白き剣(二一話)

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二一話 生ける妖怪


 深宝寺の内廊下に隠された階段から地下へと降り、人一人が通れるほどの洞(ほら)のごとき穴ぐらを行くと、洞はひろがり、そこは四方を角石で組んだ地下の牢獄。その一方の石壁に×字(ばつじ)に組んだ白木の磔台が二脚据えられ、ふっくらふくらむ乳も美しい女が二人、両手両足を縛られて体を開かれ、磔にされている。
 女たちは一糸まとわぬ素裸。その割り開かれた体の中心に、真下から丸い棒が突き立てられて、女陰を貫かれているのである。女たちはどちらもが歳の頃なら二十代のなかばあたり。とろんと目を開けていたのだが、その目線は定まらず、半開きの唇からだらだら唾を垂らしている。
 女陰を貫く丸い棒は先は太く、つまりは張形。その軸に女陰の汁が流れるように伝っている。おそらくは媚薬が塗られる。悦楽の高みへ追いやる責め。ただ女たちはどちらもが白い体に傷はない。柳の邪視に正気を奪われ、こうやって思考を操られる。その快楽は魔物に魅入られたようなものだろう。繰り返し数日をかけて嬲られ尽くし、人としてのまともな思考を奪われていくのである。

 しかしすんでのところで間に合った。殺せと言われて若い侍が一人地下へと降り、いまにも刺し殺そうとするところ。女はどちらも生きている。宿下がりで江戸城を出た大奥の下女、小夜(さよ)と、表方の下女、姜(きょう)であったのだが、このときの紅羽黒羽にはそこまではわからない。
 地下の惨劇はそれだけではなかった。
 裸で磔にされた二人の傍らに鉄格子のはまった大きな檻が置かれていて、その中に、明らかに十四、五歳かと思われる禿髪の少女が一人、こちらも素裸で閉じ込められる。少女の白い体の全身に縄目の血筋と惨たらしい鞭の痕。下腹の毛も焼かれたように縮れていて、ぐったりとなって倒れている。虐待に虐待を重ねられ、疲れきっているようだ。

 いますぐ助けてやりたい。しかしまだ敵がいる。紅羽黒羽は磔にされた二人の女の真下に突き立つ、淫らな責め棒だけを抜いてやる。
「あぅぅ、嫌ぁぁ!」
「静かにしないか、我らは味方」
 張形が抜かれ、そのとき黒々と茂る下腹の飾り毛の奥底からタララと女の汁が流れ落ちた。
「おまえたち、しっかりおしよ、じきに助けるからね」
 黒羽が言うが返事さえできない。目がとろけ唇を閉ざすこともできないようだ。
 紅羽は檻の中で倒れた禿髪の娘を見つめるが、こちらは眠っているようで身動ぎひとつしない。
 紅羽黒羽は怒りに満ちた目を見合わせ、ギラリと光る剣を手に、壷郷の屋敷の側へ向かって洞を進んだ。石組みの地下の部屋はまたすぼまって穴ぐらとなり、ほどなく行き止まり。寺と同じ隠し階段がつくられて屋敷に出られる。

 紅羽と黒羽がそうして地下へと踏み込んだ頃のこと。
 深宝寺の冠木門から外へ出て、壷郷の屋敷に駆けた宗志郎。しかし土塀につらなる腕木門は閉ざされていて、右の脇戸も内側から閉ざされる。
 塀伝いに少し走り、横に回ってみると、土塀の中ほどに勝手口の門があり、ちょうど宗志郎が表通りから横道への角に立ったとき、勝手口から踏み込む柿茶色の忍び装束の背が見えた。
 鷺羽鶴羽鷹羽だ。少しの違いで艶辰に戻り、急を聞いて駆けつけた。三人はこの場所を天礼寺で聞き出して知っている。
 しかし、いかにくノ一の脚であっても品川から本所深川、その上さらに小石川では身が持たない。宗志郎は白刃を手に駆けた。

