快感小説

妻は幽霊(四四話)

四四話


 プロ野球もシーズン最終。各チームに対し、少なくて残り二戦、雨で流れたゲームを残す多い相手であっても残り五戦。その残り五戦のうちの三戦を神宮で戦うことになる。
 広島へも大阪へも今シーズン最後の遠征。首位の大阪パンサーズ、二位の広島シャークスは、ほぼ確定。Aクラス残留の対象チームは東京ドームに本拠を置く東京シャイアンズ。東京シャイアンズは現在三位で二ゲーム差。残りゲーム数からも、とにかく勝たなければならなかった。
 しかし翌日からの三連戦で横浜シーシャインズは二勝一敗。一方の対象チームは三連勝とゲーム差がひろがってしまう。遠征で一勝でも多く勝って、戻ってからの直接対決二連戦を二勝しなければならなくなった。神宮三連戦を終えた時点で数字上の希望はあったのだが絶
望と言ってもよかっただろう。

 ところが、それからの広島との三連戦、大阪との三連戦の遠征で横浜は四勝二敗。対する東京シャイアンズは二勝四敗で、ゲームがなくなってしまう。戻ってからの数戦、とりわけ直接対決二連戦が勝負となる。そうなると野中はチームに張り付いていなければならず動けない。
 九月の末。ドーム球場が本拠の東京シャイアンズはゲームの消化が早く、直接対決を終えた時点で一ゲーム差の三位。横浜シーシャインズが残り二戦を連勝できれば勝率で上に立てる。

 十月の頭、横浜スタジアムでの今季最後の二連戦。初日は胃の痛くなる投手戦で2-1で辛くも勝利。しかし最後の最後の試合が乱打戦となって、七回を終わって7-8で1点ビハインド。
 江戸屋では節香と蔵之介の部屋にある大きなテレビに、京子景子までが着替えもせず作務衣のままで張り付いて試合を見ていた。
 八回表の相手の攻撃を抑え、その裏、ツーアウト一二塁。そこで打順は今日まるで打てていない二番打者に回り、代打、佐々木。シングルヒットで同点、逆転には長打が欲しい場面であった。
 相手ピッチャーはベテランセットアッパー。一塁コーチャーズボックスに野中が立って、打席の佐々木に拳を握って鼓舞している。

 祐紀子も京子も、野球をそれほど知らない景子さえも息を詰めて見守った。
 初球ファウル。二球目見逃し。ノーボール・ツーストライク。緊張のあまり佐々木は一度打席を外してタイム。ふたたびかまえ、二球続けてボール。ツーツーの並行カウントからの五球目、ど真ん中のストレートを打ち損じてファウル。天を見上げて口惜しそうにした佐々木。
「ここはストライクはいりませんね、外に落してやれば振りますよ」
 うるさい。わかったような解説に腹が立つ。

 そして勝負の六球目。キャッチャーの構えとは逆球となるインサイド膝元から落ちるフォークボール。佐々木のバットは動かなかった。見送ったのか手が出なかったのか。ストライクと言われてもしょうがないコースだったが判定ボールでフルカウント。次のバッターは今日二安打の三番クリーンナップ。ここで満塁にするわけにはいかなかった。ストライクを投げ込むしかない。
 祐紀子は手を合わせて祈るようにテレビを見つめた。アナウンサーも興奮している。
「さあ勝負だ! フルカウントからの七球目、ピッチャー投げた!」
 パキィーっといい音。スタジアムがどよめいた。
「やったーっ! 打ったーっ!」
 祐紀子も京子も景子も、小さな真央までが絶叫する。
「打ったーっ! 代打佐々木、センター前ヒット! 二塁ランナー生還で同点! 同点! 横浜追いつきましたーっ!」

 そしてそのとき三塁を狙った一塁ランナーへのサード送球がワンバウンド、三塁手のグラブを弾いて外野側へてんてんと転がった。
「ああエラー! まさかのエラー! ランナー突っ込む!」
 カバーに走った相手ライトからの矢のような返球。またしてもホームクロスプレイ。
「滑り込んだが、キャッチャー、ブロック! 判定どうかーっ! 判定はーっ! セーフです、セーフ! 逆転! シーシャインズ土壇場で逆転ーっ! 打ったバッターの佐々木はセカンドへ!」

 セカンドベース上で佐々木は正座をするように座り込んでしまっていた。一瞬後に両手を突き上げてガッツポーズ。佐々木佐々木の大合唱が巻き起こる。
 そしてさらに、その佐々木をセカンドに置いて今日絶好調の三番バッターがライトの頭を超えるスリーベースヒット。次の四番バッターが続けてヒットで、この回一気に四得点。九回表に相手にソロホームランを浴びるも二点差でゲームセット。両軍ともに、まさに死闘。横浜シーシャインズはクライマックスシリーズ進出を決めた。

 ベンチ前に佐々木は引きずり出されて胴上げ。ドリンクを浴びせられてもみくちゃにされている。
「野中コーチも泣いてますねー、抱き合って喜んでます」
「そうですね、あの一打でAクラス確定ですからたまらないでしょう。佐々木は野中君みずからが育てた男ですからね、嬉しいと思いますよ」
 祐紀子もそうだし、京子までが目頭を押さえていた。
 ヒーローインタビューはもちろん佐々木。泣き崩れて声にならないインタビューを最後に、横浜シーシャインズの全日程が終了した。
 祐紀子がふと見ると琢也が涙を流している。二軍で苦しんだ姿が自分と重なるのかもしれなかった。

 試合が終わったのが九時半すぎ。それから一時間半以上がすぎた十一時頃になって、祐紀子ではなく琢也の携帯がバイブした。
 そのときは京子も景子も帰っていて真央はスヤスヤ眠っていた。
「ああ、これは野中さん、おめでとうございます、やりましたねー、見てましたよみんなで」
 祐紀子がクスリと笑いながら耳を寄せて聞いている。
「まったくね、Aクラスなんて信じられない。それで明日なんですが」
「あ、はい? こっち来ます?」
「そのつもりなんですがいいですか? さすがにみんなバテバテで明日は休もうってことになりましてね」
「ぜんぜんかまいませんよ、CSの前にぜひどうぞ」
「佐々木の奴も一緒にいいですか? 若旦那の名物うどんが喰ってみたいってうるさくてしょうがない。はっはっは!」

「ちょっと代わって」 と祐紀子が嬉しそうに言った。

「祐紀よ。凄かったなー、感動しちゃった。佐々木さん凄いよー」
「ほんとだよな、あの場面でよくぞ打った。あの野郎が打ったとき鳥肌もんでした。チームみんながそうでしたよ」
「それでしたら野中さん、ウチには佐々木さんのにわかファンがいるからサインボールでもお願いできない? 京子も景子さんも涙ぐんで見てましたから」
「はいはい、そんなもんでいいならいくらでも用意しますよ。ボールとユニフォームにサインさせて持たせますから。明日は土曜だけど、お店忙しいでしょ?」
「お天気次第ですけどね、七時半には空きますから大丈夫」
「わかりました、じゃあその頃に。あれから佐々木の野郎、ボロクソですよ。殴られ蹴られビールを口に突っ込まれてエライことになってます、あっはっは!」
 滅多に飲まない野中も今夜ばかりはアルコールが入っている。
 弾むように明るい。祐紀子は即座に京子に電話を入れて明日のことをつないでおく。京子も今夜は寝られないと笑っていた。

 翌、土曜日は上天気。観光シーズン本番で浅草界隈にどっと人が出た。開店からフル回転で、うどんも蕎麦も品切れ。やむなく二時すぎに一度閉めて仕込みにかかる。ふたたび店を開ける四時前には、四時開店の張り紙を見た客が店の前に並びだし、それから夜までフル回転。新しい江戸屋はうどんの名店としても知られるようになっていた。
 七時になってオーダーストップ。そのときも店は満員で、最後の客が出たときには七時四十分。その最後の客とすれ違いに野中と佐々木が連れ立ってやってきた。二人ともカジュアルスーツ。現役選手で若い佐々木は練習で陽焼けして真っ黒。野中ほどではないが佐々木だって百八十センチを超える長身で、二人ともカッコいい。
 祐紀子、京子、景子、そしてもちろん真央が出迎え、野中は真央を抱き上げて、女三人は揃って佐々木を取り囲む。サインボールとレプリカユニフォームにサインをしてもらい、嬉しくてたまらない。

 琢也の出番だ。佐々木のためのうどん玉が切らずに残してあった。麺打ち台に立つ若旦那。野中と佐々木がガラス越しに覗き込み、琢也は手慣れた手つきで麺棒で生地をノバシ、きっちりたたんで麺切り包丁で切っていく。
 佐々木が目を輝かせる。
「ほう、すごいもんです、プロだなぁ」
「だって毎日ですもん。うどんはこれだけできても蕎麦はまだぜんぜんなのよ。できなくて苦しんでるんです」
 祐紀子に言われて佐々木はうなずく。ファームで苦しんだ自分の姿と重なる。しかし琢也はうどんでは見事。太さの揃った綺麗な麺が見る間にできあがっていく。
 今夜は佐々木が来るということで赤飯を用意してあった。皆も夕食はこれからだったから、奥の座敷に席をこしらえる。
 節香お手製の小料理で軽く乾杯。それから琢也と節香が厨房に立ってうどんをつくる。外はもう肌寒い。温かい天ぷらうどん。麺は琢也があげて天ぷらは節香が揚げた。京子と景子で席へと運び、誰より佐々木が目を丸くして箸をつける。

 一口を運ぶ。皆がしーんと見つめている。
「これは…ううむ、美味い! これは美味いよ!」
 佐々木はちょっと大げさだった。
「そうすか?」
 そのとき蔵之介も一口つけて横から言った。
「ふむ、なるほど、店で出すもんとはちぃと違うか。二人ともスポーツマンで汗をかく。わずかに塩が多いだろ?」
 琢也はうなずいた。
「ほんのちょっとですけどね。そのほうがいいと思って」
 佐々木は驚いたようだった。たかがうどんでも、職人の気づかいで味は変わるということだ。
 佐々木が言った。
「僕は秋田ですが」
 節香が言った。
「ああ、稲庭の本場ですもんねー」
「そうです。稲庭とは違いますが、でもこれだけのうどんは滅多にないすよ。いやぁ美味い、驚きました」
 琢也が言った。
「東京オリンピックのときのことを書いた本を立ち読みしましてね」

