快感小説

妻は幽霊(四二話)

四二話


「ちょっととは思うんだけどねぇ…琢ちゃん明るいし不満があるようには見えないから口に出せずにいるんだよ」
「おめえとしても難しいところだな、可愛い孫のためだしよ」
「それはそうだけど…」
「ま、夫婦のことでぃ。俺っちとすりゃぁ遠巻きにしとくしかあるめえよ」
「そだね、下手に言わないほうがいいよね」
 節香は浅いため息をつきながら言う。
「あの子だんだん佐紀に似てくる。お姉ちゃんが取り憑いちまったかねぇ…」
「よせやい、おっかねえ」
 映画の前に軽く食べる。節香と蔵之介は有楽町にいた。寄り添って歩む仲のいい新婚夫婦。二人にとって映画などウン十年ぶりのことだった。

 節香は、真央が来てからというもの祐紀子は変わりはじめたと感じていた。あの子は真央を自分の娘だと思っている。真央のためではあっても野中と一夜をすごし、マンションにまで行っているという。真央中心で店のことも手につかない様子。
 そんなことでは琢也が可哀想だと思うのだったが、その琢也が落ち込む素振りもなく平気な顔をしているのだから口は出せない。
 野中だって佐紀子の夫。初孫の真央は不憫だし、野中には江戸屋の新築で大金を工面してもらっている。しかしその店の跡継ぎは琢也しかいない。もしも祐紀子とおかしくなれば江戸屋はおしまい。いろいろ考えるからよけいに口を出せなくなる。
 蔵之介が言った。
「頃合いを見て、ちょいと話してみるわな」
「そうしてくれるかい?」
「おいらも気になっていたんでね。あの野郎、仕事には熱心だしよ、問題ねえとは思うんだが」

 食事を済ませてイタリアンレストランを出る。さほど高級な店ではなかったが、それにしてもイタリアンなんて二人にはめずらしい。節香はミディアム丈のスカートスタイルだったし、蔵之介もスラックスにジャケットと、いつになく小洒落た身なりをしていた。
 若かった頃に惚れた節香。その頃の歳の差はいまでも変わらず、二人になると若い頃に戻れていく。
「行くか」
「映画なんてどれぐらいぶりだろうねー。大さんとだって滅多になかったもんだよ」
 店を出ても有楽町の真ん中で腕を組んだりできない。気恥ずかしくて何となく距離を空けて歩き出す。
「映画もいいけどよ」
「うん? 何さ?」
「ホテルでもいいんだぜ」
「なっ! 何てこと言うかね、このジジイ! ええい、もうっ!」
 節香は蔵之介の肩をこれでもかとひっぱたくが、恥ずかしそうに上目づかいで微笑んでいた。
「ンふ…ンふふ…」
「はー? おいおい」
 ほんの冗談のつもりだったのだが…。

「遅くなっちまったねー」
「おめえが寝るからだよ、グースカと」
「だって…ンふふ…」
 夕食までして帰ると電話だけはしてあった。二人が江戸屋に戻ったのは七時半近く。悪いことをしたわけでもないのに何となくそっと裏口の扉を開けてみる。

「ヒヒーン、暴れ馬だぞう、落っこちるなよー!」
「ヤだヤだぁー、きゃははは!」
「ほら真央、しっかりつかまってないと振り落とされるわよ、あははは!」

 二階から明るい声が響いてくる。節香と蔵之介は顔を見合わせて小首を傾げた。真央を間に琢也と祐紀子が楽しそうな声を上げる。真央はすっかり元気になったようだ。
「取り越し苦労だったかね?」
「みてえだな…」
 それから節香が声を上げた。
「祐紀、帰ったよー!」
「あ、はーい! ほら真央、お婆ちゃんたち帰ってきたよー!」

