快感小説

妻は幽霊(終話)

終 話


 そして土曜日。

 野中のマンションで落ち着く前に祐紀子にはどうしても行っておきたい場所があった。川崎の外れにある野中家の墓。納骨から一度も来ていなかったし、野中への気持ちをどうしても姉に伝えておきたかった。
 天気がよく暖かい。そよ風の流れる穏やかな墓地には、週末とあってあちこちに墓参りに訪れる人たちがいる。駐車場には秋田ナンバーがあったりする。遠くなった故人を忘れない家族はもちろんいて、会いたくてやってくる。
 野中家の墓は比較的新しく、墓石に艶が残っていて秋の陽光に輝いていた。墓石の下にあの姉が眠っている。祐紀子はいまだに信じられない思いがする。

「姉さん、真央ちゃん連れて来たわよ。よく顔を見てあげて。…寂しいよ、生き返ってよ姉さん」

 間に真央を置いて野中と並び、それだけを言って手を合わせた。
 言いたかったことは声には出せない。ご主人と真央ちゃんを私にあずけて。姉さんの名で呼ばれることを許して。心の中で念じながら手を合わせていると、むしろ涙が遠のいて、異質な力が満ちてくるような気さえする。姉はきっと許してくれる。これで彼と愛し合える。
 そのとき透き通った佐紀子が墓石の横から覗いて微笑んでいたのだが、そんなことは三人にはわからない。

 今日はどこへ行くということはなかった。マンションに戻って真央と三人のんびりしたい。シーズンが終わったばかりで野中も疲れているだろう。
 クルマを降りて部屋へと入る。佐紀子との愛の巣は、何ひとつ処分することなく妻がいたときのままにされている。シーズン中で後回しになったこともあるのだろうが、野中は妻の匂いを捨てたくない。
 彼のことだ、最愛の真央までをあずけてしまい、独りになって、ここで泣いたのだろうと想像する。
「着替えちゃうから」
「うむ。さあ真央、おいで。向こうへ行ってよう」
「崇」
「うん?」

「姉さんの服みんなもらうわね、下着まで全部」

 野中はその意味を探るような面色だったが、すぐに微笑み、うなずいた。祐紀子は心を定めていた。ここにいるとき私は佐紀子。祐紀子の私は下着まで脱いで忘れてしまおうと。
 整理ダンスから姉の下着を手に取って、裸の姿から佐紀子をつくり上げていく。真紅のランジェリーを選んでいた。赤は姉がもっとも好んだ色。パッションレッド。姉が肌につけていたものを着ていくと、祐紀子が消えていくようだった。花柄の部屋着のミニワンピース。ハワイで買ったもので、これが好きでよく着ていたと思い出しながら、祐紀子は佐紀子に化身した。
 着替えてリビングルームを覗く。ロータイプの大きなソファで真央はパパにいじりまくられていた。

「…佐紀、綺麗だ」
 妻そのままの姿を一目見て、それだけで野中は泣きそうになっている。それで充分、佐紀子の心は震えていた。
 真央もそうだ。浅草の江戸屋にいて、すっかり江戸屋の家族になっていても、こっちに戻ると目の色が違う。幼いなりにじっとこらえているのだろう。この部屋にパパとママが揃っている。真央はいま、あたりまえだった日々に戻れていると佐紀子は思う。

 キッチンに立ってあたりまえのように食事をこしらえ、あたりまえのように真央を風呂に入れてやって添い寝する。安心しきって眠る娘にキスをして、ベッドを替えて夫のキスを受け入れる。
 避妊はしていた。それだけは琢也の子でないと受け入れるわけにはいかなかった。
 楽しい二日はあっという間に通りすぎ、クローゼットの前に立って、下着から祐紀子に戻って部屋を出る。水曜日からの二日のためにクルマはジープタイプのワゴンに乗り込む。山梨の森だそうだが高地ではなく、空さえよければ寒くないと野中は言った。現役だった頃、真央ができる前に夫婦で歩いた場所らしい。

 日曜日の七時すぎ、三人揃って江戸屋に戻る。
 祐紀子のいない土曜と日曜、浅草ももちろん好天で暖かく、江戸屋は大変なことになっていた。十一時の開店から昼の時間帯はずっと満席。うどんも蕎麦も品切れ。やっと休めたと思ったら、麺職人三人がかりで仕込みを済ませて四時半には午後の開店。それからオーダーストップのかかる七時までずっと満席が続くのだ。
 若い荒川でさえヘトヘト。疲れ果てて座り込んでいるところへ帰るのだから、祐紀子は胸が痛かった。

