快感小説

妻は幽霊(四五話)

四五話


 敵地広島に乗り込んだ横浜シーシャインズ。ペナントレースの成績から結果的にセリーグ関東三チームを代表するCS進出ということで期待されたシーシャインズだったが、双方一勝で迎えた三戦目、プレッシャーからか先発投手が崩れてしまい、中継ぎも打ち込まれて勝負はついた。
 そんな中で佐々木は、三戦ともに六番サードスタメンで起用され、各試合複数安打の大活躍。皮肉なもので佐々木の前にランナーがいなかった。
 シーシャインズの今シーズンが終わったわけだが、一部のベテラン選手と帰国する外人選手を除いて、シーズンが終わったから休みということではない。とりわけコーチングスタッフは来季に向けたミーティングも多く、好調とは言えなかったシーズンだけに立場は苦しい。

 そんな十月半ばの土曜と日曜、祐紀子は真央を連れて野中を元気づけに出かけて行った。パパと三人で秋の伊豆をドライブし、リゾートホテルに泊まる。
 一方の琢也も、あれから一度、水曜日に京子と外で逢っていた。水曜日は店は休みだったが保育園があって祐紀子は家を空けられず、月に二度は保育園の後、近くのスイミングクラブで水泳を教えていた。真央はスポーツに向いている。四歳にも満たない子供が大人顔負けのクロールで二十五メートルを泳ぎきる。

 それともうひとつ、江戸屋にも変化があった。土日だけ若い麺職人が武者修行に来るようになっている。観光シーズン本番の土日は忙しすぎて、じきに六十七歳になる蔵之介一人では身が持たない。琢也は蕎麦を打てなかったし厨房は戦場と化していた。
 そこで蔵之介は、かつて親方として仕切っていた神田の名店から週末の二日間だけ若い衆を回してもらうことにする。若衆としても、浅草で知られる江戸屋で、かつての親方の下で学べるとあって張り切ってやってくる。

 隅田川のそばにある江戸屋なのに若者の名は荒川淳。歳は十八と琢也より一回りも若かったが、高校を一年で中退して麺職人として二年近くのキャリアがあった。背丈も百七十五センチと長身で若くてキビキビ。髪は職人らしい角刈りで整った顔立ちの青年だ。実家が埼玉で蕎麦屋をやっていて、その店を継ぐために修行に出ているらしい。
 琢也と同じような立場だったが、琢也にすればはるか年下の先輩ということなり、ちょっと口惜しい。江戸屋の蕎麦は伝統的に白くて細い麺。つまり、うどんにくらべてはるかに薄くノバさなければならなかったし、切り幅も細く揃えないと茹で上がりにムラが出る。小麦粉でつなぐ二八蕎麦ならまだしも、蕎麦粉だけの十割でそれをやろうとすると技量がないととてもできない。

 蔵之介がはじめた新しい江戸屋の蕎麦は、白く細いという江戸屋の伝統を守るため一番粉を主体に打つのだったが、蔵之介は、それでは蕎麦の風味に欠けるということで、一番粉七に対して二番粉を三混ぜる蕎麦をつくった。一番粉だけでつくるものよりわずかに黒みがかっていて、しかし打ちやすい麺だったが、それでもグルテンを含まない一番粉が主体なだけに水回しとコネがすべて。琢也が打つと厚みも幅も一定せず、茹でるうちにブツブツ麺が切れてしまう。

 若い荒川が来たとき、親方のそばで打つところを見せられて琢也は愕然とした。
 コネ鉢に一番粉七、二番粉三を混ぜた蕎麦粉を一、五キロ。コネ鉢の肩の一か所に水を細く落としながら、反対の手で手早く混ぜてダマにする。それからコネ鉢をさらえるように粉を取り込みながら揉み込んで、あっという間に蕎麦玉をこしらえる。菊揉みにまんべんなく揉み込んで丸くまとめ、それからがノシと切り。
 そのときも麺棒を巧みに使いこなし、四角く、均等に薄い蕎麦生地に仕上げていくのだが、生地にまるでヒビが入らない。琢也だとヒビだらけになってしまって、だから茹でると麺が切れる。
 布をたたむようにきっちりたたみ、駒板を当てて切っていく。機械打ちの麺のように厚さも幅も揃っていた。
 蕎麦打ちは焦ってもダメ。場数を踏んでいくしかない。いまの自分など神田の店に行けば皿洗いが精一杯。腕の違いを見せつけられた。

