白き剣(十四話)

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十四話 惑う小娘


 久鬼の亡骸を運び出し、くノ一の三人が去ってほどなくして、宗志郎と黒羽の二人は火鉢の燃え炭に灰をかけて消し、小さな家を出ようとした。
 玄関先に忍び寄る気配を感じたのはそんなとき。そのときたまたま戸口のきわにいた黒羽が気づく。黒羽はとっさに「静かに」と言うように指を立てて唇を閉ざしながら宗志郎へと目配せし、宗志郎は刀を手に息を潜めた。
「開けろ。いるのはわかっている」
 小声。若い女の声だった。若いどころかまだ幼いと思えるような娘の声。黒羽は宗志郎を振り向いて小首を傾げながら板戸を開けた。そしたらそこに、ひどく粗末な長綿入れを着込んだ小柄な娘が立っている。一見して十五、六か。丸い目をした愛らしい顔立ちだったが、ひどく暗く、黒羽と宗志郎を睨みつけている。黒髪は結っていたがほつれ毛が目立ち、なおのこと娘を貧相に見せていた。

「ジ様は死んだのか?」
 ぼそとした無遠慮な物言い。人を呪うような響きがある。黒羽はまた宗志郎を振り向いて、宗志郎が言う。
「まあ入れ、寒いだろうに」
 小娘はそっと戸口に一歩入り、長綿入れの前に手を入れて、白木の握りの匕首を手にすると、鞘から抜いて右逆手に構えて身構えた。敵意に満ちた眸の色だ。
 黒羽は一歩二歩と静かに後ずさり、代わって宗志郎が一歩出た。

「応えろ。ジ様は死んだのか?」
 宗志郎はうなずいて言う。
「たったいま寺へ運び出したところ」
「知っている。見届けて戻ってきた。応えろ、おまえたちが殺したのか?」
「違う。昨夜遅くに訪ねて来て、そのときここにいた我らの一人に、あることを告げてそのまま眠った。朝になって冷たくなっていたそうだ」
「それに違いないな? きっとだな?」
 宗志郎はうなずいて、物騒なものをしまえと言った。
 小娘の目から殺気が失せて、がっくりと肩を落とすように、匕首を鞘におさめて胸元にしまう。
「わかった。すまなかった」
 力なくそれだけを言い残し小娘は家を出ようとする。宗志郎が言った。
「おい待て。ご老体とおまえのつながりは?」
「一緒に暮らした」
「どういうことだ?」
「八王子の山ん中。去年のいまごろ峠で山賊に襲われた。おっ父もおっ母も殺された。俺は山向こうの百姓だった。そんときジ様が助けてくれた」
 娘なのに俺と言う。
「それから一緒に暮らしたと? 八王子の山の中で?」
「そうだ。けどもうジ様はいない。帰る」
「どこへ?」
「山へ」
「おいおい、いいから待て、いま何刻だと思ってる」
「それでもいい、帰る」

 ぶっきらぼうな言い方をする娘。ひどく暗いと二人は感じた。
 宗志郎が言う。
「帰るのはかまわんが、いっぺん上がれ。少し話を訊かせてほしい」
「何だ? 言えば応える」
「ジ様は何ゆえ山を出て、おまえはそれをどうやって知った? ジ様がここにいることを?」
「わかるんだ。ジ様は夕べ、あの目を使った。そんとき俺は家にいたが、わかったんだ。それで出て後を追った」
「じゃ何か、夕べ老爺がここにいるのをおまえはわかったと言うのか? 八王子の山にいて?」
「そうだ。俺にはわかる」
 夕べ遅くにそれを知って、それから家を出て歩いて来たというのだろうか。八王子といっても山の奥からでは恐ろしく遠い。
 そしてまた夕べのうちに老爺は死んだ。なのにどうしてこの家だとわかったのか。それを問うと小娘は言う。
「死んだってしばらくは念が残る」

 黒羽は呆然として宗志郎を見つめ、それから「一晩歩いてきたって言うのかい」と娘に訪ね、娘はそうだと目でうなずいた。
 宗志郎は言う。
「わかった。まあともかく上がれ。茶でも飲んであったまれ」
「いいのか?」
「かまわん。おまえ寝てもいないだろう」
 小娘は唇をむっと噛んで黙りこくり、部屋へと上がった。ワラで編んだ深い履き物を履いている。宗志郎は黒羽に風呂の支度をさせながら、無造作に座り込む小娘のそばに座った。

