その女、危険性。(五話)

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五話 女の豹変

 思い立ってそのままドライブ。紀代美のクルマは白のコンパクトワゴン。ドライブをせがんだのは明江だった。夫のいない週末はめずらしい。あの嫌な女をどうしてやろうと考えると異常なほど興奮したし、いまはそれよりも紀代美のことをもっと知りたい。ときめく男性に出逢えたときの想いに似ていると明江は思った。不可思議な力に裏打ちされた自信を女にくれる。呪術。そんなことができるなら苦しまなくていいことが女にはたくさんあるはずだ。
 紀代美のクルマは右ハンドルで後席が広かった。クルマにうとい明江に車種まではわからなかったし、そんなことはどうでもよかった。助手席にいて運転する紀代美の姿を見守っている。いつもなら夫がその角度にいるのだったが、女が運転するクルマの助手席なんていつ以来だろうと考える。
 明江は言った。
「考えてみればマンションの外で見るのははじめてなんだね」
「そうね。買い物はいつもクルマだしホームタウンでうろちょろしたくないからさ」

 なるほど。そう言う紀代美の気持ちはよくわかる。だいたいにおいてマンションに住んでかなり経っても住人のことをろくに知らない。四階建て全十七戸の小さなマンションだからよけいに距離感を意識する。大物件ならマンションそのものが街なのだが、小さな物件はまさしく家の集合体。知らない人とは知らないまま。それが都会をスマートに生きるコツのようなもの。増して紀代美には恐ろしい力があり、対人関係を避けたがる理由となるものだろう。
 中央高速。八王子をすぎて、さらにその先を目指していた。ランチそのものはドライブインですませ、こんなことはめったにないから行き先はどこでもいい。明江は、暗くて不気味な人だと思った紀代美が、じつはそうでなかったことが嬉しかった。マンションの中に頼れる人ができた。知ってみるとその人はすごい人だった。女はプラス側に裏切られるギャップを知るといきなり親密になれるもの。昨夜の怪奇現象、それに昨夜のベッドが決定的。いまもって信じられない解放区に迷い込んだようだった。

 それにしても旦那がいなくなって働いてもいないというのに、クルマも持って悠々自適。いったいどうやって? 妖力をもってご主人を殺し、その生命保険で?
「ねえ、訊いていい?」
「いいよ。旦那のことでしょ?」
「どうやって暮らしてるのかなって思っちゃって」
「稼いでるもん」
 明江はハッとした。紀代美は呪術師。そうか、それがあったと明江は思った。
「ごめん、よけいなこと訊いちゃった」
「いいわよ別に。訊きたくなる気持ちもわかるから。こいつ旦那を殺したなって思ってるでしょ? 生命保険でもがっぽり入って暮らしてるって?」
 明江は助手席から斜め視線をやって、そのとき紀代美がチラと横見の目を向けた。紀代美が笑う。
「単純に別れただけよ。私の籍に彼が入って抜けただけ。だから名前は変わらない」
「じゃあ婿養子?」
「マンションでいろいろ言われてるのは知ってるけど、いちいち説明することでもないからね」

 他人の噂などそんなものだと、明江はこれまでの紀代美への感情がいかに無礼なものであったかを思い知る。
 明江は言った。
「人って怖いね、つくづく」
 紀代美は前を見たまま応えない。明江は、もしも私がそうなら同じように生きていくと考えた。呪いは空狐だけではないという。さまざま呪詛の手段を知れば、私なら恐ろしい女になるだろうと考えると、だから俗世に背を向けて生きてきた紀代美が哀れに思えてならなくなる。
「それでどうする? このまま走ってるとガス欠だわよ」 と、おもしろいことを言う。それもまた紀代美の素顔なんだろう。
「ヘンなんだ私。疼いてる」
「ふふふ、あらそ? 今夜も泊まれる?」
「うん。なんだか私のどこかが壊れたみたい」