 平日は午後になって休んだときに余裕がある。蔵之介が横に立って息子を教える。まさに江戸屋の息子。それだけに親は容赦はしない。
 節香も祐紀子も、京子も景子も、厨房脇のテーブルに座って横目で見ていた。ガラス越しでも声はしたし、店の休憩どきでは麺打ち台への引き戸が開いているから、さらに声が響いてくる。
「手が荒い! 揉むのとつぶすのは違う! 空気を喰わせるからおめえの蕎麦はダメなんでぃ!」
「はい!」
「こう、水をじくっとなじませるようにだな、蕎麦玉をつつむようにして揉み込んでやるんだよ」
「はい!」
「ええい違う違う! それじゃおめえ、祐紀坊の乳揉んでるだけじゃねえか!」

「けーっ、そればっか。助兵衛ジジイ…ああもうっ、腹が立つ!」
 節香が苦笑し、女三人が顔を見合わせて笑い合う。

 揉み込みももちろんだが、ノシからこそ腕。琢也はまず遅かった。もたもたしていると生地が乾きだしてヒビになる。
「まだ遅い!」
「はいっ!」
 遅いと言われて速くすると今度は荒いと叱られる。
「まだちっと厚い、もっと薄くノシてやれ」
「はい!」
「麺棒を大胆に使ってやさしくだぞ」
「はい!」
「おめえのノシはよ、キスしていいって女に訊いてるようなもんなんだ。気を入れてイッパツで決めるんだが、そんときやさしくブチューてなもんよ。わかったか!」

 節香は怒鳴った。
「わかるかい、そんなもん!」

 女三人が声を上げて笑う。
「おろ? 聞こえたかい? あっはっは!」
「聞こえるわさ、大きな声でー! 恥ずかしいねー、もうっ!」
 節香は呆れて首を振り、テーブルを囲む女三人の顔を見た。
「わかるわけないだろ、ったく…。ふふふ、ダメだー、どうしてもそっちに行っちまう、あははは。先々代もそうだったから江戸屋の伝統なんかねー、あっはっは!」

 祐紀子は可笑しかったが、そう言えば琢也は、最初のときガツンと奪ってくれたと考えていた。
 ひ弱に見えても男らしいところがある。真剣な眸で見つめてくれて迫ってくれた。嬉しかったし逃げられないと覚悟が決まる。思い出すと胸が熱くなってくる。琢也が好き。気持ちは少しも変わらない。
 そのことと野中への想いは別。最初の頃は真央を挟んだ想いだったが、生き写しの姉を愛し抜いて、いまだに遺影の前で涙する彼に心が動く。グランドでの戦いは熾烈だったし、佐々木のような若手の成長を願う姿にもやさしさがあふれている。野中への想いもまた、どうしようもないものだった。

 不倫になる。琢ちゃんのことだから逃げ腰だろうと思っていた。
 けれどあのとき、見え透いた取り繕いを言わず押し倒してくれたと京子は思う。琢也を奪おうなんて思っていない。ただ、そうなったときは有無をも言わさず私を女にしてくれる人がいいとは考えていた。
 祐紀子はもう気づいているだろう。でもそれが何よ? 私たちだって野中さんとのことに見ないフリをしてるのよ。お互い様だわ。
 このとき京子は、そうはっきり意識して祐紀子の横顔をうかがっていた。

 互いにそう思っているだろうと察しながら、にもかかわらず、ますます仲がよくなっていく妻と京子を見ていて、琢也は不思議な思いがした。表向きだけではないと思えるからだ。
 京子は子供が好きで、とにかく真央を可愛がる。内心いまだに好きな野中の子だから? とも考えてみるのだが、京子もまた我が子のように可愛がる。
 江戸屋という家族だからか?
 それにしても近頃では仕事の後、夫と子のいる景子を先に帰してしまって、近くの銭湯へ祐紀子と二人で連れ立って行ったりしている。女
同士で愛し合ってもおかしくないほど仲がいい。
 女二人の不思議な連帯。もしかしたら佐紀子が取り持っているのではとも考えるのだが、あえて口に出すことではないと琢也は思う。

 そうこうするうちに十一月。野球もいよいよオフらしく野中には時間ができる。
 その週の土曜と日曜、祐紀子は真央を連れて野中と会い、そのまま向こうのマンションに泊まる。そして翌月曜日に揃って江戸屋へやってきて二晩をすごし、水曜日の店の休みに、京子までを連れて山梨にハイキングに行こうということになっている。
 このところずっと店は忙しく、今月末に出る女性誌でいよいよ江戸屋が紹介される。そうなるとますます混む。それで節香は翌日の木曜を臨時休業とするからゆっくりしてくればいいと言うのだった。
 開店来はじめての連休。滅多にないイベントに真央はもちろん京子も嬉しくてたまらない。

