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間の手抜き



むかしむかし、あるところに、ヘボ作家がおりました。僕のことです。
あのころ書いたものが気に入らない。どこがどう気に入らないのか。
いっぱいありすぎて、どことは言えない。

「ねえ・・・それってどういうことよ・・・だって私・・・」

そんな会話の一行にも気に入らないところはあって、『間』の手抜き
なんですよ。それで書き手の想いが伝わる時代になったのか。
おそらく違う。読む側で、そういうものだと表現に馴らされてしまった
だけ。ちっとも伝わっていないだろう。

たとえば、こう書くべきところ。

「ねえ」と言ってA子は探りの目を向け、それを訊くべきかを戸惑うよ
うに「それってどういうことよ」と言葉をつなぎ、どうせ無駄よ、わかっ
てくれないと声をなくした。「だって私」とささやかな抵抗をみせてうつ
むくしかない。

たった一行の言葉に行間とも言うべき厚みがでてきたと思いません
か。わかっていても逐一それをやるのは面倒。そのぐらい『・・・』でわ
かってくれよというわけだ。

こういうところが昔書いたものにはたくさんあり、アラばかりが目立っ
てくる。ま、そんなようなことに悩みに悩み、キーボードが進まない。
それでずっと書かなかったわけですが、どうにか復活。

岡崎潤の近況です。
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