 それはそれとして、この土日、京子の様子が妙だと琢也は感じていた。元気がないわけではなかったが、何か考え込んでいるようで表情が冴えない。野中ばかりにうつつを抜かして店をかえりみない祐紀子が面白くないのかとも考えてみたのだったが、祐紀子が戻ったとたん、会いたかったとでも言うように寄り添って仲がいい。
 京子という、もう一人の妻。二人でまさかそんな話をしていようとは思ってもみない琢也だった。

 祐紀子は、京子に対してコソコソ隠れるような逢い方はしてほしくなかった。互いに見抜いていながら素知らぬ顔をしていると、いつかきっと爆発する。私に二人の夫がいるように、夫にだって二人の妻がいてもいい。隠さず愛を共有できたほうがピュアに愛せると思うのだった。
 そこで問題なのは琢也。密かに通じていても真面目な夫がそんなことを受けれるのか。祐紀子はそう考えていた。

 しかし琢也は違った。透き通った佐紀子に見抜かれていたことだし、京子ならそうなってもいいと妻の気持ちも聞かされていた。
 だけどやはり心が痛い。暗黙の了解であり言葉に出して言うことじゃないと思っていた。
 夫婦のどちらもが同じことを恐れていたということだ。

 節香は内心ハラハラしていた。祐紀子と京子の仲がよすぎる。気持ちを抑えようとポーズすることはあるものだし、真央やパパのためとは言っても、野球シーズンが終わってからは特に気持ちが野中に向きすぎている。琢也はほんとに怒ってないのか?
 これほど忙しいと真央がいてくれないほうが気が楽というものだったし、野中がいても琢也と祐紀子は仲がいい。けれどもやはり夫婦仲が気になった。蕎麦に必死で孤軍奮闘の琢也がちょっと可哀想。
 月曜火曜と江戸屋は落ち着く。真央は保育園を休ませてパパと二人で出かけていった。祐紀子は店に残って仕事をしたが、傍目にも琢也には怒る素振りが見られない。そこに近頃では京子までが溶け合って三人夫婦のようになっている。
 妙なものだと節香も蔵之介も顔を見合わせて見守っているしかなかった。

 さあ水曜日。景子だけがいない朝食を済ませ、野中、琢也、真央、祐紀子と京子の五人でクルマに乗り込む。
 低地でも紅葉のはじまった中央高速を走り、着いてみるとそこは別荘地を中心に整備された自然公園のようなもの。高度数百メートル程度の山の上に小さな神社があって、周囲をぐるりとハイキングコースが取り囲む。小川のせせらぎもあり、フィールドアスレチックなども整備された広大な公園。子供がいても危なくないしスニーカーで充分だった。
 低地よりは紅葉が進み、赤くなった秋の森は美しい。そんな中でパパとママに挟まれて真央は弾む。目を輝かせてパパと一緒に走り回り祐紀子が笑って見つめている。

 歩くとき、三対二に自然に分かれた。
 琢也のそばには京子がいて、恋人そのままに腕を絡めたりしているのだが、祐紀子は笑って平然としている。最初のうち目を気にした琢也だったが、このときになって妻は許したと確信できたし、チクリとした胸の痛みも薄らいだ。祐紀子も堂々と野中の妻、佐紀子となって笑っている。
 そんな姿を琢也は、これでいいんだと思って見つめていた。名前のように真央が真ん中にいて大人四人をつないでいる。野中に対して嫉妬心は微塵もなかった。

 夫には京子がいてくれる。祐紀子もまた恋人のように堂々と寄り添って歩く琢也に安堵した。野中との愛を責められれば江戸屋は壊れる。琢也の大きな器がすべてを許容してくれている。琢也は私の誇り。祐紀子としての愛がふくらむから佐紀子として野中を愛していけるのだから。
 離婚までして野中と添うつもりはなかったし、野中と別れて真央を奪われるなんて考えられない。このままずっと四人夫婦の関係が続いていくと考えた。
 でも、野中と京子のカップルは許せない。崇と真央は私のもの。

 野中と京子をカップルにしないために俺は京子は独占しなければならないと琢也は思う。
 そんなことになれば佐紀子はまた悪霊と化して京子を襲う。霊に憑かれれば命だって危うくなる。
 琢也は、腕を絡めて甘えるように歩く京子の腰に手を回し、そのとき振り向いた祐紀子に対して暗黙の声を発していた。
「京子を抱くよ」
 祐紀子は夫の面色をもちろん察し、微笑んでうなずいた。
「崇に抱かれるから」
 琢也もまた微笑んでうなずいて、京子の腰を抱き寄せた。

