」
「愛してるよ佐紀」
「はい。私も。あなたが好き」
「オフにはこっちでもゆっくりしような。旅にも出たいし」
「そうね。そうそうべったりってわけにはいかないけど行けるようにするから、いまは野球で頑張って。佐々木さんにもよろしくって」
「わかった、じゃあな」
「うん、待ってるからね」

 日曜までは横浜スタジアム。月曜が移動日で神宮球場で三連戦。その後また遠征で広島と大阪を回り、戻って名古屋のチームとホームで戦う。シーズン終盤、コーチはいよいよ気が抜けない。
 電話を切って携帯を胸に抱き、手放してテーブルに置いた瞬間、佐紀子は江戸屋の祐紀子に戻っていた。
「都合のいい女だわ。琢ちゃんごめん、あたしだんだんお姉ちゃんに似てくるの。ずるがしこい」

『…おいおい』

 そのときテーブルに置いてあったボールペンが転がって、素足の甲を直撃した。声はもちろん祐紀子には聞こえていない。
「あ痛っ! さては聞こえたか…ふふふ。お姉ちゃんのせいだからね、好き勝手して死んじゃうからよ」
 足の甲をさすりながらボールペンを取り上げて、祐紀子は笑った。

「お姉ちゃんの残したもの、みんなもらうわ。私の中にお姉ちゃんが生まれちゃった。ふふふ、物は言いよう…都合よく生きてくことに決めたんだから」

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