 白土塀がそこだけ切られた勝手口。飛び込んでみると、屋敷の裏手に石を配して黒砂利を敷き詰めた枯山水の裏庭。そして土塀の際に、なぜか追い詰められたように突っ立つ鷺羽鶴羽鷹羽。鷺羽は吹き矢、鶴羽は毒鞭、そして鷹羽は両手に鉄の爪をつけ熊が獲物を狙うように両手を上げて構えてはいたのだが、三人ともに様子がおかしい。
「宗さん、動けない!」
「何ぃ!」
 屋敷を捨てて柳を逃がそうと勝手口を出ようとしたとき、くノ一三人が駆けつけて塀の中へと押し戻された。
 身動きできずに突っ立つくノ一三人とは少しの間を空け、屋敷の主の壷郷光義、その配下の若い武士が二人、そして女が二人。くノ一三人を相手に互いに見合っていたのだが、女の一人はほんの童で、身の丈四尺五寸(135センチ)ほど。その若い母親は中肉中背。柳はその母親の方である。
 柳の目を見てはいけない。鷺羽も鶴羽も鷹羽も承知のはず。宗志郎もまた母のほうには目を向けず、しかし禿の目を見てしまった。
 禿は童。しかし妙だ。顔を白く塗っていて唇には真っ赤な紅。そんな禿の二つの目に青い炎が揺らぐよう。

 柳は禿! しまった!

 その邪視を見てしまった宗志郎も、足が地べたに埋もれるように動けなくなっている。大きな石でも抱かされたように体が重い。渾身の力で刀を構えようとするのだが、腕がぴくりとも動かない。恐るべき妖怪の眼力。
「動けまい。ふっふっふ、柳がいてくれれば万人力よ」
 壷郷がほくそ笑み、配下の侍二人がにやりと笑い、母親だと思ったじつは娘の葛が憎しみを込めた目で宗志郎を見つめた。
 柳という風魔の女。邪視を得たゆえなのか身の丈はのびず、娘を産んで、その娘はあたりまえに大人になった。藤色の小袖がよく似合う美しい娘。そして柳は童のごとき体のまま。童らしい赤い着物が愛らしく、しかしその二つの目の底に青い炎が揺らいでいる。
 これぞ邪視!
 宗志郎は渾身の力で声を上げた。
「柳は禿! 禿が柳だ!」
 そのとき地下で、黒羽は女たちの女陰に突き立つ張形を抜いて、紅羽は檻の中の娘を見ていた。聞こえない!

「もうよいわ、座興はこれまで。殺れ!」
 壷郷に命じられ、配下の若い侍が二人、抜刀した。
 宗志郎も鷺羽鶴羽鷹羽の三人も身構えようとするのだが、体の骨が錆びついてしまったように自由がきかない。若い二人が剣を振り上げ迫ってくる。

 危ない宗志郎! 危ないくノ一!

 そのときだった。勝手口からお栗が飛び込む。柳が邪視を使った。恐ろしい念を受け取ったお栗が飛び込んだ。
「柳ぁ! 許さぬぞ、よくもジ様をーっ!」
 逃げろお栗。宗志郎は振り向いて、来るなと首を振ったのだが、お栗の怒りはすさまじい。
 そして次の一瞬。宗志郎も、くノ一三人も、あまりのことに目を見開く。
 お栗の二つの目の底に、真っ赤な炎が燃えている!
 お栗は目覚めた。己の中に潜んでいた邪視に目覚めた。

「うむむ! おまえは何者かぁ!」
 柳は唸る、そして叫ぶ。
 柳の目の青い炎とお栗の目の赤い炎がぶつかり合った。父親代わりの久鬼を死に追いやった柳への怒り。そしてそのために艶辰の皆は苦しんでいる。
 許さない! 死ね柳! 心の底から噴き上げる怒りの炎!
 さしもの柳も気を集めねば負ける。柳対お栗。女対女の勝負。

 そしてそのとき、宗志郎ほかくノ一三人へ向けられた呪縛が解けた!