 二人が二階へ上がろうとすると、ジャージ姿で四つん這いの琢也の背に真央が乗り、階段の上まで迎えに出てくる。祐紀子も真央もパジャマ姿。病み上がりの真央だけ薄いニットのカーディガンを着せられていた。
「お婆ちゃーん、ジジイもーっ」
「けっ。あのな真央、そのジジイっつうの、どうにかせいや。おジイとかよ、いろいろあるだろ?」
 節香が笑って階段を登りきり、そしたら真央が馬を降りてお婆ちゃんにすがりつく。
「あらあら、すっかり元気になったんだねー」
「うんっ、元気になったぁー!」
 祐紀子が、もう大丈夫と言うように節香にうなずき、琢也は立ち上がって膝をさする。フローリングは硬くて痛い。

 節香が言った。
「琢ちゃん早かったんだね?」
「いえ、ついさっきす。七時少し前だったかな? 新宿池袋と回って夕飯まで済ませてきましたから」
 そのとき祐紀子と真央は夫婦の部屋で布団に転がりテレビを見ていたということだった。琢也に妙な様子はないし祐紀子も明るく夫に接している。昔とは考えの違う若い二人のことだから割り切っているのだろうと節香は思った。
 祐紀子がなにげに言った。
「映画どうだった? 何観たの?」
「あ…あれはね…えーと、何だっけ?」
 しまったと節香は思う。口裏合わせを忘れていた。いきなり肘で小突かれた蔵之介もしどろもどろ。
「へっへっへ、ちょっとなー」
 祐紀子が節香へ横目をやりながら、にやりと笑う。
「ちょっとって何よ?」
「まあその、ラブストーリーってヤツよ、へっへっへ。しかしだ」
「うん?」
「母さん寝ちまってよー」
「あらヤだ! 寝たのおまえさんじゃないかっ、失敬な。ふっふっふ」

 二人の部屋に入るなり、節香は笑う。
「汗かいちゃった。こういうのって慣れてないからさ」
「違いねえ。話を作っておきゃぁよかった。焦ったぜ」
「あははは、ほんとほんと。でも嬉しいさ、佐紀が逝ったとき目の前が暗くなったもんだけどね」
 着替えを終えたそのとき、和室の襖が静かにノックされた。
「母さん、ちょっといい?」
 祐紀子だった。
「いいよ、お入り」
「ううん、いいの。今度の月曜の夜だけど野中さんが来るって」
 祐紀子は部屋には入らなかった。
「あ、そう?」
「試合の移動日なのよ。それからまた遠征でしばらく戻らないからって」
「いいわよ、わかった。真央ちゃんに会いたくてならないんでしょ」
「そうよもちろん。遊びすぎて風邪ひいたって言ったら笑ってた。じゃあね」
「うん。もう寝る?」
「ぜんぜん。一日ごろごろしてたから眠くないし、これからテレビで映画なのよ。アニメだから真央に見せて、それから寝る。おやすみ母さん。蔵さんもね、おやすみなさい」
「おう、俺っちももう少し起きてらぁ」
 足音が奥へと遠ざかり、ドアが閉まる音がする。節香と蔵之介は顔を見合わせてちょっとため息をついていた。

 節香が言う。
「いまはいいんだけどね、シーズンが終わってからが心配なのよ。あの人だってこっちに来るし祐紀だって行くでしょ。真央のためにはそのほうがいいんだけどさぁ」
「気を回したってしょうがねえや。祐紀坊に限って間違ぇはねえと思うし、真央のためだ、琢也だって納得するさ。あの野郎は男だぜ」
「だといいけど。さっきも言ったけど、あの子ほんとに佐紀に似てくる。双子でも気性は違ってねー、佐紀は思い込んだらぐいぐい行っちゃうほうだから心配なのよ」

 蔵之介は苦笑して節香の膝に手をやって、お茶でも頼むと言う。節香は部屋を出て、階段を回り込んだ納戸のような部屋に立つ。そこには小さな流しがあって湯を満たしたポットが置かれる。そしてそこに洋菓子の袋があるのを見つける。琢也が買ってきたのだろう。子供の好きそうなチョコレート菓子だった。
 お茶を淹れて菓子を二つ盆に載せ、部屋へと運ぶ。先代が逝ってから、こうして二人分を運んだことがない。
「お父さんお願いね、江戸屋を守って」
 小声で薄闇のかなたへ言って、節香は夫との思い出を振り切るようにお茶を運ぶ。

 あぐらをかいて下に座り、パジャマに着替えさせた真央を膝に抱いてテレビを見る夫の姿をうかがって、夫は真央を可愛がってくれていると感じる。後ろから抱いてやって頭を撫でたりしていると真央も頬をすり寄せて甘えている。お兄ちゃんとしか呼んでくれなくても父と子の姿そのもの。微笑ましいし、この暮らしを壊してはいけない。
 午前中早くに出かけ、ちょっと遅く戻った夫だったが、何をしていたなんて詮索するつもりもなかった。京子ともしもいい関係になれるのならそれもいい。真央のことさえ愛してくれるのなら私の中の姉は許すと感じたし、祐紀子としてだって夫のことは言えないと思うのだった。
 この江戸屋に必死でいてくれればそれだけでいい。

 テレビが済んで真央を寝かせる。琢也が添い寝をして寝かしつけ、その間に祐紀子は風呂。戻ってみると真央はすっかり眠っていた。
 琢也は滲むような笑顔で真央を見つめて言う。
「元気になってよかったな」
「ほんとよ。明日からまた保育園だわ」
「子供がいると風邪をもらってくるらしい。景子さんも言ってたけど小さいうちはよくあるって」
 うなずいて話題を変える。なぜか、そうした。
「ところで、お蕎麦はどう? できそう?」
「難しいよ、うどんとは違う。蔵さんも言ってたけど、まずは三年かかるって。覚えることはたくさんあるから」
「うん、頑張って」
「わかってる。そのために店が新しくなったんだ。みんなの幸せがここにあるからね」
「そうね。でも…ふふふ、母さんたち映画じゃないわね」
「やっぱりそう思う?」
「思うよ。しどろもどろだったじゃない。どこへ行ったなんて訊くんじゃなかった」

 寄り添って抱き合って、浅いキス。微笑み合ってまた抱き合う。
「だけど、お義母さんよかったな。先代が亡くなってからずっと独りでやってきた。どんなにか心細かったと思うよ」
「お姉ちゃんのこともあるしね」
「そうだよ、それが最悪さ」
「でもそれで孫と暮らせるようになったし、蔵さんとのことにしたって決心がついたというのか。お店だって新しくして嬉しいし」
「まあね。悪いことばかりじゃないけど、人生っていいことばかりじゃないってことさ。野中さんだって怪我で人生変わっただろうし」
「それを言うなら琢ちゃんじゃない、いきなり蕎麦屋なんだもん。あ、そうだ、ねえ琢」
「うん?」
「浜松のお義父さんお義母さん呼んであげたら? 心配なさってるでしょ?」
「そのつもりだけど、しばらく待てって言ってあるんだ。もう少しできるようになって安心させてやりたいから」
「そっか」
 祐紀子は抱きすがったまま目を閉じて動かなくなっていく。真央の風邪でちゃんと寝ていないのかもしれない。琢也はそっと妻を抱いて背中を撫でてやっていた。

『やさしいねー』

 ゾワとした。後ろから透き通る妻が抱いてくれる。首筋にひんやりとしたゾワがやってきて、琢也はちょっと震えていた。京子とのことで言い逃れができなくなった。
 温かい妻と冷たい妻に挟まれてしまっている。
『いい子でしょ京子って?』
 後ろから頭をこつんとやられたような感触がある。けれども佐紀子はそれ以上を言おうとはしなかった。
『あたしちょっと浮気してくる』
「野中さん、少しは元気になったかな?」
『なったなった。彼って独り寝のとき枕抱いて寝てるのよ。真央に会いたくてならないの』
「うん。佐紀ちゃんにもね。俺なら泣いてる」
『そうそう。ふふふ、いい奴だよ琢ちゃんは。ちょっと行って寝かしつけてくるからさ』

 首筋にキスでもされたようでゾワっとした。次の一瞬、佐紀子は消えてしまっている。

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