「ご老体とは二人で暮らしたか?」
「そうだ」
「では帰るとことてなかろうに? 金はあるのか? 食い物はどうする?」
「俺はもう山猿。どうしたって生きてやる」
「そうか。俺は宗志郎、それから黒羽。おまえの名は?」
「栗」
「うん? くり?」
「山になる栗だ、イガイガの」
「ああ、なるほど、お栗か。歳はいくつだ?」
「明けて十六」
 いまは数えで十五。お光より二つも下の娘である。
「さっきの問いが先だが、いいのか?」
「何?」
「ジ様は、ときどき感じる念に恐ろしいことが起こると言った。わしが止めねばえらいことになると言って家を出た」
 なるほど確かにそっちの問いが先だったと宗志郎は考えた。栗は賢い娘のようだったが、それよりも、この娘もまた念を感じる不思議な力を備えている。

「お栗は、柳と葛を知っているか?」
「知っているが知らん。話に聞くだけで見たこともない。どうせこうも訊くだろうから言っておく。ジ様は柳の念を感じると言うが、俺が感じるのはジ様の念だけ。一緒にいるうちにわかるようになったんだ。ジ様は言った。人を想えば通じるものだと」
 この栗にも同じ力が備わっているのだろうが、栗はその使い方を知らない。生まれ持った力も修練を積まなければ、その力は弱いのかもしれない。
 そのとき黒羽が戻ってきてそばに座った。
「じきに沸くよ風呂」
 栗は無言でちょっと頭を下げる素振りをする。小娘を相手におかしな言葉だが、木訥(ぼくとつ)とした娘と言えばよかっただろうか。
「なら俺も訊いていいか?」・・と、栗は二人を順に見た。
「いいぞ、何だ?」
「ジ様はなぜここに来た? 誰に何を言いに来た?」
 宗志郎はちょっと笑うと、隠さず言った。

「夕べはここに鷹羽という女がいてな。この黒羽もそうだが、さっきおまえが尾けた荷車の三人ともが芸者でな」
「嘘だ。あの者らはくノ一」
 宗志郎はそれにもうなずく。
「そうだがしかし芸者なのさ。江戸で惨い事件が起きている。柳の念が娘らを狂わせる。それでご老体は止めようとしてここへ来た。我らとしてもそれを探っていたところ。娘らを地獄に堕とす者どもが許せない。しかし手がかりがまるでなかった。日頃は芸者の鷹羽と申すくノ一がこのあたりを探っていて、久鬼殿はそうと知って鷹羽に柳と葛のことを伝えに来た。疲れたと言って横になり、そのまま死んでしまったんだ」
 黙って聞いていた栗だったが、その言葉の真意を探るように黒羽へと目をやって、黒羽が深くうなずくと、栗が言った。
「ではジ様が役に立ったんだな?」
 宗志郎は強くうなずき、そして言った。
「お栗にもしも似たような力があるのなら我らに貸してはくれまいか? そのような力を持たぬ我らでは探りようがないからな。こうしている間にも次の事件が起こるやも知れぬ。そうなればまた若い娘が泣くことになる。おまえと同じような若い娘がだ。柳はきっと俺が斬る」

 栗は、まっすぐに宗志郎を見つめて言った。
「わかった。ジ様もきっと喜ぶだろうし」
 黒羽が言った。
「さ、湯へ行っといで。温まってくるんだよ」
「うん」
 そして立ったまではよかったが、この家には脱衣がない。栗が戸惑う。
「どこで脱ぐ?」
 黒羽はハッとし、声を上げて笑った。
「ほら、だから言ったじゃないのさ、棟梁に言っとけって」
「うむ、忘れてた」
 黒羽に背中をひっぱたかれる二人の姿に、栗ははじめてちょっと笑い、臆することなくさっさと脱いだ。山の暮らしで着物から出るところは日焼けしていたのだが、白く乳房もふくらんで女らしい体をしている。
 栗が風呂場へ消えると宗志郎が言う。
「黒羽、先に艶辰へ。お栗は俺が連れていく」
 黒羽は先に家を出た。艶辰には紅羽と美神がいたのだったが、それにしても手薄。栗が風呂を出るのを待って、宗志郎は栗の背を押して外に出た。