 体が動く!
 抜刀して迫り来る二人の敵。宗志郎はくノ一三人との間に立ちはだかり、柳生新陰流の鬼神の構え。鬼神の眼光!
「死ねぃ! トォリャァーッ!」
 敵の気合い。受けて立つ宗志郎の鬼神の一声!
 キエェェーイ!
 キンキン! キィィーン!
 刃が交錯。すさまじい火花を散らして一閃する正義の剣!
 敵二人の左の一人に斬り抜き胴!
「ぐわぁぁーっ」
 さらに体をさばいた返す刀の横斬りで右の一人のそっ首がふっ飛ばされて転がった! こちらは悲鳴を上げる間もなく、首のない仁王立ち。血しぶきを噴き上げて朽ち木となって倒れ去る。
 さらに切り返された白刃が、抜き胴に片膝をついて崩れた男の首をも吹っ飛ばす!

 その傍らで、呪縛の解けた鷺羽鶴羽鷹羽。柳は迫り来るくノ一三人にも目を向けねばならず、それではお栗の邪視にとうてい勝てない。
「柳ぁ! おまえの相手はあたしだぁ!」
 お栗の赤い業火が、生ける妖怪、柳の青い力を焼き尽くす!
「化け物、覚悟!」
「ぎゃっ! ぎゃぁぁーっ!」
 横から飛んだ鷹羽の右手の毒爪が柳の右頬をざっくり切り裂き、左手の毒爪が顔を縦に切り裂いた。
 そしてそれと同時に剣を抜いて踏み込んだ鷺羽の切っ先が柳の胸を突き貫いた。妖怪は倒れた!

 残る敵は壷郷、それに柳の娘の葛。くノ一三人が取り囲み、そのとき地下から紅羽黒羽が駆けつけて、宗志郎は刀を振って血を飛ばし、鞘におさめて、呆然として突っ立っているお栗のそばへと歩み寄る。
 お栗は怖い。血しぶきを上げる首のない男などはじめて見る。
「よくやった、よくやったぞお栗、久鬼殿の仇をとったな」
「う、うん、あたし夢中で」
 お栗の目に妖しい光は失せていた。生ける妖怪とやりあった恐ろしい力を秘めた娘。しかしお栗はやさしい娘。宗志郎は抱いてやる。抱き締めてやり、背を撫でてやる。
「おまえは強い、胸を張って生きろ。その目をきっといいことに使うんだぞ」
「はい、きっと」
 お栗は宗志郎にすがりついて抱かれていた。

 母親だと思った、じつは娘の葛。くノ一三人に囲まれながら母の柳の小さな体にすがって黒い禿髪を撫でていた。
「これで眠れる、やっと眠れる、よかったね母様」
 鷺羽鶴羽鷹羽の三人はそれぞれ武器を降ろして見守った。妖怪の力を持ったばかりに狂った女の生き様。それはくノ一の背負う宿命のようなもの。
「あたしにはどうすることもできなかった。そばにいて守ってやりたい一心で」
 母の髪を撫でつけながら、つぶやくように言う葛。
 鶴羽が言った。
「知ってること話してくれるね?」
 葛は涙を溜めた目を向けた。
「見ての通り。言うことなど何もない。母はただ女どもを操るだけ」
 鷹羽が問うた。
「どうやって操る?」
「それも念、念ずるのみ」
「念ずるのみ? 娘らを念で元に戻して帰し、また念を用いて狂わせるのか?」
 葛はうなずく。
「母は化け物。従っているしかなかったのさ」
「黒幕はそいつか?」 と鷹羽が壷郷へと目をやると、壷郷は、紅羽と黒羽に刃を突きつけられてへたり込んでしまっている。

 その壷郷。
「さあ吐け! 武尊と、それに船冨士のこと、黒幕が誰なのか、吐け!」
 黒羽が迫るが、壷郷は黙して語らない。紀州藩士であることも、元は根来忍びであったことも。
 そうなのだ、壷郷は根来忍び!
 屈したように見せかけて油断させ、横に飛んで転がって、先に死んだ配下の侍の剣を取る。紅羽黒羽の二人が構え直して左右を固め、しかし壷郷は、手にした剣を逆さに回して腹に突き立て自刃した。
「吉宗め・・ぐふっ」
 それだけを言い残し、壷郷は倒れた。
 そしてそんな様子を、母親の小さな骸にすがりながら葛は顔色ひとつ変えずに見つめ、言うのだった。

「紀州藩、腰物支配が配下、それが壷郷。元は根来」
「忍びか」 と、鷹羽が崩れ去った壷郷を見つめて吐き捨てるように言い、葛はさらに言う。
「武器の一部は豆州は式根島。紀州領内に鍛冶どもを囲ってつくらせる。船冨士が運び、その一部は島に隠す」
「一部とは?」
 鶴羽に問われて葛は横に首を振る。
「ほかは知らぬよ。いずれかに運ばれて、すでに諸藩の手にあるものと思われる。刀もあるが新式鉄砲が売れると言う。欲しい藩は数多(あまた)あり、もはや追えぬ。武尊なる商人に売りさばかせて得た金は尾張へ回る」

「尾張だと? そやつは紀州が家臣であろう?」

 お栗の肩を抱きながら宗志郎が歩み寄って問うた。葛は、母親と同じ力を持つ小娘を見つめながら言う。
「そなたも妖怪か、ふふふ」
 宗志郎の腰にすがるお栗。葛はちょっと眉を上げ、おまえもいずれはたどる道と言いたげだった。
 葛は言う。
「そこな壷郷は根来の裏切り者。世継ぎ争いに敗れた尾張は、吉宗めが配下に命じて本来世継ぎとなるべき家中の者を殺されたと思っていてね。壷郷は紀州に仕えながら、尾張の誰かに禿どもをあてがって取り入って、かなりな禄(ろく・報酬)を得ていたんだ。ゆえにこの屋敷も寺も持てた。元が忍びの壷郷は母者を知っていて、そのとき目を使わせて娘どもを狂わせた」
「なるほど、それで思いついた企みだったと?」
「そうだよ。首尾良く運べば紀州と尾張はにらみ合い、世が乱れれば武器が売れる。太平の世のせいで鍛冶どもはあがったり。刀鍛冶が包丁をつくって食いつなぐありさまなんだよ。堺の鉄砲鍛冶にいたっては衰退の一途。どちらも二つ返事で武器をこしらえ己が腕を見せたがる。よもや露見することがあったとしても、紀州領でつくられ紀州御用の船冨士が運んでいるんだ。尾張とすればどっちに転んでも吉宗を追い詰めることになる」

 葛はまた母親の禿髪を撫でてやり、それから静かに立ち上がった。
「一つ望みがある。それまでは生かしてほしい」
 宗志郎が問うた。
「その前に聞いておきたいことがある」
「武尊だね?」 と葛は言い、宗志郎がうなずいた。
「五十年配なのだろうが小柄な男でね。ときどきここへもやってくる。どこにいるかなどは知らんし、どうやってつなぎを取るのかも知らん。船冨士についてはなお知らん。顔を見たこともないのでね」
「武尊なる男は見ればわかるな?」
「わかる」
 そのとき横から鷹羽が問うた。
「天礼寺の者どもとのつながりは? 禿どもを躾けていたよ」
 葛はちょっと笑って言うのだった。
「男などくだらない。どいつもこいつもくだらない。壷郷のやり口を商いにしやがった。壷郷も船冨士も元は紀州。どうやってつながったのか、そこまでは知らないけどね。まさしく禿化けさ。買った娘を禿の姿にしておいて、方々のお大尽に売りさばく。壷郷など責め殺し、次なる禿を持てと指図をするのさ」
 宗志郎は黙って聞いて葛の願いを問い質した。葛は言う。
「母者の骸を日光に葬ってやりたい」
「なぜまた日光?」
「わからぬか。我ら風魔にとって家康は敵ぞ。東照宮のそばに眠り、あの世で取り憑いてやると言っていた。徳川の世を乱せるならおもしろい。ゆえに母者は力を貸した。母者を葬り、あたしは死ぬ」
「ならばその前に力を貸せ。武尊なる男を見極めてほしい」
「わかった。その代わりこちらの願いも」
 宗志郎はうなずいた。

 それから紅羽とくノ一三人が地下へと降りて女たちを救う。
 そこらじゅうに散乱する死体と柳の亡骸は、女たちと入れ替えるように地下へと運んだ。
 しかし、その夜のうちに艶辰に戻るわけにはいかなかった。地下に囚われた女三人は疲れ切って動かせない。檻の中の少女は命さえ危ない。鷺羽一人を艶辰へ帰しておき、残りの皆で壷郷の屋敷へ入り込む。