 蔵之介が眉を上げて視線を向けた。皆も琢也を見つめている。
「選手村で料理を担当したのは超一流ホテルのシェフたちだった。料理は間違いなく一流。なのにどうしたことか食べ残す選手が多かったそうなんですね。選手は汗をかくから味が薄いと美味しく感じない。そこに気づいた料理長がほんのわずか塩を増やしたところ、とたんに選手たちは大喜びで残す人がいなくなったということなんです」
 蔵之介はうなずいて、立派になったと言うように節香と顔を見合わせた。節香も嬉しい。いつの間にか若旦那はプロになってくれている。

 佐々木は黙って琢也の顔を見つめていた。職人の凄さを見せつけられる思いだったに違いない。
「若旦那って、この道に入ってまだ四ヶ月ほどだと聞きましたが?」
「そうですよ。いまはまだうどんだけです。やっと少しできるようになったばかり。蕎麦なんてとてもとても、めちゃ難しい」
「最初の頃はスイトンだったもんねー。あははは」
 節香が笑って、琢也同様に、まるで息子のように若い佐々木に言った。
「いつぞや二軍の試合を見せていただいたときにね」
「あ、はい? 横須賀でしたね?」
「そうそう、そのとき。プロの厳しさを見たって琢ちゃんが言うのよ。俺には蕎麦だって。負けないって。だから夕べの佐々木さんの活躍がどれほど嬉しかったか。ねえ琢ちゃん、そうよね?」
 琢也は唇を固く結んでうなずく。
「あのとき泥だらけだった人があれだけの観衆を沸かせている。主役でしたもん。震えましたしプロの世界は何でも一緒だなって思いましたよ」

 それには佐々木よりも野中がうなずいていた。真央はパパの膝にいてご機嫌だったが、騒がずに話に聞き入っている。そんな真央の頭を微笑んで撫でながら野中が言う。
「まあ、これはじつはマル秘なんだが。プレッシャーになるといかんからな。…で、佐々木よ」
 野中はにやりと笑って横目をやった。
「あ、はい?」
「CSだがな、初戦はスタメンでいくって監督が言ってたぞ。明日あたり呼ばれるだろ」
「ほんとすか?」
「でなければファンが納得しない。CS行きを決めた選手を何で使わないってことになる。いつも言ってるがスタメンとはそういうことでもあるんだよ。琢也君のうどんを目当てにお客さんが来るようなものなんだ」

 佐々木は唇を噛んでうなずいていた。
 そのときの佐々木の姿を忘れないと皆は思う。勝負に臨む武人の姿のようだった。佐々木とは初対面の景子はもちろん、祐紀子も京子も声さえ出せず、けれども胸は熱かった。頑張ってなんて見え透いたことを言ってもはじまらない。
 琢也はドキリとした。佐々木の手が武者震い。この人にとって運命を左右する勝負がはじまる。自分には蕎麦。早く覚えたい。ぜんぜんダメ。まだまだ二軍選手だと自分で思う。
 佐々木が言った。
「食べに来ますよ、仲間を誘ってこれから来ます。確かにそうです、このうどんを目当てにやってきて若旦那がいなければお客さんは納得しない」
 隣りに座って聞いていた蔵之介が琢也の背中をバンと叩いた。
「だとよ。最高の褒め言葉だぜ、身に沁みて覚えとけ」
 そのとき節香が涙を溜めていたことを、祐紀子は生涯忘れないと思って見つめていた。

 食事が済んで、今夜は野中と佐々木が客間に入る。その前に二人して仏間を覗き、そのとき今度は佐々木が涙を浮かべていた。
「佐紀さん、来ましたよ、佐々木です。もう一度一緒に潜りたかった。寂しいです。俺、江戸屋のみんなのためにも頑張りますから見ててください」
 野中が遺影に微笑んで、佐々木の肩に手を置いた。

ピックアップ!


ウェブマスターはこちら リアル素人CLUB-XXX リアル素人CLUB-XXX

ここはハード性小説

SM~FEMDOM、レズと
官能小説らしい物語を集めてく。
新刊案内

レズ官能小説の二編集
自虐オナニー~レズ
●指だけじゃ飽きたらなくて
レズSM(露出)
●同名小説


好評シリーズ、発売開始!
官能ホラー
闇刈いわく堂シリーズ特別編
『白湯鬼さん』


~飾られる女たち~
インテリアドール紫織編
若く美しい性人形の日々へ


~飾られる女たち~
インテリアドール芙美子編
しっとり落ち着いた大人のSM

登録サイト





スペシャルリンク















ブロとも一覧

SM~猟奇の性書~官能

~ 艶 月 ~   
テキストリンク
アクセスランキング
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる