快感小説

妻は幽霊(四三話)

四三話


 その週末はあいにくの雨網様。秋雨前線が居座って金曜の夜からの雨が日曜の午後まで降り続き、土日の客入りは期待したほどではなかった。天気のいい平日の方がいいくらいのもの。良く言えば落ち着いた週末だったと言えただろう。

 夜には野中が来るという月曜になって、江戸屋にちょっとしたニュースが生まれた。
 『若旦那の名物うどん』というのぼりがお客を集め、そのクチコミで伝わったのか、奥様向けの女性月刊誌の取材の申し込み。浅草はよく取り上げられる街だったが、今回はグルメに絞って周辺の店をイラストマップとして本誌に付録の浅草グルメガイドという小冊子に編集しようというもの。雑誌に載れば一気にお客が増えるものだし、クチコミでさらに人を呼ぶ。
 朝電話があって、昼の営業を終える二時にはすでに記者とカメラマンがセットでやってきた。東京はせっかちだ。店の前に女将を入れた店の者六人が居並ぶ写真と店内の撮影。琢也がうどんを打つ姿を写真に収め、レビューを書くための取材があった。

 祐紀子は琢也のうどんが知られていくのが嬉しい。蕎麦はこれからとしても、うどんでは蔵之介が認めるほどのいっぱしの職人になれている。有名になればやり甲斐も生まれるし、江戸屋で麺職人になったことを誇りに思ってくれればいい。この週末は雨だったし真央の病み上がりでもあり店でおとなしくしていたが、これからは真央を挟んで野中との接点も増えていくだろうと考えていたからでもある。
 そんな中で節香は、京子に対する祐紀子の接し方がいい意味で微妙に変わったと感じていた。夜中に薬をもらって真央のピンチを救ってくれたからでもあったのだろうが、琢也を挟んで牽制し合うようなところがなくなった。祐紀子と二人、景子も入れた三人で仲がいい。

 江戸屋は以前よりもまとまった。けれどそれがいいことなのか。
 妻たる祐紀子が、夫への京子の接近を許したということ。それはつまり祐紀子と野中の関係が深くなっていくことを意味している?
 考えようによっては夫への罪滅ぼしと受け取れなくもないからだ。
 これからの蕎麦職人として琢也は江戸屋を出ていけない。夫を奪われない範囲で済むなら許すということか? 悪く考えれば、祐紀子と野中、そして琢也と京子のどちらもが、すでに恋の関係にあるとも言えなくはない。
 真央のことまで考えてしまうと女将の立場は苦しかった。
 双子を育て、その一方に不幸があったからには、節香としては残った祐紀子に幸せになってほしい。店のことを思うと琢也は跡継ぎ。とにかく、うまく折り合いをつけてやってほしいと考えていたのだった。

 ところが当の本人たちはどこ吹く風で仲がいい。祐紀子と琢也はいままで通りの夫婦だったし、そこへ京子が加わって三人が家族のようになっている。時代が違うとは言え、節香はちょっと首を傾げてしまうのだった。
 昼すぎにそんな取材があったから、京子も景子もいつもより少し長く店に留まり、一度帰って夕方前にふたたび店に入る。そのときもちろん保育園から真央が戻っていて、祐紀子はレジぐらいしかできなくる。 そんな様子を節香はそれとなくうかがっていて、祐紀子と京子が妙に打ち解けすぎていると感じていた。姉妹のように仲がいい。女心のわからない節香ではなかった。
 京子が言う。
「今日は暇そうだからユッキーいいよ、真央ちゃん見ててあげて」
「そう? ごめんね」
「いいからいいから。あたしも経験あるもん。真央ちゃん見てないと何しでかすか知れないからね。もうすぐパパが来るから浮かれちゃってるしさ」
「そうなのよ、そわそわしちゃってじっとしてないんだもん」
「そりゃそうでしょ、可愛いもんだよ」

 そんなことをひそひそ話し、互いにちょっと触れ合って離れていく。見た目には最高の関係なのだが…。
「そう気を回すなって、仲いいじゃねえか」
「そだね、老婆心かな」
「まさにババだし。へっへっへ」
「やかまし、くそジジイ」
 蔵之介が節香に寄り添って、二人で小声で言い合った。