 そして、そのとき野中はそんな三人の沈黙の会話に気づきながら、真央の視線を大人のかけひきからそらすように手を引いて、枯れ草の混じりだした野原を駆ける。
 透き通った佐紀子が満面の笑みでまつわりつくように走っている。
 ただ一人それの見える琢也は、心の中で言うのだった。

「これでいいんだろ?」
『ありがと。琢也が好きよ、愛してる』

 野原を走り回るパパと真央に笑って駆け寄るジーンズ姿の祐紀子の輪郭に、同じようなジーンズ姿の透き通る佐紀子がすーっと重なって同化していく。

 貸し別荘は、一部が二階建てで八人泊まれる広さがある。寝室は二階が洋間でベッドが二つ。下が和室で布団が六組。野山を走り回って汗をかき、着いてすぐ風呂。浴室は広く、八人揃って入れるほどの大きな浴槽。
「真央がいるからごめんね、あたしたちが先でいい?」
「いいよ、行っておいで」
 ここでも二組に分かれていた。そのとき野中は、それでも確かめるように琢也を見たが、祐紀子は真央の手を引いてさっさと風呂へと向かっていく。
「野中さんもよ、行きましょう」
「あ、うむ」
 琢也はちょっと微笑んで野中に対してうなずいた。それを野中は受け取って、意を決したようにサッと目を切り、真央の背を押していく。

「琢ちゃん凄いよ。あなたが好き。抱いて」
 二人残った琢也と京子。暮れていくオープンテラスに立って、赤い陽光を背景にキスをした。
「もうコソコソ逢うのはやめましょうね」
「うむ。好きだよ京子」
「はい。いろいろ考えてるのよ」
「何を?」
「どっかにお部屋借りようかって。そうすればいつでも逢えるでしょ」
「ふふふ、どうやら祐紀ちゃんと話ができていたようだな」
「え? 何のこと? ふふふ」
「なるほどね、そのへん大人ってことだ」
 京子はちょっと笑って愛のキスを求めていった。

 その頃、浴室で。
「今夜、琢ちゃんと京子を一緒にしてあげましょう」
「それでいいのか?」
「いいの。もうコソコソしない。私だって佐紀子になりたい」
「なんだか話ができていたようだが、よけいなことは言うまい。みんな家族だ」
「そう、みんなが家族。私だけ二人分でズルい気がするけど、これも運命なのよ」
「運命か…その言葉、佐紀が好きでね。プロポーズされたときのことを覚えてるよ」
「プロポーズされた? したんじゃなく?」
「あいつのパワーさ。私と添うのがあなたの運命、逆らうと不幸になるわよって。よくもしゃあしゃあとって思ったけど、そこまで言ってくれる女は他にはいないと思ったさ。あの頃の俺にちやほやしなかった」
「姉さんらしいわ、激しいもん姉さんは」
「まあな。しかしその佐紀に、おまえはどんどん似てくるぞ」
 祐紀子は眉を上げてうなずいた。ちょうどいいお湯の中でママの乳房に抱かれていて、真央はトロンと瞼が重そうだった。
「あらら、おネム?」
「みたいだな。可愛いもんだ」
「ええ可愛い。私もう、この子のためならどんなことでもできるわよ」

 母親の強い言葉だと野中は思った。
「あなたもよ崇。私を本気にさせたんだから、そのつもりでいてちょうだい。姉を揺り起こしてでも祟るからね」
「ふっふっふ、それもまたアイツの口癖だったよ。裏切ったら呪ってやるって、お化けみたいに睨まれたことがある。怖かった」
「あははは、大丈夫よ、私はそこまで般若じゃないから」
 白い胸のふくらみに抱き締める真央越しに、野中はちょっとキスをして浴槽を立っていた。
「ほら真央、起きなさい、これからご飯なのよ」
「うん起きるぅ…ママぁ」
「はぁい?」
「真央のママよね?」
 キュンとした。真央なりに苦しんでいたようだ。
「もちろんよ。ママは私、安心なさい」
「うんっ!」
 ご飯と聞いて目が丸く開いていく。

 浴室を出て、待っていた二人とすれ違いざまに祐紀子は京子の尻をぽんと叩いた。
「できたら早くね。京子がしてくれないとお料理うまくできないし」
「はいはい」
 これには野中と琢也が一緒に笑った。
 京子の背を押しながら、琢也がなにげに言う。
「佐紀ちゃんらしいよ、あっはっは!」
 その一瞬、野中は横目を祐紀子へ流した。
 二人を見送って野中が言う。
「琢也君ほどの肝っ玉が佐々木にあればな」
「そうなの? 彼ってダメ?」
「ダメじゃないが、エラーでもしてみろ、ロッカーでウジウジと」
「佐々木さんらしい、可愛いじゃない」
「だから可愛い。必死だよ。奴はCSでもよくやった。春のキャンプ次第だが、来季アイツはレギュラーになるだろう」
「ほんと!」
「うむ。いまは郷里に帰ってるが少ししたら出てくるよ。若いの誘って江戸屋に行くって張り切ってた」
「いいわよ、四人ぐらいまでなら泊まれるから」
「そう言っとく。喜ぶぞ、あの野郎。一度佐紀に叩かれたことがあってね」
「そうなの?」
「俺はダメだってイジケてやがった。そしたら佐紀がパシンだよ。それからさ、スキューバをはじめたの。佐紀さん佐紀さんて姉さんのように慕ってた」
「…いい人ね」

 それから、持ち込んだ材料を広げてみて、祐紀子は米だけを研いでおいて京子を待った。料理の腕でははるかに京子。早いし包丁も冴えている。
 五人家族で囲む夕飯。それからゲームでちょっと遊び、真央はいよいよ眠くなる。
 下に三組布団を敷いて、上のベッドで二人が眠る。
「佐紀って言ったな、おまえのこと」
「そうね、言ったね。わかってるのよ何もかも。周りの人みんなの気持ちが」
「ああ、いい奴だし、俺など足下にもおよばない」

「…佐紀」
「タカちゃん」
 このとき佐紀は、もちろん佐紀子の赤いランジェリーを身につけていた。

「佐紀って呼んだね」
「そのほうが祐紀ちゃん楽だろ」
「琢ちゃんのそういうところがたまらないの。愛してるわ」
「うん。俺たちも仲よくしよう」
「…抱いて」
 いまごろ下で妻は野中に抱かれている。琢也は愛の不思議にちょっと笑い、唇を重ねていった。
 黒の下着の消えた白い京子は美しかった。腕の中で小鳥のように震えている。

 そしてそのとき、愛にしなる京子の裸身に、同じように愛にしなる透き通った佐紀子が多重して、すーっとズレて抜けだした。

「そんな…どうして?」
『琢ちゃん勘違いしてるわよ』
「どういうこと?」
『あたし確かに祐紀に憑依したけれどさ、あの子の心は少しだっていじってないわよ。祐紀が野中を求めたの。祐紀があたしになりたがる。だからあたしは妹から離れるの。京子の体はあたしがもらう。姿は京子でしょうけれど、京子の心は私は封じる。たったいまから京子は佐紀子。琢ちゃんを愛してしまった。京子なんかに渡してたまるもんですか』
「…激しい人だ」
『愛のためよ。私は死なない。京子を追い出したってあなたの妻だわ』

 ここ数日、様子のおかしかった京子。佐紀子に憑依されて混乱していたのかもしれないと琢也は思った。
 多重する透き通った裸身がすーっと重なり、そのとき京子が目を開けた。

「そういうことなのよ、うふふ。これって双子の姉妹でスワッピング?」

 琢也は声を失った。京子の声ではなかったし、遺影の中の佐紀子の眸の色そのままだった。

ピックアップ!


ウェブマスターはこちら リアル素人CLUB-XXX リアル素人CLUB-XXX

ここはハード性小説

SM~FEMDOM、レズと
官能小説らしい物語を集めてく。
新刊案内

レズ官能小説の二編集
自虐オナニー~レズ
●指だけじゃ飽きたらなくて
レズSM(露出)
●同名小説


好評シリーズ、発売開始!
官能ホラー
闇刈いわく堂シリーズ特別編
『白湯鬼さん』


~飾られる女たち~
インテリアドール紫織編
若く美しい性人形の日々へ


~飾られる女たち~
インテリアドール芙美子編
しっとり落ち着いた大人のSM

登録サイト





スペシャルリンク















ブロとも一覧

SM~猟奇の性書~官能

~ 艶 月 ~   
テキストリンク
アクセスランキング
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる