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その女、危険性。(九話)

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九話 新たな土壌で

 その同じ金曜日。明江が佳衣子のマンションに乗り込んだ時刻のこと、福地紀代美はふらりとドライブに出ていた。今夜は明江がいなく陽子もまた旦那が家にいて動けない。このところマンション内で女同士の特異な関係ができていたが、それまでの紀代美は孤独を楽しむように生きていた。
 呪詛という恐ろしい力を持って人心の裏を知ってしまうと、孤独はむしろ解放される時間となるもの。思い立ってふらりと出る。そうやって自分を解き放ってきていた紀代美だった。

 中央高速。行き先は決めず、それほど遠出するつもりもない。相模湖インターあたりで降りて夜の湖を見て帰ってくる。お定まりのコースだったのだが飽きないドライブ。ところがその日、ちょっとした事件に巻き込まれてしまった紀代美。
 高速道路上ですでに異変はあった。中型トラックが暴走車に尻につかれてあおられている。相模湖インターの少し手前で暴走車はトラックの前へ出て進路を塞ぎ、ここで降りろと迫っているのだ。暴走車には男が二人乗っている。それほど改造された車体ではなかったが、あきらかに素性のよくない連中。中型トラックの運転手は五十年配の男で一見しておとなしい。紀代美は先を行く二台の後についてインターを降り、遠巻きに尾行した。

 相模湖のほとりの大きなパーキング。夜のこの時刻、駐車するクルマもまばらで人の気配はまるでない。今夜はところどころに雲が浮き月が隠れてしまっている。 トラックを追い詰めた二人は若く、それぞれに体も大きかった。トラックの男を運転席においたまま、トラックを蹴ったりして脅している。
 運転手に降りろとスゴむ。降り立った男の前後を囲み、前に立ちはだかった若い男がいきなり拳を振り上げた。走り方が気にくわないと因縁をつけられた。そんなところだろうと紀代美は思う。
 前に立つ男が殴りかかり、しかし五十年配の中背の男はボクシングスタイルで身構えると、若者のパンチをかわして逆に顔をぶんなぐる。ところが同時に背後から組み付いたもう一人に柔道技で転ばされ、二人に組み伏せられて殴られる。 紀代美はクルマを降りて駆け寄った。
「やめなさい、あんたたち! 警察を呼ぶわよ!」
 突然飛び出した妙な女に男二人は顔を見合わせてせせら笑う。
「てめえ馬鹿か、呼ぶなら呼んでみろ、マッポが来るまで待つわけねえだろう」
 そしてそのとき、男たちの下になって鼻血を出していたトラックの運転手が紀代美に言った。
「いいからほっといてくれねえか。あんたが危ねえ、逃げろ!」
「けっ逃がすか馬鹿女」
 男の一人が立ち上がって駆け寄ろうとしたときだった。
 このとき紀代美は部屋着にしているミディ丈のワインカラーのワンピース。裸に一枚着て出てきていた。

 とっさに紀代美は手の平を迫る男に向けて突きつけ、口の中で何やら呪文のような言葉を発した。聞いたこともない言葉。経のような抑揚のあるトーン。しかし若い男はかまわず、ずかずか距離を詰めていく。
 ところがその刹那。ずかずかと間を詰める男の体が、首根っこをつかまれた猫のように浮き上がり、手足をバタつかせ、闇の虚空へ見えない力で引き上げられていくのだった。
「うわぁぁーっ! 助けてくれぇーっ!」
 さらに一人、運転手にのしかかった男のほうも同じように浮き上がり、闇の中空へ二十メートルほども引き上げられたと思った刹那、吊り上げる力が失せて男たちはコンクリートの地べたに叩きつけられ、悲鳴もないまま肉体を壊されて絶命した。
 トラックの運転手は尻をついて体を起こし、唖然として声もなかった。紀代美は闇の空に向けて、またしても呪文のような言葉を告げて、それからほっと力を抜いて歩み寄る。
「大丈夫?」
「え・・うむ、大丈夫だが、あんたいったい何をした?」
 紀代美は微笑んで男の手を取り立たせてやった。鼻血が灰色の作業服の胸元に流れている。
「言っても信じないから夢だと思って。そのへんのホテルへ。手当てしないと」
 運転手は眸が丸く、見つめたまま視線をそらせない。
「俺、三島って言うんだ」
「紀代美です、運がよかったわ、私がいて」
「まあ、その、そうだな、ありがと」
 男の怪訝な面色。
「そんな眸で見ないで、魔女じゃあるまいし。私は呪術師、それだけのことよ」
「呪術師? 陰陽師?」
「それは映画の見過ぎ。さあ、行きましょう」

 相模湖の畔にはラブホが並ぶところがあり、金曜の夜とはいっても空いていた。 部屋に入って、三島は真っ先に顔を洗って血を流し、出てきたときには特にどうということもない。手当てするほどでもない傷だった。
 胸元に血のついた上着を脱ぐとモスグリーンのTシャツ。三島は特に長身ではなかったし、ハンサムとは言えない男。五十年配でもまだまだ若く、丸刈りが伸びたような素朴な姿が人柄を物語っているようだった。
「ボクシングを?」
「若い頃にちょっと。いまはもうダメさ」
 大きなベッドサイドのラブソファに座って紀代美はうなずき、座り直して隣りにスペースをつくって三島にすすめる。
 座りながら三島は言った。
「助かりました、ありがとう」
「いいえ。カッとしたのは私だわ、ああゆう輩は許せないもん」
 隣りに座った男が汗臭い。
「仕事はこれから?」
「というか往復だ。片道だけじゃ喰えないからね。諏訪湖へ行く途中だった」
「そう。じゃあ急ぐ?」
「いいや、そういうわけじゃない」
「うん、わかった。もう訊かないから私のことも訊かないで。ちょっと汗臭い、どうにかして」
 微笑む紀代美。微笑んで立ち上がり、また男の手を取って立たせていた。
「しばらく一緒にいよう、いいでしょ?」
「ああ、俺はいいが。紀代美さんだっけ?」
「そう紀代美」
「ありがとうね、嬉しかった」
 実直な男なんだろうと紀代美は思い、手を引いてバスルーム。しかし三島は踏みとどまって動かない。
「いいからシャワーにしましょうよ。あなたを気に入ったのは私。夢だと思ってもらっていいから」
 動かない三島をそのままに紀代美はワンピースをまくり上げて首から抜いた。下は全裸。三島は呆然としていたが、紀代美の眸を見てうなずいて、着ているものを脱ぎだした。

 シャワーヘッドの下に男と女。丸刈りの頭を洗おうとして両手で掻くと、シャンプーがぴんぴん跳ねて飛び散った。裸になった三島は引き締まって逞しい。紀代美はそんな三島をちょっと笑って見つめていて、手の中にソープを泡立てて三島の背後から筋肉の浮き立つ背中や腰を洗ってやった。
 ふいに三島が言った。
「わかる気がする」
「あら何が?」
「もしも俺なら、そんな力を持ってしまうと苦しくなると思ってね」
「そうね。その話はやめましょう」
 紀代美は三島の背に裸身を寄せて、背後から手を回し、胸板を洗い、その手をそっと下ろしていった。しかしそこで三島の手が紀代美の手を止め、くるりと振り向いた男は、女の足下に膝をついて紀代美のくびれをそっと抱き締め、下から二つの乳房越しに貌を見上げた。
「綺麗だ」
「ふふふ、ありがとう。素敵な抱き方してくれるのね」
 紀代美はこの角度で見下ろす男の眸が好きだった。無毛のデルタにすがるように尻を抱いて見上げてくれる。思慕の想いを表現されているようで男が可愛く思えてくる。
「生まれつきなの」
「あ?」
「パイパン。恥ずかしいけどね」
 三島は微笑むだけで何も言わず、女のクレバスの谷口にちょっと触れるキスをして、それから頬をすり寄せて尻をそっと抱き締める。

 その一瞬、本気で見ていてくれるならそれでいい。向かう気持ちを感じると、こちらから向かっていきたくなる。
 大きなベッド。三島の性は五十代にしては力が漲り、女の手と唇と舌にまつわりつかれて切なげに脈動している。男の裸身に逆さにまたがり毛のない女性を舐めさせて、この瞬間の情を確かめ、それから紀代美は身を翻してまたがり直し、強く勃つ三島を手にくるむと、膣口に導いて、そのまま尻を沈めていった。
「はぅ、うぅン、感じるわ」
 ぬむぬむと入り込み、子宮口を衝き上げる硬い三島と精液の奔流を楽しんで、紀代美は甘く啼いて果てていく。
 女はこの瞬間のために生きている。夫を見捨てたあのときから、度々こうしてゆきずりの性に溺れてきていた。予感に従う、ただそれだけ。霊や魑魅魍魎の世界を知ってしまうと、だからこそ生きている肉体が哀れに思える。せめていっとき夢を見たい。紀代美は夢の中で泣きそうだった。

 翌日の土曜日。明江が303号にやってきたのは夕刻を過ぎた時刻だった。明江の部屋には夫がいる。けれども明江は家には戻らず、紀代美の部屋にやってきた。
 明江は言った。
「相模湖で猟奇的な事件があったんですってね?」
「そうなの? 知らないけど」
「ニュースでやってた。若い男が二人、湖畔のパーキングで殺されたって。まるでビルから飛び降りたように体が壊れていたそうよ。普通の殺しじゃないでしょう」
「さあね、そのニュース知らないから何ともですけど、不思議なことってあるものよ。
ところでどうだった、そっちの二人は?」
「うまくいったわ、今度一緒に調教しましょ。二人とも乳首とクリにピアスをしてやり生涯奴隷を誓わせた。写真もたっぷり。ブログでもやってやろうって思ってる」
「可愛い人たちみたいね」
「それはね可愛いよ。女王として君臨するだけで日常の二人を浸食するつもりはないから。ちょっとやりすぎかなって思ったけど、でも、それならそれで徹底しないと彼女らに失礼なんだし」

 紀代美は眉を上げて、それから言った。明江の気持ちもわかったし、そこまで徹底するなら女同士の情交というもので、空狐だって許すと思える。
「旦那はいるんでしょ?」
「いると思うけど、今夜はここで寝たい」
「いいわよ。それでいいの?」
「わからない、悩んでる。私ね紀代美」
「うん?」
「体がヘンなの。胸が張ってる気がするんだ」
「来た?」
「どうなんだろうね。欲しいって気持ちが錯覚させてるだけかもだし、だけどそうなると考えちゃう、別れられなくなりそうで」
「それはそれ、これはこれよ。貌はいくつあってもいいし子供は可愛い」
「そうなんだけど、あの二人も、陽子もそうだし、それ以上に紀代美と二人のときが幸せなんだと思うのよ」
「私と結婚するつもり? ふふふ」
「いいわよ、それでも。だけどそうなると子供が邪魔かな。避妊しておけばよかったって後悔してる」
「産まれたらたまらないわよ、可愛くて」
「そう思う。でもだから怖いんじゃない。自由がなくなる。どうしていいか、わからないんだ」

 女に自由を保証してくれるのは圧倒的な力。願っていても得られないから無難に夫婦をやっていくという夫婦は多いし、それで幸せになれる女は少ない。
 明江は言った。
「空狐様は絶大よね。浅里に対して許すと言った。性的な奴隷としては許さないけどって言ってやったわ」
「だったら空狐様はお帰りになられた」
「そうでしょうね。いつまでも都合よくすがっていたくないから、そうだろうと思ってお帰り願った。人と人は最初の一瞬に魔力がいる。魔が差してブレーキが壊れると、そこからはなし崩し」
 紀代美はうなずいてちょっと笑い、そして言った。
「怖いわね私たちって」
「ほんとよ怖い。旦那に対してどうかなんて、いまは言えない。邪魔だって思いだけがふくらんできてるの。私はね紀代美」
「うん?」
「紀代美が好きよ。離れたくないって思うから」
 それが本心ならいいのだが、空狐にすがるためだけなら、いつか許せなくなるときが来る。
 明江は言った。
「もしも私が裏切れば紀代美は怖い人になる。紀代美は私を許さない」
「さあ、それはどうかな」
 明江は笑って紀代美の膝にすがりついた。
「そしてそう思ったときに紀代美の気持ちがわかったの。愛や性に保証はない。いまこの一瞬が真剣なのならそれでいい。怖い私になりたくない。自分が怖くてたまらない。だから人を遠ざけるようになっていく。私なんて空狐様を動かす力がないからいいけれど、紀代美はさぞ辛いだろうなって」
「それを共有する覚悟はある?」
「ある。紀代美のことが好きだから。利用するみたいでごめんなさい」
 紀代美はしばし明江を見つめて微笑んで、ソファを離れながら言う。
「コーヒーでも?」
「うん、飲む」 と微笑みながら、明江はキッチンに向かう紀代美の背を追いかけて、背後から抱きすがり、首筋にキスをした。

 妊娠ではないとわかったのは翌週のこと。子供を願う気持ちがそうさせた。女の体は女心に支配されて生きるもの。明江はあらためて感じていた。
「さては何かあったな?」
「別にないよ。このあいだ三人で食事してきただけ」
 オフィスでのこと。
 明江にだけじゃなく小姑のように口うるさかった浅里の態度が変わっている。仕事からの帰り道、明江と沙菜はそんな話になっていた。
 明江は言った。
「浅里って佳衣子が命なんだよね。旦那とも別れて一緒に暮らすって。嫉妬でしたごめんなさいって謝ってくれたもん」
「ふーん、そうなんだ? 浅里さんは悪い人じゃないよ。よかったじゃん、これでうまくいきそうね」
「あの二人を見てると気持ちわかるし、とにかく普通に接してくれればそれでいいから。女だらけの会社だもん、いろいろあるわよ」
 沙菜は微笑んでうなずいて、どことなく様子の違う明江を気にした。
「残念だったね」
 妊娠ではなかったこと。
「そうとも言えるし、ある意味ほっとしたって言うか」
「ほっとした?」
「旦那と微妙なのよ」
「うまくいってないんだ?」
「深刻ではないけどね。どうなんだろ、倦怠期って感じなのかも。とにかくマンネリで、ときめかないって言うのかさ」
「エッチ減った?」
「減ったね」

 そんなことを意識して言いながら、友だちに対して離婚の言い訳をはじめていると、明江は自覚していた。
 夫婦の性とはまるで異質な性の中に、それはちょうどタンポポの種が風で運ばれ育つように、明江らしい生き方が育ってきている。もといた土壌で種を飛ばした親タンポポは枯れてしまったと思うしかなかっただろう。
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