 そのときそこそこいい刻限。艶辰では今宵、男芸者の二人がいないだけで女たちは皆顔を揃えていた。鷺羽鶴羽鷹羽の三人を除いて。
 お栗のことは一足先に戻った黒羽が伝え、美神は待ち構えていた。
「ここはね、艶辰と言って芸者衆の置屋だよ。あたしが女将で美神と言う」
 お栗は目を見開いて美神を見つめる。なんと美しい女将だろうと。
 若いお艶さんの三人衆、それにお光は目をキラキラさせている。
 美神は言った。
「おまえは最初からここのことを知って来た。出たって行き場がないのなら、あたしらと暮らせばいい。そこの宗さんと、ほかに二人、妙な男がいるけれど、そのほかみんな女なんだ」
 そうは言われてもいきなりではお栗は面食らう。
「けど俺」
 美神は眉を上げて皆を見渡し、笑った。
「俺と言うか? ふっふっふ、気に入った、娘のくせに俺とは傑作だ。けどね、お栗」
「うん?」

「うんじゃない、はいって応える!」

「あ、はい?」
 キツく言われて驚くような丸い目が愛らしい。美神は笑って小首を傾げ、それからまたお栗に言った。
「まあ、今日のところはいいけどね。これからはあたしって言うように。皆のことは姉様だよ、わかったね。おまえはいちばん歳下なんだ」
「はい」・・とおそるおそる応えるお栗。
 黒羽が思いついたように言った。
「あ、ところでおまえ夕餉は?」
 食べていないと首を振る。
「喰ってないだって? そりゃいけない、お光!」
「はい! いますぐ!」
 同じような年頃、同じような境遇の娘が来てくれてお光は嬉しくてならない。すっとんで厨に走り、残り物でどうにかして持ってくるだろう。

 美神が立って奥へと歩むと、後を追うように黒羽も立って、美神の背に歩み寄る。
「すみません女将さん、勝手なことをしてしまって」
 そこで美神はちょっと笑い、そして言った。
「艶辰を変える娘が増えただけ、いろんな意味でね」
 片手で黒羽をそっと抱き、頬にちょっと口づけをして、美神は奥へと去って行った。

 腹を空かした山猿が喰うように、お栗は握り飯と焼いたメザシに喰らいつく。そのときには皆が散り、火鉢の前にお光とお栗。お光はガツガツ喰らうお栗を見ていて、あの頃の自分を思い出す。
「あたしスリだったんだ」
 握り飯を喰いながら、お栗は目だけでお光を見つめた。急に何を言い出すかと。
「宗志郎様に救われたんだ。あのときはね」・・と夢見るように言うお光。
「裸にされた? そりゃ見物だ、あっはっは」
 お栗は笑い方も図太かった。しかし、ひとしきり笑った後でお栗はちょっと哀しげな顔をする。
「ジ様が死んだ。俺は独りになっちまった」
「独りじゃないよ、ここのみんながいるじゃないか」
「いていいのか、ほんとに?」
「いいに決まってる。みんなも嬉しい。みんないろいろあった人たちばっかりなんだし、あたしだってそうだった。盗人なんだよあたし。それでもみんなが守ってくれる」
「でもよ、俺にはちょいとって感じかな。女っぽいのってだめなんだ俺」
「ふふふ、いまにわかる。明日になればわかるから。黒羽の姉様なんて、そこらのサンピンじゃ勝てないよ」
「剣か?」
「あたしいま教わってる」
 とそう言って、お光は着物をまくって尻を見せた。青痣だらけ。
 そしてそれを見たお栗が、あたしもやってみたいと眸の色を変えて言う。二親を山賊に殺された恨みを忘れない。強くなってたたき斬ってやりたい。

「わかった。よろしくな、お光の姉様」
 黒目の底光るギラギラとした眼差しに、恐ろしいほど強い生気があふれているとお光は感じた。
 まずは食べ、それからお栗は、風呂上がりで結いを解いて流した髪をお光にちゃんと梳いてもらい、寝間着を与えられて横になる。男芸者の虎介情介の部屋を出て、はじめてもらった二人の部屋。夜具をのべ、横になったお栗に付き添うように、お光は己の布団に座って見つめていた。
「眠い」
「寝てないのかい?」
「ジ様を探してな」
「うん、いいから寝な」
「おまえは・・じゃない、姉様は寝ないのか?」
「あたしはまだ早い。やることあるし」
「そうか」
 そして目を閉じたお栗だったが、その刹那寝息に変わって、動かなくなっている。妹ができたようなもの。髪を梳いて寝間着に着替えさせると歳なりの愛らしさ。
「ぐっすり寝るんだよ、あたしと生きていこうね」
 そうささやいて、頬にちょっと手を当てて、お光はそっと部屋を出た。

 翌朝のお栗は、なにやら硬い木がぶつかり合う音で目を覚ます。そう言えばお光が剣を習っていると言っていた。見てみたい。飛び起きたお栗は寝間着を着替えようとしたのだったが、枕元にはきっちりたたまれた柿色の着物が置いてある。赤を少し渋くした若い娘が好む色。
 おそるおそる着てみるお栗。お光の着物だろうと思うのだが、己に似合うか気になった。これほど綺麗な着物を着たことがない。長い髪をまとめて縛り、ともかく庭を覗いてみようとしたときに、裏口あたりに男芸者の虎介情介の二人がいて女たちの洗い物を干していた。桜色の湯文字や襦袢。
「おはよう」
 声をかけたのは虎介だったが、お栗は二人をまだ知らないし、まさか男だとも思っていない。ちょっと頭を下げただけで通り過ぎたお栗。着物が違うことで何となくだが恥ずかしい気がしてならない。
 そして外を覗いてみると空が青い。何もかもが輝いているとお栗は思った。

「トォォーッ!」
 カンカーン!
 今朝の相手は黒羽。黒羽は木刀、お光は五尺棒。中腰に身を沈め、中段に構えた棒で突き込んで、払う敵の剣の力を受け流して棒を回し、踏み込みながら打ち込むお光。しかし黒羽の剣の敵ではなく、交わされて横へ回られ、またしても尻をバシンと打たれる。
「ぎゃう! うむむ!」
 尻を押さえて転がって、のたうち回り、それでも立って棒を構える。お栗は目を丸くした。お光は強いと思えたからだ。
「おぅ、お栗、眠れたか?」
「はい、よく寝た」
「うむ、よかった」
 宗志郎の声で黒羽もお光もお栗に気づき、黒羽がそれまでと言ってお光を止めた。
「おまえ、剣をやってみたいとか?

「え、あ、はい!」
 黒羽のあまりの強さに膝が震えるような感じがする。黒羽はお光に言いつけてお栗を着替えさせ、木綿生成りの忍び装束の姿となったお栗に、お光が持った五尺棒を持たせたのだ。黒羽は剣を持っていない。まずは構え方から。
 棒の中ほどを体の軸に合わせ、その前後に両手を分けて握り、中段に、ほぼ水平に構えるのが基本。棒先をやや上げて敵の胸を狙う感じ。
「胸や腹が的が大きい。そこを狙って突き込むことだ」
 こうだよと言うように黒羽が構えを見せてやり、その棒をお栗に持たせて構えさせる。
「足は斜め前と斜め後ろ。開きすぎず、膝を閉めて内股になる感じ」
「はい」
「もっと腰を落とすんだ。棒はやわらかく握り、当たるときに握り込む」
「はい」
「よし突け。敵がいると思って本気で突け」
「はい!」

 そのときだった。何を思ったのか宗志郎が木刀を持ってお栗の前に立ちはだかった。
「俺が敵だ、しくじると斬られると思ってかかってこい」
「はい!」
 トォォーッ!
「浅い! もっと深く突き込むんだ!」
「はい!」
 トォォーッ!
「続けて二度突く!」
「はい!」
 トオォォーッ! トオォォーッ!

 徐々に気合いがのってくる。お栗の踏み込みに合わせて宗志郎は棒先を木刀で払いながら二歩引いて、一度元に押し戻し、ふたたび二度続けての突き。そのとき宗志郎は中段に構えた木刀で、二度目の突きを叩き落とす。
 セイヤァァーッ!
 宗志郎の気合い。カーンと鋭い音が響き、お栗の棒先が地べたを打つが、そのときガラ空きになった上体にこれではいけないと思ったのか、お栗は棒を握ったまま横にふっ飛んで転がって、立ちざまに宗志郎の胸をめがけて棒を構え、打ち込みの頃合いをはかるように棒先を細かく振るのだった。

 これには黒羽も紅羽も驚いた。天性の勘。動きも速く、なにより体が力んでいない。猫が転がり背を丸くして身構えるようなもの。宗志郎は「それまで」と言って木刀を降ろし、黒羽と横目を合わせて眉を上げた。
「まさに猫よ、参ったぜ、はっはっは」
 たったいま棒の構えを習ったばかり。しかるにもう危うさを察して身を守る動きができている。野生の本能と言うしかないだろう。
 そのとき家の中の廊下に立って美神もまた目を細めて見つめていた。いい目をしている。ただしかし野獣の目だと美神は思う。憎しみのこもる二つの目。親を殺された恨みの炎が揺らいでいる。

「恨みだ。しかしいまはそれでいい」
「それでいい?」
「それでいい。強くなろうと苦しみもがき、いつか虚しさに気づくだろう。恨みの剣の脆さを知って、ゆえに人は強くなる」
 お栗を黒羽に委ねて家へと上がり、宗志郎は美神の肩にそっと手を置き、奥へと消えた。
 トォォーッ!
「何の! ハァァーイ!」
 突けど突けどかすりもしない。数度に一度は木刀で尻を打たれ、悲鳴を上げて転がるものの、その度、目つきが変わってくる。黒光りする深い眼差し。それは黒い炎が揺らめいているようで。
 すさまじい恨みだと黒羽も思う。
「くそぉーっ! トォォーッ! トォォーッ!」
 泣きながらかかってくるお栗に、黒羽は末恐ろしいものを感じていた。お栗は強くなる。ゆえに黒羽は手加減しない。
「交わされたときにガラ空きなんだ。交わされたと思ったら、そのまま前へ一歩飛べ。剣が届かぬ間合いを取って、それから振り向き構え直す」
「はい!」
「よし、そこまで」
「はい! ありがとうございました!」

 お光は嬉しい。いつかあたしより強くなる。そう思えるから嬉しくてならないのだ。稽古がすんで肩を抱き、お光とお栗は並んで歩く。強くなるという決意ができたからか、お栗はすでに夕べのお栗ではなかった。
 稽古の後は汗を流す。冬であっても激しい稽古で汗びっしょり。艶辰の風呂場は広く、女四人が一緒に入れる。しかし紅羽黒羽の順序が先。今朝は鷺羽鶴羽鷹羽がいない。二人を先に、続いてお艶さんの三人娘、それから四人が一緒に入る。これから朝餉。下働きにはのんびりしている暇はない。
 虎介情介、それにお光とお栗なのだが、そのときになってお栗は目を丸くした。
「驚いたかい。あたしら男なんだよ」
 そうとは知らずさっさと脱いでしまったお栗は恥ずかしい。なのにお光は平気でいて、それどころか裸同士で抱かれて笑っているのである。
「さ、お栗もおいで、一緒に入ろ」
「あ、え・・」 と声さえなくし、どうしていいかわからないお栗を見て三人が一緒になって笑っている。虎介情介の二人がそっと歩み寄り、耳許で言う。
「体は男、けど心は女。女のお客さんでも男のお客さんでも、あたしらは女のまま。さ、おいで」
 そう言って前と後ろから抱かれたお栗。頬を赤くしてうつむいてしまっている。
「あたし、あの・・」 と思わず言って、お栗は『俺』とは言えなくなっている己を感じた。

「綺麗な乳だね」
「綺麗な尻なのに痣だらけ」

 妙な二人に撫で回されて、お光がくすくす笑っていて、お栗はなぜか涙が溜まってしかたがなかった。
「どうして泣く?」
「ほんとよ、どうして?」
 前と後ろから抱き締められて、お栗は力が抜けて膝が震えた。お栗は男を知らない娘であった。

 男を知らない体でも人の心はよくわかる。抱かれるぬくもりにお栗は震えた。