その女、危険性。(四話)

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四話 手さぐり


 翌朝のこと。
 目覚めの予兆を感じたとき、明江はあえて意識して目を閉じて大きなベッドのシーツに手を這わせていた。夫のいない夜。触れる素肌があってはならないし、それがなければ昨夜のことは夢だった。夢であれば激しい淫夢。女同士で貪り合って獣のようなピークを知った。夢であるなら私の中に隠しておける肉欲への想い。
 しかし手はすぐそばに眠る女の裸身を感じてしまう。紀代美。昨夜のことが夢でないなら、青い光の中の小さな狐に呪詛をたくしたことになる。死ねと思えば相手は死ぬ。あの女の運命を決める力を持ってしまった恐怖。女同士の淫ら寝も、それがあって何かの間違いで踏み込んでしまった世界。一夜を眠ったまともな思考が明江に恐怖をもたらしていた。

 夫ではない温かな肌。柔らかな女の肌。明江は薄く目を開けて横を見た。穏やかな女の寝顔、それは紀代美。夢ではなかったというかすかな失望を感じてしまう。紀代美は寝息を立ててよく眠っている。性にとろけて満たされた女の貌は美しかった。時刻は六時。外は明るくなっている。
 明江はベッドサイドに置いたままのショルダーバッグへ手をのばし、スマートフォンを取り上げた。マナーモードにしたまま。今日は土曜日。夫が帰るなら昨夜のうちにメールぐらいは入っているかも。しかし着信はなかった。

 スマホは手の中でネットにつながる。
 空狐(くうこ)。言葉を入れるだけで検索できる。長い歳月を生きて霊力を持った狐の妖怪。最上級が天狐(てんこ)、次が空狐。最下級の野狐(やこ)が人を化かすといわれる狐であって、空狐より上位の狐は妖狐とも言われ、神の使いであるとともにお稲荷さんとして祀られる神でもある。昨夜見た空狐は尻尾が一本であり、それはいいことを行う善の狐。尻尾の数が増えていけば邪神として恐れられる九尾の狐にいたるという。
 けれどそれはそうでも、まさか実際にいるものだなんて思えない。呪術にしても映画で見る世界ではなかったか。呪いで人が殺せるものか。丑の刻参りで人が死んだなんて話は聞かない。紀代美とのはじめてのレズが強烈すぎて見た錯覚だったのか。

 目を覚まして明るい虚空を見つめていても、どうしても信じる気持ちになれない明江。
「ン・・明江」
 ささやき。寝言のようだ。こちら向きに寝返りをうち、乳房に甘えて抱きすがってくる紀代美。少女のように可愛い。紀代美はそのとき偶然唇に触れた明江の乳首を口に含み、幼子が安心するようにちょっと笑って寝てしまう。

 青い光の繭をつくる小さな狐。夢じゃなかったと考え直すと、次には、あの狐は私一人でも呼び出せるものだろうか? 紀代美の力を借りないとダメなのか? そうした思考にとらわれる。毛皮の毛を一本もらえばできるのなら私一人でだって相手を呪える。それは恐ろしいことだけど、そんな力が自分にあればどれほどいいかと考えて、そしてハタと、眠る紀代美の貌を見つめる。
 この人は怖い。もし私が裏切れば私だって呪われる。女の闇を知り尽くし、他人の運命を決める力に苦悩して、だから暗く沈んで生きてきた。
 抱きくるむ腕の中で紀代美の身動ぎ。
「もう起きたの」
「うん。起きてみて夢じゃなかったんだって思ったわ。狐さんのことよりも紀代美とこうしていられた夜が幸せだった」
 紀代美はちょっと笑って、ふたたび明江の乳房に貌をうずめた。貌をうずめていながら目を開けて、『この子はいつか私を怖がる。怖がって遠ざけようとするときがきっとくる』・・と考えていた。この子をつないでおくために空狐を使いたくないと紀代美は考えていた。
 明江が言う。
「どうすればいいの? 念じればいい?」
「それじゃダメ、声に出して言えばいいのよ。相手の姿を見つめながらささやくように言えばいい。空狐様は声に応えてくださるわ」
「うん、わかった」
「そこが怖い」と言いながら、紀代美は明江の裸身に寄り添う膝を上げて、明江の腿の間に膝を入れる。明江は少し脚を開いて性器に押しつけられる紀代美の腿を受け入れた。それだけでも感じてしまう。

 紀代美は言った。
「女は心にないことを見境なく言うでしょう。死ねばいいのに。それを言えばおしまいなのよ。心で思っていなくても相手は死ぬ。声に出す前に考えてからでないと」
「怖いね」
「そう、怖い」
「取り消せないの?」
「取り消せない。そんなことをすれば呪いが自分に向けられる」
 軽はずみに私を使うな。それが空狐の意思なのだろうと考えた明江だったが、そうなるとますます恐ろしい。何かの拍子にカッとなって言ってしまいそう。
 明江は問うた。
「紀代美はどうしたい?」
 紀代美はちょっと眉を上げて苦笑する。
「空狐様はあなたに委ねられた。明江の思うまま、私ではどうにもならない。空狐様が願いをきいてくださるのは一度きり。明江が止めないかぎり呪いは続く」

 そして紀代美は、明江のデルタへ押しつけていた膝を退き、明江の眸を見つめながら、代わりに手を忍ばせる。明江は眸を開けて見つめたまま腿をさらに割りひろげて紀代美の指を受け入れた。
「ぅン、はぁぁン」
「こうされて嬉しい?」
「嬉しい。また感じておかしくなっちゃう」
「みたいね、もうねっとり」
「愛してるなんてまだ言えない。でも紀代美とはずっと一緒よ」
 紀代美は声には出さず微笑んで、濡れはじめた明江の陰唇をまさぐって硬くなって尖るクリトリスを指の腹でこすりあげた。
 切なげに溶けるような明江の貌を覗きながら紀代美は言う。
「いま言ったばかりじゃない。どうなるか知れないことは言わないものよ。これはお仕置き」
 指を二本まとめて曲げた無造作な責めが明江の膣へと打ち込まれた。寒気のような性感が背筋を貫く。
「ンふっ、ああ感じる、好きよ紀代美」
「もっとほしい?」
「ほしい。ほしいの、シテ」

 私のなにかが根底から変わってしまったと明江は思った。呪詛という恐怖を共有できる紀代美に対して、なにもかもを突き抜けた慕情を感じる。利用しようなんて思っていない。絶対的な私の味方。肉体を捧げても悔いはないと考える。
 甘く熱い吐息とともに淫水を分泌しながら身悶える明江を醒めた眸で見つめながら紀代美は言った。
「現象でいいのよ」
「え? 現象って?」
「明江とのいまこのとき、それも現象。相手に心をせがんだときの私は怖い」
「寂しいよ、そんなんじゃ。ただのセフレになっちゃう」
 愛してほしい。独占されたい。先々ずっと味方でいてほしい。そこにかすかな計算が入り込んでいることを承知の上で明江は言った。いつか許せなくなる相手がきっと出てくる。そのときのための紀代美・・という計算。
 しかし紀代美は微笑んで言った。
「愛は幻想。でも現象は情を生み、ほどよい距離を保ってくれて、だからこそ愛していられる」
「そっか。うん、そうね、そうかも知れない。決めてかかるとつまらないし」
 明江は微笑みながら紀代美の胸に貌をうずめ、膣刺し指の愛撫を楽しむように抱きすがった。

 あの女をどうしてやろうと、これまでは考えていた。許せない。どうしてやろうと。
 それがいま、どうしように変化している。明江は弱気になった自分を感じた。
 勝呂陽子、三十代の末。旦那はいても子供はなかった。おそらく不妊。そうなると想像できる専業主婦の姿がある。旦那との夜はとうにない。子供を囲む家庭への夢が断たれたとき、母性は他人へのお節介へと変化した。社交的で明るい性格。女としてはいい性格だと思っているのに母親になれないまま枯れていく。人付き合いはうまいほうだし中心にいられる才もある。だから相手に突っ込みすぎて敬遠されてしまうのと、性的な飢えなのかレズっぽい雰囲気で嫌われる。
 彼女のなにもかもがわからないわけじゃない。寂しさにもがく主婦の姿が見透かせるし、そんな人ならちょっとしたことで変わるのではないか?

 昨夜は仕事帰りの姿のまま303号。ともかく自宅に戻った明江。自宅といっても間に304号を挟んだひとつ隣りの305号。紀代美と一緒に朝食を軽くすませて戻った明江。そのとき時刻は八時すぎ。しなければならない家事もあったし夫からの連絡も待たなければならなかった。
 しかし、なにをしていても上の空。よくよく考えておかないと、ばったり会ってカッとするとどうなるか知れたものじゃない。
 と、旦那からのメールが飛び込む。月曜まで帰れない。これで紀代美との時間ができたと明江は思い、そのとき同時に、あの女になにかをするならタイミングがいいと考えたのだが、今日は土曜日で向こうには旦那がいるはず。平日の静かなマンション内で、あくまで女同士で決着したい。無関係な旦那までを巻き込むのは可哀想。

「弱気だなぁ」
 と、明江はため息をついてダイニングテーブルに座り込む。キッチンへのオープンカウンターに置いたデジタル時計が9:59。ちょうど00へと変化する時刻であった。
 10:00ジャスト。そしてそのときスマホに着信。相手は紀代美。
「ご主人と?」
「いま下でばったりよ。そ知らぬ顔でデートって感じだった」
「デートか。ご主人とはうまくいってるみたい?」
「かどうかはアレだけど、険悪ってムードでもないようよ」
「そ、わかった。でね紀代美、主人からメールがあって月曜まで戻れないって。そっち行っていい?」
「もちろんいいよ、おいで。私たちもランチに出ようか?」
「それいいかも。すぐ行く」

 部屋着よりはましなブルージーンの姿。行くもなにも一部屋隔てた隣りの住戸。
「私ダメだわ、考えれば考えるほど弱気になっちゃう」
 紀代美は、でしょうねといった面色でちょっと笑った。明江との夜を経た紀代美は部屋の中では全裸ですごす。それがあたりまえの女に戻っていた。
 考えていたこととが相まって白くて綺麗なヌードを見ているとムラムラする。
 明江は言う。
「私たちの性奴隷なんてことも考えたけど、私はなんて残酷な女だったのって思ってしまって」
「わかるよ。私はそれで苦しんできたからね」
「やっぱり?」
 紀代美は眉を上げて小首を傾げる素振りをすると、下着をつけずにジーンズとシャツを着はじめる。
「いつもノーパン?」
「アノとき以外はね。裸に慣れると下着なんて苦しいだけだし」

 クローゼットの前で服を着ていく紀代美を見守りながら、明江は言った。
「それで思ったのよ。私の言うことには逆らえないなんてどうかって。脱げと言えば裸だし、どうにだってしてやれる」
「それもいいけど、それって結局、奴隷よね」
「そっか、そうなるんだやっぱり。いろいろ考えたんだけどチャンスはあげたい。寂しさを吐き出させてやるといいのかなって思ったし」
「怖がってるね明江」
「そうだよもちろん、迂闊なことは言えないもん。ムカついて恐ろしいことを言っちゃうぐらいならそっちのほうがマシなんだし、彼女だって反省すると思うしさ」
 そしたら紀代美は、なにを思ったのか明江に歩み寄って頬にキス。ただそれだけのことなのに頬に触れた唇の感触が全身に伝播して鳥肌が騒ぎだす。なぜなのか心が浮き立っていると明江は思った。紀代美とのこともそうだし、あの女を屈服させたときの恥ずかしい姿までをも妄想する。いままでになかった新しい性の予感にときめいている。
「そういうことなら、この部屋で調教? ふふふ、ちょっと楽しみ」
 紀代美は眸をくるりとまわす仕草で笑い、そのとき明江は眸を輝かせて言うのだった。

「それを言うならマンションの中すべてがそうだわ。あのひん曲がった人格を壊してやる」
 身支度を終えた紀代美が明江の尻をぽんと叩いて、部屋を出た。

その女、危険性。(三話)

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三話 女の闇


 明江はただ呆然とするだけで何も考えられなくなっていた。黒いローテーブルの上で起きていることを信じろというのか。信じるしかない。夢ではない。覚醒した意識の中で確かに思う。そうは思うのだが、あまりの不思議とあまりの恐怖に声も出ない。
 テーブルに置いたはずのたった一本の獣の毛。それがいま明かりを消した闇の中で、仄かに光る青色の光の繭につつまれて、その光の中で小さく可愛い狐の姿に化身してこちらを見ている。親指の先ほどしかない小さな頭から、ふさふさした尻尾の先まで体長は二十センチほど。毛は茶色。子猫よりも小さな姿なのだがスマートな大人の狐。小さな貌は大人の狐らしく円錐形に鼻先が尖っていて、二つある目のところにサファイアでもはめこんだように、その眸が淡く青く輝いて、小さな体をつつむ青い光は、どうやらその眸が発した光のようだった。
 明江は、一糸まとわぬ裸身の産毛という産毛が逆立つようで、これまでに経験したことがなかった恐怖とともに不思議な感動さえも覚えていた。こういうことが現実にあり、そんな世界へ導いてくれる紀代美という女と出会えたことが嬉しく思える。

 青い光の中の小さな狐は、確かに穏やかな面色で微笑んでいるようだった。二つの青い眸で紀代美を見つめ、それから貌をきっぱり振って明江を見つめる。
 透き通った視線。狐の眸が向けられて明江は性感にも似たゾクゾクする震えが背筋を突き抜け、喉をクゥと鳴らし、それでいて嬉しくて、微笑む視線を狐に向けた。可愛い姿だ。
 紀代美は開いた両手を合わせて授かり手を差し向けて、そうすると小さな狐はぴょんと跳ねて紀代美の手の上に乗り移る。
 紀代美が言った。
「願いをお聞き届けくださり心より感謝いたします」
 そのとき狐の眸は確かに微笑み、次の瞬間、天から注ぐような女声が聞こえた。ゆったりとした女の声。限りなく透明な精霊の声のようだった。
『どうせよと言うか? その女、殺せと言うか?』
 紀代美が言う。
「ここにおります明江もまた苦しめられておりますので」
『そうか、ならば明江に決めさせよう』
 そして狐は宝石のように青く光る小さな眸を明江に向ける。
 紀代美が明江に向かって言った。
「明江、手を」
「あ、はい」
 紀代美がしたように明江もまた開いた両手を合わせて授かり手をつくり、小さな狐はぴょんと跳んで手から手へと乗り移る。

 重さをまったく感じない。なのに手が温かい。それは女の心が手にのったようだと、このとき明江は嬉しかった。
 開いた両手の上でふさふさした尻尾をちょっと振り、狐は青い眸を向ける。
『どうせよと言うか? その女の死を望むか?』
 明江は怖い。迂闊に言えばあの女の人生を奪うことになる。あの女への憎しみが、むしろ消えていくような気がした明江。
「いいえ、そこまでしては可哀想です。私や紀代美が許せると思えるまで心から反省してほしい。あの人にはやさしいところもありますし、ただちょっと意地悪すぎて困るんです」
 手の上の狐はキラキラ光る青い眸で明江を見つめ、そして言った。
『そなたもそうではなかったか。紀代美を快く思っていなかった』
「はい、おっしゃるとおりです。なんとなくですけれど怖く思えて。心から反省します、人の心は深くにあるもので」
 狐は微笑む。
『ではこうしよう、その女をそなたの思うままに操ってやるがよい。すべてはそなたの心ひとつ。それでよいな?』
「はい、少し思い知らせて許してあげるつもりです」
 すると狐は確かに微笑み、上に向けて開かれた明江の親指の先をちょっと噛んだ。鋭い歯。痛いというほどでもなかったがチクリと針で刺されたような痛みは感じた。
『私の可愛いしもべを嫌った罰。痛みの意味を思い知りなさい』
 そして仄かに青く輝く光の繭ごと闇に滲むように狐は消えた。

 狐がいなくなっても明江は手を開いたまま。呆然として身動ぎひとつできないでいる。
「明江」
「ぁ、はい」
「もういい、お帰りになられました」
 上向きに開いて合わせた両手がすとんと膝に落ちていた。体に力が入らない。
 紀代美が言った。
「空狐(くうこ)様と言って、三千年を生きた牝の狐の化身なんですけど、天狐(てんこ)様の次の位の妖怪なのよ。恐ろしい神通力をお持ちでね」
「信じられません、夢なのか幻だったのか」
 そして紀代美は言う。
「すべては明江にお任せになられたわ。私の意思ではどうにもならない」
 そのとき明江は我に返った。女二人が全裸で向き合う異常な世界。いま現実に起きたことを信じないわけにはいかなくなった。
「私だけ? 私が決めるの?」
「そうよもちろん。空狐様のご意思ですもの。明江が思うようにすればいい。死ねと念じればそうなるし」

 あの女は許せない。それはそうでも、運命を決めるのは私と考えると怖くなってならない明江。恐ろしい力を持ってしまった。あの女に対して私は死神にでもなれると思うと心も凍る思いがする。本心が隠せなくなる。死ねばいいのになんて誰もがちょっと思うこと。願ったところでそうならないとわかっているから思えること。  明江は自分の心の闇の部分が怖くなる。女は決定権から逃げたがるもの。
 紀代美は明江の手を取った。
「怖いでしょ?」
「すごく」
「私は私が恐ろしい。他人にかかわるのが恐ろしい。私の家系は代々呪術師。いまの毛皮は空狐様ですけど、母に言えばもっと恐ろしい呪いもある。それもこれもいつか私が受け継ぐ定め。だから私は私の中にある黒い心が怖いのよ」
 気持ちがわかる。人を恨んでいられるうちは、むしろ幸せ。その気になれば殺せると思ったとたん悪魔の心が騒ぎだす。
 それで紀代美は暗いんだ。何事も隠しておきたくないから下着さえも拒んでいる。そうした女心が痛いほど理解できた明江であった。

 ハッとする。ハッとして紀代美の貌を見つめる明江。

 逃げたという旦那の行方は不明? 離婚にいたらず夫の名のまますごす妻。
 もしや離婚の対象がすでにこの世にいないのでは? 何かがあって許せなく、命を奪ってしまったのではないか? この人にはそれができる。だから自分を呪って紀代美は暗い。
 そうよ、そうに違いない。もし私なら、もしも夫に裏切られたら許さない。明江は、紀代美だってきっとそうよと確信し、同じ心に苦しむ女に自分を重ね、その苦悩を共有できる、この世で唯一の分身なんだと考えた。
 K2のオフィスはビアンの巣。私にはできないと思う反面、まるでわからないかといえばそうでもなかった。男女の性とは決定的に違うところがある。同性ゆえに持ち合わせる醜さのすべてを許容し、切ないまでに愛し抜く。他人であって他人でない。男女の性が互いの美点を愛するものなら、女同士の性は互いの醜悪を愛していくもの。明江は、自分よりもひとまわり小柄で華奢な紀代美の裸身を見まわして、紀代美は紀代美で性の予感を察していながら明江の体を見つめている。
 明江は言った。
「シャワーさせて」
 うなずく紀代美。けれどそのときの紀代美の微笑みは、暗かった紀代美の姿ではなくなっていて、やさしい女に変わっている。
 全裸で立った明江は紀代美の手を引いてバスルームへと誘い込む。同じ間取りで勝手を知る他人の部屋。バスルームも、その前の脱衣、洗面台も、乱れなく綺麗にしている繊細な紀代美。この人はいい加減な人じゃない。

 熱めのシャワー。シャワーヘッドで調整できる粗く強い雨が素肌を叩き、見つめ合っていると性の震えがやってくる。
「紀代美」
「寂しかったのよ私・・抱いて明江」
 歳上でも小柄な紀代美は、ひとまわりパーツの豊かな明江に甘えるようになり、明江はそんな紀代美がとてつもなく可愛い。遠ざけていたものが、知ってみるとじつはそうではなくて愛の対象。
 紀代美を抱いて唇を重ねながら、背を撫でてやり尻を撫でてやり、手を前にまわして陰毛のない陰唇へと指を這わせていく。
 紀代美は言う。
「生まれつき毛がないの」
「好きよ紀代美」
 陰唇へ指を這わせ、シャワーの流れを手で導き性器を愛撫洗いしてやる明江。クリトリスが硬くなって飛び出して、紀代美は感度のいい体を持った牝。紀代美の白い総身がわなわな震えた。閉じた目の眉根が寄せられ、眉間に甘いシワが刻まれて、小鼻がぴくぴく痙攣するようにすぼまり、ひろがり、甘く苦しい息をする。
「はぁぁ、うンあぅぅ明江ぇ、いい、好きよ明江、あぁン」
 尻にまわされた紀代美の両手が明江の白桃を揉み上げて、右手が尻の底へ、左手が前にまわって毛群らをまさぐり陰唇へと忍び込む。右手で揉むようにアナルを愛撫。そうしながら左手の指先が潤って蜜に濡れる肉ビラを掻き分けて体の中へと没していく。
 明江の指が紀代美の膣口をそっと嬲り、ぬむぬむとめり込んだ。

 衝撃的な電流だった。明江の裸身ががたがた震えだし一気にピークへ駆け上がる。アナルへめり込む紀代美の指と性器を突き刺す紀代美の指。明江の指が紀代美の膣から抜き去られ、たまらず抱きすがる明江。
「ああ紀代美紀代美、ダメ、ダメ、ねえダメぇ!」
 シャワーの温水と体内から放射される熱水とが一緒になって陰唇から噴きだした。失禁、いいや潮を噴いて快楽を叫ぶ牝ビラ花。
 信じられない。夫が好き、別れた元カレだって大好きだった。けれどエッチでこれほどもがいた記憶がない。ひとまわり豊かな明江がひとまわり小柄な紀代美に支えられていないと崩れてしまう。犯される性でも犯す性でもない、咲き乱れる女同士のせめぎ合い。相手が紀代美だから乱れていられる。紀代美になら何をされてもいいし、どんなことでもできると思う。相手が男では到達できない女の性の高みなのだと明江は感じた。

 ベッド。かつてきっと旦那と愛し合った大きなベッド。いまそこに男の臭気はまるでなく、女と女が脚を開き合って絡み合う。
 花合わせ。貝キッス。ネチャクチャと醜い声を性器が発し、感じて腹筋を力ませるとブシュっと汁を噴いて膣から空気が押し出され、負圧となった体内の吸引力で陰唇と陰唇が吸い合って、互いの膣汁が吸い出されて濡れが絡む。
 果てる。達する。
 狂ったように腰を入れて性器をなすりつけ合い、苦しくなって離れようとするとシュポッと吸盤が引き剥がされる音がする。紀代美は無毛、もし私もそうならば性器の噛み合いはもっと深いと思えるのに。
「うはっわぁぁ」
 イクなんてはるかに超えた快楽に明江はおかしな声を発し、総身震わせ、たまらず抱き合いむしゃぶりつく。紀代美の舌を吸い出して口の中で舐め回し、乳房を揉んで乳首をつねる。苦痛のようにのたうつ紀代美が好き! 明江は狂った。体中を舐めてやり、M字に開かせた腿の根に醜くある牝のビラ花へと口を尖らせ吸い付いていく。
 クリトリスが大きい。鞘をはらった小刀のように包皮を飛び出す肉色の芽。いまにも芽が伸び、そこから別の小花が咲きそうだった。
「うわぁ! うわぁぁ! 明江、明江ぇ!」
「もっとよもっと、もっとイケ! ほらイケ紀代美ぃ!」
 拷問を嫌がる女体のように紀代美はのたうち暴れ、けれども性器を上向きに突きつけて、さらなる愛撫を求めている。

 クリトリスを吸いのばして噛んでやる。
「きぃぃ! きひぃぃぃ!」
 ベッドがロデオマシンのように弾んで縦揺れ。二人の裸身がふわふわ揺れて、紀代美はついにくたばった。白目を剥いて口をぱくぱくさせながら、背骨が軋むほど反り返って、一瞬後にばったり崩れた。
 明江は自分で自分を突き刺して、登り詰めて後を追う。壮絶なピーク。決闘のようなセックスだった。くたばり果てた二人の女体は、毛穴という毛穴から愛液そのもののねっとりした脂汗を搾り出し、汗と汗で接着された二人の女が、もはやぴくりとも動かない。

「明江」
「ふふふ、どういうことよ、化け物と化け物のセックスだった」
「ほんとね、クラゲとイソギンチャクの決闘みたい」
 抱き合って貌を見ると、それが紀代美の素顔なのか、暗かったイメージはどこにもなかった。やさしい女の貌をしている。
 明江は微笑んで頬にちょっとキスをして、抱擁をほどいて仰向けに寝直った。
「どうしてやろうって思うのよ」
「あの女を?」
「そう、あの女を。気が変わった。血の涙を流すまで許さない。もうおしまい、私たち二人のペットにしてやる」
「ふふふ、怖いことを考えるのね」
「だって」


 やりすぎ? そう思って紀代美を見ると、紀代美は笑ってうなずいている。

「私も最初はそうだった。殺したって不可能犯罪なんですもの、罪にはならない。そのうち自分が怖いと思った」
 紀代美の声を聞きながら、明江は静まっていく怒りを感じて言う。
「そうね、ちょっとやりすぎかもね。泣いて土下座をさせるくらい?」
「それがいいよ。彼女にだっていいところはあるんだから。ただちょっと性格悪すぎ。厳しい罰は必要でしょうけれど」
 明江はちょっとほくそ笑んで、紀代美の手を取っていた。そのとき時刻は深夜の二時になろうとした。305号に戻ったところで今夜もまた夫はいない。このまま泊まろう。303号は愛の部屋。明江は紀代美を抱き寄せて眸を見つめた。
「会社にもね」
「うん?」
 嫌な女が一人いると言おうとして明江は思いとどまった。まずは勝呂陽子。あの女がどうなるかを確かめて、それからのことだと思ったからだ。
「ビアンがいるのよ二組も。社長とナンバーツーがそうだし、ほかにも二人。バイトの子も入れてたった七人の会社なのによ。まともなのは私と私の友だちだけだって思ってたけど」
「明江までそうなったって?」
 くすりと笑う紀代美。
「知っておくべき世界だと痛感した。女を愛せる女は幸せ」
 ちょっとうなずく紀代美を乳房に掻き抱いて、しかし明江の眸は輝いていた。
 嫌な女、横倉浅里。そして社長も。いつかきっと牛耳ってやると明江は思う。