 その夜も銭湯に誘い出し、祐紀子が言う。
「だけど京子、坊やはそれでいいの? 可哀想じゃない?」
「可哀想も何も、そんなことで学校を休ませるわけにはいかないし、たまには家を離れたいし。いいのよ別に」
「いろいろあるんだ?」
「ううん、というわけでもないけど母がさ…」
「再婚のこと?」
「そうなのよ。母もそうだけど親戚でうるさいのがいてね。まったくよけいなお世話だわ。ついこのあいだも縁談を持ち込んできて、断ったんだけど、それで母も言うのよ。まだ若いんだからもう一度行けばって」
「まあね、お母さんとすればそうなんだろうけど、気持ちが向かなきゃしょうがないわよ」
「嫌よ結婚なんて。二度と嫌。いまが楽だし、江戸屋さんにいて幸せなんだから。真央ちゃん、野中さん、琢ちゃん、女将さんと蔵さんも羨ましい夫婦だし、江戸屋の家族になりたいぐらい」

 大きな湯船に身を寄せ合って、祐紀子はうなずく。
「ありがと。私はそのつもりでいるわよ、京子がいてくれないと真央だって寂しがるし、だいたいお店が回らないもん」
「お店のことはパートだからいいんだけど、ユッキーにすればそうよね。パパが来たときの真央ちゃんの喜びよう、パパにしたってそれはそうだし、遺影の前では泣いているし、放っとけないもんね」
 京子は話の流れを装って思い切って言ってみた。
 そのとき祐紀子は、白湯を指先でちょっと掻くようにしながら、うつむいて言う。
「…あたしは」
「うん? なあに?」
「こんな言い方どうかと思うけど、彼といるときは姉さんなのよ。彼にも言ってるんだ、佐紀って呼んでって」
「ふーん、そうなんだ…わかる気はするけど」
 同じようなことは琢也とのベッドで聞いていた。彼に対して佐紀になれる祐紀子だから尊敬すると琢也は言った。
「すごい夫婦ね。嫌味じゃなくてよ、尊敬しちゃう。琢ちゃんて、ほんと強い」
「そう思う。世間的には不倫だもん」

 京子はハッとしたように祐紀子の横顔をうかがった。野中に抱かれていると白状したようなものだったし、それが言えるということは、もしも琢也に知られても彼なら許すと信じきれているからで…。

 洗い場を出て隣り合わせで下着を着込みながら、祐紀子はチラリと京子の裸身へ眸をやった。
 ふ…と一瞬微笑んで、連れ立って銭湯を出る。夜風はさすがに冷えてきていた。
 銭湯から川筋に出ることができた。祐紀子は遠回りをしようとした。この季節の川筋には人は少ないからだった。
「貸し別荘なのよ、泊まるところ」
「うん?」
「寝室が二つあるんだって。二階建ての上と下に」
「あ、そう。それが?」
「そうなると真央とパパと私は一緒になるでしょう」
「あ…そうね、じゃないとヘンだもんね」
「野中さんは男女で分かれようって言ってるわよ。だけど真央のことを思うと一緒にいてやりたいなって」
「うん、滅多にないことだもんね」
「そうなのよ。だからね…うまく言えないけど、ほんとの意味で家族になって」

 そうなると琢也と京子が一緒になる。これまで何度か水曜日に逢っていたこと祐紀子はやはり見抜いていたと、このとき京子は感じていた。
 そしてそのとき、京子の頬に不意にキスがやってきた。ハッとして顔を見ると祐紀子は穏やかに笑っている。

 女二人で琢也を共有しようと言われたようなものだった。

ピックアップ!


ウェブマスターはこちら リアル素人CLUB-XXX リアル素人CLUB-XXX

ここはハード性小説

SM~FEMDOM、レズと
官能小説らしい物語を集めてく。
新刊案内

レズ官能小説の二編集
自虐オナニー~レズ
●指だけじゃ飽きたらなくて
レズSM(露出)
●同名小説


好評シリーズ、発売開始!
官能ホラー
闇刈いわく堂シリーズ特別編
『白湯鬼さん』


~飾られる女たち~
インテリアドール紫織編
若く美しい性人形の日々へ


~飾られる女たち~
インテリアドール芙美子編
しっとり落ち着いた大人のSM

登録サイト





スペシャルリンク















ブロとも一覧

SM~猟奇の性書~官能

~ 艶 月 ~   
テキストリンク
アクセスランキング
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる