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白き剣(十七話)

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十七話 禿遊び


 品川。

 江戸へと至る東海道の要衝として、品川宿は東海道の中でももっとも栄えた宿場町であったと言えるだろう。西国から流れ込む人々や、逆に西国へと下る人々が必ず通る道すがら。それだけに親藩、譜代、外様を問わず、ほぼすべての藩が配下の者を住まわせて様子を探り、また、それぞれ息のかかった寺を置く土地柄ともなっていた。
 そうした寺は、寺とは名ばかり。つまりは藩士の立ち寄り処。江戸へと向かうとき国元からの密書などを携えていると露見したとき騒ぎとなる。息のかかった寺へと持ち込み、手ぶらとなって江戸へ入る。密書のようなものがあるのなら寺を経た別の道筋で届けられるというわけだ。そのほか、寺には僧兵を集めた不穏の集団の隠れ家となるところもある。
 こうした寺もどきを取り締まるために三代将軍家光の頃につくられたのが寺社奉行であったのだが、長く続く太平の世で監視もゆるみきっていた。

 さらに海に面した品川は物流の一大拠点ともなっていた。船によって北から南から荷が集まり、江戸へと運ばれていくのだったが、そうした荷の中でもじかに江戸に持ち込むことをはばかられるようなものは、この品川界隈の船着き場で降ろされると言ってもよかっただろう。とりわけ南からの船は豆州(ずしゅう・伊豆)の海を通り、伊豆には大島はじめいくつもの島があって、豆州がいかに天領であっても隅々までは目が届かない。駿府(静岡あたり)の船問屋と武器商人が結託するなら荷の隠し場所はいくらでもあるということになる。小舟に荷分けをすれば海岸線の入り組んだ伊豆のどこであっても陸揚げできるし、それら離島もあるということだ。

 その品川宿から少し離れたの南のはずれ。海に近く、海までの水路のある場所に、船問屋の船冨士は、真新しい大きな店を構えていた。つまりは海運業であり、さまざまある商人たちは船問屋を通さなければ商いにならない。探るには時節がよくない。年の瀬であり、荷受けにはしる仲買・小売りの商人たちでごったがえしていたし、幕府の目が厳しくなるそうした時節に裏のある武器商人などが動くはずもないのである。
 鷺羽鶴羽鷹羽の三人は、明るいうち、船冨士の船着き場、商人どもの店への出入りを探ったのだが武器に結びつくような気配は皆無。ただ、そうした荷船に混じって三人の禿が降ろされたことを見逃さなかった。
 禿は小娘。粗末な着物を着せられて人足どもの子であることを偽った姿。鷺羽ら三人はそのぐらいのことを見抜けないくノ一ではなかった。

 禿とは年端もいなかいほんの小娘であり、黒髪を結わずおかっぱ頭にしている。身の丈なら四尺五寸(135センチ)ほどと三人ともが同じようなもの。その身の丈なら歳の頃なら十二、十三ということになるのだが、顔つきが少し大人と言うべきか、十五あたりから十八あたりではないかと思われた。
 したがってなおさら妙だ。童らしくない童。その歳でなぜ禿姿をさせられているのか。禿たちがどこぞへ連れ去られれば鷺羽がついて行き先を確かめる手筈。

 そしてその夜。船着き場を見渡せる川向こうの商家の屋根下の闇に、柿茶色の忍び装束を着た鶴羽が忍び、船冨士の屋根裏には同じ姿の鷹羽が忍ぶ。
 夜となって店の表戸を閉めても、中では奉公人たちが帳簿と荷のつきあわせに追われていて、店の外にある荷置き場との間で右往左往。つまりは船問屋としての本業が忙しすぎて秘め事などを話す暇もないといったありさまなのだ。
 このまま潜んでもろくな話は聞けないだろうと鷹羽は思った。
「そんなことを逐一言うんじゃないよ! おまえも手代のうちなんだよ、そのぐらい己の裁量でやらなくてどうするんだい!」
 争う声が響いてくる。どうやら荷を間違えて出してしまったということで若い手代が番頭に怒鳴られている。
「どうしたんだい騒がしい。番頭さん、忙しいのはそうだけど穏やかに運ばないといけないよ」

 それが主の弟らしい。船冨士は、主とその弟の二人主で切り盛りしている船問屋らしいのだが、店にいるのは弟のほう。兄はいま駿府にあるという本店にいるらしい。西国あたりから集まる荷は駿府でまとめられて品川へと運ばれる。
 弟は名を喜十(きとお)と言い、兄は喜幸(きこう)と言って、二人ともに五十年配の末であるらしい。本名にしてはめずらしい名。それに兄弟は生き写しだと聞き込んだ。兄を見なければ何とも言えないが、もしや双子ではないかと考えた鷹羽であった。
 弟の喜十は思いのほか穏やかな気質であるらしく、手代を怒鳴った番頭を諫めている。これまで探った限りでは、船冨士とはそう悪い者どもとも思えない。
 と、そのときは思った鷹羽だったが、叱られた手代が去って、喜十と番頭が二人だけになったとき。

「まったくしょうがないね、手代になったばかりなんだよ、しくじることだってあるというもの」
「へい、すみません、つい怒鳴ってしまいました」
「まあいいさ、年の瀬だからね、苛々するのはわかるよ。それで番頭さん、あっちのほうは?」
「へい、そろそろ寺へ出そうかと」
「そうかい。まったく兄者にも困ったもんだよ。店を大きくしたいって心根はわかるけどさ、よりによって禿遊びとは」
「とは申せ、それがご縁でつながる仲もございますし」
「まあね。それはそうでも・・」
 それきり声がしなくなる。

 禿遊び・・先ほどの娘三人がそうなのか。髪を結っていい年頃の若い娘をあえて禿としておいて遊ぶということは、遊びの質がおおよそ知れる。番頭は寺と言った。このあたりに寺は多い。鷺羽が何かをつかんでくるはず。鷹羽は天井裏を出ようとしたが、そのときある不自然が眸にとまる。

 海沿いをゆく東海道の品川あたり。江戸から見て右側に寺の集まるところがあって、行きすぎると武家屋敷が居並んで、さらに田畑が続き、その先にふたたぶ寺の集まる一帯がある。
 その中間、田畑の中の細道を行くと起伏が織りなす丘があり、その緑の中に小さく、しかしできてから間のない新しい小寺があったのだ。
 天礼寺(てんれいじ)。住職はじめ僧は皆がまだ若く、宗派の定かでない寺であったが、三人の禿を追った鷺羽には、このときそこまではわからなかった。
 刻限は夜の五つ(九時頃)。冬のいま、めっきり人通りが減っている。
 三人の娘らは船冨士から四十年配の手代一人に連れられて店を出て、ほどなくして、この寺へと至る小路に分け入ったところで若い僧侶が二人現れ、囲まれて歩かされた。江戸を白くした雪も消え、寺は濃い冬葉をつける杉の林に囲まれている。表街道からの距離もあり、夜ともなると人通りも絶えてしまってひっそり静か。
 しかし妙だ。そう若くもない手代が一人に娘が三人。二人の僧侶に出会うまでに逃げようと思えば逃げられたはず。娘らが金で売られたことを物語る。逃げれば金を受け取った側もただではすまない。おそらくは食い詰めた親だろうと鷺羽は思った。

 三人の娘らは寺に連れ込まれるなり無造作に裸にされて、一人ずつ台に寝かされ、僧侶姿の男によって女陰を改められた後、下の毛を剃られてしまう。三人ともに無毛の童。しかし乳房や尻の張りから見ても禿という齢ではない。誰もが女らしい綺麗な体をしていた。娘らは泣いてしまい、しかし抗えずに身を丸くしてしゃがみ込む。
 寺の本堂は広くはない。大きな火鉢が三つ入る板床の本堂で、素裸の娘らは太い磨き丸太の一本柱を背抱きにして三人まとめて縛られた。三つある火鉢の中の娘らに近いひとつに、鉄でできた黒い鉄瓶のようなものが置かれ、ほどなくして注ぎ口から白い煙を上げはじめる。
 寺には天井などというものはなく、鷺羽は屋根の上のわずかな風抜き穴から一部始終を見下ろした。白い湯気というのか煙と湯気の間のような白い風が流れ出てくる。
「・・これは阿片(あへん)」
 煙を吸わないよう手をあてて覗いていると、娘らの首ががっくり折れて力が失せたようになる。

「ふっふっふ、愛らしい娘どもよ」
 若い僧が数人やってきて、目の高さほどの板壁にある小窓を開け放って風を抜き、娘らの縄を解き、それから男どもはよってたかって娘らの裸身にかぶさっていく。大きくひろげさせた女の白い腿の間に男どもの尻が割り込んでいくのである。男どもは僧にして僧にあらず。と言って武士でも忍びでもなさそうだ。僧兵の集まりではないか。僧侶にして戦いを知る者どもだ。
「あっあっ! あっ、ああーっ!」
 激しい突き込みに白い乳房が暴れて揺れる。しかしそれも妙な話。娘らが未通女(おぼこ)でないことを物語っているからだ。未通女のままなら高く売れる。
「はぁぁ! あぁン、心地いい! 狂いますぅ! あぁンあン!」
 見ていられない。下の毛を失った娘らは禿頭で、さながら幼子を寄ってたかって犯すようなもの。阿片で朦朧とする中、逆に研ぎ澄まされる性の悦び。娘らは達しても達しても際限なく犯されて性の快楽を植え付けられていくのだろう。
 いますぐ躍り出て斬り捨ててやりたい。
 娘らを犯しながら男の一人が言った。
「悦びを女陰に刻め。案ずることはないのだ。禿遊びのお相手は御大身ばかりぞ。身請けでもされてみろ、果てしない責め苦に狂う日々が待っておる、ふっふっふ」
 鷺羽は刀に手をかけながらも唇を噛んで耐え、屋根を折りて寺を去った。

 翌朝早く、鷺羽一人が町女の姿に戻って何食わぬ顔で艶辰に戻っていた。 本所深川あたりは夜の町だが、深夜から外が白む頃まではほとんど人を見かけない。それだけに夜動くとかえって目立つ。町に人が出はじめる刻限に合わせて戻った鷺羽だった。
 そのときちょうど艶辰の中庭では、お光とお栗の二人が五尺棒で打ち合う稽古の最中。硬い樫の木がぶつかり合ういい音が響いていた。
 久しぶりに戻った鷺羽は懐かしいものを見るような心持ち。裏の洗い場では今朝もまた虎介情介の二人が洗い物。さらに、しばらく見ない間にお光もお栗もいっぱしに棒を使うようになっている。
 裏口の木戸から入った鷺羽。皆が一斉に眸を向けて、お光とお栗が稽古の手を止め、笑って迎えた。
 鷺羽は微笑む。
「なかなかだよ二人とも。お栗のほうがちょっと上か」
「はい、あたしと違ってスジがいいから」
 お光は明るく言って笑うのだった。

 そしてそのときその場にいた紅羽黒羽の姉妹に眸をやって、鷺羽はちょっとうなずく素振りをし、さらに宗志郎へと眸をなげた。奥へ。目配せで伝える鷺羽。
「よし、今朝はもういいだろう」 と黒羽が言って、鷺羽をともない部屋へと入る。

 深みにある女将の部屋。
「禿遊びとはいかにも卑劣、許せないね」
 美神の眸が涼しく光る。
 宗志郎が問うた。
「されど、それがつなぐ縁もあると番頭が言ったんだろう?」
 鷺羽はうなずいた。
「およそ知れたことだけど、そうして娘を好き者どもにあてがってやり、その見返りにということで」
 宗志郎がため息まじりに言う。
「だろうな。身売りなどお上が厳しく禁ずること。まして小娘。それだけでも始末してやりたいものだが」
 肝心の武器商人は現れない。年の瀬で無駄口をたたく暇もないありさまだと鷺羽は告げた。
「鷹と鶴が張ってますが、さて、といったところでしょうか」
 鷺羽はちょっと眉を上げ小首を傾げ、なおも言う。
「駿府の方へは? そちらに主がおるらしく」
 しかし美神は応じた。
「あたしらはあくまで江戸さ。散っていては見落とすものもあるからね。行ったところで大差はないよ、どのみち年の瀬、送り側も右往左往してるだろうし」

 いまは聞き耳を立てることぐらいしか手が打てない。力ずくでこちらが動けば悟られて尻尾を切られる。柳(やな)に結びつく何かが得られない限りどうしようもないのである。武尊という武器商人の方も一網打尽としない限り確証を消されてしまうだろうし、そこにこそ黒幕がいるはずだ。下手に近づいて敵に忍びの者でもいようものなら扉は閉ざされ、こちらの身も危うくなる。
 であるなら、ともかくその生臭さ寺の先にある淫らなところを探ってみるか。美神は言った。
「船冨士とやらに一人を残し、二人は禿どもの行き先を。ご苦労だけどね。どのみち数日すれば動けないさ。それぞれに正月もあることだし」
 黒幕に立場があればあるほど年の変わり目には立場なりの仕事もあり、目立った動きはしづらいもの。鷺羽はうなずき、鷹羽からの言葉を伝えた。
「ほう? 天井裏に別の足跡が?」
 美神はとっさに黒羽へ眸をやり、黒羽がうなずいて言う。
「だとすると用心だね、我らの他に探る者がいる証」
「鷹羽もそう言ってました、一度退いて様子を見るかと」
 美神が言う。
「ならなおのこと、いまはまだ深入りしない、禿たちを先に」
 鷺羽はうなずき座を離れた。

「禿遊びとは恐れいったよ、下衆どもめ」
 育ちのいい宗志郎にはその意味を思うだけではっきりとはわからない。何だと問うように眉を上げた宗志郎に美神は言った。
「かつてはこのへんでもあったんだよ。年端もいかない小娘を金で買い、禿姿にしておいて売り払う。泣き叫ぶ童に昂ぶる愚か者がいるわけさ。いまでは取り締まりが厳しくなってなくなったと聞いてるけど、ほら、お光を囲ったやくざ者がいただろう、そんなような輩がのさばっているわけさ」
 柳の件さえなければすぐにもたたき斬ってやるところ。美神は、やるせない思いと怒りを表すように唇を真一文字に結んでいた。

 しかし・・その日の昼下がりの刻限だった。
 暮れから正月を迎えるということで城勤めの下女たちが宿下がりで次々に城を出る。その中には大奥に働く者もいる。
 大奥の下女、小夜(さよ)と、もう一人、表方の雑用をこなす姜(きょう)と言う女が、城を出たまま姿を消したことなど知る由もない艶辰の皆々だった。
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