 オーダーを止める七時になって店の口の扉が開いた。
 秋らしい茶色のカジュアルスーツ。髪をまた切ったのか角刈りに近い男らしいヘヤースタイル。グランドで陽焼けして肌の黒い精悍な面色。革靴を履くから百九十センチを超える圧倒的なスポーツ体型。野中は真央の秋物の服を大きなスポーツバッグに詰めていて、洋菓子の入った手提げ袋を土産に持っていた。
 ドアが開いて、厨房から最初に顔を出したのは京子だった。
「いらっしゃ…ああ、野中さん! お久しぶり!」
「よっ、元気そうだな」
「うん元気よー」
 誰だとばかりに景子が遅れて顔を出す。京子が言った。
「真央ちゃんのパパ、野中さんよ」
 景子は初対面。目を丸くしてぽかんとしている。
「あ、はい、お噂は。京子さんの友だちで景子と申します」
「そうですか、それはどうも。野中です、よろしく」
 そして次に職人姿の琢也が顔を出して明るく笑う。
「どうもー」
「やあ琢也君、見る度にカッコよくなってくな」
「そうかなー? ははは、どうぞどうぞ、いま呼びますから」
 と言っているそばから、厨房から裏へと出た節香が二階へ向かって声を上げた。
「真央ちゃん、パパだよー! 降りといでー!」
「はーい! わぁぁパパぁーっ!」

 ドタバタ階段を駆け下りて、またママに叱られて、それでも真央は一目散にパパの胸へと飛び込んでいく。大きな野中がしゃがみ込み、抱き上げて頬ずりし、真央はきゃっきゃとはしゃいでいる。
「素敵ね、カッコいいパパだわ」
 野中のことはもちろん景子だって聞いている。初対面の野中に色めき立つような景子の面色を見ていて、祐紀子は鼻が高かった。
 パパが持ち込んだスポーツバッグを琢也が受け取り、そのときはもうお客の絶えた店内で、真央とパパを皆で囲む。琢也も野中とがっちり握手。男同士の仲もいいし、野中を間に女三人の仲もいい。節香は胸を撫で下ろす。互いに探り合うような妙な空気はまるでなかった。

 祐紀子が言った。
「パパさん、ご飯は?」
「いやまだなんだよ。若旦那のうどんにしようと思って楽しみにしてたから」
 琢也が祐紀子の肩を叩きながら明るく笑った。
「おっけ、いいすよー。冷やし? 温かいの?」
「温かいのがいいかな。外ちょっと冷えてるから」
「うどんだけ? 天丼とかも?」
「そうだね、じゃあ天丼も一緒に」
 節香が景子の背を叩く。
「だってさ。ほれ作ってやってな」
「はいっ! うふふ!」
 節香に言われて景子は嬉しい。琢也と二人で厨房へ飛び込んでいく。

 奥の座敷に皆で並んだ。真央と祐紀子は先に軽く済ませていたのだったが、皆で食べると真央も少し欲しいと言う。パパの箸から食べさせてもらって真央はご機嫌。八人揃った家族のような食卓だった。
「ほう? 雑誌に?」
 野中が笑う。祐紀子もまた妻のように寄り添って明るく笑う。
「そうなのよ、『若旦那の名物うどん』が載るらしい。店の前でみんなで写真まで撮っちゃってさ」
「このうどんなら胸を張れるよ。差し支えなければシーズンが終わってから主力メンバーを連れて来ますよ」
「ほんと? それ凄いかも」
 日頃はおとなしい景子でさえが浮かれている。野中の人柄、それに横浜シーシャインズの主力メンバーが来てくれて写真を撮ってサインでもしてくれれば、江戸屋はますます繁盛する。
「ま、蕎麦はこれからだがな。シャンとせいや、若旦那よ」
 と蔵之介が言うと琢也はうなずいて苦笑する。
 親方と弟子のいい関係ができている。節香はそれも嬉しかった。皆の姿を見回しながら、いらぬ心配だったと考えようとしていた。

 京子と景子が帰ったのは九時近く。食事の後、皆で少し後片づけ。蔵之介が風呂。琢也と節香が厨房に残って掃除をしていて、野中と真央と祐紀子の三人は二階に上がり、真央と祐紀子の二人が先に客間へと入っていく。
 野中は仏間に入って遺影の妻と二人きりで語り合う。
「佐紀…寂しいよ…真央のこと見守ってやってくれな」
 透き通った妻が寄り添っているなんて野中には見えない。佐紀子は穏やかに微笑んでいた。
「祐紀ちゃんとのこと許してくれるか。どうしようもなかったんだ。祐紀ちゃんはもうおまえなんだよ。真央のママだ…愛してる佐紀…」

 一足遅れて客間へ入った野中。チームロゴの入った自分のスウェットをパジャマ代わりに持ち込んでいた。普通サイズの浴衣では小さすぎて合わない。真央はパジャマ。祐紀子は普段着のスカートスタイル。まさに親子三人のぬくもりあるひとときだった。
 座卓の前の座布団に座るパパの横に祐紀子がそっと寄り添った。
「焦っちゃったわ、夜中に急に熱出しちゃって。子供の薬を用意してなかったからね」
「いきなりママだからしょうがないさ。子供にはよくあることだ、気にしなくていいよ」
「そのときね、お薬くれたの京子なの。琢ちゃんがチャリで走ってくれて」
「うむ。琢也君にもすまないことをしてる、都合よくパパをかぶせてしまってるもんな」
 祐紀子はちょっとうなずいて話題を変えようとした。
「そう言えば、佐々木さん元気?」
「元気だね。ちゃんとやってる。スタメン定着とまではいかないがチームの信頼も生まれてきてる。祐紀ちゃんに会いたがっていたよ」
「そう、よかった。今度ね、クルマ買おうかって琢ちゃんと話してた。真央を遊ばせるにしたって電車で行けるところだけになっちゃうでしょ。海とか山とか連れてってやりたいなって」

 そしてちょっと真央を見ると。
「あらら…ふふふ、寝ちゃったねー」
「みたいだな。可愛いよ、たまらない」
「ほんと親馬鹿なんだから」
 真央は大きなパパの膝に座って抱かれていて、いつの間にかうつらうつら。パパのスウェットの腕のところを小さな手で握り締めたまま眠ってしまった。二人で真央の顔を覗き込む。
「天使よね」
「うむ」
「あたし布団敷いちゃうね」
「すまんな」
 片側にとにかく一組の布団を整え、パパが抱き上げて寝かせてやっても真央は目を開けなかった。添い寝するパパの匂いを胸いっぱいに吸い込んで安心しきって眠っている。

 隣りにもう一組の布団を敷いて、パパはそっと真央のそばを離れていた。時刻は十時になろうとした。
「まだ起きてるでしょ? お茶でも飲む?」
「そうだな、じゃあ薄いコーヒーを」
「わかった」
 このとき祐紀子は佐紀子になって、横になった野中に唇を触れていく。
「佐紀」
「はい?」
「愛してる」
 祐紀子はちょっと照れて微笑んで部屋を出て行く。
 パパは隣りの真央を向いて横に寝て、布団の上から小さな体を撫でていたが、その向こうに透き通った佐紀子が添い寝していることに気づかない。

 コーヒーを二つ淹れて戻った祐紀子。パパのそばに座ると野中の手がスカートのヒップをちょっと撫でた。祐紀子はうつむいて微笑みながら、悪戯な手を抑えて動きを止めた。
「野球どうなの? 負けが多いみたいだけど?」
「そうなんだよ、ここしばらく打線が低調でね、打撃コーチとしては辛いところさ。俺が打つわけじゃないからな。何としてもCSを戦うんだって皆も必死だ。Aクラスで終わりたいからね」
「うん。ずっと一軍なんでしょ?」
「そうなりそうだ。二軍の打撃コーチが決まったよ。俺には上にいてほしいって球団からも言われてる。ファンの目もあるからな」
「現役復帰ーってアレ?」
「そうそう、あいつらなー、しょっちゅう来てやがる。嬉しいね。覚えててくれるんだよ。だけど佐紀」
「うん?」
「生き返ってくれて俺も生き返った。おまえがいないと寂しすぎる」
「うん…オフになったらそっちにも行くからね。家族なんだから、ここにべったりでもかまわないし。琢ちゃんもそう言ってる」
「琢也君が?」
「言ってるよ琢だって。真央のパパなんだし、そのときおまえは佐紀なんだって」
「そうか…頭が下がる、素晴らしい男だな」
「そう思う。あなたとは違う意味で尊敬してるもん。じゃあ、あたし向こうへ行くね」
「うむ。おやすみ」
「おやすみなさい」
 そっと抱き合ってキスをかわし、空のカップを持って部屋を出た。階段の向こう側の流しでカップだけを洗い、それからは琢也のいる部屋へと戻る。

 琢也はテレビをつけて寝転がっていた。スポーツニュースの野球のコーナー。今日は移動日で全球団試合はなかった。
「いま四位なんだな。三位まで二ゲーム差だから、いまこそまさに正念場だよ」
 着替えながら祐紀子は言う。
「いまもその話してきたのよ、みんな必死だって。佐々木さんも頑張ってるって」
「あれだけのファンがいるんだ、そりゃそうだろ。野中さんも大変だよ。俺も頑張らなくっちゃ」
「そうだよ。雑誌に載れば注目される。琢ちゃんのファンをつくらないとね」
 横になって自然に夫に抱かれていく。

「好きよ琢のこと。すごいと思うわ」

 ひとつの心を分ける愛ではないと祐紀子は思う。心に二つの愛がふくらんでいて、女心が二倍になって充満している。
 抱かれていく。夫とひとつに溶け合える。
 祐紀子はもう後ろめたさを感じない。私はいま祐紀子として抱かれているのだから。

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