 ラブホテル。河口湖を眼下に富士山を仰ぎ見る最上階の五階の部屋。適度なちぎれ雲が山の肩にかかっていて、それは綺麗な景色だった。カーテンはあっても開け放ったまま。互いに裸で窓辺に立って身を寄せ合って景色を見ていた。
 富士山に見せつけるように抱き合って、互いのデルタの奥底へ指を入れて嬲り合いながらキスをする。相手が男ならためらうほどの舐め回すキス。キスを剥がして見つめ合い、互いに舌なめずりしてふたたびキス。
 ここはラブホ。声を噛むこともない。そんな解放感が牝の素性を暴くのか、ポーズを忘れた明江の性器は狂っていた。肉ビラの花奥から蜜を噴くように愛液が流れ出し、毛穴という毛穴が産毛を逆立たせて震わせながら愛液のようなヌメる汗を搾り出す。明江にとって紀代美は魔女。魅入られたが最後、気絶するまでの醜態を強制される。もっとほしい。もっとシテ。甘い虐待から逃げようとすれば相手は魔女。もっともっとと求め続けている限り相手は女神。そんな気もする。

 この子は見定めたと紀代美は感じた。恐怖と重なる快楽は果てしない。恥辱のすべてを受け入れて、そうまでして私のそばにいたがっている。呪詛の力は私の力。そうまでして明江は私の力を欲しがっている。おそらく無意識。心の拠り所としての私。愛を錯覚するに充分な計算ずく。可愛い女だと紀代美は思い、それなら狂わせてやろうとほくそ笑む。
 ベッド。柔らかめのクッションをバフバフ揺らしてのたうち狂う紀代美。狂わせてやろうと思いながら、それでいて明江の愛撫に紀代美も狂う。こうした地獄の辛苦を共有できる伴侶がいたことが信じられない。裏切れば死。それを覚悟して身を晒す明江という女。生まれながらの淫婦という女の素顔に向き合う決意をした明江。それさえできれば不幸になる女はいない。呪詛などという魂の暗部を知り尽くした紀代美にとって、女も男も人間なんて獣以下の存在でしかない。獣は他人を恨もうなどとは思わない。人の本質は汚らしいものなのだ。

 互いに脚を開き合って陰毛のない性器と毛飾りのある性器をなすりつけ合う貝合わせ。負圧となった膣同士が吸い合って、プシュゥとときどき蜜の飛沫を噴く音がする。
「おおぅーっ! ああ紀代美イクぅーっ!」
「あぁーっ私もダメぇーっ! 明江ぇーっ!」
 なんて壮絶なセックスなの。互いにかぶりを振り乱して叫んでいながら紀代美は可笑しくなってしかたがなかった。新妻のそんな素性を知れば旦那はどう思うのか。そう思うと笑えてしまう。
 観察の眸を向けながら紀代美は腰を停める。しかし明江はヌラ濡れする肉ビラ貝を合わせながら自ら腰をクイクイ入れてイキたがる。

 紀代美は言った。
「結婚したとき、こういうことはやめようと思ったのよ」
 目を閉じて腰を使う明江の動きが穏やかなものへと変化した。快楽のピークはその眸を潤ませ、全身が桜色に上気して、濡れ貝と濡れ貝の接点から湯気が立つほど熱を持つ。性の獣と化した明江はゆったり腰を回すようにそれでも性器をなすりつけ、泣いたみたいな赤い眸で紀代美を見つめた。
「可愛い妻にするのも魔女にするのも男しだい。私はいつしか魔女になり、このままでは危ういと思った私は離婚を迫った。だけどあの人は応じない。それで私は虫を使った。心を蝕む悪夢をもたらす妖虫の呪い。その虫はひとたび巣くうと、その人を殺さず生かさず弄ぶ。主人はもはや廃人よ。法的に離婚が認められていまにいたる。愛なんて幻想だわ。私にとってのセックスは現象でいい。互いに貪る獣の性。だけどそのとき私に対して本気で向かってほしいのよ。いまの明江のようにね。ビアンだろうがSMだろうが、そこらのノーマルなセックスだろうが、現象そのものは何でもいいの。そのための支度はできている。下着を穿かずに暮らしてて、そのとき感じた何かに素直に従う。オナニーしたいなら即座にそうする。それはね明江」
「うん?」
「妖怪、鬼神、そうしたものに化けの皮は通用しないし、日頃いやらしく隠しておきながら都合のいいときだけ力になってではそっぽを向かれる。わかるわね?」
「うん、わかる気がする」
「ポイントはそこなのよ。裸の心が呪い神を動かすの。女の自分に常に向き合う強さが必要」

 呪詛のために私を利用しようとするなら、あなた自身がその資格を持ちなさい。紀代美はそう言いたいに違いないと明江は察したのだが・・紀代美は言った。
「というあたりをよく考えて決めることね」
「あの女のこと?」
 紀代美がうなずく。
「サイテーの女だと嫌ったはずだし、どうしてやろうと思ったはず。なのに報復の手段を得たとたん、そこまでしては可哀想と考える。残酷なことのできる悪い子になりたくない。怖くてならない、呪詛なんてやめておけばよかった。空狐様はお見通しですからね」
 そうやって話す間も互いの腿がからむ貝合わせの姿のまま。肉ビラと肉ビラがまつわりつく痺れるような快感は去ってはいない。
 明江はちょっとうなずき微笑んだ。
「本気の罰を考えるわ。空狐様の妖力を都合よくは使えない」
「そうね、そういうことよ」
 貝の密着を剥がそうとしたとき、膣内の負圧で吸いつく肉ビラがチュゥと音を立てて離れていった。そのとき襲った性の波は強烈で、互いの膣奥から蜜を吸い出し、互いにブルルと震えるほどのアクメ寸前。

 開き合って交差させた脚を抜き、明江は紀代美を下にうつぶせに寝かせて尻を引き上げ、そのとき弛められた尻肉を果実を割るように両手でひろげ、恥ずかしがってキュウと締まるアナルに唇をあてていく。かすかな便臭。だらだらに濡れる性器は膣の酸臭が強く、取り澄ましていたところでこれが女の実態なんだと確認しながら、色素の濃いすぼまり門の肉ヒダを舌先で確かめながら舐め回す。
「くぅぅ、くぅぅ」 と、紀代美はソフトなピローに顔をうずめて声を吸わせ、快楽に尻肉を震わせながら、もっと下よと言うように尻を上げ、濡れそぼる膣口を空へと向けた。
「愛してる紀代美」
「うん、愛してるよ明江。あぅ!」
 尖らせた舌先を、空を向く膣口に打ち込んで、鼻先でアナルをつっつくように顔ごと股間に打ちつけながら、腹の下から両手を差し込み小ぶりで硬い乳房を揉んで乳首をコネる。
 紀代美は限界まで腰を張って尻を上げ、ソフトなピローに突っ伏して「むぁぁ、うわぁぁ」とくぐもって聞こえるイキ声を叫んでいる。

 明江は笑った。
「いやらしい大きなクリトリス。自分で調教してるでし?ょ」
 包皮を飛び出して勃つピンク色の肉芽を吸い立ててやり、前歯をあててカリッと噛んだ。
 ビクッと背筋を力ませてピローから跳ねるように顔を上げ、「きゃぅ!」と悲鳴を上げた刹那、壊れたエンジンのようにガタガタ震えてドサリと崩れる。気絶。ピークのはるか高みにある瀕死点まで達したらしく、紀代美はそれきりぴくりとも動かなかった。
 素敵な人。可愛い女。恐怖の魔女。だけど私だって負けてない。紀代美も命がけなら私だって命がけ。命がけの性現象は愛などはるかに超えていると明江は思った。
 まずは勝呂陽子から。木っ端微塵に壊してやるし、許すも許さないもなく私たちから離れたら生きていけない体にしてやる。精神的な虫ケラとなるまで堕としてやる。
 そして次にオフィスの女。横倉浅里。心の所在を変えた私の怖さを思い知らせてやる。それはレスボスとしての君臨であり、場合によっては社長までも引きずり込んでベチョベチョの性関係に惑わせてやる。
 紀代美との同化を感じた明江。しかしだからこそ紀代美さえも隷属させる女王となって君臨する。さもないと呪われる。呪う気にさせない圧倒的な君臨。それはこれよりない女同士の愛の姿。

 錯乱する思考の中で、快楽に果てきってくたばった紀代美の汗だくの裸身は愛しかった。ぴちゃぴちゃ濡れる尻たぼをパシパシたたき、尻から手を差し入れて毛のないデルタを握るように、親指を膣に打ち込みデルタをつかみ、揺らせ犯して嬲りつくす。
「ぁぅ・・ああン! またイクぅ、あぁン!」
 気絶から目覚めたとたん次のピーク。紀代美はこれでもかと尻を締めて、そうすると括約筋が締まってよけいに感じる。うつぶせ寝のベッドを相手に男の腰使いでクイクイ尻を締めては弛め、喃語を話して果てていく。
 それでいい。それでいいのよ明江。私に君臨したと錯覚するぐらいがちょうどいい。愛した女は逃がさない。私が奴隷で明江が女王だってかまわない。私と明江の関係はずっと続く。そのために邪魔なのはおまえの旦那よ。時間をかけて葬ってやるからね。膣を陵辱する明江の指に果てながら、ピローに顔をつっぷして紀代美はにやりと笑っていた。

 そんな紀代美の震えるイキ尻を見下ろして、明江もまたにやりと笑っていた。
 紀代美は呪いで稼いで生きている。人を呪うとんでもない依頼の報酬額は夫の月収などではないはずだ。まじめでやさしい夫。だけどいつか物足りなくなるときがくると確信する。子供は欲しい。種を植えられ、そうすると産まれた子供は紀代美と二人で育てていく。紀代美とのこの関係と、勝呂陽子や横倉浅里との愉快な関係をつくっていくため邪魔なのは夫だわ。妻の体に子孫を残し、夫は失踪。解放へのシナリオはできていた。

 紀代美と明江。くしくも同じことを考えた。

 その夜を甘くすごした二人がマンションへと戻ったとき、日曜日で各戸ともに家族がいて、それはフルに駐車されたクルマを見てもわかること。戻ったとき時刻は昼を過ぎた三時前。マンション裏の駐車場にクルマを入れて裏口からエントランスへ入っていくと、エレベーター前でまさにどんぴしゃタイミング。勝呂陽子と鉢合わせ。大きなゴミ袋を持っている。膝上ほどの普段着のミニスカート。薄いセーター。
 陽子は嫌味に笑って言う。
「あらあら、お二人揃ってお戻り? 夕べはお二人でお泊まりかしらね?」
 よく見てるわね。嫌味ったらしい。それだけで腹が立つ。明江は明るく言った。
「そうなんですよ、奇遇にもほどがあって、共通のお友だちがいるってわかって意気投合しちゃったんです。勝呂さんのほうはご主人とラブラブで?」
 陽子は、妙に明るい明江に面食らい、またその横で明るく微笑む紀代美にも小首を傾げる。幽霊のような紀代美ではない。
「今日は朝からゴルフですのよ。そのまま泊まって明日は現地から出勤。お相手はほら、ウチの人って会社で上ですからね、取引先の専務さんなんですって」

 ふざけるな見栄っ張り。
 しかし旦那がいないのなら今夜がチャンス。エレベーター前で別れ際、背を向けてゴミ置き場へ向かって歩む陽子の背に、明江は小声でつぶやいた。
「おまえは私の言葉に逆らえない。ゴミと一緒に着ているものを全部脱いで素っ裸で戻りなさい」
「ふふふ、そうくるか」
 紀代美はほくそ笑む。
「これでいい?」
「いいよ、そうなるから見てらっしゃい」
 旦那がいないのなら陽子の自室で泣かせてやる。三階のエレベーター前で見守って、エレベーターが三階を通過したとき、明江と紀代美は階段を駆け上がって待ち伏せた。明江はその手にコンパクトデジカメを握っていた。